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予感

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私や父さん達の友達だ、禄輪さんからそう紹介された神職さまたちはとてもいい人たちだった。

お父さんやお母さんがこの人たちからとても大切にされ可愛がられていたことがよく分かる。両親のことを話す時の顔が皆とてと優しかった。

一日の奉仕が終わると流れるように宴会が始まった。私のために両親との思い出を沢山語ってくれて、私の知らない学生時代の二人の話はとても新鮮だった。

それ以上に私との再会を喜んでいた。何か話し終わる度に「それにしてもこんなに大きくなって」と禄輪さんに似た大きな手で私の頭を撫でる。

私は幼い頃に神職さま達と会ったことがあるらしい。小さい頃に会っていたとはいえ、覚えていないのが申し訳なかった。


22時を過ぎた頃に禄輪さんから部屋へ戻るよう促された。

"立派に後見人やってんじゃねぇか!"と禄輪さんがからかわれて顔を真っ赤にしていたので、大人しく部屋に戻ることにした。

楽しかった余韻に浸りながら借りている寮へ向かって社頭を歩いていると、鳥居をくぐって中へ入ってくる人影が二つあることに気付いた。


この時間は妖たちのための社が開いている。人が通れる本殿前の鳥居は、神職の許しがない限り普通の人は通って入れない。仕組みはよく分からないけれど、社をめざして歩いても鳥居の前にすら辿り着けないらしい。

妖たちは幽世かくりよと繋がる本殿裏のもうひとつの鳥居から入ってくる。つまりこの時間に前の鳥居入ってくる人は、社の関係者だ。

暗闇で顔はよく見えないけれど、迷うことなく参道を進み本殿を目指して歩いてくる。一人はかなり背が高くもう一人は華奢な体格に見えた。


「────よく……ることを許したな」

「────……てないよ。だからこうして突撃するんじゃん」


風に乗って話し声が聞こえてくる。男性と女性の声だ。二人は白衣に色付き袴を身に付けていた。


「でもまさか嬉々ききが乗ってくるとは思わなかったけど」


はっきりと聞こえた声には聞き覚えがあった。偶然聞いてしまった単語に目を丸くする。本殿の前で立ち止まっていると、参道を歩いてくる二人組が少し離れたところで足を止めた。


「あれ、巫寿?」


驚いたように名前が呼ばれる。昼間吊るしたばかりの提灯がその人の顔を照らした。


くゆる先生? 嬉々先生も…」


思わぬ来訪者に目を丸くした。

神々廻ししべくゆる先生、私が通う神役修詞高等学校しんえきしゅうしこうとうがっこうの教員であり一年からの担任だ。その隣に立つのは玉富たまとみ嬉々きき先生、同じく神修の教員で呪法関連の科目を担当している。

不揃いの前髪から細められた目が私を見る。ドキッとして一瞬息が止まる。一年の時から嬉々先生の授業を受けているけれど、冷たいこの目にはいつまでも慣れない。


「久しぶりだね、巫寿。夏休み楽しんでる?」

「あ…はい」

「ここにいるって事は巫女助勤のバイト?」


こくりと頷けば「バイトもいいけど、友達といっぱい遊びなよ」と私の頭を軽く叩いた。


「先生達はどうして……? お二人も頼まれたんですか、お手伝い」

「お、という事はもう集まってる? 禄輪のオッサンのオナカマ」


社務所を指さした薫先生。不思議に思いながらもひとつ頷く。

薫先生は私の質問には答えず「宿題サボっちゃダメだよ」とだけ言うと嬉々先生と共に社務所の中へ入っていった。


部屋に戻ると薫先生にも釘を刺された夏休みの宿題に取りかかった。最終日に慌てて終わらせる性格ようなではないけれど、早いうちからコツコツ進めておくに越したことはない。

うんうんと唸りながら一時間くらい取り組んだ所で「今何時だろう?」とスマホを探す。普段なら部屋に戻るとすぐに充電器に繋げるはずなのに、コードにも繋がっていなければテーブルの上にも置いていない。

部屋の中で心当たりのあるところを探し回ったけれど見つからず、宴会をした社務所の奥にある座敷で最後に触った事を思い出す。

明日も朝は早い。アラームなしでは起きられない。となると……取りに行くしかないか。

ひとつ息を吐き、重たい腰を上げて部屋を抜け出した。


雪駄に履き替えて社頭に出た。

お祭りが近いので屋台の設営に勤しむ妖達が多い。参道を横切っていると「良い月夜ですね」と声をかけられた。妖たちの世界では「こんにちは」の代わりにそう挨拶する。

途中で知り合いにもあった。神修の校舎があるまねきの社でよく駄菓子の屋台をだしている青女房あおにょうぼうと呼ばれる妖だ。女官姿の妖で、笑うとお歯黒がニィッと見える。気風のいい子供好きな妖だ。

