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内緒話
弐
しおりを挟む「……なんッで俺も!!」
恵衣くんがここまで怒り狂う姿は久しぶりに見た気がする。そして怒り狂いながらも目の前の怪し火はしっかり火鎮祝詞で修祓している辺りが流石だ。
「お、いいよ恵衣。今のお手本みたいに上手かった。その調子その調子」
高い木の右に座って足を組み、文字通り高みの見物を決め込んでいる薫先生。
「うわぁッ! 薫先生助けてッ!」
「いてっ、痛ぇ!!」
野生のすねこすりにまとわりつかれた慶賀くんと泰紀くんが立ち上がる度に転ばされている。
すねこすりは人の足に纏わりついてすっ転ばせる幽世生物だ。
「あはは、頑張れ頑張れ。あ、でもすねこすりは修祓対象外だから祓っちゃ駄目だよ、追い払うだけね」
薫先生の楽しそうな声と二人の悲鳴が深い森の奥に響いた。
『君らも行こうか、任務』という薫先生の発言に一目散に逃げ出した私たちだけれど、結局先生が使役する妖狐に捕まってこうして深い森に連れてこられた。湿った赤土と落ち葉の腐った匂いが濃い。生い茂る木々が月明かりを遮り辺り一面は真っ暗闇だった。
そういう深い暗闇こそ、悪いものが吹き溜まる。まるでお化け屋敷のように次々現れる残穢にみんなが悲鳴をあげる。
「巫寿ちゃん! そっちにクッソ気持ち悪いの走ってった!」
少し先の方で修祓していた来光くんがそう叫んだ。え、何?と聞き返すよりも先に落ち葉を踏む四本足の音が聞こえる。慌てて辺りを見渡した。暗闇でよく見えない。みんなの叫び声で足音の位置が特定できない。
焦る気持ちで振り向いたその時、木の影から太い前足が二本飛び出してきたのが見えた。僅かな月明かりでその足が虎のような縞模様をしているのに気が付く。
草が揺れて現れる。赤ら顔に大きな口、のっぺりした鼻は猿の顔だ。
ヒッと息を飲んだ。
確かにこれはかなり気持ち悪いかも……!
とりあえず初めて見る妖だから祓詞!
胸の前で手を合わせようとしたその時。
「待った巫寿、そいつはまだ授業で教えてないから駄目」
肩を引かれて私が顔を上げるよりも先に薫先生が前に出る。私が叫んだのと妖が薫先生に飛びかかったのは同時だった。
「薫先生危ない……ッ!」
ヒョォという不気味な鳴き声が辺り一面に響き渡り思わず目を閉じた。
「子供たちの教材のために、ちょっと協力してね」
呑気な声が聞こえて「……え?」と薄目を開ける。ヒョォヒョォと鳴き喚くあの不気味な妖にヘッドロックを決めた薫先生が「君、活きいいね」と笑っていた。
「いい? これは主に広葉樹林とか雑木林に生息する鵺って呼ばれる妖だよ。生態学では習ったことあるけど、生で見るのは初めてでしょ? もっと近くで観察しな~」
鵺の前足を招き猫のように操って手招きする姿に何だかもう何も言えない。
深夜の雑木林しかも残穢が溢れかえるような場所で、いつも通りの授業を始めた薫先生。
本当に……もう何も言えない。
「鵺は特徴的な体で、頭が猿、胴が狸、手足が虎で尻尾は蛇なんだけど────ってみんな聞いてる?」
「こんな状況で聞けるかいなッ!」
信乃くんの鋭いツッコミが炸裂した。さすが関西人だ。
「帰ったら鵺についてノートに纏めて提出してもらうから、ちゃんと聞いときなよ?」
「無茶苦茶だ! 横暴だッ!」
「あ、慶賀。そっち気を付けて」
うわぁッ!と慶賀くんの悲鳴が上がる。
私たち、生きて寮に帰ることが出来るんだろうか。
カラカラ笑う薫先生の横顔にちょっと泣きたくなった。
結局全てが片付いたのは夜も深まった深夜の一時を少しすぎた頃だった。
「みんなお疲れ。やれば出来るじゃん」
「無理やりやらされたんだよ……」
皆ぐったりと地べたに座り込みツッコむ声にも張りがない。私も木の幹にもたれかかって目を閉じ深く息を吐いた。
「模擬修祓は今日より断然楽だから、これなら君らも上位入賞できそうだね」
「だったらコレ僕たちやった意味なくないですか!?」
「あはは」
「笑って誤魔化すなぁッ!」
やめとけ来光。先生には何言っても意味ねぇよ。
燃え尽きた泰紀くんと慶賀くんがそう宥める。
「薫先生、とりあえず早く帰りましょうよ。帰ってお風呂入りたいです」
嘉正くんに激しく同感だ。一刻も早くお風呂に入って休みたい。明日は土曜日だし、一日中ごろごろ出来のが唯一の救いだ。
「俺も早く寮に帰してあげたい気持ちは山々なんだけどさぁ。君らが思った以上に時間かけるから、神修行きの車逃しちゃったんだよね。次来るの四時間後とかだよ」
「四時間後ぉ!?」
みんなが白目を向いてひっくり返った。気の遠くなるような数字に頭を抱える。
神修へは車を使わないと迎えないし、でも流石にあと四時間も待つなんて……。
「え、じゃあどうすだよ! まさか野宿!?」
「流石に女の子もいるしそんな酷なこと言わないよ。さっき確認したら空きがあるみたいだから、予約しといたよ。もちろん行くでしょ?」
空きがある? 予約?
「どういう事ですか?」と尋ねると薫先生は片目をつむった。
「すっごくイイトコロだよ」
何故だろう。薫先生がそう言うと悪い予感しかしない。
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