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千歳狐
参
しおりを挟む「────何か起きるたび君らがいるのは何でだろうね? あはは」
椅子に座り膝に肘を着いて身を乗り出した薫先生が、正座する私たちを見下ろして笑う。
そろ~っと手を挙げた慶賀くんを「はい慶賀」と当てる。
「俺は中等部の頃からそう思ってました」
「あはは、自覚あったんだ」
私もここ最近ずっと疑問に思ってました。
心の中でそう呟く。
神修の校舎内にある医務室、熱気に当てられて怪我をした嘉正くんたちの治療が終わった頃に薫先生がやってきた。
例のごとくまた"問題に首を突っ込んで"というお説教を頂戴し今に至る。
「でもよぉ薫センセー。俺ら今回は何も悪いことしてなくね?」
「そうですよ! なんなら人助けしたし!」
泰紀くんと来光くんの反論に「普段の行いのせいです」と手刀を落とす。あいたっ、と二人が脳天を抑えた。
無事助け出された河童と赤狐の子供たちは学校医の陶護先生の治療を受けて、今は病室で眠っている。命に別状はないらしく、後から来た二人の両親にはとても感謝された。
カチャリと病室へ続く扉が開いた。禄輪さんと片腕を吊るした信乃くんが出てくる。正座する私たちを見て、禄輪さんは額に手を当てて「またお前たちか……」と深く息を吐いた。
「禄輪禰宜! 瓏は大丈夫なんですか?」
「おい信乃! 一体どういうことだよ!」
二人に駆け寄った私たちは矢継ぎ早に問いかける。信乃くんは苦笑いをうかべた。
「迷惑かけて堪忍な。瓏は眠っとるけど、今は落ち着いてるし問題ない」
「ならいいんだけど……本当に何が起きたんの? あれは瓏なんだよね?」
困惑気味に問いかけた嘉正くんに、重々しく頷き「間違いない」と続けた。
「間違いないってことは……瓏は天狐だったてことか?」
「いや違う。瓏はまだ呼び方で言うまだ気狐や」
妖狐は生きた年数によって呼び方が異なる。若い順に阿紫霊狐、地狐、気狐、空狐、天狐とあり、100歳から500歳の妖狐が気狐と呼ばれる。
つまり瓏くんは私たちと同じ見た目をしているけれど実は100年以上生きていたということになる。
いや、でも今注目すべき所はそこじゃない。
気狐の尾は多くても四本だったはずだ。だとしたら九本も尾があるのはおかしい。
それに信乃くんは"呼び方なら"と言った。つまり本当の呼び方は別にあるということ。
だとしたら瓏くんは。
「瓏は、千歳狐や」
みんながハッと息を飲む音が聞こえた。
千歳狐、九尾の狐から千年に一度生まれるとされる伝説の妖狐。生まれながらに九尾の狐と同等の力を保持する最強の妖。
「……ちょっと待て。伝承では、千歳狐は力の制御を学ぶために空狐になるまで親元で修行をするから人里には降りてこないはずだ。あいつが今気狐なら、なぜここにいる」
医務室の壁にもたれていた恵衣くんが眉根を寄せて口を挟む。
千歳狐ってそんな伝承があるんだ。けれどそれが本当なら確かに恵衣くんの言う通りだ。
気狐は空狐の一つ前、500歳までの妖狐の名称だ。もし瓏くんが気狐だったとしたら遅くてもあと一年は親元にいるはずだ。
「瓏は生まれた時に黒狐の一族に連れ去られて、その時に両親も殺されてる」
あまりにも酷い仕打ちに言葉を失った。皆も悲痛な面持ちで口を閉じる。
「誘拐して千歳狐を自分とこの勢力に加えたかったんやろな。でもその伝承通り千歳狐は空狐になるまでは親元で力の制御を学ぶんや。学ぶ場を取り上げられた瓏は力を上手く制御できず周りに危害を加えてたらしい。黒狐族もそれをどうする事もできひんかった。だから信田妻狐一族がアイツを見つけ出した6年前までは監禁されたような状態で暮らしとった」
怒りで拳が震えて反対の手で押えた。
なんだよそれ、と慶賀くんが怒りに震えた声で呟く。
私も同じ気持ちだった。
勝手に連れ去った上に両親まで殺しておいて、自分たちが制御しきれないからって監禁するなんて。
最低だ、ありえない。非道すぎる。思いつく限りの罵詈雑言を言ったとしてもそれじゃ足りない。
「そいつら自分勝手すぎるだろッ!」
「……耳を疑う話だね。黒狐の一族は愚かすぎるよ」
「ありえねぇ。最低だな」
皆が怒りをこらえるように唇を噛み締める。禄輪さんが信乃くんの肩を叩いた。
「お前たちもうその辺にしてやれ、信乃も怪我人なんだからそろそろ休ませてやろう。続きは明日だ」
渋々頷いた私たち。すまんな、と片手を上げた信乃くんを見送る。
「禄輪禰宜、最後に一つだけ。瓏は今どういう状況なんですか? 体は平気なんですか?」
来光くんの質問に、禄輪さんさ目を弓なりにして頷いた。
「彼の体には封じの呪が刺青のように刻まれていたんだ。今回は皮膚を引っ掻いて綻びを作り一時的に呪を解いたことによる力の暴走だ。薫と私で呪は書き直したからもう問題ない。一晩経てば目が覚めるさ」
