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恋する乙女

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その日の放課後、部活が始まる少し前に稽古場へやってきた神楽部かぐらぶ顧問の富宇ふう先生が私と三年生の先輩を一人呼びつけた。

その先輩とは部活で雑談をする程度で、深い関わりがある訳でもない。もちろん二人揃って呼び出されるような心当たりはない。

物静かなタイプの先輩は、私の隣を歩きながら少し不安げな顔で眉根を寄せた。


「僕、何かしたっけ……巫寿ちゃんは心当たりある?」

「私もありま……せん」


普段なら即答できるのだけれど、神修へ入学してからはヤンチャなクラスメイト達に巻き込まれて一緒に罰則を喰らうことが増えた。

少し前まで朝の清掃が稽古場の担当だったのだけれど、清掃をサボって雑巾サッカーをしていた慶賀くん達が神棚に雑巾を乗せて榊の葉が数枚落ちたことがあった。

葉っぱが落ちるのは自然な事だし綺麗に片付けたからバレていないと思ったけれど、もしかしたら私が呼び出されたのはその件かもしれない。

入口のそばで待っていた富宇先生に駆け寄ると「廊下で話しましょう」と外へ出るように促される。ドキドキしながら廊下へ出ると、聖仁さんと瑞祥さんの二人が立っていて、富宇先生は二人に歩み寄る。

富宇先生の後ろをついてきた私たちに気付いた二人が「お」と小さく手を挙げた。


「雌兎役は巫寿だとは思ってたけど、雄兎役は天叡てんえいなのか!」

「よろしくね、二人とも」


なんの事だか分からず先輩と顔を見合わせる。富宇先生がにこにこしながら私と先輩の顔を交互に見た。


「二人には今年の月兎げっとの舞に出る二人の控えとして、一緒に稽古してもらうわ」


先輩が目を瞬かせた。


「こういうの舞台用語でなんて言うんだったかしら。アンダー……アンダーシャツ?」

「富宇先生、それ野球部がユニフォームの下に着る服です。仰りたいのはアンダーステイじゃないですか?」

「そうそう! アンダーステイよ、アンダーステイ。二人にそれをお願いしたいの」


アンダーステイ────主演級の役を務める役者が怪我や病気で出演できなくなった時にその人の代わりに出演するために最初から一緒に稽古する役者のことだ。

それを、私と天叡さんが?


「去年の事があったからね、本庁が今年からはそうしようって決めたのよ」


去年の事、応声虫おうせいちゅうで瑞祥さんが倒れてしまい出演できなくなったことを言っているんだろう。

急遽代役を頼まれて、朝から晩まで稽古に明け暮れた日々を思い出す。あの時は不安とプレッシャーで押しつぶされそうな毎日だったけれど、今となってはいい思い出だ。


「ただ控えに選ばれただけじゃないわ。二年生の巫寿さんは来年の月兎の舞に雌兎役で内定してるってことだから、今のうちからしっかり稽古しましょうね」


え、と目を見開いた。

私が来年の月兎の舞の雌兎役に内定してる……?

月兎の舞と言えば観月祭の目玉、満月の下赤い太鼓橋の上で舞われる特別な演目だ。18歳以下の若者が演じる演目なので、毎年神修の中で一番舞の上手い学生が男女一人ずつ選ばれる。ここ数年はずっと聖仁さんと瑞祥さんが選ばれていた。

そんな二人も来年から専科に進むので別の人が選ばれるのは当たり前なのだけれど、まさかそれが私だなんて。


「納得の人選だよな、聖仁!」

「そうだね。巫寿ちゃんなら安心して任せられる」


うんうん頷く先輩二人に頬が熱くなる。二人がそう評価してくれていることが純粋に嬉しかった。天叡さんが「僕はどうなんだよー」と少しおどける。二人はにししと笑って肩に手をかけ飛び付いた。


「稽古は明日から始まるから、詳しい日程は二人に聞いてちょうだいね」


期待してるわね、と私と先輩の方を叩いた富宇先生は片目をつむって私たちに笑いかけると稽古場へ入っていった。


「稽古の日程、本庁の掲示板に貼ってあるから今から見に行こうぜ!」


瑞祥さんが私の頭をガシガシと撫でながらそう身を乗り出す。


「あ、それなら俺が写真撮ったから後で二人に送るよ」

「だったらこの四人でグループトーク作るか?」

「お、名案じゃん。稽古始まったらそこで色々共有しようか。えっと、グルートークってどこから作るんだっけ」

「しっかりしろよ聖仁!」


からから笑った瑞祥さん。聖仁さんの手元のスマホを覗き込み「まずここを押してだなぁ」と話し込み始める。

相変わらず仲良いなぁ、と天叡さんは少し呆れたように肩を竦めて笑った。

夏休みの間は聖仁さんに対してぎこちない態度を取っていた瑞祥さんだが、自分の気持ちを自覚して受け入れたのか、今は以前と同じように話せるようになった。

少し赤く染った瑞祥さんの横顔を見る。

あとはお互いにお互いの気持ちを伝えれば二人とも幸せになれるのに、二人とも気持ちを伝えようとしないのが見守っている側としてはもどかしい。

この際何かきっかけを作ってあげようかなんて一瞬思ったけれど、二人の恋路を共に応援している親友の恵里えりちゃんと「何があっても見守る」と約束したことを思い出しかぶりを振る。

二人の気持ちはもう同じなんだから、きっと神さまが良いように導いてくれるはずだ。



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