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はぐれ者同士
伍
しおりを挟むそいつの名前が決まるよりも先に、俺の夏休みが終わった。
言葉の勉強は権禰宜に任せたし、友人たちにもわざわざ仲良くする必要はないが少し気にかけてやってくれと頼んである。
里の中であいつをよく思う奴はいない。野狐討伐の際に死者はでなかったもののあいつのせいで怪我をおった神職は沢山いるからだ。
周りはそんな調子だしこいつも類を見ないインドア派なこともあり、結局俺以外の妖狐とはろくに口を聞いていない。「まぁ仲良くやるんやで」とだけ言っておいた。
友達の手配をしてやるほどの義理もないし、なんなら俺よりも150歳は歳上なのであとは勝手に自分でなんとかするだろう。
学校があるから冬までは帰ってこないと伝えると、分かったのか分かっていないのかよく分からない顔でひとつ頷いた。
そうして友人や里の妖狐達に見送られて神修に帰った俺は、あいつに伝えたよりも少し早く里に戻ることになった。色付いた紅葉が散り始めた十一月の終わりの事だ。
普段ウザったいくらい長い連絡をよこすお袋から、至急里へ帰ってくるようとだけ端的な連絡が学校へあった。
訳が分からないままとりあえずいちばん早い車に乗り込んで、里へ着いたのはその日の夕方頃だった。数ヶ月前と変わらない長閑な景色が広がっていた。
通りを歩いて実家を目ざしていたが、やけに静まり返っているのに気が付いた。普段ならこの時間帯は仕事へ出かけたり遊びに出かける子供らで賑やかなはずなのに。
不思議に思いながら実家へ顔を出す。こちらもやけに静かで、声が聞こえた台所へ顔を出すと手伝いのばあさんに荷物をひったくられ急いで社務所へ行くように言われた。
何が何だか分からず社務所へ目指す。
社が開くのは暮六つ頃だから、日勤の神職以外はまだ来ていないはずなのに。
ばあさんに言われた通り社務所へ向かうと入口にはたくさんの雪駄がずらりと並んでいる。数からして日勤の神職だけじゃない。ほぼ全員かそれ以上は集まっているようだ。
一体どういうことや?
自分も靴を脱いで雪駄を避けながら社務所の中へ入る。声は二階の大会議室から聞こえる。激しく言い争う声だ。
会議室の入口には若い巫女助勤の女が怖ばだた表情で座っている。俺を見つけるなりハッと立ち上がった。
「お帰りなさいませ信乃さん! さぁ早く中へ!」
「一体何があったんや? 神職総出で会議なんて、祭りの前でもあるまいし」
「詳しくは中で……! 皆さま、信乃さんがお帰りになりました!」
突き飛ばされる勢いで会議室の中へ押し込まれた。
入ると同時に四方八方から色んな感情が籠った視線を感じだ。少なくともその中に好意は感じ取れない。
「信乃……ッ!」
お袋に名前を呼ばれた。上座でオヤジの横に座っていたお袋がよろよろと立ち上がり俺の元へ進んでくると倒れるように抱きついてきた。
普段なら「なんやねん」とかわすところだが、ただ事ではない様子に抱きとめる。そもそもお袋は神職ではないから、こういう会議の場に出ることはなかいはずだ。
だったらなぜお袋がここに?
「信乃さん、座ってください」
険しい顔をした権宮司にそう促され、お袋を支えたまま末席に座る。
オヤジに視線を送った。思い詰めた顔で畳に視線を落としている。他の神職たちも楽しげな表情とは言えない。
「結論から申し上げます。伊也が野狐に落ちました」
どよめきはなかった。他の神職たちはもう既に知っていたらしい。
それもそうか、でなければ学期の半ばに自分がわざわざ呼び出されたりしないだろう。
やけに冷静に分析している自分がいる。いつかこうなるかもしれないとどこかで思っていたからだろうか。
「宮司の解任に私以下全ての神職が同意しました」
「……は?」
予想もしなかった言葉に目を向いた。
「つまり、伊也ねぇの不始末の責任をオヤジに取らせる言う訳か?」
誰も反応しない。気まずそうに目を逸らす。答えなくてもその反応で肯定しているのが分かる。
お袋が「私のせいで、ごめんなさい」と俺の肩に頭を寄せて呟く。その瞬間、カッと頭に血が上った。
「お前らッ、これまでオヤジとお袋に散々……!」
「やめんか信乃」
芯の通ったオヤジの声に、くっと言葉を詰まらせる。
オヤジはひとつ息を吐いて顔を上げた。
「解任は俺が自ら申し出た。我が子が野狐になって、親が責任を取らん訳にもいかん」
俺が反論する余地もないくらい頑なな声だった。
神職は身内が野狐落ちすれば解任、昔からそう決まっている。過去に宮司の身内に野狐が出た例は聞いたことがないが、オヤジがそう申し出たのなら例外はないのだろう。
「でも……ほな次の宮司はどないすんねん。次期頭領の俺は、伊也ねぇの弟やぞ」
「現時点で新たに神託を授かった者はいません。御祭神がまだ信乃さんを次の宮司として認めている以上、明日からは信乃さんが宮司で信田妻の頭領です」
権宮司は淡々とそう言う。これも決定事項らしい。異論は出なかったもののひそめられた話し声をいくつか耳が拾った。
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