言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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内緒話

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「おかえり~……ってあれ?」


並べられた布団の上で寝転がっていた来光くんは、揃って帰ってきた私たちを不思議そうに見上げた。


「部屋にいないと思ったら巫寿と一緒だったんだね、恵衣」

「うるさいッ! だからなんだよ悪いか!? 俺はもう寝るッ!」


ズンズンと大股で部屋を横切った恵衣くんは一番奥の布団に潜り込む。


「何なの!? 僕が何かした!?」

「いや、違うの。恵衣くん薫先生に散々からかわれて」

「だからって僕に当たるなよッ!」


飛びかかりそうになった来光くんを慌てて抑えた皆。まぁまぁまぁ、と宥められた来光くんは眉を釣りあげながらも布団に戻る。


「皆何してたの?」

「一通りトランプして、飽きたからゴロゴロしてたんだよ」

「相撲しようと思ったけど、慶賀が寝ちまったから騒げなくてさ~」


恵衣くんの向かいの布団が膨らんでいる。慶賀くんはあの後やっぱり眠ってしまったらしい。よっぽど疲れていたんだろう。

巫寿こっち、と招かれて鬼市くんの隣に腰を下ろした。


「折角だし怖い話でもしよーぜ!」

「妖怪とすることか、ソレ」

「文句言うならお前が決めろよ信乃!」


せやなぁと顎を摩ると何かを閃いたように指を鳴らし泰紀くんの顔を覗き込んだ。


「学生の夜更かしゆうたら、恋バナやろ」

「……は!?」

「聞いた話では、泰紀にはいい感じの子がおるんやてな?」


瞬く間に首から耳まで真っ赤にした泰紀くんが逃げ出そうと腰を浮かした。それを見逃さなかった来光くん嘉正くんペアが両脇をガッチリ抑え込む。


「そういや最近どうなのさ?」

「連絡取り合ってるの? デートは?」

「ば、ヤメロォお前らッ!!」


バタバタと暴れ出す泰紀くんを布団の上にねじ伏せた二人。信乃くんは悪い顔でにやりと笑い泰紀くんの顔の前にしゃがみこみ、顎を掴んで上を向かせる。

何だか悪の組織に捕まって取り調べを受けているような光景だ。


「な、何も話すことなんてねぇよ!」

「嘉正、来光。ヤレ」

「はいボス!」

「よしきた」


脇腹を擽られた泰紀くんは思うように身動きができず悲鳴のような笑い声をあげてのたうち回る。


「高二の男女やで、チューくらいしとるんちゃうの?」

「し、してねぇ! そもそも恵理とはまだそんな関係じゃ……ッ!」


恵理ぃ!?と二人の声が揃う。

名前で呼び合う仲には進展していることが、いよいよクラスメイト達にもバレてしまった。

皆は呼び捨てにしたことに反応したみたいだけど、むしろ私は「まだそんな関係じゃ」と言ったことの方が気になる。

春休みにデートしていたことは皆には内緒にすると約束したけれど、おそらくもうそろそろ吐かされるはずだ。私は恵理ちゃんから詳細な報告を受けているので皆みたいな新鮮な反応はしないけれど、やっぱり恋バナって楽しい。


「おい瓏! シッポでこしょばせくすぐれ!」

「了解」

「ギャーッ死ぬ、死ぬッ!! だはははは!」


笑い転げる泰紀くんに小さく手を合わせた。


「────だから、別に何もねぇつったろ!!」


春休みにデートしたことを白状させられた泰紀くん。それ以外の進展は本当にないらしくちょっと切れ気味にそう答えた。


「何だよつまんないな」

「泰紀って意外と奥手なんだね」

「つまらへん男やな。サクッと告れや」

「気があるくせにいつまでも相手を待たせるのはよくない」


言われたい放題な状況に「そういうのは彼女できてから言ってもらえます!?」と噛み付く。信乃くんがカラカラと笑って答えた。


「彼女どころか、俺許嫁おるし」


長い沈黙の後「ハァ!?」とみんなの声が揃う。

い……許嫁? それって婚約者ってことだよね!?