挨拶するとぼさぼさになるまで撫で回されて、両手いっぱいにお土産を渡された。そんなつもりじゃなかったんだけどな、と思いつつありがたく頂戴し屋台を後にした。

社務所に顔を出すと夜勤の神職さまが「あれ?」と私を見る。


「どうしたんですか、巫寿さん」

「スマホを忘れてきたみたいで」

「そうですか。酔っぱらい共に捕まらないように、すぐに部屋に戻るんですよ」


禄輪さんたちはまだ酒盛りしているらしい。小さく笑って「はぁい」と答えた。

座敷を目指して軋む廊下を歩いていると、僅かに開いた障子の隙間から声が漏れてきた。楽しげな声とは言い難い、どこか潜められた低い声だった。

真面目な話でもしているのだろうか。だったらもう少し後にした方がいいか。

話し合いの邪魔にならないよう足音を立てずにそっと歩み寄る。少しだけ様子を伺ってから顔を出そうと耳をそばだてた。


めぐむが神修に現れたのは何のためだ? 話をしてないのかくゆる


神職さまの一人がそういった。唐突に出てきた「芽」という単語に目を見開く。


「話したけど相変わらず意味不明だったよ。ていうか俺より先に駆け付けた嬉々の方が何か話したんじゃないの?」

「お前ら馬鹿どもの話は要領を得ん」

「あはは、一緒にしないでよ」


薫先生の声色に若干の親しみが籠る。嬉々先生とのやりとりもどこか幼くて気楽そうだ。

薫先生は学生時代、嬉々先生と同級生だったと聞いている。ただのクラスメイトではなく親友だったという事も。そしてその親友はもうひとりいる。同級生でクラスメイト、良きライバルで親友だった人。

前に薫先生が私達に話してくれたことがある。

『敵しかいないこの世界で唯一俺のことを心の底から愛してくれた人。俺が強くなるきっかけになった人。────俺が、この世で一番殺したい人なんだ』

言祝ぎのみを持って生まれた薫先生の双子の兄、神々廻ししべめぐむ

去年の出来事が一気に脳裏を過った。

初めて会ったのはゴールデンウイーク、お兄ちゃんのお見舞いに行った帰り道の交差点で信号待ちをしている時に話しかけられた。二度目は夏休みの最終日、鬼脈きみゃくで買い物をしている時にまた声をかけられた。そして三度目が二学期奉納祭のあの日、神修の敷地内で私達の前に現れた。

その少し前まで、神修では応声虫おうせいちゅうと呼ばれる怪虫によって学生達の声が奪われて、心肺停止に陥るほど重篤な症状がでた学生も出ていた。芽さんが現れたのはやっと被害が落ち着き始めたそんな頃だった。


「芽から応声虫を受け取った生徒の話だと、二学期が始まる前に「めずらしいカブトムシの幼虫」だって言われて渡されたらしい。芽本人の発言から裏も取れてる」

「まさか神修の学生を利用するとは……狙いは本庁だけじゃなかったのか?」


芽さんの狙いが本庁……? どういう事? 狙いって何だろう。

奉納祭の時、芽さんと対峙した嬉々先生は彼が追われている身であるようなことを言っていた。

芽さんはどうして追われているんだろう。追われている身でありながら、本庁になんの目的があるんだろう。

芽さんは一体何者なの……?


「もう13年経った。今まで何も動きがなかった方がおかしいんだ」

「ああ……そうか。もうそんなに経ったか」

「ねぇ、オジサンたち俺に遠慮してる? だったらそういうのいいよ。いちいち気遣われる方が面倒くさいから。箝口令は敷かれてるけど、当時の人らはみんな知ってることでしょ」


神職さま達が少し困惑した空気を感じ取る。薫先生はそのまま続けた。


「芽が空亡側について、13年だ」


あまりにも予想外な言葉に一瞬思考が停止した。

声が漏れそうになって咄嗟に口を塞いだ。心臓の動きはゆっくりなのに、まるで耳元で脈打つように体の中で響いている。口を塞ぐ手が小刻みに震え、反対の手で手首を握りしめた。

芽さんが、空亡についた……?


「13年経って少しずつ動き始めてる。あいつが今まで何もしてこなかったわけがない、ずっと準備はしてたんだ。その一つがおそらく去年の一学期に起きたにのまえ方賢ほうけんの件。方賢を唆したのも芽で間違いない」


一方賢────まねきの社の文殿としょしつで奉職していた権禰宜ごんねぎだ。よく文殿を利用していた私は方賢さんとは顔見知りだった。

彼は一学期の中頃、学校内に封印し保管されていた空亡の残穢を盗もうとして私達に見つかり、結果残穢に取り込まれてしまった。

そう唆したのが芽さんなの?

