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二年生
参
しおりを挟む薫先生としばらく雑談していると、カチャリと扉が開き黒いスーツを着た三人のおじさん達がぞろぞろと中へ入ってきた。
慌てて立ち上がると不機嫌そうな難しいことを考えているような険しい顔でちらりと私を一瞥した。
そしてすぐに私の隣に座る薫先生に気付き、険しい顔をもっと険しくした。
「私は一人で会議室へ来るように伝えなさいと、あなたへ連絡したはずだが?」
「一人で来て欲しいなら巫寿に直接伝えるべきだったんですよ、おじいちゃん」
その瞬間空気がぴしりと凍りついた。
もちろんこの人が薫先生のおじいさんであるはずがない。明らかに相手を挑発する言葉だった。
「出ていきなさい。これは本庁からの命令だ」
「俺は保護者から巫寿を預かってる身としてこの場に同席してます。この子の兄貴がどれだけ優秀なのか知ってますよね。ジジイ────ジジイ三人で可愛い妹に詰め寄ったなんてことがバレたら、また優秀な人材を逃すことになると思いますけど」
明らかにジジイって言ったし、言い直そうとしたけどやっぱりジジイって言った。それでいいんですか薫先生。
言葉に詰まらせた役員たちに、やれやれと息を吐いた。
お兄ちゃんも三月の昇階位試験を受けていて、正階二上級を取得している。お兄ちゃんは中等部から神修には通っておらずこれまで独学で神職の勉強をしていたらしい。
"階位は取れても階級はそう簡単に取得できるものではなくいから、お兄ちゃんは凄いんだぞ"と耳にタコができるほど聞かされた。
何度もしつこく聞かされすぎて凄さが半減していたけれど、階級だけで言えば薫先生の一つ下だ。お兄ちゃん、本当は凄かったんだ。
三人は目配せをして苦い顔を作るとそれ以上は何も言わずに私たちの向かいに座る。
なるほど、そもそも呼ばれていなかったことはさておき、だから薫先生は私の隣に座ったんだ。
「聞かれ事だけに答えればいいし、言いたくないことは無理に話さなくていいからね」
隣の薫先生からそう耳打ちされた。そんな事を言われたら余計に身構えてしまう。
ひとつ頷き、おじさん達を恐る恐る見あげる。
「既に彼から聞いていると思うが、今日は巫寿さんの階級の件で来てもらった」
真ん中に座った一番神経質そうなおじさんが淡々とそう言う。
はい、とひとつ頷く。
「まず結論から言おう。君に与えた直階一級は手違いではない。君は直階一級だ」
薫先生からの話を聞いていて"もしかしたらそもそも本庁の手違いなんじゃ"なんてことをうっすら考えていたけれどいきなりそれも否定された。
だったら余計に謎が深まる。私は間違いなくそんな実力に見合っていないはずだ。
「直階一級であることは間違いないが、念の為いくつか確認しておきたいことがある」
「私の質問に全て正直に答えてください」
右端にいたおじさんが続けた。戸惑い気味に「はい」と頷く。
「巫寿さんは授力、鼓舞の明を持っていますね?」
「え……あ、はい」
想定外の質問に戸惑いながらも頷く。
私はお母さんから鼓舞の明と呼ばれる、舞を舞うことでそばにいる人たちの言霊の力を底上げできる力を持っている。
使えるようになったのは三学期の神社実習で、実習先の社の巫女である花幡志らくさんさんに教えてもらって使えるようになった。
授力の保有者届は本庁に提出していないけれど、実習の報告書に私が鼓舞の明を使ったことを記載したから本庁の人達が知っていてもおかしくない。
右端のおじさんが二人に目くばせをする。
なんだか嫌な感じだ。
「では、巫寿さんは鼓舞の明以外にも授力を持っていますか」
「はい」
はい、と迷わず答えた自分に驚いた。だって頭の中ではその質問に答える事を躊躇っていたからだ。
鼓舞の明は仕方がなかったけれど、授力のことは親しい人以外には話してはならないと禄輪さんから言われていた。
そのいいつけを守って、クラスメイトや親友にも一切話してこなかった。
授力をもうひとつ持っているのは間違いない。もうひとつ持っているのは先見の明、先を読む力だ。
まるで口が勝手に動いたようだった。目を見開いて自分の口を抑えると、私のその異変に気が付いた薫先生が怖い顔をして三人を睨む。
「……質問に全て答えるように、巫寿に言霊を使ったな」
薫先生の声に呪が混じる。敬語も外れた。とても怒っているのは見なくてもわかる。
でも、どうして私に言霊の力を……。
「お前らがしている事は神役諸法度違反だ。もう巫寿は連れて行く」
立ち上がった薫先生が私の二の腕を掴んだ。引っ張られた弾みで立ち上がる。
「巫寿さん、あなたは試験中にそのもうひとつ授力を使用しましたか」
私が「はい」と答える声と薫先生の怒鳴り声が重なる。
口が自分の意思とは反対に勝手に動く。怖い。自分じゃないみたいだ。どうしてこんな。
「そのもうひとつの授力は、先見の明ですか」
薫先生が何かを言いかけて大きく目を見開いた。驚きと焦燥に満ちた表情で私を凝視する。
ばくん、ばくん、と心臓が大きく波打つ。
それに答えるつもりはないのに、言葉はもう舌の上まで出てきていた。唇が離れる感覚がやけにゆっくりに感じる。
息を吸った、そして。
「────はい」
誰かが息を飲んだ音が、やけに大きく響いた。
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