言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

文字の大きさ
上 下
174 / 253
自主練

しおりを挟む


「私は歴代の審神者さま達よりも言祝ぎの力が格段に弱いの。十二神使というのは審神者の言祝ぎの総量を見て仕えるかどうかを判断するから、私は騰蛇しか使役できなかったのよ」


いつもよりも少し早く稽古を切り上げて、誉さんから審神者時代や眞奉との思い出話を聞かせてもらった。審神者については授業で習う訳でもないのでかなり興味深い。折角だし色々聞いてみようとみを乗り出す。


「そもそも審神者ってどうやって選ばれるんですか?」

「本庁の上層部が選ぶのよ。だいたい500年くらい前までは審神者はかむくらの社の神職だし通例通り御祭神様が選んでたみたいなんだけど、途中からは御祭神さまにお願いして本庁が選ばせてもらえることになったのよ」


確かにどこの社の宮司は神託によって選ばれる。かむくらの社には宮司がいない代わりに審神者が奉仕しているから、本来なら審神者は御祭神である撞賢木厳之御魂天疎向津媛命つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみことが選ぶはずだ。


「神様たちは神職を選ぶ時、向き不向きに関わらず人で選ぶのね。でも神職たちの頭である審神者に向いていない人が選ばれて、ころころ変わると大変でしょう? だからよ」

「なるほど……」


大切なポジションの神職がころころ変わってしまうと確かにみんな混乱してしまう。

でも、「貴方が選ぶ審神者だと不都合があるので、こっちで選んでいいですか?」ってお願いして、神様は聞き入れてくれるんだろうか。


「私たちが間違った行動を取っていなければ、割と何でも許してくれるものよ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなの」


前にも思ったけど、神様ってなかなか合理的だ。


「本庁が審神者を選ぶ基準って何なんですか? 言祝ぎの力が多いことっていうのは前に本で読んだんですけど」


誉さんはそうねぇと頬に手を当てて首を捻る。


「詳しい条件は本庁の上層部しか知らないのだけれど、歴代の審神者に共通することなら幾つかあるわね」


姿勢を正して誉さんを見つめる。


「巫寿さんの言う通り言祝ぎの力が多いこと、これは外せないわね。20歳の時点で一級以上の神職が選ばれるわ」


ということは誉さんも一級以上の実力を持っているということになる。


「それと未婚女性であること、これは他の社の巫女と同じね。あとは先見の明があること。審神者の主な役割は未来を視て、人と妖を守り導くことですから。家系も関係あるみたいよ。選ばれるのはお社に仕えていた神職の家系が多いの。性格やそれまでの実務経験なんかも考慮されるみたいだけれど、私が分かるのはこれくらいかしらね」


誉さんが知っているだけでもこんなに細かい条件があるんだし、実際はもっと多いんだろう。

次の審神者が未だに選ばれず空白のままなのは、選ぶ条件が細すぎるからなんじゃないだろうか。


「巫寿さんは審神者について興味があるの?」


そう尋ねられて慌ててぶんぶんと首を振った。


「興味があるのではなくて……志ようさんはお母さんの友達で、私の夢にも出てきたことがあるんです。それに眞奉も審神者と関係がある十二神使だし……」


ふと脳裏に白い影が過ぎった。忘れかけていた記憶が溢れ出した煙のようにふわりと蘇る。

かむくらの社で出会った白い着物を着た男。妖であって妖でない、穢れを嫌う潔白で唯一の存在。知らないはずなのに知っていた、無意識に恣冀しきと呼んだあの妖。


「……あの、誉さん」


うん?と誉さんが首を傾げた。


「誉さんは、ほかの十二神使について分かりますか?」

「ほかの十二神使?」


ひとつ深く頷く。


「私、多分眞奉以外の十二神使と一度だけ会ったことがあるんです。真っ白な髪に、琥珀色の瞳を持った男性の体をした姿でした。確証は持てないけど、彼は十二神使だって強く思うんです」


ふむ、と腕を組んだ誉さん。


「神職の直感というのは結構当てになるものなのよ。巫寿さんがそう思うなら、本当にその彼は十二神使だったのかもしれないわね」


本当ですか!?と身を乗りだす。


「たださっきも言った通り、私は眞奉しか使役できなかったからほかの十二神使については分からないわ。審神者を引き継いだ時先代の審神者に何度かお会いしたけれど、彼女が使役する十二神使にそんな容姿の子はいなかったはずよ」

「そう、ですか……」


もしかしたら彼のことが分かるかもしれないと思ったのだけれど、誉さんも彼のことは知らないらしい。

だとしたら、やっぱりあの妖は十二神使じゃなかったのだろうか?


「ああ、そうだ。参考になるかは分からないけれど、十二神使にはそれぞれの色があるの」


色?と聞き返す。


「ええ。そうね……例えば騰蛇。彼女は火を司るから、赤が彼女の色なのよ」


後ろで控える眞奉を見た。燃えるように赤い瞳で私をじっと見ている。


「他にも……海を司る天后てんこうは青だし、黄砂を司る天空てんくうは黄色、勾陳こうちんは金で六合りくごうは桃色だったかしら」


青、黄、金、桃。鮮やかな色が目に浮かぶ。


「巫寿さんの話を聞く限り、その妖は白のイメージが強いわね。となると────」


いつの間にか息を止めていた。唾を飲み込み食い入るように誉さんを見つめる。


「白は、白虎びゃっこね。西を司る十二神使よ」


西を司る十二神使。白い妖────白虎。

初めて聞いたはずなのに、耳馴染みのいい音だった。思わず声に出したくなるように愛おしくて優しい音。


「────白虎」


名前を呼ぶ。

前から強い風が吹き付けたように身体中に衝撃が走った。


『馬鹿もの! 早く降りなさいッ、白虎!』
屋根を見上げて誰かを叱っている景色。

『白虎はどんな味が好きなのかしら。とりあえず今日は、私の故郷の味にしましょうか』
台所に立って鼻歌を歌いながら包丁を握る景色。

『とうとう白虎にも、私の秘密の場所がばれてしまったか』
木漏れ日が差す暖かい部屋の景色。

知らないはずの景色が次々と頭の中に流れ込む。その隣には必ずあの白髪の妖がいた。


『我が御名のもと。下れ、白虎』
それは二人の間で交わされた結び。


白髪の妖、十二神使。

彼の名前は────白虎の恣冀しき


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

処理中です...