「別にこっちの神修じゃ珍しいことでもないで。わざわざ神修に通うんは妖ん中でも頭領候補だけやし、頭領候補は五歳くらいで婚約者もらうし。言うて口約束やから、破綻になることもしょっちゅうあるけどな。こいつみたいに」


隣の鬼市くんの二の腕を小突く。余計なこと言わなくていい、と鬼市くんは相変わらずの無表情で答える。


「なに、鬼市も許嫁いたの?」

「せや。こっちにも来とるで、一個下の鬼子いう女子や」


鬼市くんに婚約者がいたのは以前鬼子ちゃんからライバル宣言された時に聞いている。


「ねぇ、巫寿」


突然向かいの嘉正くんから声をかけられて「どうしたの?」と首を傾げた。


「先に謝っとくね。ごめん」

「え? なんの事?」


そう聞き返すも嘉正くんはニコニコしたまま私を見ている。何だか違和感のある笑みで落ち着かない。

そして「はーい、質問」と手を挙げた嘉正くん。みんなが視線を向けた。


「噂でちょこっと耳にして何とな~く把握してるんだけどさ、もうここまで話題に出たんだから隠さすサクッと白状しなよ鬼市」


嘉正くんが身を乗り出した。


「巫寿のこと好きなの?」


にこにこ、にこにこ。人当たりのいい笑みで私と鬼市くんの顔を交互に見る。

しばらくの沈黙のあと、驚きで見開かれたみんなの目に好奇心という光が輝き始める。

ボボボッと勢いよく頬が熱くなった私は「も、もう部屋戻るね」と立ち上がろうとしたけれど、隣にいた来光くんが「まぁまぁまぁ」とそれは楽しげな顔で私の手首を掴んだ。


「は!? 鬼市は巫寿が好きなのか!?」

「いやお前気付いてなかったんかい」

「まぁ僕も噂で聞いてたから知ってはいたけど、どのタイミングで茶化そ……真相を確かめるか迷ってたんだよね」


来光くんいま茶化そうって言った。絶対言った。

もうやだ逃げたい。

恋多き親友がそばに居たので昔から恋バナはしょっちゅうしていたけど、話題の中に自分や自分の話が上がることはなかった。

だからこういう時どういう顔でどういう反応をしたらいいのか分からない。せめて、私のいない所で話して欲しい。


「別に隠してるつもりはないけど。聞かれなかっただけだし」

「え、じゃあ聞けば色々答えてくれるの!?」

「ものによる」


もうやめて鬼市くん、と枕に顔を埋める。


「はいはい質問! 巫寿ちゃんの好きなところはー?」


完全に悪ノリに火がついた。

止める人は最初からいないし、唯一悪ノリを止めてくれる嘉正くんが始めたのでもう終わりを待つしかない。


「全部」


ヒューッと誰かが口笛を吹いた。

聞きました嘉正さん全部ですってよ、聞きましたわよ来光さんほの字ですわね、なんてやり取りが聞こえる。

ダメだ、もう枕から顔をあげられない。


「え、じゃあさじゃあさ。巫寿に惚れたからその鬼子ちゃんって子との婚約を解消したってこと?」

「鬼子との婚約がなくなったのは、今年の春に赤狐せきこ族から鬼子に婚約の申し入れがあったからだ。まぁいずれは断ってたけど」


つまり別に好きな子がいるから婚約者に不義理したくないってこと?と嘉正くんが追い打ちをかける。

そんなの確かめなくていいよ、といっそう枕に顔をうずめる。

生真面目に「まぁそうなる」と答えた鬼市くんにもう何も言えない。

聞きました嘉正さん巫寿ちゃんのためですって、聞きましたよ来光さんほの字ですわね、とまた二人がふざける。


「じゃあ巫寿は鬼市のことどう思ってんだよ~」


からかい口調でそう尋ねられビクリと肩が弾む。


「ど、どうって言われても……私は……」


恥ずかしさのあまりどんど声が萎んでいく。

鬼市くんと出会ったのは今年の二月。まだ半年も経っていないし、なんなら異文化理解学習が始まる前までではたったの二回しか会ってない。

たった一回顔を合わせただけで判断できるほど恋愛に器用な性格ではない。早く答えてよ、と皆の好奇の眼差しが突き刺さる。

こういう時なんて答えたら……。


