言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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奉納祭

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「────恵衣くん! そっちに蛇神の残穢行ったよ!」

「言われなくても分かってる!」


私が声をかけるよりも先に動き出していた恵衣くんは一息で祝詞を奏上する。

シュワッと鉄板の水滴が蒸発するように光の粒を発して消えた残穢にほっと息を吐いて額の汗を拭う。その時。


「巫寿、危ない」


耳元でそんな声が聞こえたかと思うとお腹に腕が回ってグッと後ろに引き寄せられた。後頭部に硬いものがトンと当たった次の瞬間、さっきまで私が立っていた場所を凄まじい勢いで怪し火が通った。

プスプスと黒い煙をあげる落ち葉に目を見開いた。うるさい心臓を抑えながらハッと顔を上げる。


「あ、ありがとう鬼市くん……!」

「ん。怪我ない?」

「うん、間一髪で助かった」


鬼市くんが腕を解く。後頭部に当たっていたのは鬼市くんの胸板だったらしい。

今思えばとんでもない体勢だったことに気がつき徐々に頬が熱くなった。


「お、お、お前! 何やってるんだよ!」


一帯の清め祓いを終わらせた恵衣くんが鬼の形相で駆け寄ってくる。


「何って。巫寿助けるために抱き寄せた」


目を剥いた恵衣が「だッ……」と変なところで言葉を詰まらせて絶句する。同じく私も固まった。

ま……間違いではないけどあまりにも表現が直接的すぎる。


「ク、クラスメイトとはいえ女なんだぞ! そう簡単にだッ、だき、抱き寄せるな!」

「はぁ……さっきから何なの。女の子守るのにも恵衣の許可がいるわけ」

「そうじゃないだろ、話をすりかえるな!」

「じゃあ何だよ。抱き締めれば良かったのか?」


本日で何度目かのゴングの鳴る音に、熱くなった頬も動悸も一瞬で落ち着き「ストップストップ!」と割って入る。

競技が始まる前も始まってからもずっとこの調子で、何かある度に二人は口論になる。

二人ともお互いの何がそんなに気に入らないんだろう。


「今は競技に集中して!」


ぎゅっと眉根を寄せて二人に厳しい視線を向けると、分かりやすくぷいっと顔を背ける。

いつも揉め事が始まる度に嘉正くんが割って入ってくれるけれど、嘉正くんの苦労が今やっと分かった。

各々反対方向へ歩き出した二人の背中に、額を押えて深く息を吐いた。





模擬修祓が始まってもう三十分近くは経っただろう。競技は一時間だから、もう半分は切っているはずだ。

山の麓に降ろされた私達は修祓を進めながら少しずつ山を登って来た。

少し前までは周りに学生たちが沢山いたけれど、今はもう木か残穢しかない。恐らく頂上に近付くにつれて難易度の高い残穢が用意されているのだろう。一年生や着実に得点を稼ぎたい学生は皆は麓にとどまっているようだ。

私達も最初はチームワークがバラバラでも何とかなったけれど、今では協力プレーを余儀なくされている。

それなのにこの二人ときたらことある事に喧嘩して私が仲裁に入っている。

でも二人とも自分の役目はきっちりこなすタイプなので着実に修祓を進めているし、実戦経験が豊富だからか息は合わないこともないらしい。

これで喧嘩さえしなければ良いバディになれるはずなんだけどな。


「巫寿、恵衣。浮遊霊御一行だ。鎮魂たましずめいくぞ」


先を行っていた鬼市くんが振り返った叫んだ。遠くで木と木の間をふよふよ漂う黒い影が見える。


「了解……! 今そっち行くね」

「命令するな。分かってる」


文句を言いつつも素直に駆け出した恵衣くん。

この調子なら割といい所まで行けるかもしれない。




「おっ、流石だな期待のルーキーズ! もうここまで登ってきたか」

「みんな怪我してない? 無理しないようにね」


浮遊霊御一行を鎮魂したあとまた修祓しながら頂上を目ざして進んでいると、その途中に木の上で休憩する聖仁さんたちに遭遇した。

よっと軽々と飛び降りた二人は余裕たっぷりに伸びをする。


「聖仁さん、瑞祥さん。お二人もペアを組んでたんですか?」

「それが聞いてくれよ巫寿~。私はソロプレイするつもりだったのに聖仁が無理やりついてきて」

「人聞きが悪いな。去年無茶苦茶して審判を激怒させたから、こうしてお目付け役があてがわれるようになったんでしょ? 俺だって本気で実力試したかったのに」


そう言いながらむぅっと唇を突き出した瑞祥さんの頭に手刀を落とす。

お目付け役……? ということは聖仁さんはずっと瑞祥さんに付き添っていたということだろうか。

お目付け役がつけられるなんて、一体どんな事をしでかしたんだろう。


「……あの人、山火事起こしかけたんだよ」


恵衣くんがボソッと呟く。

なるほど。確かにそれはお目付け役がついてもおかしくない。


「ここら一帯はほぼ修祓したから、競技が終わるまでサボってようと思ってさ」

「だからこの辺は静かだったんですね」

「悪いな巫寿!」


ガシガシと頭を撫でられて肩を竦めた。

途中までは残穢や呪いを祓いながら登ってきたけれど、少し前から急になんの気配も感じなくなったのはそう言う事だったのか。


「頂上目指してチャレンジするのはいいけど、自分の力量を過信しないようにね。俺らでもこの先は手こずるから」

「やめといた方がいいぞ~。私は去年ヤケクソになって山火事起こしかけた」


それだったのか、と心の中でつっこむ。


「俺は行きます。怖いならお前らは来なくていい」


ちらりと私たちをみた恵衣くんはフンと鼻を鳴らす。


「おい。個人競技だとしても、俺たちはチームプレイを選んだんだろ。だったら全員の意見を聞くべきじゃないのか」

「だから怖いなら来なくていいと言っただろ」

「それは意見を聞いてるんじゃなくて押し付けてるんだ」


また始まった、と額を抑える。

淡々と事実を述べる鬼市くんにイライラを募らせる恵衣くん。ゴングを鳴らす金槌が振り上げられたのに気がつき「もー!」と二人を引き離した。


「今は言い争ってる場合じゃ────」



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