179 / 253
内緒話
伍
しおりを挟む「おかえり~……ってあれ?」
並べられた布団の上で寝転がっていた来光くんは、揃って帰ってきた私たちを不思議そうに見上げた。
「部屋にいないと思ったら巫寿と一緒だったんだね、恵衣」
「うるさいッ! だからなんだよ悪いか!? 俺はもう寝るッ!」
ズンズンと大股で部屋を横切った恵衣くんは一番奥の布団に潜り込む。
「何なの!? 僕が何かした!?」
「いや、違うの。恵衣くん薫先生に散々からかわれて」
「だからって僕に当たるなよッ!」
飛びかかりそうになった来光くんを慌てて抑えた皆。まぁまぁまぁ、と宥められた来光くんは眉を釣りあげながらも布団に戻る。
「皆何してたの?」
「一通りトランプして、飽きたからゴロゴロしてたんだよ」
「相撲しようと思ったけど、慶賀が寝ちまったから騒げなくてさ~」
恵衣くんの向かいの布団が膨らんでいる。慶賀くんはあの後やっぱり眠ってしまったらしい。よっぽど疲れていたんだろう。
巫寿こっち、と招かれて鬼市くんの隣に腰を下ろした。
「折角だし怖い話でもしよーぜ!」
「妖怪とすることか、ソレ」
「文句言うならお前が決めろよ信乃!」
せやなぁと顎を摩ると何かを閃いたように指を鳴らし泰紀くんの顔を覗き込んだ。
「学生の夜更かしゆうたら、恋バナやろ」
「……は!?」
「聞いた話では、泰紀にはいい感じの子がおるんやてな?」
瞬く間に首から耳まで真っ赤にした泰紀くんが逃げ出そうと腰を浮かした。それを見逃さなかった来光くん嘉正くんペアが両脇をガッチリ抑え込む。
「そういや最近どうなのさ?」
「連絡取り合ってるの? デートは?」
「ば、ヤメロォお前らッ!!」
バタバタと暴れ出す泰紀くんを布団の上にねじ伏せた二人。信乃くんは悪い顔でにやりと笑い泰紀くんの顔の前にしゃがみこみ、顎を掴んで上を向かせる。
何だか悪の組織に捕まって取り調べを受けているような光景だ。
「な、何も話すことなんてねぇよ!」
「嘉正、来光。ヤレ」
「はいボス!」
「よしきた」
脇腹を擽られた泰紀くんは思うように身動きができず悲鳴のような笑い声をあげてのたうち回る。
「高二の男女やで、チューくらいしとるんちゃうの?」
「し、してねぇ! そもそも恵理とはまだそんな関係じゃ……ッ!」
恵理ぃ!?と二人の声が揃う。
名前で呼び合う仲には進展していることが、いよいよクラスメイト達にもバレてしまった。
皆は呼び捨てにしたことに反応したみたいだけど、むしろ私は「まだそんな関係じゃ」と言ったことの方が気になる。
春休みにデートしていたことは皆には内緒にすると約束したけれど、おそらくもうそろそろ吐かされるはずだ。私は恵理ちゃんから詳細な報告を受けているので皆みたいな新鮮な反応はしないけれど、やっぱり恋バナって楽しい。
「おい瓏! シッポでこしょばせ!」
「了解」
「ギャーッ死ぬ、死ぬッ!! だはははは!」
笑い転げる泰紀くんに小さく手を合わせた。
「────だから、別に何もねぇつったろ!!」
春休みにデートしたことを白状させられた泰紀くん。それ以外の進展は本当にないらしくちょっと切れ気味にそう答えた。
「何だよつまんないな」
「泰紀って意外と奥手なんだね」
「つまらへん男やな。サクッと告れや」
「気があるくせにいつまでも相手を待たせるのはよくない」
言われたい放題な状況に「そういうのは彼女できてから言ってもらえます!?」と噛み付く。信乃くんがカラカラと笑って答えた。
「彼女どころか、俺許嫁おるし」
長い沈黙の後「ハァ!?」とみんなの声が揃う。
い……許嫁? それって婚約者ってことだよね!?
