言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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二年生

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険しい顔のおじさん達の話によれば、昇階位試験の時に私を担当した神職さまは読心どくしんの明と呼ばれる授力を保有していたらしい。

読心の明、その名の通り生き物の心を読む力だ。

あの神職さまが読心の明を使用したことで、試験後の車の中で待機している時に私が先見の明を使ったことに気が付いたらしい。

そして私が授力、それも先見の明を使用したことが上に報告されて、今回の一件に繋がったんだとか。

詳しい話はそれだけしか聞けていない。薫先生があの場から私を連れ出したからだ。「後日また呼び出す」と最後に言われたけれど薫先生がそれも一蹴した。


なぜ私が「直階一級」を取得できたのかはまだ謎のままだけれど、正直あの場から離れられて凄くほっとした。

自分の意と反して勝手に口が動き言葉を紡ぐことがあんなにも怖いとは思わなかった。まだちょっとだけ指差しが震えている。深く息を吐いて、震えを止めるように上から反対の手で押さえつけた。

とにかくまだ昼間なのにどっと疲れた。


薫先生は寮の前まで送ってくれた。他の学生がぞろぞろと中へ入っていく。奉仕報告祭がちょうど終わったんだろう。

玄関で足を止めて振り返る。


「巫寿は何も心配しなくていいよ。今回の件は俺と禄輪のおっさんで対応するから。でももし巫寿個人宛に本庁から連絡が来たら、一度俺たちに教えて」

「分かりました」


こくりと頷くと薫先生は眉を下げて少し目を細めた。


「これから結構キツいと思う。どうしようもなくなる前に、俺でもクラスメイトでもお兄ちゃんでも、誰でもいいから頼って」

「え……?」


キツいってどういう意味だろう。

確かに本庁に授力がバレたから、授力を必要とする現場に派遣されることは増えるだろうけど、それは神修を卒業したあとの話だ。

当分は何も変わらないんじゃないの……?


「こら。返事は?」

「あっ、はい……!」


慌てて返事をする。薫先生は「よし」と満足気に頷いた。

部屋に戻って着替えを済ませると食堂へ向かった。入口でちょうど中へ入ろうとしていた嘉正くんたちと再会する。


「お、巫寿。やっと解放されたのか?」

「そんな長い事説教くらいなんて、春休み中何したんだよ~?」


みんなの中では私が薫先生にお説教を食らっていたことになっているらしい。

そんなんじゃないって、と苦笑いでみんなの輪に合流する。

厨房でお膳を受け取りながら来光くんが「本当に大丈夫?」と尋ねてきた。

自分一人で抱えておくには重すぎるけれど、まだ私が直階一級を取得できた理由は分かってない。薫先生だって妙な言い方をしていたし、人に言いふらしてもいいんだろうか。


「困ったことがあったら言ってね」

「そうだぞ! 流石に罰則手伝って欲しいとかならちょっと考えるけどな~」


あははっ、と笑う皆の顔にずっと不安だった気持ちが少し薄れる。

みんなに、相談してみよう。

キョロキョロと辺りを見渡す。広間の最奥に陣取った私たちの周りに他の学生はいない。厨房に近い場所の方が調味料を取りに行きやすくて人気だからだ。

あんまり大きな声で言うことじゃないと思って口元に手を当てて身を乗り出す。みんなは不思議そうな顔をしながらも体を乗り出し耳を傾けた。


「……実は、直階一級に受かってたらしくて。冗談とかじゃなくて本当に」


絶対に聞かれると思ったので先にそう伝える。皆がゆっくりと私の顔を見た。数度瞬きをする。そして。


「────はぁ!?」








「おはよう皆。今日からドキドキワクワクな二年生だね。あはは、張り切っていこう」


報告祭の翌日、通常通りの授業がスタートした。

1限目前の朝のホームルームで薫先生がいつも通り進めていく。クラスメイトも先生も顔ぶれは一年の時と変わらずで、見慣れた光景だ。


「という訳で今日から授業が始まっていんだけど、その前に何人かに配るものがあるんだよね」


ふふふ、と何故か嬉しそうに笑った薫先生に、隣の席の嘉正くんが珍しく「あっ!」と興奮気味に声を上げる。

その時、教室の前の扉がガラガラと開き人の形と大きさをした薄っぺらい一枚の紙がピラピラと揺れながら中へ入ってきた。薫先生の形代かたしろだ。

その手には六つの桐箱を抱えている。


「袴配るから一人ずつ前においで」


そうか、色つき袴!

