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恋する乙女

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「────マッジで何なんだよあのクソハゲ親父ぃッ!」

「瑞祥、落ち着いて。ここ文殿だから」


ガルルと興奮する瑞祥さんの肩を押さえて椅子に座らせた聖仁さん。口は閉じたものの今一つ納得が出来ていない表情で、鼻息荒く聖仁さんを見上げる。


「お前は腹立たないのかよ!?」


小声でそう尋ねた瑞祥さんに、読んでいた本をパタンと閉じた聖仁さんはにっこり笑って答えた。


「馬鹿言わないでよ。心の中で三回呪った」


落ち着きなよ二人とも、とズレた眼鏡を押し上げながら二人を宥める天叡さん。フンッとそっぽを向く瑞祥さんと目の笑っていない笑みを浮かべる聖仁さんに苦笑いを浮かべた。

数日前から始まった月兎の舞の稽古。基本は神楽部顧問でもある富宇先生が稽古を見てくれているのだけれど、今日は本庁側の月兎の舞担当者が見学に来ていた。

去年の観月祭でも月兎の舞を担当していた役員で、後頭部が少し禿げている怖い顔をしたおじさんだ。リハーサルの時に聖仁さん達をものすごい勢いで叱っていた覚えがある。

その人が突然やって来て、今回もまた聖仁さん達に「それでも生徒代表か?」「あれだけ舞ってきて、また振り出しに戻っている」と散々な評価を投げつけた。

しまいには「これ以上稽古しても意味がないから、月兎の舞について調べてから練習しろ」と言い残して帰っていった。

私と天叡さんのペアはまだ練習を始めたばかりということもあって「見るに値しない」と判断され何も言われていない。それはそれで少し腹立たしいけれど、来年は私があんなふうにコテンパに言われるのだと思うどそっちの方が気が重かった。


そういう訳で月兎の舞とは何たるかを調べるべく、文殿にやってきた。

調べたことを原稿用紙五枚分に纏めて提出するようにも言われており、似たり寄ったりな事しか書いていない文献に頭を悩ませるいるところだ。


「月兎の舞は未成年者に深夜労働を強いてまで強行される悪しき風習である、と」

「瑞祥、流石にそれやばい」

「我々学生に出演を頼みたいならそれ相応の態度やを見せるべきである、と」

「聖仁、それは本当にやばいって」


いつもなら制止役の聖仁さんが瑞祥さんと同じテンションでご立腹なのが少し珍しい。制止役の天叡さんがちょっと大変そう。

にしても原稿用紙5枚分だなんて、何を書けば……。


「あ、はい! 提案です」


小さく手を上げるとみんなが振り向いた。


「過去の月兎の舞の記録を見て、各年代で比較して分析するのはどうでしょうか?」


おそらく過去に月兎の舞を舞った学生たちも、自分たちなりにこの舞の意味を調べてその解釈を反映していたはずだ。

それを比較すれば何か分かるんじゃないのかと思ったのだけれど……。


「……自分が恥ずかしくなってきた」

「俺も同じ事言おうとしてた」


額に手を当てて息を吐いた二人に、変なことを言っただろうかと不安になる。

手を伸ばした瑞祥さんは私の頭をぐりぐりと撫でた。


「後輩に任せてばっかじゃいらんねぇぞ、天叡!」

「そうだよ天叡、俺らも頑張らなきゃ」

「僕を一緒にしないでくれる?」


なんだか既視感のあるやり取りにくすくす笑いながら、瑞祥さんの「やるか!」の一言でみんな動きだした。

文殿最奥の一角にはまねきの社の過去の神事や神修の学校行事がビデオに残されている。月兎の舞のビデオテープも約30年分ほど記録として残っていたので、私と瑞祥さんでいくつか選別することにした。


