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奉納祭
陸
しおりを挟む「クソッ何で出ねぇんだよ慶賀の奴!」
「ちょっと泰紀うるさい! いま薫先生の指示聞いてんの!!」
「お前こそうるせぇッ!」
電話を耳に押し当てて喧嘩し合う二人に渋い顔でゲンコツを落とした嘉正くん。
二人は肩を竦めながらも黙って電話に集中する。
「────はい、慶賀と瓏以外のクラスメイトとは連絡が取れて一箇所に集まってます。聖仁さんと瑞祥さんもいます。……はい、はい。分かりました、すぐに下山します」
通話を終えた来光くんが振り返って私たちを見廻す。
「薫先生が上に掛け合って競技は一時中止になった。慶賀と瓏は審査員の先生たちが迎えに行くらしい。僕たちは纏まって下山するようにって」
みんなは神妙な顔でひとつ頷く。泰紀くんが「ああもうっ!」と苛立った声を上げてスマホを耳から話した。
「やっぱりアイツ電話に出ねぇ!」
「もしかしたら神修にスマホ置いてきたのかもしれないね」
「なんでこういう時に限ってアイツは!」
頭をぐしゃぐしゃとかいて険しい顔で息を吐く。
とにかく下山しよう、聖仁さんの一声でみんなは山を下り始めた。
「巫寿、大丈夫か? キツかったらおぶろうか」
最後尾を俯きがちに走っていると、心配した鬼市くんがスピードを緩めて私の隣に並んだ。
大丈夫だよ、と笑って首を振るけれど上手く笑えている自信が無い。拳を握る力を緩めれば、間違いなく手はガタガタと震えているはずだ。
気持ちを切り替えたはずなのに、先見の明でみた景色が脳裏から離れない。先見の明を使うことの代償がやっとわかった。
授力稽古の時、誉さんは「先見の明には代償がある」と私に話した。それは凄く辛くて苦しいものだと。
曖昧な言い方だったし、今からビクビクしても仕方ないと思って気に留めないようにしていたけれどこういうことだったんだ。
先見の明の本質は危機回避、私たちが見るのは危機が迫っている未来。つまり悪い事が起きる未来だ。
あの光景を恐ろしいなんて言葉だけでは表現出来ない。青い炎に包まれた最後を思い出す。本当にすぐそばで死を感じた。
あの未来を見たからこそ帰られる未来があるのは分かっているけれど、すぐに笑えるような気分のいいものじゃない。
「手、青白い」
「あ……」
鬼市くんに指摘されてきつく握りすぎていた手が白くなっているのに気がつく。少し力を緩めれば、指先が氷のように冷たくなっている。
「手、貸して」
鬼市くんが走りながらそう言って自分の手を差し出す。不思議に思いながらもそっと伸ばしたその時、差し出したその手を前からガッと掴まれた。
驚いて顔を向けると、前を走る恵衣くんが後ろ手で私の手を掴んでいる。振り向くと鬼市くんが驚いた顔で私達を見ていた。
「え、恵衣くん……っ」
「いいから黙って走れ」
強く手を引かれて、転びそうになりながら足を動かす。強く手を握られた。
温かい。温かくて力強い。安心するぬくもりだ。
恵衣くんは間違いなくそこにいて、他のみんなも隣にいる。あれは単なる悪い未来で、私たちはその未来を変えるために走っている。
あんなことにはならないし、させない。
恐る恐る握り返すと、いっそう強く握ってくれる。ふふ、と小さく笑うと握りつぶされそうな勢いに変わったので慌てて口を噤んだ。
また「馬鹿なのかお前」と言われそうなので、お礼は言わなかった。
「先見の明ってほんまに当たるんか!? やったら俺は下山するより瓏を探したい!」
険しい顔で来た道を振り返る信乃くんの背中を泰紀くんと来光くんの二人が押す。
「当たるとか当たらねぇとかそういうんじゃねぇ、これから起きる未来を伝える力だぞ!」
「巫寿ちゃんの先見の明で僕らは何度も助けられてるんだ。間違いない!」
二人の言葉からは私の力を信頼してくれているのがとても伝わってくる。
