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はぐれ者同士

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「よぉ瓏」

「信乃? 帰ってたの」


酔っ払ったオヤジを布団に押し込んだ後、その足で離れまでやってきた。

瓏の部屋に顔を出すと、ちょうど今日の分の報告書をまとめていたらしい。肩越しに覗き込むと相変わらずミミズみたいな文字で読めたものじゃない。


「緊急会議で帰ってきてた。宮司が替わるから一週間くらいはこっちにおる」


先程余った甘酒の瓶を瓏に投げて寄こした。押し入れから座布団を引っ張り出してきて適当に放り投る。


「信乃……宮司じゃなくなるの?」

「しばらくの間やけどな。その間はオヤジが宮司代やることになった」


二つ折りにした座布団を枕替わりにして寝転ぶ。天井を見上げてひとつ息を吐くと、瓏が俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


表情が乏しいこいつが、僅かに眉根を寄せている。不安げなその表情に俺のことを心配しているのだと分かる。


「おう。別に宮司を外された訳じゃないし、むしろ修行に専念できる。肩の荷も降りてスッキリ爽快や」


ちゃんと俺の本心だと判断したらしい。そっか、と表情を緩めた。

報告書に向き直った瓏がするすると筆を滑らす音が聞こえる。天井のしみをじっと見つめた。相変わらずものの少ない寂しい部屋だ。ここへ来る道中も誰かにすれ違うどころか、最近誰かがここへ訪れた気配すらなかった。


「宮司交代がひと段落着いたら、これまでみたいにしょっちゅう帰ってくることはなくなると思う。年に三回くらいになるやろな」

「そっか」

「もともとお前ん事拾ってきたんはオヤジやし、悪いようにはせんやろ」

「ん」


本当にわかっとるんかこいつ。

これまで俺が宮司として気にかけてやって部分が、今後はそうもいかなくなるかもしれない。自分の立場が危うくなるとか里にいられなくなるかもしれないとか、そういう心配はないのだろうか。


「お前さ」


うん?と声だけで返事をする。


「俺と一緒に、神修通うか?」


手を止めて顔を上げた。目を瞬かせて俺を凝視する。


「これまでオヤジに稽古付けてもろてたみたいやけど、オヤジが宮司代になってその時間も取れんくなるやろ。それやったら神修で力の使い方を勉強するのも良いんとちゃう?」

「でも」

「オヤジには許可取った。あとはお前次第」


先程、瓏のこれからについてオヤジに相談した際に半ば強引に許可はもぎ取ってきてある。


「俺もこのまま宮司続けるんやったら高等部には進学せんかったけど、幸いなことに交代になったし来年の春から俺も高等部に通う。知らん場所にお前一人ってことにはならん」


うん、と瓏が頷く。表情が乏しいので、どういう反応なのか分かりにくい。瓏は机の上に視線を落とした。しばらく考え込んで、小さく首を振る。


「でも、行けない」


想像していた通りの回答で呆れを通り越してもはや面白い。


「一応聞くけど理由は?」

「信乃に、迷惑かける」

「そう言うと思ったわ」


よっと身体を起こして瓏の脳天に手刀を落とす。「痛い」と恨めしそうに俺を見上げた。

瓏はまだ千歳狐が持つ本来の力を自分で制御することが出来ない。だから今も身体には力を封じ込める呪印が毎月オヤジの手で施されている。

この数年で呪印が解けて暴走してしまったことも多々あった。その度に千歳狐をいつまで信田妻の里に置いておくのかと訴えがあった。

瓏が気にすることと言えばその辺だろう。


「明日からオヤジに、呪印を習うことになった」

「え……」

「今お前に呪印を施せんのはオヤジだけやけど、俺もできるようになったらなかなか便利やろ」


瓏を神修へ進学させるにあたって、もちろん真っ先に周りへの影響を考えた。

呪印は強力だが脆い。刻まれた文字が少しでもかければたちまち効力を失ってしまう。そうなって瓏が暴走した時に、誰も止められない状況なのはまずい。

俺が呪印の施し方をオヤジに習っておけば、いざと言う時に役に立つはずだ。


「でも、呪印って難しいんだって……」

「これまで散々足りんもを補い合ってきたんやし、そんなん今更やろ」


言っておきながら恥ずかしくなった。赤くなった頬を隠すように顔を背ける。


「里の厄介もんと信頼ゼロの頭領、強なって帰ってきて周りを見返したろうや」


瓏が顔を上げた。揺れる瞳で俺を見つめる。


「まぁ、その代わりお前も俺のこと助けろや? これまで通り、足りんもんは補い合っていくんや」


ほれ、と握りこぶしを差し出した。不思議そうな顔でその拳を見つめる瓏。強引に手を取って同じように拳を作らせた。


「俺はお前がヤバいとき、俺が何とかする。これまで通り、お前に出来んことは俺が代わりにやる。約束や」

「約束……」

「そ。ほんでお前は?」


俺は、そう呟いた瓏が視線を彷徨わせたあと恐る恐る俺を見た。


「俺は……信乃を助ける。信乃にできないこと、俺がやる。信乃のピンチは、俺が助ける」

「決まりやな」


こん、と拳をぶつけ合えば、手の甲にじんわりと熱が広がる。

目が合えば何だか小っ恥ずかしくて鼻をこする。瓏は不思議そうに合わせた拳をじっと見ている。


「……信乃」

「ん?」


瓏が顔を上げて俺を見た。


「ありがとう」


瓏が笑った。満面の笑みだった。

これまで微笑んだり吹き出しているのを何度か見た事はあったけれど、こんなにも嬉しそうに笑った顔は初めて見た。

思わず瓏の頬を叩いた。「なんで」と俺を責めるように目で訴えてくる。


「堪忍、現実かどうか確かめたくて」

「そっか……なら仕方ない」

「いや許すなよ」


この場合俺がそういうのも変なのだけれど。

なんだか全部馬鹿らしくてケラケラ笑う。瓏は赤くなった頬を擦りながら「変な信乃」と小さく肩を震わせて笑った。



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