方賢さんの劣等感を利用して言葉巧みに操って、彼が築いてきたものもこれまでの努力もすべて水の泡にした大元が芽さんなの?

禄輪さんが深い息を吐いた。他の神職さま達も深く考え込んでいるような唸り声をあげる。

皆が黙り込み重い空気が流れ始める。「おい待て」と禄輪さんが何かに気付いたような焦りをにじませた声でその沈黙を破った。


「方賢と芽が繋がっていたとして、なぜ芽は二学期の奉納祭に現れることができたんだ。まねきの社の鳥居は13年前に芽が離反してから芽を通さないようになったはずだ。誰かが招きいれたにしても、芽と繋がっている方賢はその時瞬き一つ自分ではできない状態だった」


神修に来たばかりのころ、クラスメイトに教えてもらった結界の仕組みを思い出した。

社の鳥居は社や神職たちを守るために、悪しきを通さない。社を害し神職に仇なすものは結界によって鎮守の森にとばされ彷徨う事になる。

ただ、それを逃れる方法が一つだけある。社の中にいる神職に「招かれる」ことだ。神職に招かれた人や妖は無条件で全ての鳥居を安全に通り抜けることができる。

さっきよりも鼓動がうるさい。背筋を嫌な汗が伝う。


「ここまで色々起きてるんだよ、あの鉄壁の結界が守る神修の中で。そりゃもう疑うしかないでしょ────裏切り者」


ウラギリモノ、うらぎりもの────裏切り者。

その言葉の意味を理解すると同時に、体の中心がぶるりと震える。


「おそらく一人か二人内部にいる。神職か役員か……その辺はまだ分からないけれど」

「ここに来るまで気付けなかったということは上層部の人間か芽の筋書きにはそこまで深く関わっていない下っ端程度の輩だからだろう」


嬉々先生がそう続けて、部屋の中の空気が動く。


「お前達……気付いていたなら何故すぐに知らせないんだ!」


禄輪さんが声を荒げた。これまで沢山叱られてきたけれど、そんなふうに怒鳴る姿は初めてだ。


「確証がなかったんだって。下手に動いて取り逃がすよりかはマシでしょ」

「それはそうだが……!」

「知らせたところで俺たちを”かむくらの神職”に加えるつもりはないくせに」


冷静で、でも静かな怒りが籠っている声。

かむくらの神職、薫先生の口からその言葉が出た途端部屋の中の空気が一気に引き締まったのを感じた。

かむくらの神職────13年前の空亡線で混乱のさなか最前線で戦い続けた神職たち。両親や禄輪さんが所属していた義勇軍だ。


「かむくらの神職はもう機能していない。お前たちを加えるどうこうの話じゃない」

「嘘だね。普通に考えて、他所の宮司が社を留守にしてまで他の社の夏祭りを手伝うわけないでしょ」


禄輪さんが言葉を詰まらせる。


「集めてるんでしょ、かむくらの神職たち。動き出してるんでしょ、再戦に向けて」

「御託はいいとにかく私達も加えろ」


ダンッと机の天板が叩かれる音がした。食器が跳ねて箸が転がる。


「駄目だ! 子供が何言ってる!」

「あはは、アラサーのオッサンに何言ってんの。妖じゃあるまいし」

「それでも駄目なものは駄目だ! 足手まといだ!」

「芽の言祝ぎを相殺できる可能性があるのは俺だよ。つまりアイツを捕まえるにしろ殺すにしろ可能性があるのは俺だけってこと」


殺す、その言葉に息を飲んだ。親友であり唯一無二の兄弟に向ける言葉にしてはあまりにも鋭利だった。


「昔に比べて技術も知識も経験も格段に上がってる。子供だから足手まといだからなんて理由で納得するわけないだろッ!」


薫先生の声に芯が通った。


「安心して。親友だ兄弟だって理由で絆されるほど、俺も嬉々も優しくないから」


これまで平坦だった声色に初めて感情が見える。怒っているように聞こえるはずなのに、今にも深い悲しみに飲み込まれそうなほど頼りない。

これ以上は聞いていてはいけない気がして、そっと座敷から離れる。早足で部屋へ戻りながら、胸騒ぎはどんどんと大きくなっていく。


神々廻芽、空亡、かむくらの神職。


これから一体何が起ころうとしているのか、私には分からない。

ただ初めて妖と対峙して殺意を感じ取ったあの時の感覚が、遠くから少しずつ近付いてきているような気がした。


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