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奉納祭
漆
しおりを挟む木々の間を駆け抜ける。みんなは必死に辺りを見回した。
「この辺じゃねぇか?」
「うん、確かに見覚えがある」
クスノキを見たという二人が「この先だ」と指をさす。信乃くんがスンと鼻を鳴らして目を見開いた。
「少しやけど、瓏の匂いがする……ッ!」
飛び出そうと前に出た信乃くんの手をすかさず先輩二人が掴んだ。
「約束、忘れてないよね」
「……ッ、わぁーとる!」
「偉いぞ信乃! それで、瓏は本当にこの先にいるんだな?」
瑞祥さんの言葉に深く頷いた。
「間違いない、古いクスノキの匂いと瓏の匂いや」
「よし、ならまず先生達に連絡を────」
瑞祥さんの言葉を遮るように、ガサッと音を立てて向かいの茂みが揺れた。皆が両足に急ブレーキをかけた。止まるのと息を飲むのはほぼ同時だった。
ガサガザッ────茂みが揺れる。もう目の前だ。後ろに飛び退くにも何処かに隠れるにも時間がない。緊張と走った疲れで心臓がばくんと音を立てたその時。
「……え、は? な、なんだよお前ら。何でこんなとこいんだよ?」
茂みから現れた見慣れた顔にみんなはその場に崩れ落ちた。
「お前かよ慶賀~~~ッ……」
泰紀くんが天を仰いでそう叫ぶ。
座り込む私たちにギョッと目を見開いた。
「だ、大丈夫か? てか何で皆一緒なんだ?」
「何でって、緊急事態だからに決まってんだろ! てかお前スマホどーしたんだよ!」
「スマホ? あ、電源切れてるわ」
泰紀くんが無言で鉄拳を落とす。いでぇ!と悲鳴をあげた慶賀くん。可哀想だと思うけれど今回ばかりは仕方がない。それほど皆心配していたということだ。
「慶賀ッ! 瓏はどうしたんや!?」
信乃くんが慌てて詰め寄ると、気まずそうな顔で目を泳がせる。
「そ、それがさぁ……俺が地縛霊祓ってる間にアイツ勝手に先に行っちまって、今探してる所なんだけどぜんぜん見つからなくて……ていうかそもそもここはどこ~的な?」
「お前が迷子なって瓏の事置き去りにしとんのやろうがこのアホンダラッ! 始まる前にあいつのこと頼むって言うたやろッ!」
声を荒らげた信乃くん。慶賀くんは思い詰めた表情で俯く。
「慶賀、瓏がいないって気がついたのはどれくらい前?」
「……十五分前、とかだと思う」
「だったらまだそこまで遠くには行ってないね。薫先生に現在地を連絡しよう。信乃には悪いけどここで一旦捜索は打ち切り、下山するよ」
事情を知らない慶賀くんが「下山?」と険しい表情を浮かべる。泰紀くんがため息を吐きながら答えた。
「巫寿が先見の明で、瓏が変化して暴走するのを見たんだよ。だから競技は中止になって、学生は全員下山するように言われてる」
「は!? 何だよそれ!?」
慶賀くんが困惑した表情で私を見る。重々しくひとつ頷いた。
「瓏くんが変化して、怪し火で山に火をつけたの。私が見た未来では……私たち全員火に焼かれてしまう」
慶賀くんは目玉がこぼれおちそうな程に目を瞠った。掠れた声で「そんな事に……」と呟く。
自分が瓏くんとはぐれてしまったことを悔やんでいるんだろう。
お前は悪くないよ、と来光くんがその背中を叩く。いっそう泣きそうな顔をした慶賀くんは唇をかみ締めて身を乗り出す。
「他には、他には見てないのかよ!? 俺と瓏が別れる瞬間とか、その前とか!」
「ごめん、そこまでは見えてないの。瓏くんが変化した後からしか……」
「そうか……」と慶賀くんが俯く。
もう少し前の景色から見れていれば、もっと出来たことはあったはずなのに。
「慶賀と合流できただけでも大収穫だよ。とにかく降りよう」
信乃くんはまだ納得がいかない表情だけれど、聖仁さんとの約束を守ってひとつ頷いた。
慶賀くんとも合流できたし、瓏くんの居場所もおおかた分かった。私が見た未来では瓏くんを探している時にはもう火の海だったし、順調に未来は変わっている。
これなら大丈夫かもしれない、そう思った次の瞬間。
後ろから膝を蹴られたみたいにかくんとその場に崩れ落ちた皆。私も気がつけば地面の上に寝転がり、とてつもない力で体を捩じ伏せられているのを感じた。
息をするのもやっとな圧迫感と前肢の毛穴がぎゅっと引き締まるような威圧感に言葉が出ない。私はこの感覚を覚えている。
あまりにも突然のことに皆は目を白黒させた。
「あかんあかんあかん……ッ! 瓏が変化してもうた!!」
信乃くんのそんな叫びにハッと息を飲む。まさかそんな、間に合わなかった。
「皆立つんだッ!」
聖仁さんにそう言われ皆は震える膝をついて立ち上がる。
「気合いで走って!」
「こんな時に根性論かよ……ッ」
「こんな時だからだよ!」
ヨロヨロと何とか歩き始めたその時、山頂から吹いた風に僅かに煙の臭いを感じた。
勢いよく振り返るけれど、怪し火は燃え広がっていない。けれど間違いなくどこかで火がついた匂いだ。
「何だ、どうした。何かあるならさっさと言え」
振り向いて立ち止まる私に恵衣くんが駆け寄る。苦しげに膝に手をついたて私を見上げた。
「火が……火がついてる! 今かすかにだけど煙の匂いがしたの! このままだと山に燃え広がる!」
一瞬何かを考え込む素振りを見せた恵衣くんは、既に歩き出している聖仁さんの背中に叫んだ。
「聖仁さんッ、瓏が火を付けました! 今ならまだ間に合う!」
戸惑うように視線を泳がせた聖仁さんの手を、瑞祥さんが掴んだ。
「迷うくらいなら行くぞ、聖仁!」
二年ズも来いッ!
