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予感
参
しおりを挟む私の後見人である神母坂禄輪さんは、ほだかの社で宮司として奉職している。
ほだかの社の歴史は長く、十三年前の空亡戦によって社が潰れるまでは、かなり権威のある地位にいたらしい。
今年の年末年始に巫女助勤として社を手伝った際はまだ建物のあちこちに工事中のシートがかけられていたけれど、再建が始まって一年半が経ちようやく本殿の修繕が終わった。
敷地が広いので立派なお社なのだとは何となく分かっていたけれど、初めて見た本殿のその荘厳さには圧倒されたものだ。
社紋が描かれた提灯を吊るしながら、本殿を見上げて息を吐いた。
「おーい、そこの巫女の姉ちゃん。出店許可書はどこに貼ったらいいんだ?」
ハッと我に返って脚立の上から下を見る。
黒いキャップを被った顔色の悪いおじさんが着崩した着物の前併せを窮屈そうに引っ張って私を見上げている。
「あ、はい! 説明します!」
よっと脚立を降りて、おじさんに駆け寄った。
「いやぁ、今年の夏はとりわけ暑くてたまんねぇな」
「毎日最高気温更新してますもんね」
青い、というか緑い顔を歪ませたおじさんが帽子を脱いだ。
「こんなんじゃ俺ら、干からびちまうよ」
干からびる、というのは彼らの中ではあながち冗談ではない。
キャップの下から出てきた少し黄ばんだお皿。小脇に挟んでいたペットボトルを躊躇うことなく頭の上でひっくり返す。
「ふはぁ~! 生き返る!」
「河童って大変なんですねぇ」
「夏は乾くし冬は凍るし、生きにくい世の中だよ全く!」
カラカラと笑ったおじさんは、「おお、あそこだ」と設営中の屋台に私を引き入れた。
このおじさんは人ではない。隣の屋台のお姉さんも向かいの屋台のお兄さんもだ。彼らは皆夜に住み、人の理解を超えた摩訶不思議な存在。
私たちはそんな彼らを妖と呼んでいる。
このほだかの社は、人だけでなくこの現世に住む妖達も守り慈しみ導く場所だ。
「巫寿! ちょっと来てくれ!」
社務所からそんな声がして振り向くと、禄輪さんが私に向かって大きく手を振っている。
河童のおじさんに断りを入れて「はぁい」と手を振り返した。
小走りで駆け寄ると社務所の中へ促された。大人しく中へはいると、見慣れない顔が数人増えていることに気が付く。
アルバイトを始めた時に、ほだかの社の神職さま達には挨拶をしたのでおそらく禄輪さんのお客様だろう。
どの人も白衣に袴を身につけた装いなので、間違いなくどこかの社の神職さまだ。
「祭りが終わるまで運営を手伝ってくれる人達だ。困ったことがあったらこいつらに丸投げするといい」
丸投げって。
思わず苦笑いをうかべる。
神職さまたちが身につけているのは紫に白の紋様が描かれた袴、間違いなく高位の神職さまだ。そんなふうにぞんざいに扱えるわけがない。
禄輪さんの言葉に吹き出した神職さま達は、むしろ嬉しそうにカラカラと笑う。
「俺たちのことをそんな風に扱えるのはお前だけだよ」
「気心知れた仲とはいえ、他所の社の宮司に下働きみたいな事させやがって!」
コノヤロウ、と肩に手を回された禄輪さんの表情もいつもよりどこかリラックスしていて何だか幼い。おそらくこの人たちとは友人なんだろう。
「で、このお嬢ちゃんはお前の隠し子か何かか? 仕事人間だったくせに、ヤる事ヤってたんだ────」
全部聞き終わる前に禄輪さんによって耳を塞がれた。剣幕な顔で禄輪さんが何か言っている。
「子供の前で馬鹿なこと言うんじゃないッ!」
やがて耳が開放された。禄輪さんが苦い顔で窘める。
巫寿、と名前を呼ばれて背中を押された。おそらく自己紹介をしろということだろう。
姿勢を正して頭を下げた。
「初めまして、椎名巫寿です。高校2年生です」
名乗った瞬間沈黙が訪れた。ぽかんと口を開き目をまん丸にした神職さまたちが私を凝視する。
なんだかすごく気まずい。
「椎名って……おい禄輪まさか」
禄輪さんが目を弓なりにして頷いた。私の肩を引き寄せてぽんと軽く叩く。
「ああ……泉寿と一恍の愛娘だよ」
神職さまの一人が、よろよろと私の前まで歩み寄った。震える手が私の両肩を掴む。驚きで満ちた目がじっと私の顔をのぞきこんだ。
「年越の大祓に行った他の奴らから、話は聞いてたんだ。一恍の子供らに会ったって。ああ……そうか。この子があの二人の。そうか、そうか」
やがて私の肩を掴む両手が背中に回された。少し苦しいくらいの力で強く抱きしめられる。
「こんなに大きくなってたんだな……」
耳元で鼻をすする音が聞こえた。おそらく泣いているんだろう。どうすればいいのか分からなくて助けを求めるように禄輪さんを見上げる。
もう少しそのままにしてやってくれ、そう言われて戸惑いながらもその人の背中を摩った。
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