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自主練
参
しおりを挟む「……失礼しま────あれ? 誉さんまだなんだ」
誰もいないガランとした稽古場を見渡し目を瞬かせた。
今日は誉さんとの授力稽古の日だ。いつも稽古は授業終わりの放課後に行われるので私の方が遅れて来るのだけれど、今日は初めて誉さんより早くついた。
薫先生が昼ごはんのあとから任務に出かけて、ホームルームがなかったからだろう。
中に入り神棚に手を合わせたあと押し入れから座布団を二枚引っ張り出す。横に並べてひとつに座り、どうしようかなと当たりを見回した。
「君、話しかけてもよろしいですか?」
頭の中に直接響く、少し低くて明朗な声。
「眞奉。どうしたの? 大丈夫だよ」
そう答えると瞬きした次の瞬間には、音もなく目の前に正座をした眞奉が現れる。いつもの事ながら少し心臓がキュッとする。
「お兄さまより封筒を預かりました」
「お兄さま……って、祝寿お兄ちゃんから? え、何で? 何を? お兄ちゃんが眞奉に渡したの?」
「ええ。先程祝寿殿よりお預かりし、君に渡すよう頼まれました」
眞奉はそう言って床の上にA4サイズの白い封筒を滑らした。混乱しながら封筒を受け取る。
まずお兄ちゃんと眞奉がいつ顔見知りになっていたのかを教えて欲しい。
「禄輪の元を尋ねた際に、偶然お会いしました。"俺に祓われたくなければ巫寿の様子を定期報告するよう"と」
思わず頭を抱えて項垂れる。
十二神使を脅してそんな約束を取り付けるなんて無茶苦茶だ。
「でも眞奉の方がお兄ちゃんより強いでしょ? どうして言う事聞いたの?」
十二神使は最高神に仕える妖だ。おそらくお兄ちゃん程度じゃ束になっても軽くひねり潰されるはず。
「あの者は狂気じみた目をしておりました。十二神使でも遠方から呪われると太刀打ちできません」
今度は天を仰ぐ。
深く息を吐き、お兄ちゃんには後で文句の連絡を入れようと心に決めた。
眞奉が持ってきてくれた白い封筒を確認する。送り主の名前はなく宛先は実家の住所で私宛、のりでしっかり封がされていた。中身を取り出す。
一行目に大きく合格証明書と書かれていて「あ!」と声を上げる。丁度そのタイミングでスマホが鳴った。お兄ちゃんからの電話だった。
『もしもし巫寿? 封筒届いたー?』
呑気な声に頬を引き攣らせる。
「届いたー?じゃないよ! 眞奉のこと脅して何してるの!」
『人聞きが悪いな。学校での様子を禄輪さんは知れるのに俺だけが知れないのはずるいから、少し可愛くお願いしただけだよ』
どこが!と突っ込む。
本当にお兄ちゃんは……。
『騰蛇に渡した封筒受け取った? 本庁からみたいだけど、間違ってウチに届いてたから。勝手に開けたら怒ると思って』
「そりゃ怒るよ! もうお兄ちゃんは……」
『だからそのまま送ったじゃん。で、中身なんだったの? 俺のハンコいる?』
ため息を吐きながら合格通知をかざす。
「違うよ、昇階位試験の合格通知だった」
『ほんと!? おめでとう! 合格通知届かないって焦ってたもんな。これで巫寿も直階四級、神職の仲間入りか。感慨深いなぁ……』
電話の向こう側でしんみりするお兄ちゃん。私は無言で合格通知を見つめる。
"直階一級 椎名巫寿
上記の者は二○二三年冬季昇階位試験において
頭書の階位に合格したことを証明します。"
合格はしている。でも直階一級なんだよなぁ……。
お兄ちゃんに話せば余計に話がこじれそうなので、やっぱり黙っていよう。この件に関しては禄輪さんと薫先生に任せるのが一番いい。
『ねぇねぇ巫寿、合格証明書と一緒に写真撮って送ってよ! 神棚に飾るから!』
「や、やだよッ……! じゃあ私忙しいからもう切るね、バイバイ!」
何か言いかけたお兄ちゃんを無視して無理やり通話を終わらせる。
「眞奉、お兄ちゃんのことは無視していいから。今度また脅してきたら、お兄ちゃんのこと嫌いになるって言っておいて」
「かしこまりました」
無表情で頷いた眞奉。
どっと疲れて息を吐いたその時。
「────あなた……騰蛇なの?」
そんな声が聞こえてハッと振り返った。稽古場の入口に目を見張る誉さんが立っている。まるで歩き方を忘れたようによろよろと歩いてくる。
人の気配を感じたらいつもはすぐに姿を消すはずの眞奉が、今日はその場から動かずじっと座っている。
崩れるように眞奉の前に座った。
「間違いない、あなたは騰蛇ね。ああ……なんて懐かしい顔なんでしょう」
誉さんは震える手を眞奉の手に重ねる。
「誉さん……? 彼女のことをご存知なんですか?」
「もちろんよ。騰蛇は私が唯一使役していた十二神使ですもの」
誉さんが使役していた十二神使……!
驚きの事実に眞奉を見上げる。
「教えてくれても良かったのに」
「聞かれませんでしたので」
いつも通り憮然とした態度で答える。誉さんは嬉しそうに「相変わらずね」とカラカラと笑った。
「それで……どうして騰蛇がここに? まさか」
ひとつ頷いた。
「神修へ入る前に禄輪さんから譲り受けたんです。だから今は私の元に」
さっきよりももっと驚いた顔をした誉さんが、私と眞奉を見比べる。久しぶりの再会のはずなのに黙ったままの眞奉に首を傾げた。
「誉さんと喋らないの?」
「今の君は、巫寿さまですので」
頑なな態度に肩をすくめる。
「巫寿さん、十二神使はそういうものなのよ」
「でも私は気にしませんよ? ほら」
無理やり眞奉の手を取って誉さんの手に重ねた。眞奉の瞳が僅かに揺らぐ。誉さんが少し不安そうにその瞳を覗き込んだ。
「……ご壮健で何よりです、誉殿」
誉さんは喜びと寂しさの混じった表情で優しく目を細める。ひとつ頷き眞奉の手を握りしめた。
「……あなたも元気そうでよかった。あの頃から何一つ変わってないのね」
「妖は歳をとりませんので」
「そういうことじゃないわよ」
「誉殿は昔から要領を得ないことばかり仰います」
「言ったわね? あなただっていつも────」
誉さんが審神者だったのは今から30年以上も前のこと。けれど二人の掛け合いはまるで昨日も会っていたような親しい友人の距離感だった。
眞奉の口元が僅かに緩んでいるのが見えた。いつも無表情が基本の彼女が珍しく笑っている。
それが嬉しくて、会話を楽しむ二人の姿をしばらく黙って見つめた。
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