「お二人みたいに何年も舞手に選ばれてる人の分はどうしますか?」

「んー、だったら1番最近の年のだけにしようか。そう変わらんだろ」


はい、と返事をしていくつかのテープは棚に戻した。


「思ったより多いんですね、何年も舞に選ばれてる人」

「だな。にしてもこれ今日中に全部見れんのかぁ?」


深いため息をついた瑞祥さんはガシガシと頭を書いてテープのラベルを見比べる。

その時、棚の影から聖仁さんたちが顔を出した。「お待たせ」と手のひらの中の鍵をカチャカチャ揺らす。


「借りれたよ、視聴覚室」

「ちゃんと片付けるなら使っていいって」


よっしゃ、と瑞祥さんが指を鳴らす。


「そっちはどう?」

「半分くらいは仕分けたぞ。ラベルに生徒の名前が書いてねぇし名簿もないから、過去のパンフレットと見比べながらやってんだよ」

「ここ十年分とかでいいんじゃない?」

「そのうちの半分は俺と瑞祥だけどいいの?」


なーるほど、と苦笑いを浮かべた天叡さんはビデオテープに手を伸ばした。

綺麗にファイリングされた過去のパンフレットを指でなぞりながら、ふとあることに気付く。

月兎の舞はその年で一番舞が上手い男女一人ずつ選ばれる。だとすると、お母さんも月兎の舞に選ばれていたんじゃないだろうか。

えっと……お母さんが生きていたら今は47歳で、高等部3年に選ばれていたとすれば約29年前に選ばれている。となるとビデオテープにもまだ残っているはずだ。

急いで29年前のパンフレットを広げて、月兎の舞の舞手の名前を確認する。

うんと昔にお兄ちゃんから、お父さんは椎名しいな家に婿入りしたと聞いているので、椎名はお母さんの姓。だからお母さんの名前は椎名泉寿で記されているはずだ。


「あれ……?」


パンフレットはちゃんとあったけれど、いくら探してもお母さんの名前は見当たらない。

もしかしたらこの年は選ばれなかったのかも、そう思ってお母さんが神修に在学している期間を全て遡ってみるけれど椎名泉寿の名前を見つけることはできなかった。


「選ばれてると思ったんだけどな……」

「何がだー?」


私の手元を覗き込んだ瑞祥さんにパンフレットを見せる。


「私のお母さんも神修を卒業してるんですけど、高等部1年の時には奉納祭の学年代表に選ばれてるんです。だから月兎にも選ばれてると思ったんですけど、名前がなくて」

「そうなのか? そりゃ変だな。基本的には学年代表に選ばれたら月兎の舞にも選ばれる仕組みになってるらしいぞ」


だったら余計におかしい。富宇先生も絶賛するほどの実力を持っていたのにお母さんが選ばれていないなんて。


「それ、多分アレじゃない?」


そう声を上げた天叡さんに私たちは振り向いた。ちょっと楽しそうに笑って続ける。


「選ばれてはいるけど断ったんだよ、巫寿ちゃんのお母さん」

「え……? どうして断るんですか?」


月兎の舞に選ばれることは神楽を専攻する学生たちにとっては名誉であり憧れだ。それをわざわざ断るだなんて。


「巫寿ちゃんも知ってるでしょ、観月祭の伝説。あの伝説が月兎の舞に由来してるってのは知ってる?」

「あ、はい」

「だから断ったんだよ」


観月祭の伝説のせいで断った?

顎に手を当て首を傾げ、すぐに答えにたどり着き「あっ」と声を上げた。観月祭の伝説────好きな人と手を繋いで一緒に池に手を入れると永遠に結ばれる、といわれている。

もしそれを当時のお母さんも知っていたのだとして、観月祭に雌兎役として選ばれていたとして、その当時好きな人がいたのだとしたら。

なるほど、確かに乙女心としては本当に好きな人と手を繋ぎ池に手を入れたいと思うだろう。つまりお母さんは好きな人がいるから、観月祭の雌兎役を断っていたということだ。

以前ほだかの社で禄輪さんにアルバムを見せてもらった時、お父さんとお母さんは初等部の頃からよく一緒に写真に写っていた。つまりこの頃からお母さんはお父さんに片思いしていた可能性がある、ということでもある。

なんだか覗いてはいけない記憶の1ページを覗いてしまったような感覚になっていそいそとパンフレットをファイルに戻した。


「なー、どういう意味だよ! 解説しろよ天叡!」

「瑞祥ってほんとそういうのに鈍いよね。鈍感っていうか」

「はァ? じゃあ聖仁は分かったのかよ!」


教えろよー!と肩を揺する瑞祥さんに、少し意地悪な笑みを浮かべて黙る聖仁さん。もうイチャついているようにしか見えない。

とにかく今ある分は片付けるよ、といつの間にか仕切り役になった天叡さんの一声で私たちは視聴覚室へ向かった。


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