それを聞いて胸を撫で下ろす。
よかった、身体には問題ないんだ。
息を吐けば、禄輪さんはぐりぐりと私の頭を撫でた。
禄輪さんの言う通り、瓏くんは次の日の朝何事も無かったかのように広間に現れた。
現れたと同時に広間の喧騒は一瞬で静まる。皆が入口に視線を注ぎ、恐れおののくように身を縮めた。
「瓏! こっち!」
慶賀くんが立ち上がって手を振った。
瓏くんがひとつ頷き真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる。賑わう広間がモーセの伝説のごとく海が割れるように瓏くんの進む道をあけた。
そんな様子を気にすることなくいつも通りの顔で信乃くんの隣に腰を下ろした。
「目覚めたんだな! 体の具合どうだ?」
「ん……平気」
「そかそか! 飯は? もう食った?」
「医務室で、お粥もらった」
「あー、陶護先生の手作りお粥な! 俺らも一年の時散々食ったけど、マージで食えたもんじゃねぇよなぁ」
あっはっは、とみんなが笑う。
笑い声が止むと急に静まり返った。周りの学生たちが明らかに聞き耳を立てている。
「皆もうメシ食うたな? なら一旦外出よか」
皆はコクコクと頷きお膳を持って立ち上がった。
「で!? 俺ら超ビックリしたんだけど!」
早朝の湿っぽい教室に声が響く。揃って早めに登校した私達は教室に着くなり瓏くんを囲った。
瞳をきらきらさせながら身を乗り出した慶賀くんに、ちょっと身体を反らした瓏くんは「ごめん」と端的に謝る。相変わらずリアクションが薄い。
「ごめん瓏。お前のこと、こいつらにはほぼ話した」
「ん、いい。隠すことでもないし」
結構重大なことだと思うんだけれど、そんなにあっさり許すんだ……。まぁ信乃くんのことを信頼しているのは普段の様子から見ていて分かってはいたけれど。
「鬼市くんも知ってたの?」
隣の鬼市くんにそう訪ねると、「ああ」とこれまたあっさり認める。
「瓏が入学してちょっと経った頃に聞いた。編入してきたばっかの頃はかなり危うくて、しょっちゅう暴走してたから。流石に変だと思うだろ」
確かに何度も昨日みたいな場面を見ていたら、私でもクラスメイトがただ者じゃないことに気付くだろう。
「でもホントびっくり。千歳狐って授業では伝承に触れる程度しか習わないし、伝説上の妖なんだと思ってた」
「なぁ尻尾って9本もあって邪魔にならねぇの?」
「めちゃくちゃ強いって聞くけど、具体的にどのくらい強いんだ?」
興味津々に質問する皆に、瓏くんと信乃くんはお互いに顔を見合せて目を瞬かせる。
そんなふたりの態度に「どうかしたのか?」と泰紀くんが首を傾げた。
「いや……言い方悪いけどこいつ千歳狐やぞ」
「知ってるぞ? だからこうして色々質問してるんだろ?」
「お前ら千歳狐についてなんにも知らんのか?」
信乃くんはむしろ私達のことを心配しているような顔でそう尋ねた。
千歳狐については私も授業で習った程度しか知識がない。千年に一度九尾の狐から生まれる強い妖狐、莫大な力を保持していること。
「あ、もしかしてアレを気にしてるの? 千歳狐は人間の臓物を食うとかいう伝承」
ポンと手を打った来光くんに、二人はすぐさま渋い顔になる。
どうやら間違ってはいないらしい。
「でもさ、普通に考えてそんなの食べないでしょ? じゃなきゃ神修の先生たち、瓏が異文化交流会に来るの死ぬ気でめると思うよ」
「だよな~。そもそも人間の臓物より普通に美味いもん溢れてるし」
「ケンタのチキンとかな!」
それそれ~、と三人が笑う。神社実習の際にみんなで食べたジャンクフードの写真を見せては「これ食ったことある?」と瓏くんに尋ねる。
毒気を抜かれたような顔で信乃くんが私たちの顔を見回した。
「で? 瓏ってどんだけ強いん!?」
「尻尾は邪魔じゃないのか!?」
「今何歳なの? 気狐ってことは少なくとも百は超えてるよね! 何時代の生まれ!?」
興奮気味に尋ねる三人。瓏くんは少し戸惑いながらも一つ一つ丁寧に答えていく。
嘉正くんが笑いながら信乃くんの肩を叩いた。
「こいつら三馬鹿って呼ばれてて、全然普通じゃないから。普通のリアクション欲しいなら期待しない方がいいよ」
えー!まじてー!すげー!とリアクション芸人さながらの反応をする三人を指さして肩をすくめる。
なかなかな物言いに思わず笑ってしまった。
信乃くんが額に手を当てて息を吐く。
「……色々気ぃ遣うて損したわ」
そう呟くと、どこか嬉しそうに笑い声をあげて泰紀くんの肩に手を回した。こいつの武勇伝聞かせたるわ、とご機嫌に輪の中へ入っていく。
明るい笑い声が教室に響いた。
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