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恋する乙女

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観月祭の話題が出始めたということは、もちろん学校内も"例の伝説"の話題で持ち切りになる。

夕飯を食べながら五分に一回は他学年の女の子に声をかけられ席を立つ嘉正くんに、皆はにやにやと悪い笑みを浮かべる。

数分後、疲れたように息を吐いて戻ってきた嘉正くんに「モテる男は辛いねぇ」と慶賀くんが囃し立てた。


「笑い事じゃないよ。目の前で女の子に泣かれた時の俺の気持ち分かる?」

「うわッ、なんかその発言超ムカつくんだけど!」

「慶賀もモテればいずれ分かるよ」

「はァァ!?」


なんだたコノヤロー!と立ち上がった慶賀くんを無視してお味噌汁を啜る。

二人のやり取りにくすくすと笑った。


観月祭にはこんな伝説がある。

"観月祭の日に配られるススキを手首に括り付けて好きな人と手を握り、庭園を流れる川に浮かぶ月影にその手を浸すとその二人は永遠に結ばれる"

この噂は月兎の舞に由来しているのだと、去年先輩二人から教えてもらった。月兎の舞を舞った初代の学生ふたりが卒業後にお付き合いして結婚したらしく、それが関係しているらしい。川に手をつけるというのは、舞が始まる前の清めの儀を模しているのだとか。

だから毎年二学期の頭には、観月祭に誰を誘うのかという話で持ち切りになる。


「そもそも観月祭は夜中だし、先生に見つかればもれなく罰則なんだよ。そんな危険犯してまで誰かと付き合いたいとは思わないなぁ」

「嘉正って見た目通りの現実主義者だよね。彼女欲しくないの?」

「そりゃ人並みに欲しいけど、どうしても同級生とか下級生って妹に見えちゃうというか」


確か嘉正くんって、告白されても毎回「ごめん妹にしか見えない」と断っているんだっけ。結構残酷な断り文句だと思うのは私だけだろうか。


「あれ? そういや泰紀、今年はまだ一人しか声かけられてなくない?」


嘉正くんの質問に「んぁー」と曖昧な返事をする。

同級生たちの中で嘉正くんの次に人気があるのは泰紀くんだ。去年も数人の女の子から声をかけられていた。一日に一人は声をかけに来ていたけれど、三日前を最後にピタリと誰も来なくなった。


「皆も気付いたんだろ、泰紀はただの筋肉バカだって」

「うるせー」


いつもなら喧嘩に発展する慶賀くんの軽口をスルーした。驚いた私達は顔を見合わせる。

何も言い返さず反応もせず、もそもそと焼き鮭を咀嚼する泰紀くん。お前熱でもあんのか?と慶賀くんが心配そうに手を伸ばしたその時。


「泰紀さん……ッ!」


可愛らしい声が泰紀くんの名前を呼んで、みんなして振り返った。

ショートカットで頬のそばかすが可愛らしい溌剌とした女の子だった。紺色の制服なので中等部の子だ。泰紀くんが親しげに「おお」と手を挙げて名前を呼ぶ。おそらく泰紀くんが所属する槍術部そうじゅつぶの後輩なのだろう。

