上 下
206 / 223
予感

しおりを挟む

私の後見人である神母坂いげさか禄輪ろくりんさんは、ほだかの社で宮司として奉職している。

ほだかの社の歴史は長く、十三年前の空亡くうぼう戦によって社が潰れるまでは、かなり権威のある地位にいたらしい。

今年の年末年始に巫女助勤として社を手伝った際はまだ建物のあちこちに工事中のシートがかけられていたけれど、再建が始まって一年半が経ちようやく本殿の修繕が終わった。

敷地が広いので立派なお社なのだとは何となく分かっていたけれど、初めて見た本殿のその荘厳さには圧倒されたものだ。

社紋が描かれた提灯を吊るしながら、本殿を見上げて息を吐いた。


「おーい、そこの巫女の姉ちゃん。出店許可書はどこに貼ったらいいんだ?」


ハッと我に返って脚立の上から下を見る。

黒いキャップを被った顔色の悪いおじさんが着崩した着物の前併せを窮屈そうに引っ張って私を見上げている。


「あ、はい! 説明します!」


よっと脚立を降りて、おじさんに駆け寄った。


「いやぁ、今年の夏はとりわけ暑くてたまんねぇな」

「毎日最高気温更新してますもんね」


青い、というかあおい顔を歪ませたおじさんが帽子を脱いだ。


「こんなんじゃ俺ら、干からびちまうよ」


干からびる、というのは彼らの中ではあながち冗談ではない。

キャップの下から出てきた少し黄ばんだお皿。小脇に挟んでいたペットボトルを躊躇うことなく頭の上でひっくり返す。


「ふはぁ~! 生き返る!」

河童かっぱって大変なんですねぇ」

「夏は乾くし冬は凍るし、生きにくい世の中だよ全く!」


カラカラと笑ったおじさんは、「おお、あそこだ」と設営中の屋台に私を引き入れた。

このおじさんは人ではない。隣の屋台のお姉さんも向かいの屋台のお兄さんもだ。彼らは皆夜に住み、人の理解を超えた摩訶不思議な存在。

私たちはそんな彼らをあやかしと呼んでいる。

このほだかの社は、人だけでなくこの現世うつしよに住む妖達も守り慈しみ導く場所だ。


「巫寿! ちょっと来てくれ!」


社務所からそんな声がして振り向くと、禄輪さんが私に向かって大きく手を振っている。

河童のおじさんに断りを入れて「はぁい」と手を振り返した。


小走りで駆け寄ると社務所の中へ促された。大人しく中へはいると、見慣れない顔が数人増えていることに気が付く。

アルバイトを始めた時に、ほだかの社の神職さま達には挨拶をしたのでおそらく禄輪さんのお客様だろう。

どの人も白衣に袴を身につけた装いなので、間違いなくどこかの社の神職さまだ。


「祭りが終わるまで運営を手伝ってくれる人達だ。困ったことがあったらこいつらに丸投げするといい」


丸投げって。

思わず苦笑いをうかべる。

神職さまたちが身につけているのは紫に白の紋様が描かれた袴、間違いなく高位の神職さまだ。そんなふうにぞんざいに扱えるわけがない。

禄輪さんの言葉に吹き出した神職さま達は、むしろ嬉しそうにカラカラと笑う。


「俺たちのことをそんな風に扱えるのはお前だけだよ」

「気心知れた仲とはいえ、他所の社の宮司に下働きみたいな事させやがって!」


コノヤロウ、と肩に手を回された禄輪さんの表情もいつもよりどこかリラックスしていて何だか幼い。おそらくこの人たちとは友人なんだろう。


「で、このお嬢ちゃんはお前の隠し子か何かか? 仕事人間だったくせに、ヤる事ヤってたんだ────」


全部聞き終わる前に禄輪さんによって耳を塞がれた。剣幕な顔で禄輪さんが何か言っている。


「子供の前で馬鹿なこと言うんじゃないッ!」


やがて耳が開放された。禄輪さんが苦い顔で窘める。

巫寿、と名前を呼ばれて背中を押された。おそらく自己紹介をしろということだろう。

姿勢を正して頭を下げた。


「初めまして、椎名しいな巫寿みことです。高校2年生です」


名乗った瞬間沈黙が訪れた。ぽかんと口を開き目をまん丸にした神職さまたちが私を凝視する。

なんだかすごく気まずい。


「椎名って……おい禄輪まさか」


禄輪さんが目を弓なりにして頷いた。私の肩を引き寄せてぽんと軽く叩く。


「ああ……泉寿せんじゅ一恍いっこうの愛娘だよ」


神職さまの一人が、よろよろと私の前まで歩み寄った。震える手が私の両肩を掴む。驚きで満ちた目がじっと私の顔をのぞきこんだ。


「年越の大祓に行った他の奴らから、話は聞いてたんだ。一恍の子供らに会ったって。ああ……そうか。この子があの二人の。そうか、そうか」


やがて私の肩を掴む両手が背中に回された。少し苦しいくらいの力で強く抱きしめられる。


「こんなに大きくなってたんだな……」


耳元で鼻をすする音が聞こえた。おそらく泣いているんだろう。どうすればいいのか分からなくて助けを求めるように禄輪さんを見上げる。

もう少しそのままにしてやってくれ、そう言われて戸惑いながらもその人の背中を摩った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

処理中です...