神職は階級によって袴の色が変わる。四級が白、三級が浅葱、二級が紫、二上級が紫に紫の紋、一級が紫に白の紋、特急が白に白の紋。巫女職の神職は四級からずっと緋色の袴だ。

ちなみに神修の体操服が白衣に白袴なので、四級だとあまり変化は感じられない。布地が分厚くなって袴の丈が少し長くなる程度らしい。

早速四級の白袴を受け取った来光くん達が「何が違うのか分からない」と不満をこぼしている。

続いて三級に受かった嘉正くんが浅葱色の袴を受け取った。感慨深そうに眺めている。


「はい、恵衣えいも浅葱色だね。おめでとう。二年生も頑張ってね」

「はい」


つり気味の涼し気な目をした男の子が薫先生から袴を受け取る。

表情は変えず淡々と答えた。


「リアクション薄いなぁ。俺この瞬間が一番楽しみなのに」

「袴ひとつで喜んだりしません」


やな感じ~、と来光くんが口を挟んだ瞬間物凄い勢いで睨みを聞かせた恵衣くん。はいはい喧嘩しない、と薫先生がすかさず声をかけてぷいっと顔を背けた。

彼、京極きょうごく恵衣えいくんも一年の時からのクラスメイトだ。


「綺麗な浅葱色だね」


振り向いて声をかける。机の上で袴を畳みながら恵衣くんがちらりと私を見た。


「……まぁな。来年は紫履くけど」


相変わらず素っ気ないけれど、開けば憎まれ口を叩いていた一年前に比べればだいぶマシになった方だ。

とても優秀な人だけれどとにかく口が下手くそで、来光くんとは顔を合わせるだけで喧嘩になる。三学期の神社実習で二人が協力する場面が何度もあって、そこでの二人は息ピッタリだったのに終わった途端いがみ合っていて、やっぱり相性は最悪みたいだ。

でもクラスの輪には少しずつ参加してくれるようになった。今みたいに話しかけても睨まれて無視されることはなくなったので大きな変化だろう。


「巫寿も取りに来て」

「あ、はい!」


急いで立ち上がって教卓の前に立つ。はい、と手渡されたのは社の鳥居と同じ綺麗な朱い袴だ。慎重に両手で受け取る。

今まで緋袴は何度か履いたことがあるけれど、どれも借り物だった。こうして自分の袴をもらって、ちょっと感慨深い。この色に恥じない知識と実力を身に付けたい、自然とそう思えた。

ふと顔を上げると、私の周りを皆が興味深げに囲っている。目を瞬かせた。


「え……? どうしたの皆」


困惑しながらみんなの顔を見比べる。すると慶賀くんが「いやぁ」と頭をかいた。


「レアな袴が見れると思ったんだけど、そういや巫寿は巫女職だったな」

「緋袴って分かってたけどちょっと期待しちゃった」

「だって滅多に間近で見れるもんじゃねーしな」


なるほど、と苦笑いを浮べる。

私が直階一級を取ったから、一級の紫に白紋の袴が見れると思ったらしい。残念ながら私は巫女志望なので、どれだけ階位階級が上がろうとずっと緋袴だ。

薫先生が顔の前で手を打った。


「はいはい、皆席について。袴は綺麗に畳んで仕舞っとくんだよ。今後の実習はそれを着て受講するようにね」


はーい、と皆がぞろぞろ席に戻る。

とにかく今日から二年生だ。勉強も実習も難しくなる。気合を入れて頑張らなきゃ。


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