どうした?と聞き返されて、その子は首からおでこまで全部を赤くする。後ろに控えていたのは彼女の友人なんだろう。「頑張れ!」「行ける!」と彼女の背中を押している。

これはもしや、と皆の興味深げな視線が集まる。


「か、観月祭……"惚れた女がいるから"って断ってるって本当ですか!?」


数秒の沈黙のあとみんなが分かりやすく目を剥いた。爆発するようなざわめきの後、すぐにまた静まる。皆泰紀くんの反応を待っているんだ。

固まっていた泰紀くんは忙しなく視線を泳がせたあと、人差し指で頬を掻いてひとつ咳払いをした。


「……んな事、どこで知ったんだよ」

「はぐらかさないでください!」


恋する乙女はいざと言う時急に逞しくなる。迫力に圧倒された泰紀くんは驚いたように身体をのけぞった。


「お、おお……すまん。えっと、まぁ……その通り、だな。好きな子がいるから、そういうのは無理なんだ」


皆の目に「好奇心」という光がみるみる宿る。間違いなく後から質問攻めにあうだろう。

女の子は期待に満ちた瞳で泰紀くんに歩み寄った。後ろのお友達は「絶対いけるよ!」「あんただよ!」と小声で応援を送る。

偶然その声が聞こえた私は「ん?」と眉根を寄せる。何故だか不穏な流れを感じる。ひょっとして彼女たち。


「それって……私の事ですか!?」


予想は見事に的中した。

この子、完全に泰紀くんの好きな人は自分なんだと勘違いしてる。こうなったら泰紀くんの言い方によって、かなり傷付けちゃうことになるだろうし慎重に返事をするべきなんだけれど────。


「ははは、何言ってんだ? お前そんな冗談言うタイプだったか?」


額を押えて項垂れた。

駄目だ、よりによって最悪な振り方をしてしまった。

案の定羞恥と怒りで顔を真っ赤にした女の子は肩をぶるぶる震わせた。そして鋭い眼光で泰紀くんを睨みつけると、大きく振りかざされた手が鞭のようにしなって泰紀くんの左頬に命中した。

バチンッと乾いた音がして思わず目を瞑った。恐る恐る片目を開けると、顎が外れたように絶句し固まるクラスメイトたち。


「このッ……女ったらし!!」


目に大粒の涙を貯めた女の子はそう言い捨てて走り去って行った。

だだっ広い広間に怖いくらいの沈黙が訪れる。ぶたれた左頬を押さえて完全に固まった泰紀くんの脇に手を入れて、嘉正くんは無理やり立ち上がらせた。


「泰紀の名誉のためにも、一旦退避しよう」


あそこまで大騒ぎしたんだからもう手遅れだと思うけど。

固まる泰紀くんを引きずって広間の外に出る。途端、案の定広間がお祭り騒ぎになるのが聞こえ、心の中で泰紀くんに小さく手を合わせた。



「────で、好きな女って恵里ちゃんのこと?」


私たちが内緒話をする時のお決まりの場所である庭園の反り橋の下まできた私達。

固まった泰紀くんをドサリと下ろした嘉正くんは、人のいい笑みを浮かべてそう尋ねた。


「なッ……!?」


言葉に出さずとも分かりやすく肯定した泰紀くんに皆が吹き出した。ここもいよいよかぁ、と私には少し感慨深い。

恵里ちゃんの片思いはもう一年ほど続いている。

親友である恵里ちゃんとは幼稚園からの付き合いだ。小中と同じ学校に通い高校からは別々になったけれど、帰省すれば会えなかった時間を埋めるように色んな話をする。最近はもっぱら恵里ちゃんが片思い中の泰紀くんについての話題が多かった。

本来なら接点なんてないはずの二人は、去年の夏休みにたまたま一緒に夏祭りに行くことになり出会った。泰紀くんに一目惚れした恵里ちゃんは帰る直前に駅の改札前で公開告白をし、「まずはお友達から」ということで今に至る。

春休みにはデートをしていたし、呼び方もいつの間にか呼び捨てになっていた。この夏休みも二回ほどデートして、ほぼ毎日電話やメッセージのやり取りをしていたらしい。泰紀くんの中で何かが変わり始めているのは薄々感じていたけれど、いよいよ両思いとはなんとも感慨深い。


「二人の関係は皆知ってるし、隠しても意味ないよ」

「どっちかっていうと"いよいよか~"って感じだしね」


だよな~、と感慨深そうに頷くみんな。

私と同じ感覚だったらしい。


「お、お前らッ、絶対言いふらすなよ!?」


塾したトマトのごとく耳まで赤くした泰紀くんがくわッとそう捲し立てる。


「言いふらすも何も、明日には全校生徒にバレてると思うけどね」

「あんな公開告白しちまったらなぁ」

「まぁ恵里ちゃんって他校の子だし、すぐに皆キョーミなくなるよ」


皆の冷静な返答に、泰紀くんは先程の自分のやり取りを思い出したのか頭を抱えて悶えていた。



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