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自主練
弐
しおりを挟む「なあ鬼市~、人型のコツとかねぇの?」
「そうだな……こう、グイッとググッと」
「あー、アカンアカン。コイツ感覚派やから聞いても参考にならんで」
「ほー、なるほどな! グイッとググッとか!」
「いやなんで分かるん」
「慶賀も感覚派だからね」
みんなのやり取りを後ろで聞きながらくすくすと笑う。
最終下校時間になり自主練を切り上げた私達は、そのまま夕飯を食べるため広間へ向かって歩いていた。
お腹すいたねー、なんて話している他学年の学生たちが私たちの集団を見かけるなり怯えたようにパタパタと去っていく。嫌な感じだな、と思いつつももう言ってもキリがないので最近は私も皆も無視するようになった。
広間の前についた。中に入る前に瓏くんは足を止める。
「……信乃、よろしくね」
「おう、後で持ってくわな」
こくりと頷いた瓏くんに皆は「また後でなー」と声をかけながら広間の中へ入った。
閉鎖的な神修では噂話は瞬く間に広がる。瓏くんが千歳狐だという話は、開門祭最終日の夜にはほとんどの学生が耳にしていた。
それからというもの、共有スペースで瓏くんを見かける度に学生たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。千歳狐が人の臓物を食べる、という言い伝えをみんな知っているからだろう。
それに気がついた瓏くんは広間で一緒にご飯を食べないようになった。他の学生や私たちに気を使っているんだと思う。だから毎食信乃くんがお膳を部屋に運んでいる。
瓏くんの噂話で持ち切りになったことによって、私への陰口はパッタリとなりを潜めた。陰口を言われるのは辛いけれど、私の代わりに瓏くんが注目の的になってしまったみたいで心苦しい。
けれど瓏くんはそんな私の心境に気付いたのかたまたまなのか、偶然教室で二人きりになったタイミングで「巫寿ちゃんは気にしなくていいよ」と一言だけ言った。
謝るのも感謝するのもおかしな気がしてひとつ頷けば、少しだけ頬を緩めて頷いていた。
いただきまーす、とみんなで手を合わせて箸を取る。今日の晩御飯はさば味噌だ。
「なぁ俺思ったんだけどさ、奉納祭の日に瓏に千歳狐完全解放状態で出てもらえば俺ら圧勝なんじゃね!?」
いいこと閃いた、とばかりに目を輝かせる慶賀くんに皆は呆れた目を向けてご飯を食べ進める。
「なんで無視すんだよ! 名案だろ!」
「バーカ。信乃の話聞いてなかったのか? 瓏が力を全開放したら一時間で国ひとつ滅ぼせるんだぞ。それに本人もまだ制御が上手くできねぇって言ってたろ」
ゴン、と脳天に拳を落とされた慶賀くん。てっぺんを押えながら「そうなのか?」と目を丸くさせる。
本当に話を聞いていなかったようだ。
「じゃあこの間力解放してたのは良かったのか?」
「いい訳あるかいな」
綺麗な所作で鯖をほぐす信乃くんがそう口を挟んだ。
「瓏が引っ掻いたのが呪の一文字分やったからあいつも自我が保てたけど、五つ消しとったら一時間後にはこの学校なくなっとったぞ」
ひぇ、と皆が顔を強ばらせる。
以前禄輪さんがしてくれた説明を思い出した。
瓏くんは身体中に刺青のようなものが入っている。鎖が体に巻き付くように書かれたそれは刺青ではなく歴とした呪いだ。
ただ誰かから呪われているという訳ではなく、まだ自分では制御が出来ない瓏くんの莫大の妖力を抑えるためのもの。文字が体に描かれているうちは意識せずとも力を抑え込めるけれど、その文字が一文字でも崩れれば呪いの効果は薄まってしまうらしい。
つまり瓏くんは力の制御が出来なくなるということだ。
「アイツ友達に頼まれたらやると思うから、絶対無茶なことは頼むなよ」
信乃くんはずずっとお茶を啜る。
「てかそんなに危険なら友達に頼まれたとしても絶対やっちゃダメだろ!」
「そう思うよな? でもアイツお友達大好き人間で友達のことになるとちょっとネジ外れるから危険なんや」
「あの瓏が? ちょっと想像できないんだけど」
確かに、言い方が少し悪いけれどあの無口で何を考えているか分からない瓏くんが友達大好き人間だとはにわかに信じ難い。
「まぁそのうち分かるわ」
ふふ、と笑った信乃くん。
皆はふーん、と腑に落ちない顔をした。
「そもそも瓏は奉納祭に出れんのちゃうか? だって土曜日やろ。あいつ仕事あるし」
「えっ、流石に学校行事だし許してもらえるだろ!?」
「土日に仕事受けることが神修に通わせてもらう条件やからな。頭領にそれ提案したの俺やし、こればっかりは俺の力じゃどうにもなぁ」
ため息をついた信乃くんに、皆は納得のいかない顔でうーんと唸り声を上げた。
瓏くんは信田妻一族に保護された時から、少し微妙な立場にいるらしい。
本来千歳狐というのはその強い力で他の妖狐たちを守り、妖狐たちのもまた千歳狐を力の象徴のように受け入れ畏怖し崇め奉る存在なのだとか。
しかし瓏くんは両親を失ったことで力の制御を学べず今の彼は封じの呪いがなければ同族すらも無差別に傷付けてしまう。現に彼が保護された六年前、助け出そうとした信田妻の救出部隊を半壊状態にさせたらしい。
そんな事件があったせいでほとんどの妖狐が瓏くんをよく思っておらず、今の神修と同じような状況が長らく続いていたんだとか。
誰とも喋らず笑わず、唯一任されるようになった村の外での修祓の任務だけを淡々とこなす日々。
その状況を変えたのが次期頭領の信乃くんだ。
信田妻の土地で暮らすことは瓏くんのためにならないと頭領に進言し、神修へ通うことを納得させたらしい。
その代わり学校のない土曜日と日曜日は一族から割り振られる修祓の仕事に就かなければならない。
思い返せば瓏くんに初めて会ったゴールデンウィークの最終日、あの時点で鞍馬の神修の生徒たちはもう寮へ着いていたのに瓏くんだけ私たちと同じ車に乗っていた。
あの時も任務帰りだったんだろう。
「あとで飯持ってく時に瓏に聞いてみるか!」
「だなー」
「薫先生いつも言ってるしね。思い出は作れるうちに作っとけって」
「なんや、あの先生そないな事言うタイプなんか」
意外と熱いトコロあるんだよあの人、なんて薫先生の噂話に花を咲かせた。
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