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自主練
壱
しおりを挟むおろろろ、おえええ、とちょっと文字に起こすには汚い音があちこちから上がっている屋外演習場にて。
授業が終わったあと、わざわざ自主練をするために屋外演習場へやってきた私達は自主練どころじゃなくなって各々に白砂の上に倒れ込む。
私も寝転がって天を仰ぎ、胃から湧き上がってくる感覚にうぷっと口元を押えた。
「あはは、皆面白いくらいにゲロりまくってんね」
屋根のある所から椅子に座って私たちの様子を見ていた薫先生がケラケラと笑いながら歩いてくる。
「だから今年は人型は諦めて、大人しく動物型にしろって言ったのに」
「だって薫先生……おろろろ」
「俺らだってやればでき……おえええ」
「あはは、会話になんないんだけど」
目が回ってまた地面に転がる二人を、寝転がりながら横目に見る。
「それに比べて来光はかなり安定してるね」
「去年の冬に特訓したんで」
来光くんはきらりとメガネを光らせて得意げに笑った。
「ま、意欲的なのはいいことだけどね」
寝転がる泰紀くんの背中にドスンと座った薫先生。グエッと潰れたカエルの悲鳴が聞こえた。
六月も後半に差し掛かった。このところじめっとした暑さが連日続いている。最近では鎮守の森のセミたちも明け方頃から鳴き始め、寮のみんな少し寝不足気味だ。
開門祭が終わると、学校内の雰囲気は一学期の終わりにある奉納祭一色になった。放課後や昼休みの空いた時間に至る所で自主練する学生の姿が見られる。みんな金一封に向けて必死に特訓しているようだ。
私たち二年生も今回はかなり気合いが入っている。なんせ去年は入院中で参加できなかったものだから、今年こそはと息巻いている。
数日前から私達も自主練を初め、今日は薫先生を捕まえて形代操術の稽古をつけてもらっている。
奉納祭の種目の一つである、形代使ってその速さをを競わせるレースの特訓だ。
レースの種類は動物型と人型を競わせる二種類あって、難易度が高い人型は入賞すると得点がかなり貰える。なんでも動物型の一位と人型の最下位は同じ得点なんだとか。
形代操術の授業は2年生になってすぐに始まったけれど、私たちはまだ馬、牛、鳥、犬の形の形代しか動かす練習をしたことがない。
出場に制限はないけれど、毎年2年生は馬で参加するのが基本らしく、人型はほぼ三年生の競技なんだとか。
けれどどうしても人型で出たいと言った慶賀くんに合わせて私達も急遽人型を動かす練習を初めて今に至る。
「薫先生、何でこんなに気持ち悪くなるんですか……」
むかむかする胃を押えながら質問する。薫先生は「いい質問」と機嫌よく指を鳴らした。
「そもそも形代って言うのは、自分の分身だって初回の授業で話したでしょ?」
こくりと頷き、バッと口元を抑える。
あ、だめだ。頭を動かすとまた吐きそう。
「動物形は飛ばす走らす泳がす程度のことしか出来ないけど、人型だともっと人間らしい複雑なことが出来るようになるわけ。つまり本体である自分がいて、分身である形代も動かさないといけないのね」
「つまり、同時に自分を二体動かしてる的な……?」
う、と嘔吐きながら嘉正くんがまとめる。
「その通り。人の動きって思ったよりも複雑な動作の連続なんだよ。そんなのを二倍の量こなしてちゃ、頭もオーバーヒート起こすよね。あはは」
なるほど、頭がオーバーヒート……。
だからこんなに気持ち悪くなるんだ。
「鞍馬勢は優秀だねぇ」
人型の形代で組体操をして遊んでいる鬼市くん達に感心したようにそう言った。
「妖力はイメージ通りに動かす力やからな。形代を動かす感覚はそれとよう似てるから、初等部で習うんや」
「こんなことおろろろ、初等部ですんのかよおぇぇぇぇ」
「喋るか吐くかどっちかにし」
騒ぐみんなを横目に、だいぶ吐き気も落ち着いてきたので体を起こして形代を取り出す。
習ったとおりに息を吹きかけて宙に放つとポンッと軽やかな音を立てて私と同じ背丈まで膨れ上がった。次の瞬間、胃液が登りあがってくる感覚に「うっ」と口元を抑える。また地面に舞い戻った。
こりゃ相当な努力が必要だな、と目を細める。遠くの山に沈む夕日をぼんやり眺め深く息を吐いた。
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