上 下
166 / 223
雨と傘と

しおりを挟む


禰宜とは何かを話したような気もするけれど何と答えたのかはあまり覚えていない。

気がつけば社務所を出て、雨の降る中寮へ続く階段を登っていた。

えっと、部屋に戻ったらまず宿題して。今日の稽古で注意されたところもノートにまとめなきゃ。瑞祥さんが稽古の動画を撮影してたから、それも貰いに行って。昨日と同じところを注意されたからそこの練習もして。

いつご飯食べよう。雨にも濡れたしお風呂入らなきゃ。でも食堂行きたくないな。お風呂場も洗面所も誰かいるだろうし。

鉛がついたみたいに体が重い。風邪を引いてしまうし、早く部屋に戻らないといけないのに思うように体が進まない。

 明かりのついた寮を見上げた。顔中に大粒の雨が降りかかる。

気が付けば寮に背を向けて、階段を駆け下りていた。



まねきの社の庭園まで歩いてきた。雨が降っているおかげで人気はない。近くにあった松の木の根元に座って、膝に顔を埋めた。

気にするな、と言われて「うん、そうだね。気にしない」と気持ちを切り替えれる性格ならどれほど良かったか。

廊下を歩けば聞こえてくる嘲笑、広間でご飯を食べていれば耳に入る悪意に満ちた噂話。

聞こえないふりなんてできるわけが無い。考えないようになんて、気にしないようになんてできるわけがない。

前例のない飛び級合格、それもこの世界に来て一年しか立っていないこの私が。

私ですら未だにどうして一級を貰えたのかは分からないくらいなんだから、皆が不正やコネを疑うのは無理もない。

だから、信じてもらえないなら認めてもらえるように頑張ろうと思った。そのために寝る間も惜しんで努力したし、できる限りのことを精一杯頑張った。

それでも皆が私を見る目は変わらなかった。どれだけ努力しても無駄だった。


どうしてこうなってしまったんだろう? 私は何か間違ったことをしたんだろうか。悪いことをしたんだろうか。

昇階位試験で私を直階一級にしたのは本庁で、神話舞に選んだのは喧鵲禰宜だ。ズルも不正もコネもない。その時に私ができる最大限のことをしただけだ。

じゃあ私はどうすればいいの? 皆は私がどうなれば嘲笑って無視して、後ろ指を指すのを止めてくれる?

神話舞を降りれば納得する? 私から直階一級を取り上げてくださいと本庁にお願いすれば納得する?

そうしたら、前みたいに笑ってくれる?


もう嫌だ、辛い。苦しい。

無視される毎日は悲しい。嘲笑する声に心が削られる。何より誰もが私を疑うように見る目に晒され続ける日々は、息ができなかった。

冷たい雨粒が私の顔を濡らした。時折熱い雫が頬を流れる。そのまま全部流してくれるから今の私にはちょうど良かった。


その時、濡れた地面を走る足音が小さく聞こえた。

すぐに遠くなっていくだろうと思ったその足音はむしろどんどん近付いてくる気がする。

幹の影に隠れるように身を縮めたその時、足音は私から少し離れたところで止まった。傘が雨粒を弾く音が聞こえる。

恐る恐る顔を上げて目を瞠る。



「……頭おかしいのかお前。風邪ひくぞ」



目が合うと同時に吐かれた悪態。でもいつもみたいにキレはなくて、どちらかと言うと声色は優しい。

ザァッと雨足が強まってギュッと眉間に皺を寄せて空を見上げると、幹を挟んだ反対側の木の下に入ってきた。

不機嫌そうな顔で傘を閉じる。


「恵衣くん……なんで」

「お前すぐに戻る気はないんだろ。だったらこれ一本しかないんだから一緒に戻るしかないだろうが。俺に濡れて戻れとでも言いたいのか?」


そうじゃなくて、と言う声は涙で湿る。

どうして来てくれたの? どうしてここが分かったの?

なんで、無視せず一緒にいてくれるの。


「お前さ、もうちょっと場所考えろよ。寒い」

「ごめ……」


いい切る前に頭からばさりと布をかけられた。

松葉色の硬い布地が頬にあたり、柔軟剤の優しい匂いがふわりと香る。


これ、恵衣くんの制服……?


「ガタガタ震えてる奴見てる方が寒い」


ぶっきらぼうな物言いなのに、冷えた心にじわりと沁みる。

頭にかけられたブレザーを握りしめたその瞬間、ボタボタと大粒の涙が溢れた。嗚咽が漏れそうになって必死に膝に顔を押し付ける。

強まる雨の音と松葉色のブレザーが、それを隠してくれているみたいだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

処理中です...