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内緒話

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かぽーん、と風呂桶の転がる音が響く高い天井を見上げてふはっと息を吐いた。白濁したお湯をすくい上げて肩にかけると、ほんわりと身体が温まる。


「おーい、巫寿! まだそっちいる~?」


高い壁を挟んだ反対側から名前を呼ばれた。周りに人はいないので、「まだ入ってるよ!」と叫んで答える。


「最高だなこれ! 貸切状態じゃん!」

「馬鹿叫ぶな!」

「うわ、鬼市の腹筋すご!」

「瓏と来光はひょろひょろやな」


あっちは楽しそう。女子は私一人だけなので仕方ないけれど、賑やかな男湯が少し羨ましい。


「巫寿、上がったら卓球台集合ね」

「薫先生一番ノリノリだし!」

「当たり前でしょ? 大人たるもの楽しむ時は全力で楽しむの」

「とか言って~」


楽しそうな声にくすくす笑いながら「はーい」と答えた。

薫先生に無理やり連れてこられた任務を何とかこなしたものの、帰りの車を逃してしまいどうしたものかと立ち往生していた所で薫先生に連れてこられたのは山の麓にあった小さな旅館だった。

深夜に急に訪ねてきた大人一人と子供複数の団体客を不審に思うこともなく、あっさり部屋へ案内してくれた女将さん。なんなら去り際に「お勤めご苦労様です」とまで言われた。

聞くと、ここは本庁と提携している宿屋で急な泊まりがけの任務になった時に空きがあればタダで泊めてくれるらしい。全国各地にそんな旅館が点在しているんだとか。

『ホテルに泊まってもいいけど、経費で落ちない時とかあるから覚えとくといいよ』と薫先生が教えてくれた。

前にお兄ちゃんが「クソみたいな仕事だけど福利厚生はなかなか良い」と言った。おそらくこういう所なんだろう。

親切な女将さんが明け方まで大浴場が開いていることを教えてくれて、折角ならということでみんなで向かい今に至る。

建物自体は古い作りだけれどどこも大切に手入れされているのが分かる。廊下では所々付喪神の姿も見かけたし、建物自体も雰囲気がいい。

本庁と提携しているだけあるなぁ、と辺りを見回し立ち上がった。





「ウルトラスーパースマァァッシュ!」

「インテリハイパーバリァァア!」


目の前で繰り広げられる泰紀くんと来光くんの白熱した試合に私たちは笑い声を上げた。

中学の修学旅行でもクラスメイトと卓球をしたことがあるけれど、どうして男の子って横文字の技名を叫びたがるんだろう。

「エクストラゴッドレシィィィブ」と叫ぶ泰紀くんにちょっと呆れながら薫先生が買ってくれたフルーツ牛乳を飲む。


「元気だねぇ、若者たちは」

「薫先生オッサンみたい」


ベンチでくつろぐ薫先生に嘉正くんそうからかう。


「ちょ、やめてよまだそんな年齢じゃないし。……あー、やっと今禄輪のオッサンの気持ちが分かった」

「禄輪さんですか?」

「んー、ふふ。こっちの話」


へらっと笑った薫先生。


「慶賀は卓球しないの?」


隣に座っていた慶賀くんに薫先生が声をかける。ぼんやりしていた慶賀くんが「え?」と顔を上げた。


「卓球しないのって」

「あー……俺はいいや」


こういうのは真っ先に参加する慶賀くんが珍しい。冴えない表情に少し心配になる。


「流石に疲れた? 眠いなら部屋戻っときな」


曖昧な返事でまたぼんやりする慶賀くん。薫先生が「もたれていいよ」と笑う。慶賀くんは黙ってその肩にもたれかかった。

このところ誰よりも奉納祭に向けて頑張っていたし、どっと疲れが出たんだろう。


「ちょ、俺と鬼市は休憩。お前ら体力バケモンかいな」

「妖に言われると嬉しいな!」

「褒めとらんわ。瓏と嘉正、交代して」


ハイタッチで交代した四人。そして直ぐにまた白熱した試合が始まった。

疲れ切った様子でベンチに腰掛けた二人に「お疲れ様」とコーヒー牛乳を差し出す。


「二人ともぼろ負けしてたね」


笑いながらそう話しかけると二人は分かりやすくムッと唇を突きだす。


「だって卓球なんて鞍馬の奴らとはやらんし。あんなチッコイ玉打てるかいな」

「相撲なら間違いなく勝てる」


鬼市くんと相撲対決なんてしたら誰も勝てないって、と心の中でつっこんだ。

ルールを教えて貰っている瓏くんの横顔を見た。少し口角が上がっている。どこか楽しそうだ。


「薫先生、おおきにな」


瓏くんの背中を眺めながら、信乃くんが少し頬を緩ませてそう言う。


「ん? 何が?」

「妖の世界でもこっちの世界でも、結局瓏は異質扱いやからさ。こうしてこっちの神修で普通に勉強して遊べるんは、薫先生の計らいのおかげなんやろ」

「あはは、ヤダなぁ。センセー何にもしてないよ。まぁでも悪い気はしないから、お礼は貰っとこうかな」

「おーおー、もらっとけ。信田妻一族次期頭領の感謝なんて数年後にはプレミア付くぞで」


生意気な、と軽いゲンコツを落とされた信乃くんはちょっと嬉しそうだった。

確かに妖の世界で危険視されている瓏くんが、なんの制約もなくこちらの神修で過ごせるとは思えない。

本庁の上層部は保守的と聞くし、きっと異文化理解学習が始まる前に一悶着あったはずだ。


「楽しい思い出作れたんならセンセーはそれで十分。沢山遊んで沢山学びな」


薫先生は卓球に興じるみんなの背中に、眩しそうに目を細めた。


「あ、そうだ巫寿。ちょっと話したことがあるんだけど」

「は? 教え子に何するつもりですか」


私よりも先に鬼市くんが答えた。ぎゅっと眉間に皺を寄せた顔で立ち上がる。

するとブハッと薫先生が吹き出す。


「あはは、そう威嚇しないでよ。別に密室に二人きりって訳でもないし、第一俺のタイプはボンキュッボンな美人系だから」


薫先生と鬼市くんが振り向いて私を見た。二人に頭のてっぺんからつま先までじーっと見られて、鬼市くんはホッと息を吐きベンチに座り直す。「うん、やっぱ違う」と薫先生は朗らかに笑った。

なんだか今ものすごく侮辱されているような気がするのは気のせいだろうか。


「行くよ巫寿」


まだ若干腑に落ちないけれど、その背中を追いかけた。


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