それを合図に皆は山頂へ向かって走り出した。
火種は思ったよりもすぐそばにあった。小学生の時に林間学校で行ったキャンプファイヤーのような大きな青い火柱が上がっている。けれどまだ周りには燃え広がっていない。
駆け寄りながら恵衣くんが「鎮火祝詞!」と叫んで柏手を打つ。皆すかさず手を打った。
「高天原に神留座す 皇親神漏岐神呂美之命を以て……」
一文目から声が揃った。みんなの言霊が絡み合う。荒ぶる魂を鎮めるように、冴え渡った音が火柱を包み込む。
鎮めろ、鎮めろ……ッ!
徐々に勢いが弱まっていく。火柱は焚火程度の大きさになり、やがてジュワッと音を立てて消えた。
誰かが安堵の息を吐いた。釣られるように肩の力が抜ける。
でも駄目だ、まだ安心できない。確かにこの火種は鎮火できたけれど、妖狐は怪し火を自在に操る。もしかしたらまた直ぐに火を放つかもしれない。
なら、一体どうすれば。
「み、見つけたァッ!」
当然泰紀くんがそう叫んだ。
みんな驚いて振り向くと泰紀くんはどこか一点を指さしている。その指先を辿った先に大きなクスノキが立っている。
クスノキの太い枝に佇む白い後ろ姿に目を瞠った。
「瓏ッ!」
誰よりも先に信乃くんが飛び出した。皆の制止をすり抜けてクスノキに向かう。
「ホンットにお前らは、人の言う事聞かないねッ……!」
焦りと怒りで苦い顔をした聖仁さんがそう声を上げてその背中を追いかけ走り出す。
「僕ら関係なくないですか!?」
「約束守ってないのは信乃だけだろ!」
「信乃が行ってなかったら君らが行ってただろ!」
拗ねたように反論した二人だったが直ぐに「うっ」と言葉に詰まらせた。どうやら図星らしい。
聖仁さんに続いて走った。
やがて白い後ろ姿がはっきりと見えた。何にも染まらない白髪が風邪でサラリと揺れる。白髪の隙間から警戒するようにピンと経つ獣耳。揺れる尾っぽは九つの怪し火を灯す。
その真っ白な背中を赤い横線が一文字に走っているのに気がつく。
白衣が破れて同じように赤が滲んでいる。赤は血だ。瓏くんは背中に傷を負っている。
その傷が瓏くんの呪印を解いたんだ。
「おいこのド阿呆狐ッ! お前は一体何をやっとんねん……瓏!」
見えた未来と今が重なる。
信乃くんが叫ぶ声に、僅かに肩が震えた。振り返った瓏くんは私たちを見下ろす。黄金色の瞳がゆったりと私たちを見回し、その圧倒的な気配に身動きができなかった。
「瓏、聞こえるか!? 一旦落ち着け! このままじゃ森が燃える! 友達を危険な目に合わせてええんか!?」
能面のように感情を宿さない表情だ。
「瓏ッ、しっかりせぇ! 力に負けるな、自分がコントロールするんや!」
黄金の瞳が僅かに揺らいだのが見えた。
明らかにその姿は私が見た未来と違う。だってあの未来では、瓏くんは信乃くんの言葉に少しも反応しなかった。
けれど今はほんの少しだけ声に反応している。
もしかしたら、まだ。
瓏ッ!
信乃くんが名前を呼ぶ。鬼市くんも嘉正くんたちも。私も名前を呼んだ。僅かに唇が動いた。何か話しているみたいだった。
「何や瓏!? もっとデカい声で喋らんかいッ!」
「────く」
「はァ!?」
「やく、そく」
やくそく……約束。確かにそう聞こえた。
なんのことだか分からず信乃くんを振り返る。信乃くんはまるで頬を叩かれたような顔で呆然と立っていた。
「約束」
もう一度はっきりとそう言った瓏くんの頬に一粒の涙が流れた。
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