206 / 248
予感
参
しおりを挟む私の後見人である神母坂禄輪さんは、ほだかの社で宮司として奉職している。
ほだかの社の歴史は長く、十三年前の空亡戦によって社が潰れるまでは、かなり権威のある地位にいたらしい。
今年の年末年始に巫女助勤として社を手伝った際はまだ建物のあちこちに工事中のシートがかけられていたけれど、再建が始まって一年半が経ちようやく本殿の修繕が終わった。
敷地が広いので立派なお社なのだとは何となく分かっていたけれど、初めて見た本殿のその荘厳さには圧倒されたものだ。
社紋が描かれた提灯を吊るしながら、本殿を見上げて息を吐いた。
「おーい、そこの巫女の姉ちゃん。出店許可書はどこに貼ったらいいんだ?」
ハッと我に返って脚立の上から下を見る。
黒いキャップを被った顔色の悪いおじさんが着崩した着物の前併せを窮屈そうに引っ張って私を見上げている。
「あ、はい! 説明します!」
よっと脚立を降りて、おじさんに駆け寄った。
「いやぁ、今年の夏はとりわけ暑くてたまんねぇな」
「毎日最高気温更新してますもんね」
青い、というか緑い顔を歪ませたおじさんが帽子を脱いだ。
「こんなんじゃ俺ら、干からびちまうよ」
干からびる、というのは彼らの中ではあながち冗談ではない。
キャップの下から出てきた少し黄ばんだお皿。小脇に挟んでいたペットボトルを躊躇うことなく頭の上でひっくり返す。
「ふはぁ~! 生き返る!」
「河童って大変なんですねぇ」
「夏は乾くし冬は凍るし、生きにくい世の中だよ全く!」
カラカラと笑ったおじさんは、「おお、あそこだ」と設営中の屋台に私を引き入れた。
このおじさんは人ではない。隣の屋台のお姉さんも向かいの屋台のお兄さんもだ。彼らは皆夜に住み、人の理解を超えた摩訶不思議な存在。
私たちはそんな彼らを妖と呼んでいる。
このほだかの社は、人だけでなくこの現世に住む妖達も守り慈しみ導く場所だ。
「巫寿! ちょっと来てくれ!」
社務所からそんな声がして振り向くと、禄輪さんが私に向かって大きく手を振っている。
河童のおじさんに断りを入れて「はぁい」と手を振り返した。
小走りで駆け寄ると社務所の中へ促された。大人しく中へはいると、見慣れない顔が数人増えていることに気が付く。
アルバイトを始めた時に、ほだかの社の神職さま達には挨拶をしたのでおそらく禄輪さんのお客様だろう。
どの人も白衣に袴を身につけた装いなので、間違いなくどこかの社の神職さまだ。
「祭りが終わるまで運営を手伝ってくれる人達だ。困ったことがあったらこいつらに丸投げするといい」
丸投げって。
思わず苦笑いをうかべる。
神職さまたちが身につけているのは紫に白の紋様が描かれた袴、間違いなく高位の神職さまだ。そんなふうにぞんざいに扱えるわけがない。
禄輪さんの言葉に吹き出した神職さま達は、むしろ嬉しそうにカラカラと笑う。
「俺たちのことをそんな風に扱えるのはお前だけだよ」
「気心知れた仲とはいえ、他所の社の宮司に下働きみたいな事させやがって!」
コノヤロウ、と肩に手を回された禄輪さんの表情もいつもよりどこかリラックスしていて何だか幼い。おそらくこの人たちとは友人なんだろう。
「で、このお嬢ちゃんはお前の隠し子か何かか? 仕事人間だったくせに、ヤる事ヤってたんだ────」
全部聞き終わる前に禄輪さんによって耳を塞がれた。剣幕な顔で禄輪さんが何か言っている。
「子供の前で馬鹿なこと言うんじゃないッ!」
やがて耳が開放された。禄輪さんが苦い顔で窘める。
巫寿、と名前を呼ばれて背中を押された。おそらく自己紹介をしろということだろう。
姿勢を正して頭を下げた。
「初めまして、椎名巫寿です。高校2年生です」
名乗った瞬間沈黙が訪れた。ぽかんと口を開き目をまん丸にした神職さまたちが私を凝視する。
なんだかすごく気まずい。
「椎名って……おい禄輪まさか」
禄輪さんが目を弓なりにして頷いた。私の肩を引き寄せてぽんと軽く叩く。
「ああ……泉寿と一恍の愛娘だよ」
神職さまの一人が、よろよろと私の前まで歩み寄った。震える手が私の両肩を掴む。驚きで満ちた目がじっと私の顔をのぞきこんだ。
「年越の大祓に行った他の奴らから、話は聞いてたんだ。一恍の子供らに会ったって。ああ……そうか。この子があの二人の。そうか、そうか」
やがて私の肩を掴む両手が背中に回された。少し苦しいくらいの力で強く抱きしめられる。
「こんなに大きくなってたんだな……」
耳元で鼻をすする音が聞こえた。おそらく泣いているんだろう。どうすればいいのか分からなくて助けを求めるように禄輪さんを見上げる。
もう少しそのままにしてやってくれ、そう言われて戸惑いながらもその人の背中を摩った。
3
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
キャラ文芸
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる