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千歳狐

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「開門祭だ~ッ!」


人と妖でごった返す参道に立ち、慶賀くんは感極まったようにそう叫んだ。

たくさんの出店が所狭しと立ち並び、至る所にまねきの社の社紋が入った橙色の提灯が飾られている。河童の子供たちが興奮気味に風車を片手に私たちの横を走っていった。

同じように叫びながら走って行った慶賀くんに嘉正くんはやれやれと首を振る。


「ま、慶賀の気持ちも分かるけどな~。なんせ俺らにとっちゃ四年ぶりの開門祭だからな」


少し感慨深そうにそう言った泰紀くん。目を瞬かせて「四年ぶり?」と聞き返す。


「おう。四年連続罰則で文殿の掃除」

「それについては、僕は一生お前らを許さない」

「俺もなかなかの被害被ったけど、来光が一番かわいそうだったよね」


鬼の形相をする来光くんの肩を労うように嘉正くんが揉んだ。

この人たち、一体どんな中学時代を過ごしていたんだろう……。


「巫寿は神話舞何時から?」


隣に立っていた鬼市くんにそう尋ねられてポッケに入れていたスマホを取りだし画面を叩く。


「昼の部は11時からなんだけど、準備とかがあるからあと一時間くらいしたら行くよ」

「そうか、頑張れ。客席から観てる」


ありがとう、と少し気恥しい気持ちで笑った。


「まずは青女房あおにょうぼうの所でお菓子もらおーぜ」

「なんや、青女房のやつこっちの神修でも店出しとるんか」


みんなは揃ってぞろぞろ歩き出す。


「瓏も来れたら良かったのにね」


来光くんが屋台を物色しながら残念そうに呟く。

瓏くんは急用ができたらしく夜明け頃に神修を発ったらしい。朝食の席で信乃くんから謝罪の伝言を聞いた。

開門祭が催されている期間は学校が休校になる。だから昨日の夜に、休みの間は何をして遊ぶか話し合ったばかりだった。


「にしてもアイツ、本当に何してんだ? 休みの日はぜってぇ出かけてるしよぉ」

「聞いても頑なに話さないしね」

「俺に聞いても無駄やで。前にも言うた通りアイツが自分から言わんなら俺もなんも言わん」


信乃くんも頑なに話してくれないので謎は深まるばかり。

みんなは影で好き勝手憶測してその結果────瓏くんには将来を誓い合った異種族の許嫁がいて両親には結婚を反対されているも、二人で暮らすために休みの日にアルバイトでお金を稼ぎ、こっそり逢瀬を重ねている────ことになった。

年頃の男の子って想像力が豊かだ。


「しゃーねぇからお土産買っといてやるかぁ」

「だね。いつ帰ってくるか分かんないし」


皆好き放題言ってはいるけれど無理やり聞き出そうとはしない所が、何だかんだで優しい。

とつげーき!と人混みの中に走り出した泰紀くんと来光くんの背中を見つめながらくすくすと笑う。


「お前ら、ほんま良い奴やな」


しみじみとそう言った信乃くんに、間髪入れず「何も考えてないだけだよ」と嘉正くんが訂正を入れた。




「────巫寿~ッ! 最初から最後まで本ッ当に素晴らしかった! もう兄ちゃん感動で開始一分で泣いちゃって前が見えなかったよ!」

「それほとんど見てないって事じゃん……」


ギュウギュウと抱きしめてくるお兄ちゃんに冷たい視線を送りながら脱いだ袴や白衣を畳む。

「ああッ! 一緒に写真撮りたいからもう一回衣装着てよ!」なんてことを言い出して深いため息を吐いた。

神話舞は開門祭最終日の午前の部で大千秋楽を迎えた。

神話舞に出ることも伝えてなかったはずなのに、どこから情報を仕入れたのかビデオカメラを持参したお兄ちゃんが客席のど真ん中を陣取っていた。

客席から満面の笑みで手を振るお兄ちゃんに、私がどれだけ頭を抱えたくなったか。

頬をひきつらせて何とか最後までやり切って、やっと控え室で一息つけると思ったところでこうしてお兄ちゃんが突撃しにきて今に至る。


「すまん巫寿。てっきり祝寿いことにも神話舞に出ることを伝えているのかと思って、なんだったら一緒に観に行くかと私から誘ってしまった」


そう申し訳なさそうに片手で拝んだのは禄輪さんだ。

お兄ちゃんと一緒に来ていたらしく、舞台の上からも姿が見えた。

禄輪さんは私から招待したので問題ない、でもお兄ちゃんは招いていないのに……。


「禄輪さんは悪くありません。私が"来ないで"って言わなかったのが悪いんです」

「なんで俺はダメで禄輪さんはいいんだよ! 妹の勇姿をビデオにおさめて見届けるのは兄としての義務だろ!」

「そういう所が嫌なの! 来るなら隅で大人しくしててよ!」

「できませーん! 玉嘉たまよしさんにだって頼まれてるんだし、何より兄ちゃんは巫寿の可愛い姿を死んでも残して起きたいんだよ!」


ここで玉じいを出すなんてずるい。何も言い返せなくなるじゃないか。

ほらほら巫寿笑って~、と私にカメラを向けて手を振るお兄ちゃん。呆れた顔をした禄輪さんがお兄ちゃんの頭に手刀を落とした。


「お? なんか賑やかだな!」

「お邪魔するよ、巫寿ちゃん」


控え室の扉から顔を覗かせたのは制服に着替えた聖仁さんと瑞祥さんの二人だった。


「聖仁さん、瑞祥さん。騒がしくてすみません、家族が来てて」


じろりとお兄ちゃんを睨むと、お兄ちゃんはよそ行きの顔で「妹がいつもお世話になってます」なんて畏まった挨拶をする。

今更ちゃんとしたって、お兄ちゃんが重度のシスコンということはみんなにバレているから意味ないのに。


「禄輪禰宜もいらっしゃってたんですか……!」


お兄ちゃんの後ろに立つ禄輪さんを見付けて、聖仁さんが興奮気味に駆け寄る。


「やぁ聖仁。また舞の腕を上げたな」

「光栄です……!」

「禄輪禰宜! 私は私は!?」

「うん、瑞祥も一段と上手くなってて驚いたぞ」


禄輪さんに褒められたことがよっぽど嬉しかったのか二人は顔を蕩けさせる。

しばらくみんなで雑談したあと、瑞祥さんが思い出したように手に提げていた袋を差し出した。


「いっけね、忘れてた。巫寿これ富宇ふう先生から差し入れ!」


差し出された袋を受け取る。白いパックが三つ入っている。中からソースとマヨネーズのいい匂いがふわりとした。


「ありがとうございます。おふたりはこの後どうするんですか? 良かったら一緒に」


食べませんか、と言いかけて聖仁さんから笑顔の圧力を感じ取り口を閉じる。


「この後は聖仁と出店を回るぞ! 巫寿も来るか?」

「あー……えっと……すみません、約束があるんで」

「ちぇ、なんだよ~」


唇をとがらせた瑞祥さんの肩を聖仁さんが優しく叩く。


「無理言っちゃ駄目だよ瑞祥。巫寿ちゃんにだって都合があるんだから。今年も二人で回ろう」

「今年も射的100本勝負してくれるか?」

「いいよ、付き合う」

「よし! 今すぐ行くぞ!」


上機嫌で部屋を飛び出していった瑞祥さん。

聖仁さんはお兄ちゃんと禄輪さんに挨拶した後、軽く私の方を拝んで部屋を出ていった。


「なんだ、聖仁は瑞祥のことを好いてるのか?」


ふたりが出ていったドアの方を見つめながら禄輪さんが尋ねる。思わず目を丸くして身を乗り出した。


「や、やっぱり気づきますよね……!?」

「気付くも何も、態度に出てるだろ」


普段滅多に顔を合わせない禄輪さんが初見で気がついたのに、なんで他のみんなは気が付かないんだろう。


「巫寿はいないのか? 気になってる男とか」


まさかの禄輪さんがそんな質問をしてくるとは思わず固まった。慌てて「いません!」と否定すると「妙な間があったなぁ」とからかわれる。

その時、ゆらりと背後で何かが揺れた感覚がして両肩にそっと手が乗せられる。


「巫寿……お前を誑かしたその男は誰だい……? お兄ちゃんに言いなさい……そんな男生かしておけないからね……」


ふふふ、と不敵な笑い声が聞こえて頭を抱えた。


「お兄ちゃんいい加減にしてッ!」



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