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異文化理解学習
弐
しおりを挟む「二年生諸君、新しいお友達の紹介だよ」
ゴールデンウィーク明けのホームルームで薫先生はテンション高くそう言った。
「てか薫センセー、異文化理解学習あるの何で教えてくれなかったんだよー」
「ごめんごめん、言うの忘れてた」
「それでも先生かよ!」
「これでも先生です」
ギャハハ、と笑い声が響く教室。私も思わずくすくす笑う。
ふと薫先生と目が合って、先生は目を弓なりにして微笑んだ。少し恥ずかしさと気まずさが混じる。
その眼差しで、薫先生にも心配かけていたのが分かった。
「はいはい、という訳で鞍馬の神修から中等部と高等部の学生が来てくれてます。うちのクラスは高等部三名を受け入れるので、仲良くするように。入っといで~」
薫先生が廊下の向こうに向かって声をかけた。それと同時にガラリと教室の扉が開く。
「こっちの神修も、うちとそんなに大差ないんやな」
「信乃、そこで止まるな。さっさと進め」
先頭で入ってきたのは、黄土色の髪を持つ男の子だった。ずらりとしていて背が高い。ツリ目がちな琥珀色の瞳を大きく見開いて教室を見回した。
その後に続いて鬼市くんが入ってくる。目が合って軽く手を上げた鬼市くん。
気まずさを感じながらも身を小さくしながら小さく振り返した。
「おい瓏、何してんねや? お前もさっさと入って来ぃ」
開け放たれたドアに向かって男の子が呼びかける。
「……うん。今行く」
聞いたことのある声に「うん?」と首を傾げる。
木琴みたいなくぐもった柔らかい特徴的な声、この声って確か────。
教室へ入ってきた青年の何色にも染まらない白髪がサラリと揺れた。黄色っぽい色をした目を伏せて、ゆっくりと中へ入ってくる。
「あ」と思わず声をあげると、男の子が少しだけ顔を上げる。目が合うと彼は「……君、昨日の」と小さく呟く。
「三人は後ろの空いてる席ね。じゃあ、時間あげるから適当に交流深めな」
薫先生が手をひらひらさせて教室から出ていく。
三人は各々に空いている席に腰を下ろすと、皆一斉に立ち上がって三人の周りを囲んだ。
「俺、慶賀! お前は? どこの一族の妖!?」
「二年は3人だけなのか!? てか鬼市以外の二人髪色派手だな! いいな!」
「鞍馬の神修ってどういう所!? デザート出る!?」
一気に質問退会が始まって、そういえば初めて鬼市くんに会った時もこんな感じだったことを思い出す。
黄土色の髪をした男の子が「お前ら落ち着け」と楽しそうに笑った。
「俺は信田妻一族の信乃や。お前らと同じく17歳。よろしく」
「信田妻つうと、妖狐か!」
「そ。今はお前らに合わせて人型に化けてる」
妖狐の一族!
社頭で見かけることは何度かあったけれど、こうして面と向かって会話するのは初めてだ。
髪色や瞳の色が黄色っぽいところ以外は、他は私たちとなんにも変わらない。
「耳とかしっぽは出しっぱなしにしねぇの?」
「妖がようけおる時はどこの一族か分かりやすいように出しっぱなしにするけど、必要ない時はしまってるんや」
「へぇ~!」と皆の声が揃う。
信乃くんは「お前ら間違いなくええやつらやな」と小さく吹き出した。
「鬼市とは知り合いなんやろ?」
「そうそう! 一年の三学期にあった神社実習で偶然会ってさ~! な、鬼市!」
鬼市くんがこくりと頷いた。
神社実習でお世話になった"まなびの社"の節分祭で、毎年鬼役を任されているのが八瀬童子一族。鬼市くんがいる鬼の一族だ。
「中等部三年のクラスに八瀬童子の女鬼がいるから、そいつとも仲良くしてやって。巫寿」
女の子の妖か。寮で会うだろうし、仲良くなれるといいな。
もちろんだよ、と頷くと鬼市くんはほんのすこし表情を緩めた。
「それで────」
皆の視線が白髪の彼に向けられた。
ぼんやりと窓の外を眺めていた彼は、視線を感じとったのかゆっくりと振り向く。
「あ……えっと。瓏、です」
瓏くんは少し居心地が悪そうに身を縮めて小さく頭を下げた。
皆はお構い無しに「よろしくな!」と瓏くんの背を叩く。
「瓏は何の妖なんだ?」
「髪白いから雪男とか?」
みんなが興味津々に詰め寄って、瓏くんは顔を引き攣らせて仰け反る。
その時、隣から信乃くんが肩を組んだ。
「瓏は俺らと一緒に暮らしてるんや」
な、と笑った信乃くんに瓏くんはこくりとひとつ頷いた。
なるほど、ということは瓏くんも妖狐なんだ。
そこからみんなで雑談をしていると、ホームルームが終わる五分前に薫先生が戻ってきた。
「今日から二ヶ月間、二年生はこのメンバーだよ。沢山競い合って沢山遊んで、沢山思い出を作るようにね」
はーい、とみんなが声を揃えたところで休憩を知らせるチャイムが鳴り響いた。
えっと、一限目は漢方薬学だから移動教室だ。
ごそごそと机の中を漁っていると、「巫寿」と名前を呼ばれた。顔を上げると薫先生がドアのそばで私に向かって手招きをしている。
席を立って歩み寄った。
「ちょっとついてきてもらっていい? 次の授業抜けることは、もう豊楽先生には伝えてるから」
そう耳打ちした薫先生に戸惑いながらもひとつ頷く。手ぶらでいいよ、と言われたので薫先生の隣に並んで歩き出した。
「ゴールデンウィークはどうだった? のんびりできた?」
「あ……はい。外泊許可ありがとうございました」
頭を下げると薫先生は「なんのなんの」と軽く私の頭を叩く。
その素振りが禄輪さんにそっくりでちょっと面白い。
「帰ってきたばかりのところ申し訳ないけど、いよいよ呼び出しだ」
「呼び出し、ですか?」
「ん、本庁からのね」
本庁、と心の中で繰り返す。
本庁からの呼び出し、となると例の件しかない。間違いなく私の直階一級の件で呼ばれたんだろう。
「今回は巫寿の授力についての聞き取りだから、流石に俺でも立ち会えないんだ。ごめんね」
小さく首を振る。
本来なら前回の呼び出しだって私一人で行くべきだったのに、薫先生が心配してついてきてくれたんだ。これ以上甘える訳にも行かない。
「言霊の力や授力のことで、部外者がとやかくいうのは本来おかしいことなんだよ。だから前も言ったけど、自分の力について答えたくない質問は答えなくていい。正当な権利だからね」
薫先生はそう念を押した。
はい、と頷きながらも前の聞き取り調査を思い出す。
前回だって授力について話すかどうか迷っていたけれど、本庁の役員の誰かが私に言霊の力を使ったせいで話してしまった。
今回もそうなるかもしれない、と思うと少し怖い。
本庁の前についた。薫先生は私の背中をぽんと叩く。
「時間になったら迎えに行くからね」
「ありがとうございます」
ん、と微笑んだ薫先生に背を押され庁舎に足を踏み入れた。
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