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自主練
肆
しおりを挟む「私は歴代の審神者さま達よりも言祝ぎの力が格段に弱いの。十二神使というのは審神者の言祝ぎの総量を見て仕えるかどうかを判断するから、私は騰蛇しか使役できなかったのよ」
いつもよりも少し早く稽古を切り上げて、誉さんから審神者時代や眞奉との思い出話を聞かせてもらった。審神者については授業で習う訳でもないのでかなり興味深い。折角だし色々聞いてみようとみを乗り出す。
「そもそも審神者ってどうやって選ばれるんですか?」
「本庁の上層部が選ぶのよ。だいたい500年くらい前までは審神者はかむくらの社の神職だし通例通り御祭神様が選んでたみたいなんだけど、途中からは御祭神さまにお願いして本庁が選ばせてもらえることになったのよ」
確かにどこの社の宮司は神託によって選ばれる。かむくらの社には宮司がいない代わりに審神者が奉仕しているから、本来なら審神者は御祭神である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命が選ぶはずだ。
「神様たちは神職を選ぶ時、向き不向きに関わらず人で選ぶのね。でも神職たちの頭である審神者に向いていない人が選ばれて、ころころ変わると大変でしょう? だからよ」
「なるほど……」
大切なポジションの神職がころころ変わってしまうと確かにみんな混乱してしまう。
でも、「貴方が選ぶ審神者だと不都合があるので、こっちで選んでいいですか?」ってお願いして、神様は聞き入れてくれるんだろうか。
「私たちが間違った行動を取っていなければ、割と何でも許してくれるものよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの」
前にも思ったけど、神様ってなかなか合理的だ。
「本庁が審神者を選ぶ基準って何なんですか? 言祝ぎの力が多いことっていうのは前に本で読んだんですけど」
誉さんはそうねぇと頬に手を当てて首を捻る。
「詳しい条件は本庁の上層部しか知らないのだけれど、歴代の審神者に共通することなら幾つかあるわね」
姿勢を正して誉さんを見つめる。
「巫寿さんの言う通り言祝ぎの力が多いこと、これは外せないわね。20歳の時点で一級以上の神職が選ばれるわ」
ということは誉さんも一級以上の実力を持っているということになる。
「それと未婚女性であること、これは他の社の巫女と同じね。あとは先見の明があること。審神者の主な役割は未来を視て、人と妖を守り導くことですから。家系も関係あるみたいよ。選ばれるのはお社に仕えていた神職の家系が多いの。性格やそれまでの実務経験なんかも考慮されるみたいだけれど、私が分かるのはこれくらいかしらね」
誉さんが知っているだけでもこんなに細かい条件があるんだし、実際はもっと多いんだろう。
次の審神者が未だに選ばれず空白のままなのは、選ぶ条件が細すぎるからなんじゃないだろうか。
「巫寿さんは審神者について興味があるの?」
そう尋ねられて慌ててぶんぶんと首を振った。
「興味があるのではなくて……志ようさんはお母さんの友達で、私の夢にも出てきたことがあるんです。それに眞奉も審神者と関係がある十二神使だし……」
ふと脳裏に白い影が過ぎった。忘れかけていた記憶が溢れ出した煙のようにふわりと蘇る。
かむくらの社で出会った白い着物を着た男。妖であって妖でない、穢れを嫌う潔白で唯一の存在。知らないはずなのに知っていた、無意識に恣冀と呼んだあの妖。
「……あの、誉さん」
うん?と誉さんが首を傾げた。
「誉さんは、ほかの十二神使について分かりますか?」
「ほかの十二神使?」
ひとつ深く頷く。
「私、多分眞奉以外の十二神使と一度だけ会ったことがあるんです。真っ白な髪に、琥珀色の瞳を持った男性の体をした姿でした。確証は持てないけど、彼は十二神使だって強く思うんです」
ふむ、と腕を組んだ誉さん。
「神職の直感というのは結構当てになるものなのよ。巫寿さんがそう思うなら、本当にその彼は十二神使だったのかもしれないわね」
本当ですか!?と身を乗りだす。
「たださっきも言った通り、私は眞奉しか使役できなかったからほかの十二神使については分からないわ。審神者を引き継いだ時先代の審神者に何度かお会いしたけれど、彼女が使役する十二神使にそんな容姿の子はいなかったはずよ」
「そう、ですか……」
もしかしたら彼のことが分かるかもしれないと思ったのだけれど、誉さんも彼のことは知らないらしい。
だとしたら、やっぱりあの妖は十二神使じゃなかったのだろうか?
「ああ、そうだ。参考になるかは分からないけれど、十二神使にはそれぞれの色があるの」
色?と聞き返す。
「ええ。そうね……例えば騰蛇。彼女は火を司るから、赤が彼女の色なのよ」
後ろで控える眞奉を見た。燃えるように赤い瞳で私をじっと見ている。
「他にも……海を司る天后は青だし、黄砂を司る天空は黄色、勾陳は金で六合は桃色だったかしら」
青、黄、金、桃。鮮やかな色が目に浮かぶ。
「巫寿さんの話を聞く限り、その妖は白のイメージが強いわね。となると────」
いつの間にか息を止めていた。唾を飲み込み食い入るように誉さんを見つめる。
「白は、白虎ね。西を司る十二神使よ」
西を司る十二神使。白い妖────白虎。
初めて聞いたはずなのに、耳馴染みのいい音だった。思わず声に出したくなるように愛おしくて優しい音。
「────白虎」
名前を呼ぶ。
前から強い風が吹き付けたように身体中に衝撃が走った。
『馬鹿もの! 早く降りなさいッ、白虎!』
屋根を見上げて誰かを叱っている景色。
『白虎はどんな味が好きなのかしら。とりあえず今日は、私の故郷の味にしましょうか』
台所に立って鼻歌を歌いながら包丁を握る景色。
『とうとう白虎にも、私の秘密の場所がばれてしまったか』
木漏れ日が差す暖かい部屋の景色。
知らないはずの景色が次々と頭の中に流れ込む。その隣には必ずあの白髪の妖がいた。
『我が御名のもと。下れ、白虎』
それは二人の間で交わされた結び。
白髪の妖、十二神使。
彼の名前は────白虎の恣冀。
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