「別に今すぐ答えを求めている訳じゃない。ゆっくり俺のことを知ってくれたら嬉しい」


まるで助け舟でも出すかのように鬼市くんがそう言う。そっと顔を上げると目が合って、鬼市くんは頬を緩めた。

甘々じゃねぇか!と泰紀くんのツッコミが入り無事また枕に顔を埋めることになる。


「巫寿が死にそうだから次で最後にして」


次っていうか、もう終わりにして欲しい。


「じゃあさじゃあさ、巫寿ちゃんのこといつ好きになったの? やっぱ節分祭?」


好き云々はさておき、確かにそれは私も少し気になる。恐る恐る顔を上げると鬼市くんがちらりと私を見た。

まるで昔を懐かしむように目を細める。


「もっと何年も前、だな」

「え、二人って顔見知りだったの?」

「質問はさっきので終わり」


えー!何だよケチー!と不満の声が上がる中で私は目を見開いて鬼市くんを見つめる。

何年も、前……?

私と鬼市くんが出会ったのは間違いなく神社実習の節分祭が初めてだ。去年まではこの世界のことや妖の存在すら知らなかったんだから、鬼である鬼市くんと出会っているはずがない。

なのに何年も前って、一体どういうことだろう。

詳しく聞いてみたいけど今私が口を開くともっと悪ノリが加速しそうなので、気になる気持ちをグッとこらえる。


「俺と信乃は話したぞ。だから次、瓏」

「え……俺?」


隅っこでずっと黙って話を聞いていた瓏くんは突然の指名に固まる。


「俺も気になるかも。ミステリアスな瓏がどんな人を好きなのか」

「意外とメンクイだったり?」

「正直にゲロっちまえよ!」


好きな人、と呟きならが真剣に考える素振りを見せた瓏くん。

こんなの真剣に答える必要ないのに……。


「俺の好きな人は……」


皆が身を乗り出した。そして。


「────信乃」


皆は顎が外れたんじゃないかと言うくらい口を開けて固まる。唯一信乃くんが「いやん照れるわ」と反応した。


「鬼市も好き。嘉正も来光も、泰紀も慶賀も恵衣も。巫寿も薫先生も、みんな好き。一緒にいると楽しい」

「あのな瓏、それは友達としての好きや。こいつら完全に誤解してたで」

「誤解? 俺は本当に好きだよ」


やれやれと首を振った信乃くん。

皆は「なんだそういう事か」と深く息を吐いた。


「俺こんなだから、みんな俺のこと避けて無視する。けど信乃と鬼市と、こっちの神修のみんなは俺と話してくれる。それが、すごく嬉しい」

「別に普通だろ? 友達じゃん」

「特別なことした覚えはないけどなぁ」


二人の言葉に小さく首を振って微笑んだ。


「普通なのが、嬉しい」


みんなはちょっと照れくさそうにお互いに視線を合わせて頬をかいた。


「ま、俺も瓏のこと結構好きだぜ。もちろん友達としてだけど」

「ありがとう。俺も泰紀のこと好き」

「お、おう……」


愛を確かめ合う二人の横顔を見ながら、来光くんが「なるほどな」と呟いた。

何がなるほどなの?と尋ねる。


「前に信乃が言ってたじゃん。"お友達大好きだから、友達のためなら何でもする"って。今ので納得できたなって」


ああ、なるほど。あの時は理解できなかったけれど、確かに今やっと信乃くんの言葉に納得した。

瓏くんの過去や今どんな状況に置かれているのかはざっくりとだけれど聞いている。だからこそ、彼にとって友達がどういう存在なのか痛いほどに分かる。


「僕も瓏のこと好きだよ」

「私も……!」


たまらずそう言って身を乗り出すと、瓏くんは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。来光、巫寿。俺も好き」

「おい今のはどういう事だ瓏」

「どうって……だから俺も巫寿が好きだって」

「聞き捨てならん」

「はぁー、アホらし」


賑やかな鞍馬勢のやり取りにけらけらとみんなして笑う。

そうして夜は更けていった。


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