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はぐれ者同士
壱
しおりを挟む瓏との出会いは六年前の、ある暑い夏の日のことだった。
「しーのー! ビッグニュース!」
「遅いわお前! 昼飯食ったらすぐ集合言うたやろ」
その日は朝から友人たちと遊んでいて、一度昼飯を挟んだ後に川へ行く約束をしていた。
「それどころじゃないって! 頭領もうすぐ帰ってくるらしい!」
俺は十歳で、神修は少し前に夏休みに入り、俺は信田妻一族の里へ帰ってきていた。
妖一族の頭領は宮司も兼任しており、宮司は人の世界と同様に神託で選ばれる。けれど血の気の多い奴らが多い妖一族は絶えずその座をめぐって争いが起きていた。
だから神修で力を学ぶ妖はその社の宮司になる事が決まっている妖か、宮司候補の子供だけ。
自分は五歳の時に神託を得て次の宮司に選ばれていたため、同い年の信田妻の妖狐たちは誰一人として神修へ進学していない。
里に帰省できる長期休暇の間は友人と遊べる貴重な時間だった。
父親で頭領で信田妻が管轄する社の神職でもあるオヤジは、自分が帰省する度に"将来のためや"と称して神主の仕事を手伝わせようとしてくる。
けれど二週間ほど前から他の神職たちを引連れて祓除の遠征に出ていたおかげでのびのびと過すことができていたので、オヤジが帰ってくることは俺にとっては死活問題だった。
「まじかよ!? いつ戻るって?」
「明後日には帰るって手紙が一昨日の日付で今日届いたらしい」
友人のひとりが顎に手を当てながらそう言う。
「ややこしいな。つまりオヤジ達は明後日に帰ってくるんやな? ……ん? いやちゃうぞ。明後日には帰るって一昨日の日付────今日やん!」
その時、里の正門から賑やかな人の声がして「ゲッ」と顔を顰めた。もう帰ってきたらしい。
オヤジが出かけ間際に俺に言いつけた仕事にはまだ何一つ手をつけていない。このままじゃ間違いなく怒られるし、最悪夏休み中は遊べなくなる。
だったらやることは一つだ。
「堪忍、俺やっぱり川はパス!」
友人たちに手を合わせてその場でぴょんと軽く飛び跳ねる。ぽんと音を立てて床に降り立った時には両手は短い前足に変わった。四本足で土を蹴る。
大規模な遠征があった日の夜は必ず宴会が開かれる。オヤジと顔を合わせるなら、酔っ払っているその辺がいい。
それまでどこかに隠れていよう。
「信乃! ビッグニュースはそれとちゃう! 話まだ終わってないって!」
友人がそう叫ぶ声が聞こえたが、正門からオヤジが俺を呼ぶ声が聞こえたので逃げ隠れることを優先した。
「────んぁ?」
目が覚めると辺りは暗闇に包まれていた。オヤジから逃げるために屋敷の離れに隠れていたはずが、いつの間にか眠っていたらしい。
隠れていた屏風の裏からのそのそと這い出た。締め切られた障子から月明かりが差し込んでいる。くぅと腹が鳴って、「そろそろ戻るか」と一つ伸びをした。
オヤジ、怒るかなぁ。顔出した時に出来上がってたら説教も短く済むんやけどな。
頭をガシガシかきながら軋む廊下を進む。進んでいると鼻は普段とは違う匂いを嗅ぎ分けた。知らない狐の匂いだ。
他の一族の奴が遊びに来とるんか?
それにしてもこの匂いは嗅いだことがない。黒狐も赤狐も一族によって匂いの色があるけれど、こんな匂いは初めてだ。
スンスンと鼻を鳴らしながら廊下を突き進む。どうやら匂いの元は離れにあるらしい。
離れの一番奥の部屋の前まで来た。部屋の前で大の字に寝転がっている神職が二匹いる。手には空いた酒瓶を握っていて気持ち良さそうに鼻ちょうちんを作っていた。
おおかたサボりがてら酒を飲んでそのまま潰れたのだろう。
「なんじゃこいつら。オヤジに言いつけたろ」
寝転がる神職たちを蹴飛ばして隅に寄せ、部屋の襖に手をかけた。
家具もないただ広いだけのその部屋の真ん中に布団が一組敷いてあった。その上に横たわる影がある。真っ暗な部屋の中で輝くような白に目が行った。
吸い寄せられるように足を踏み入れる。
布団に横たわるのは自分と同い歳くらいの少年だった。と言うのも妖狐は長寿なので、同じ歳くらいに見えて百歳くらいは差があったりする。
暗闇の中で見えたのは彼の白髪と白い獣耳だった。真珠のように光を集めて輝いている。
「白狐一族か?」
白髪を持つ妖狐と言えば白狐一族だ。
傍にしゃがみこんだその時、布団からはみ出した肩が黒く汚れているのに気がついた。不思議に思いながら布団をめくると、少年の上裸の体が現れる。息を飲んだ。
「なんやこれ……」
少年の皮膚は健康的な白肌ではなく、刺青のような黒い墨で身体中に文字が刻まれていた。よく見るとそれは呪詞だった。少年の身体には呪印が刻まれている。
少年の閉じられた瞼が僅かに震えた。やがてゆっくりと目が開きぼんやりと天井を見上げる。
「おいお前、大丈夫か? その身体どないしてん」
少年の顔を覗き込む。次の瞬間、少年は毛を逆立てて布団から飛び退いた。飛び退くと同時に布団が落ちて白い尾っぽが立ち上がる。
くせで尾っぽの数を数えた。見間違いじゃなければ九尾ある。
驚きよりも先に、身体中に衝撃が走った。目の前に青い炎が迫ってきたかと思えば腹に命中して唾を吐いた。身体か宙に浮いて気が付けば壁に背中をぶつける。
遠くなる意識の中で怯えた顔をしたそいつと目が合った。部屋の隅で尾を丸めて震えている。
怯えたいんはこっちやっちゅうの。
そんな文句は本人に届くことなく、深い意識の底に沈んだ。
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