言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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はぐれ者同士

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「信乃にぃ何してんの?」

「おい信乃! 最近付き合い悪いぞ!」


昼過ぎに自室に籠って信田妻一族の名簿を眺めていると、挨拶もなしに里の子供らや友人たちが部屋へ押しかけてきた。チビ共は我先にと俺の膝を陣取り、友人たちは背にのしかかってくる。


「お前らなぁ、自分ん家ちゃうんやからもうちょっと気ぃ遣えや」


呆れつつも自分の尾っぽにじゃれつく子供らの相手をする。友人たちが俺の手元を覗いた。


「名簿なんか見て何しよるん」

「あー、ちょっとな。名前の候補を探しとるんや」

「は!? 信乃子供産まれんの!? 誰孕ませたん!?」

「ちゃうわボケ!」


間髪入れずに手刀を落とす。

なになに?と興味深げに俺が考えた名前候補の紙を覗き込み、十分の三読み上げると額を押えて黙り込んだ。


「やめとけ信乃。産まれてくる子が可哀想や」

「ポン太って誰~?」


励ますように肩を叩かれた。イラッとしたので無言で紙を破る。

自分のセンスが壊滅的なことくらい分かっとるわ。アホらし、なにやってんねんやろ。


「お前ら、サワガニとりに行こか」

「マジ!? 行く行く!」

「わーい!」


重い腰を持ち上げて、みんな揃って部屋を出た。


「信乃、とれたやつ唐揚げにしてや!」

「嫌や信乃にぃ! 唐揚げじゃなくて佃煮がいい!」

「うち、この前のカニクリームパスタがええわぁ」

「パスタなんて邪道や邪道!」


ぎゃあぎゃあと言い争いを始める姿を笑いながら見守る。

前に取れたサワガニで料理を振舞ったのがなかなか好評だったらしく、川遊びをする度に「またあれ作って」とねだられる。

何だかんだで子供らに慕われているのは満更でもない。

前を歩く子供を持ち上げて肩に乗せた。楽しそうな声が頭上から聞こえる。周りからずるーい、と不満の声が上がったので逃げるように走り出した。

廊下を走っていると、奥の角から誰かが曲がって来るのが見えてスピードを緩めた。


藍色の着物を着た女だ。俺と同じ黄みがかった波打つ茶髪を煩わしそうに耳にかけた。

赤い瞳が俺たちを見付けた。一瞬鋭い視線を感じ、肩の上に乗せた子供が怖がるように俺の頭を抱きしめる。追いついた友人たちは「ゲッ」と露骨に顔を顰め、子供らは我先にと俺の背中に隠れる。

友人らのそんな様子に眉をひそめたその人は不機嫌な顔で俺を睨んだ。


「昼間っからうるさぁて適わんわ。我が家はいつから猿山になったんや?」


嫌味ったらしい口調に友人らがムッとしたのが分かった。


「堪忍、伊也いなりねぇ」


友人たちには何も喋るなと目で制し自分が前に出る。伊也ねぇは不機嫌な顔のまま俺を睨んだ。


「夏休みだか何だか知らんけど次期頭領がそないに遊び回ってて、信田妻一族の行く末が不安やわ。まぁうちには関係ない話やけどな」

「勉強は真面目にやっとる。でも息抜きも大事やて先生も言うとるし」

「子供が息抜きて、何偉そうに。行くならはよ行き。うちの前から消えて」


完全に怯えて固まってしまった子供らの背を押した。足がもつれたのか一人がつんのめってびたんと倒れ込む。その拍子に伊也の裾に手が触れたらしく、眉がつり上がった。


「そんな汚い手で触らんといてッ!」


ヒッと息を飲んだ子供が咄嗟に身を守るように体を縮める。咄嗟に間に入った。


「俺がよう聞かせるから」


伊也ねぇの目をじっと見つめて静かにそう言う。

舌打ちをした伊也ねぇは足早にその場を離れていった。

背中が見えなくなって、転んだまま泣きべそをかく子供を抱き起こす。自分の首に抱きついてきたその子の背を優しく叩いた。


「大丈夫か?」

「伊也ねぇにまた怒られるッ……」


怯えたようにそう言った子供に眉根を寄せた。


「伊也ねぇに、また叩かれたんか」


途端に他の子供らも泣きそうな顔を浮かべた。

何も言わないのは俺には言うなと口止めされているからだろう。けれど伊也が怒鳴った瞬間にこの子が身を縮めたのが全てを物語っている。

俺の知らないところで、また。


「堪忍な……」


ため息を吐くようにそう呟く。思った以上に情けない声だった。

俺が早く頭領になれば、伊也ねぇのこともどうにか出来るはずだ。

伊也ねぇは自分よりも十ツほど歳上の実姉。

伊也ねぇと俺の母親は一族同士の繋がりを強固にするために信田妻一族に嫁いできた白狐族だ。

白狐族は見事な白髪に宝石のような赤い目をしていて、黄土色の髪に茶色い瞳を持つ信田妻族でその容姿は珍しく、母親も最初は関係を築くのにとても苦労したのだとか。

その母親の血を強く引き継いだのか伊也ねぇの瞳は燃えるような赤い色をしていた。

一族の頭領というのはその種族の象徴でもあって、外見も種族の血が強く出ている者が選ばれる。伊也ねぇは生まれた瞬間から、次期頭領に選ばれる運命を絶たれた。


伊也ねぇは俺よりも頭領になりたがっていた。小さい頃からずっとオヤジの後をついてまわって仕事も手伝っていた。誰にでも平等に優しく、いつも朗らかで明るい伊也ねぇが変わったのは、俺が神託を受けて次期頭領に選ばれてからだった。


人とは違って妖は誰でも神修に通える訳ではなく、宮司候補か次期宮司しか通うことが出来ない。昔から後継争いが何度も繰り返されてきたためそうなったらしい。

俺が五歳で神託を受けた時、伊也ねぇは十歳だった。もちろん跡継ぎ候補として神修へ通っていた。俺が次期頭領に決まって、その年の三月に伊也ねぇは神修から除籍された。

それを境に伊也ねぇは人が変わってしまった。

仲の良かった里の友人たちとは口を聞かなくなった。自分よりも弱いものに手をあげるようになった。


俺を、憎むようになった。


オヤジやお袋は伊也ねぇの問題行動を知っていて、でもどうにも出来ずに頭を悩ませている。

何かを変えれるとしたら、次期頭領の俺しかいないのだと思った。

俺にはやる事が山積みなんだ。オヤジから仕事を学ばなければならない。沢山勉強して早く頭領を引き継がなければならない。里の子供らを守ってやらないといけない。


俺がこの里を、どうにかしなきゃいけないんだ。




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