「別にこっちの神修じゃ珍しいことでもないで。わざわざ神修に通うんは妖ん中でも頭領候補だけやし、頭領候補は五歳くらいで婚約者もらうし。言うて口約束やから、破綻になることもしょっちゅうあるけどな。こいつみたいに」
隣の鬼市くんの二の腕を小突く。余計なこと言わなくていい、と鬼市くんは相変わらずの無表情で答える。
「なに、鬼市も許嫁いたの?」
「せや。こっちにも来とるで、一個下の鬼子いう女子や」
鬼市くんに婚約者がいたのは以前鬼子ちゃんからライバル宣言された時に聞いている。
「ねぇ、巫寿」
突然向かいの嘉正くんから声をかけられて「どうしたの?」と首を傾げた。
「先に謝っとくね。ごめん」
「え? なんの事?」
そう聞き返すも嘉正くんはニコニコしたまま私を見ている。何だか違和感のある笑みで落ち着かない。
そして「はーい、質問」と手を挙げた嘉正くん。みんなが視線を向けた。
「噂でちょこっと耳にして何とな~く把握してるんだけどさ、もうここまで話題に出たんだから隠さすサクッと白状しなよ鬼市」
嘉正くんが身を乗り出した。
「巫寿のこと好きなの?」
にこにこ、にこにこ。人当たりのいい笑みで私と鬼市くんの顔を交互に見る。
しばらくの沈黙のあと、驚きで見開かれたみんなの目に好奇心という光が輝き始める。
ボボボッと勢いよく頬が熱くなった私は「も、もう部屋戻るね」と立ち上がろうとしたけれど、隣にいた来光くんが「まぁまぁまぁ」とそれは楽しげな顔で私の手首を掴んだ。
「は!? 鬼市は巫寿が好きなのか!?」
「いやお前気付いてなかったんかい」
「まぁ僕も噂で聞いてたから知ってはいたけど、どのタイミングで茶化そ……真相を確かめるか迷ってたんだよね」
来光くんいま茶化そうって言った。絶対言った。
もうやだ逃げたい。
恋多き親友がそばに居たので昔から恋バナはしょっちゅうしていたけど、話題の中に自分や自分の話が上がることはなかった。
だからこういう時どういう顔でどういう反応をしたらいいのか分からない。せめて、私のいない所で話して欲しい。
「別に隠してるつもりはないけど。聞かれなかっただけだし」
「え、じゃあ聞けば色々答えてくれるの!?」
「ものによる」
もうやめて鬼市くん、と枕に顔を埋める。
「はいはい質問! 巫寿ちゃんの好きなところはー?」
完全に悪ノリに火がついた。
止める人は最初からいないし、唯一悪ノリを止めてくれる嘉正くんが始めたのでもう終わりを待つしかない。
「全部」
ヒューッと誰かが口笛を吹いた。
聞きました嘉正さん全部ですってよ、聞きましたわよ来光さんほの字ですわね、なんてやり取りが聞こえる。
ダメだ、もう枕から顔をあげられない。
「え、じゃあさじゃあさ。巫寿に惚れたからその鬼子ちゃんって子との婚約を解消したってこと?」
「鬼子との婚約がなくなったのは、今年の春に赤狐族から鬼子に婚約の申し入れがあったからだ。まぁいずれは断ってたけど」
つまり別に好きな子がいるから婚約者に不義理したくないってこと?と嘉正くんが追い打ちをかける。
そんなの確かめなくていいよ、といっそう枕に顔をうずめる。
生真面目に「まぁそうなる」と答えた鬼市くんにもう何も言えない。
聞きました嘉正さん巫寿ちゃんのためですって、聞きましたよ来光さんほの字ですわね、とまた二人がふざける。
「じゃあ巫寿は鬼市のことどう思ってんだよ~」
からかい口調でそう尋ねられビクリと肩が弾む。
「ど、どうって言われても……私は……」
恥ずかしさのあまりどんど声が萎んでいく。
鬼市くんと出会ったのは今年の二月。まだ半年も経っていないし、なんなら異文化理解学習が始まる前までではたったの二回しか会ってない。
たった一回顔を合わせただけで判断できるほど恋愛に器用な性格ではない。早く答えてよ、と皆の好奇の眼差しが突き刺さる。
こういう時なんて答えたら……。
「別に今すぐ答えを求めている訳じゃない。ゆっくり俺のことを知ってくれたら嬉しい」
まるで助け舟でも出すかのように鬼市くんがそう言う。そっと顔を上げると目が合って、鬼市くんは頬を緩めた。
甘々じゃねぇか!と泰紀くんのツッコミが入り無事また枕に顔を埋めることになる。
「巫寿が死にそうだから次で最後にして」
次っていうか、もう終わりにして欲しい。
「じゃあさじゃあさ、巫寿ちゃんのこといつ好きになったの? やっぱ節分祭?」
好き云々はさておき、確かにそれは私も少し気になる。恐る恐る顔を上げると鬼市くんがちらりと私を見た。
まるで昔を懐かしむように目を細める。
「もっと何年も前、だな」
「え、二人って顔見知りだったの?」
「質問はさっきので終わり」
えー!何だよケチー!と不満の声が上がる中で私は目を見開いて鬼市くんを見つめる。
何年も、前……?