来光くんと目が合った。にっと歯を見せて私に笑いかける。
「少なくとも違う未来になるようにこうして動き出してる。瓏なら絶対に大丈夫だから」
苦虫を噛み潰したような表情で俯いた信乃くん。振り返るのはやめて前を向いて走り出した。
「でもどうして未来の瓏は変化してしまったんだろう。自分で呪印を解くのはよくあるの?」
「んなわけあるか。滅多な事じゃ自分から解いたりせん。解いたらどうなるかはアイツが一番よう分かっとる」
信乃くんがそこまできっぱり言い切るんだから間違いないだろう。となると本当にどういう理由で呪印を解いたのか。
開門祭の時のようにそうしなければならないような状況、もしくは────。
「誰かがあいつに怪我を負わせて、呪印を消したか」
私の頭の中を見透かしたように恵衣くんが口を開いた。
ゾッとして唇を噛んだ。
私が見た未来では、瓏くんはもう変化した状態だった。もう少し前の未来を見れていたら、瓏くんの変化を根本から止めることが出来たかもしれないのに。
「おい、ウジウジ考えてる余力があるならもっと足を動かせ」
私の手を引いて走る恵衣くんが眉間に皺を寄せてちらりとこちらを見た。
「今になってあれやこれや考えても仕方ないだろ。この瞬間にできることを考えろ」
相変わらずな冷たいぶっきらぼうな物言い。でもその言葉に間違いはなくて、私の無駄なもやもやを吹き飛ばしてくれる。
そうだ。どれだけ私が悔やんで考えても、見たい未来を見れるわけじゃない。だったら今は、この瞬間に私が出来ることを探すべきだ。
今の私に出来ることは、見えた未来を皆に伝えて回避すること。
思い出すんだ。どんな未来だったのか。どれだけ怖くても、それが皆を救うきっかけになるかもしれないのだから。
山中に燃え広がる怪し火に逃げ惑う声。信乃くんが瓏くんの匂いを辿って、瓏くんがいたのは確か────。
「クスノキ……っ!」
私が声を上げたことでみんなが一斉に振り返った。
「瓏くんは大きなクスノキの上に立ってたの! 他の木よりも頭一つ飛び抜けて大きな木だった!」
瓏くんを見つけ出した時、確か太い木の枝に立っていた。
来光くんが目を見開く。
「俺、その木見たかも! 嘉正も見たよな!?」
「確かに大きな木を見た記憶はあるけど、山の中だし似たような木は沢山あるだろ。それが巫寿の言う場所なのかも確証がない」
「それはそうだけど、中腹辺りだったからもうすぐ近くを通るはずだぞ!」
信乃くんが勢いよく振り向いた。
「頼む、行かせてくれ!」
ここから近いのなら少しだけ立ち寄ってもそんなに遅れは取らないはずだ。瓏くん達がいないことを確認したら、直ぐにまた降り始めればいい。
少し寄ってみるか、と話し始めたその時。
「駄目だよ皆。薫先生は直ぐに下山するように言ったんだ。このメンバーの中では俺が年長者だ。監督責任もある。従ってもらうよ」
冷静で凛とした芯のある声。先頭を走っていた聖仁さんの声だった。
「なんでだよ聖仁さん! すぐそこなんだぜ!?」
「分かってるよ。俺も登ってくる時にその木は見たからね。だからこそ尚更駄目だ」
なんでや!と頭に血が上った信乃くんが怒鳴る。
「もし巫寿ちゃんの言った場所がそのクスノキの場所だったとして、瓏がそこにいたとして。そしたら誰が瓏を止められる? 未来では皆怪し火に焼かれて全滅しかけたんだよね? その未来を変えるために走ってるのに、わざわざ同じ未来に飛び込むの?」
絶対そんなことはさせない。
力の籠った強い言葉に皆は一瞬口を噤んだ。
去年の二学期に寮で応声虫に寄生される事件が起きた時、聖仁さんは誰よりも必死になって治療方法を探していた。
もちろん倒れた友達や後輩のためでもあるけれど、一番は瑞祥さんのためだった。寝る間も惜しんで倒れそうになるまで必死になって守ろうとした女の子だ。
そんな人をわざわざ危険な場所に連れていこうとするはずがない。
瑞祥さんが酷い火傷を負うことになる、という未来は伝えていない。でも先見の明を使った後の私の態度から、何かを感じとったんだろう。
今も走りながら、ずっと瑞祥さんの事を気にかけている。
もちろん私たちのことを思って言ってくれているのもあるだろう。同じ高校二年生とはいえ相手は力の制御を失った最強の妖。私たちに敵うはずがない。
「そんなん……そんなん俺が一番分かっとるわッ! 瓏は弟みたいな奴やけど、俺はあいつに一回も敵ったことがない! 俺の力じゃ止められへんのは、よう分かっとる……ッ」
ギッと歯を食いしばりながらそう零す。悔しくて悔しくてたまらないという気持ちが痛いほど伝わってくる。
私も皆も、瓏くんを助けたい気持ちは同じだ。でも今は、聖仁さんの言葉が正しい。自分でも敵わないと自覚しているなら尚更避難した方がいい。
皆苦しげに視線を提げたその時。
「あのさぁ……」
聖仁さんの隣を走っていた瑞祥さんがそろ~っと手を挙げた。
「聖仁の今の発言は間違ってるぞ」
え?と目をしばたたかせた聖仁さん。瑞祥さんは肩を落とす私たちを見回してニィッと歯を見せた。
「聖仁お前、まだ誕生日来てないよな? 私は先月が誕生日だったから十八になった。聖仁はまだ十七だぞ」
「……つまり何が言いたいの?」
「つまり、今ここでの最年長者は私だ」
しまった、という声が分かりやすく見えた。咄嗟に反論しようと口を開いた聖仁さんよりも瑞祥さんの方が僅かに早かった。
「今からクスノキに立ち寄るけどあくまで遠くから確認すること、もし二人を見つけても近付かずに場所だけを先生に報告して直ぐにその場から離れること! 最年長者とのお約束だぞ!」
瑞祥さん!と皆が感激の声で名前を呼ぶ。
「このッ、バカ瑞祥!」
「バカって言った方がバカなんですぅ」
「どういう状況か分かってんの!?」
「バカじゃないんだから分かってるよ! いちいちうっせぇブワァァカ!」
怒涛の勢いで始まった喧嘩に困惑する。
前に、後輩の前では喧嘩してるところは隠すって言っていたけど、二人はいつもこんな勢いで喧嘩してたんだ……。
確かに私が二人の立場なら後輩には見せないようにするかもしれない。
なんというか……二人とも大人気ない。
「だってあのまま駄目駄目つってたら、こいつら飛び出して行ってたぞ!」
「それはッ……そうだけど! だからって勝手に決めるな! 瑞祥はいつも考えなしなんだよ!」
「はぁぁ? 誰が考えなしだって!? ちゃんと考えてるから条件付けたんだろ!」
二人のテンションのボルテージがぐわんと上がっていっそう口論は激しくなる。みんなはどうしたものかとあわあわしながら二人を見ている。
「条件付けたところでこの子達が安全だって保証できる!? 怪我一つさせずに下山させられる!?」
「そのために聖仁がいるんだろ! お前ならそれくらい出来るだろ!?」
な、と言葉に詰まらせた聖仁さん。一瞬どこか嬉しそうな表情をして、直ぐに顔を顰め下唇を噛み締める。
そしてしばらくの沈黙の後、世界記録が出せそうなほどの深い溜息をつくと、瑞祥さんの頭に手刀を落とした。手刀を落とされたのにも関わらず勝ち誇ったような顔をした瑞祥さんに、聖仁さんはこめかみを押えて振り向く。
「俺と瑞祥よりも前に出ないこと、二人の姿が確認できなければそれ以上は探さず直ぐに下山を再開すること。いい?」
はいっ!と皆の声が揃う。瑞祥さんは「やったな皆!」と振り返って私たちにピースサインを見せた。
「瑞祥さん、あんたホンマええ女やわ! 許嫁がおらんかったら結婚申し込んでたで!」
ははっ、と笑った信乃くんに聖仁さんがにっこりと笑った。
「あんまり調子に乗ってると、尻尾引っこ抜くよ信乃」
「いや怖……冗談やん……」
何はともあれ、今の私たちにできることをするまでだ。
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