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二年生
弐
しおりを挟む車に揺られること一時間と少し、ゆっくりとスピードを落とした車がやがて停車して、私たちはぞろぞろと車から降りた。
降りた瞬間、強い風が吹いて髪を押さえた。
微かな生花の匂いが届き顔を上げる。景色を埋め尽くすほどの桃の花とそこからぬっと顔を出す朱い鳥居に顔をほころばせた。
「帰ってきたね」
そう呟くと皆が「だな~」と相槌を打つ。
たった一年しか過ごしていないけれど、間違いなくこの場所は私のもうひとつの帰る場所になっていた。
「おーい、皆」
鳥居にもたれかかって手を振る人影が私たちを呼ぶ。
紫色の袴を身につけ、微笑みを浮かべたその人物に私たちは「あっ」と声を上げた。
「薫先生!」
「久しぶり。春休みは大人しく過ごしてた?」
一年の時の私たちの担任、神々廻薫先生だ。
みんなで先生の周りを囲むと、薫先生は嬉しそうに笑った。
「朗報だよ、今年も君らの担任はこの俺になりました」
「ええ~」
「あはは、何その反応。もちろん嬉しいよね?」
「中学の時から薫先生だぜ? そろそろ飽きたって」
ひどい、と泣き真似を始めた薫先生に思わずくすくす笑う。
このやり取りですら神修に帰ってきたんだと実感させる。
「わざわざそれ言うために俺らのこと迎えに来たの?」
やれやれと首を振った慶賀くん。
「んー、それもあるけど実は本当の用は別にあってね。────巫寿」
急に名前を呼ばれて目を瞬かせる。ワンテンポ遅れて「はい?」と返事をすれば薫先生は少し手招きをした。
「ちょっと巫寿に用があるんだ。制服に着替えなくてもいいから、そのまま俺についてきて」
「えっと……分かりました」
目を細めた薫先生は私の頭に手を乗せた。
「君らはさっさと着替えてちゃんと報告祭に参加するんだよ~」
はーい、と答えたみんなが鳥居を駆け上がっていく。
その背中を見送って薫先生を見上げる。
「じゃ、俺らも行こうか」
いつも通りの声色でそう言った薫先生がスタスタと階段を登り始める。
その背中を追いかけながら、ずっとあった胸騒ぎが大きくなるのを感じた。
薫先生に連れられてやってきた場所は、神修の研究室でも職員室でも寮でもない。私もまだ一度しか足を踏み入れたことがない日本神社本庁の庁舎だった。
勝手知ったる様子で中を進む薫先生。本庁の役員は基本スーツ姿だから、神修の敷地内なら違和感が無いはずの紫色の袴がかなり浮いている。
なんなら私服姿の私はもっと浮いている。
建物の二階の一室に連れてこられた。"会議室 梅"と書かれたプレートがはめてある。
カチャリと扉を開けたけれど中にはまだ誰もいない。
ローテーブルにふかふかそうな一人がけの革張りの椅子が六つテーブルを挟んで並んでいるだけの質素な部屋だ。
「少し早かったか。でもちょうどいいや。巫寿、そこ座って」
椅子を指さした薫先生に、ひとつ頷き腰を下ろす。薫先生はなぜか私の隣に腰を下ろした。
「あの、薫先生……?」
「ごめんね急に。本庁のヤツらよりも先に巫寿と二人で話したくて、門まで迎えに行ったんだ」
はぁ、と曖昧な返事をする。
一体薫先生は何が言いたいんだろう。
きゅっと眉間に皺を寄せる。
「巫寿ん家に届かなかったでしょ? 合格通知と証明書」
「あ、はい。どうしてかなって丁度考えてました」
だよね、と薫先生がひとつ頷く。
「学生が受験する場合、進級とかクラス分けにも関わってくるから、一旦結果は神修の教職員を経由してから学生に伝えられるんだ。だから巫寿の合格証明書は俺が持ってる。ちゃんと合格してるから安心して」
良かった、と息を吐いた。
やっぱり届いてなかっただけなんだ。でもじゃあ何で薫先生は私に送ってくれなかったんだろう。
薫先生が前かがみになって膝に肘を着いた。組んだ指に手を乗せて床を見つめる。
「合格してるんだよ、巫寿。直階一級に」
一瞬「ああそうなんだ」と流してしまったけれど、薫先生の言葉を頭の中で繰り返し違和感に気が付いた。
直階、一級?
「今一級って言いましたか……?」
「うん、言った。巫寿は直階一級に合格してる。あとで合格証明書見せてあげるよ」
あまりにも予想外の出来事に、頭が理解するのにかなりの時間がかかった。
一級、一級……?
日本神社本庁が定める神職の階位は六つあって、下から出仕、直階、権正階、正階、明階、浄階の六つ。これは神職に必要な知識をどこまで理解しているかを示している。
そして言霊の力の実力を示すのが階級で、四級から二級、二上級、一級、さらにその上に特級がある。一級は上から二番目、ほとんどの神職は到達できずに定年を迎える階級だ。
大体の神職は取れても正階三級までだし、私のようなまだこの世界に来て一年ちょっとの人間が取れるような階級ではない。
「巫寿に限って絶対そんな事は無いと思うし俺も信じてあげたいんだけど、一応聞かせて」
戸惑いながらもひとつ頷く。
「試験で不正はしてないよね?」
息が詰まった。
薫先生がそれを聞かなきゃ行けない立場なのは分かるし疑われても仕方がない。私が薫先生の立場なら同じ事を同じふうに聞くはずだ。
ただ、その質問は私の心を削った。
この一年、慣れないこと戸惑うことばかりでずっと苦しかった。けれどみんなに追いつくために、目指したい背中に届くために必死になって駆け抜けた。
その日々を否定されたような気がした。
「そんな泣きそうな顔しないでよ。俺だってもちろん信じてる。ただ、こういうのってちゃんと言葉にして聞いとかないと後から拗れちゃうからさ」
薫先生がぽんと私の頭を叩いた。
「巫寿の成長はこの俺が一番近くで見守ってきたんだよ。自分の生徒なんだから、巫寿がどんな子なのかも分かってる」
その言葉が今は何よりも嬉しい。
膝の上で拳を握る。ツンとした鼻を啜って顔を上げた。
「……してません。自分の力で試験にのぞみました」
うん、と薫先生が笑って頷く。
「巫寿から話が聞けてよかったよ。心配はしてなかったけど、不安はあったから」
「でも、それなら春休み中に連絡してくれてもよかったのに……」
そう言ってから気がつく。思えば試験結果は1週間前に来ているはずだ。
薫先生とはメッセージアプリでも連絡先を交換しているし、そこに連絡すればすぐに確認できたんじゃないだろうか。
「あはは、ダメだよ。高校生の春休みなんて一瞬なんだから、先生と連絡取り合うよりと友達としっかり遊んで思い出作らないと」
そういうものなんだろうか?
とにかく薫先生なりの配慮というわけだ。確かに春休み中にこんな事が発覚していたら呑気に遊んでなんかいられなかった。
「それにしても、どうしてこの階級に合格したのかが疑問だね。試験の結果が俺の元に届いてからすぐに問い合せたんだけど、奉仕報告祭の時に本人と話すって言うだけで何も教えてくれなくてさ」
ふぅ、と薫先生が息を吐いて天井を見上げる。
なるほど、だから私は本庁の会議室に連れてこられたんだ。
本庁の人とは関わりが薄いし、去年の観月祭でまねきの社の神職さまと険悪なムードになっているのを見てからちょっとだけ苦手意識がある。
薫先生も一緒に居てくれるみたいで心強い。
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