私と鬼市くんが出会ったのは間違いなく神社実習の節分祭が初めてだ。去年まではこの世界のことや妖の存在すら知らなかったんだから、鬼である鬼市くんと出会っているはずがない。
なのに何年も前って、一体どういうことだろう。
詳しく聞いてみたいけど今私が口を開くともっと悪ノリが加速しそうなので、気になる気持ちをグッとこらえる。
「俺と信乃は話したぞ。だから次、瓏」
「え……俺?」
隅っこでずっと黙って話を聞いていた瓏くんは突然の指名に固まる。
「俺も気になるかも。ミステリアスな瓏がどんな人を好きなのか」
「意外とメンクイだったり?」
「正直にゲロっちまえよ!」
好きな人、と呟きならが真剣に考える素振りを見せた瓏くん。
こんなの真剣に答える必要ないのに……。
「俺の好きな人は……」
皆が身を乗り出した。そして。
「────信乃」
皆は顎が外れたんじゃないかと言うくらい口を開けて固まる。唯一信乃くんが「いやん照れるわ」と反応した。
「鬼市も好き。嘉正も来光も、泰紀も慶賀も恵衣も。巫寿も薫先生も、みんな好き。一緒にいると楽しい」
「あのな瓏、それは友達としての好きや。こいつら完全に誤解してたで」
「誤解? 俺は本当に好きだよ」
やれやれと首を振った信乃くん。
皆は「なんだそういう事か」と深く息を吐いた。
「俺こんなだから、みんな俺のこと避けて無視する。けど信乃と鬼市と、こっちの神修のみんなは俺と話してくれる。それが、すごく嬉しい」
「別に普通だろ? 友達じゃん」
「特別なことした覚えはないけどなぁ」
二人の言葉に小さく首を振って微笑んだ。
「普通なのが、嬉しい」
みんなはちょっと照れくさそうにお互いに視線を合わせて頬をかいた。
「ま、俺も瓏のこと結構好きだぜ。もちろん友達としてだけど」
「ありがとう。俺も泰紀のこと好き」
「お、おう……」
愛を確かめ合う二人の横顔を見ながら、来光くんが「なるほどな」と呟いた。
何がなるほどなの?と尋ねる。
「前に信乃が言ってたじゃん。"お友達大好きだから、友達のためなら何でもする"って。今ので納得できたなって」
ああ、なるほど。あの時は理解できなかったけれど、確かに今やっと信乃くんの言葉に納得した。
瓏くんの過去や今どんな状況に置かれているのかはざっくりとだけれど聞いている。だからこそ、彼にとって友達がどういう存在なのか痛いほどに分かる。
「僕も瓏のこと好きだよ」
「私も……!」
たまらずそう言って身を乗り出すと、瓏くんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。来光、巫寿。俺も好き」
「おい今のはどういう事だ瓏」
「どうって……だから俺も巫寿が好きだって」
「聞き捨てならん」
「はぁー、アホらし」
賑やかな鞍馬勢のやり取りにけらけらとみんなして笑う。
そうして夜は更けていった。
0
お気に入りに追加
96
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる