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雛渡り
肆
しおりを挟むついに迎えた雛祭り当日。朝から気持ちいいほどの快晴で、桃の花も満開に咲いて社頭を彩っていた。
雛祭りは朝と夕の2回行われる。雛渡りももちろん二回、夜はあやかし達のための演舞だ。
今はちょうど昼の部で、参拝客がぞろぞろと参道の周りに集まり始めている。もうすぐ一度目の雛渡りが始まるからだ。
コースはまず榊家が管轄するお社の本殿前で演舞しそのまま参道を歩き社を出る。そのまま夏目家が管轄する社まで歩きながら舞って社につけばそちらでも本殿前で演舞だ。
二日間しか練習期間はなかったけれど、二日間の練習量だとは思えないくらい舞った。早朝の最終確認では一度も転けなかったし裾も踏まなかった。
きっと大丈夫だ。
盛福ちゃん達と「ドキドキするね」なんて話をしながら本番までの時間を潰していると、「あれ、巫寿!?」と突然背後から声をかけられた。
え?と振り向くと視線の先に見慣れたボブヘアの女の子が立っている。
「恵理ちゃん……!?」
「やっぱり巫寿だー! えっ何なに、どうしてここにいるの!? てかその服どうしたの? お雛さまみたーい!」
駆け寄ってくるなり矢継ぎ早に質問してくる恵理ちゃんに目を瞬かせた。
「私は先輩のお手伝いで来てるの。恵理ちゃんこそどうしたの? 家族旅行中じゃなかったけ?」
「フフフ、前に話したでしょ? 今日は────」
その時「おい恵理、動くなっていったじゃん。めっちゃ探したんだけど」そんな声とともにこれまた見慣れた顔の男の子が恵理ちゃんの肩にぽんと触れた。
その人と目が合ってお互いに驚きの表情を浮かべた。
「巫寿!?」
「泰紀くん?」
恵理ちゃんの名前を呼んだのはクラスメイトの泰紀くんだった。
そこで以前恵理ちゃんとした会話を思い出す。
"あ、でも春休みは会うんだよ! 4月の頭に家族旅行に行くって話をしたら、丁度泰紀くんも用事で近くにいるんだって。少しだけ会える?って言われちゃった! 近くの神社で雛祭りのイベントやってるから一緒に行こうって~"
雛祭りのイベントってこの事だったのか! ということは二人は今、デート中というわけだ。
二人を見比べる。興味深げにお祭りの様子を眺める恵理ちゃんに、耳を真っ赤にして狼狽える泰紀くん。
雛渡りを手伝うことはお兄ちゃんにしか話してないし、まさか泰紀くんも私が居るなんて思っていなかったんだろう。親友とクラスメイトのデートシーンに遭遇してしまうなんて。
「あ、あの。大丈夫だよ泰紀くん、絶対に誰にも言わないから」
「……トッテモタスカリマス」
カタコトな口調に思わず吹き出した。
行くぞ恵理、と手を引いて歩いていった二人を小さく手を振って見送る。
それにしても、いつの間に恵理ちゃんのこと呼び捨てにするようになったんだろう。
明らかに以前とは距離感の違う二人に少し頬が緩んだ。
「みみみ、巫寿さん。ああああの女の子はどちら様でしょうか……? ままままさか彼女じゃ……!」
引き攣った顔の玉珠ちゃんが私の二の腕をガッツリと掴んで目をかっぴらく。
「あー……違うよ」
「本当ですか……!?」
「うん、違うよ」
今はね、と心の中で付け足す。
良かった!と安心する玉珠ちゃんに、少し申し訳ない気持ちになった。
やっぱり泰紀さんには慶賀さんがいるから云々という話を暫く聞かされていると、社務所の扉が空いて「おおっ」とどよめきが上がった。
視線を向けるとお内裏さまの装束を纏った聖仁さんが中から出てきたところだった。
深い緑色に金の糸で模様があしらわれた束帯衣装だ。シンプルだけど品があって、聖仁さんの雰囲気によく似合っている。
近くにいた女の人が「格好いい~」と息を吐くのが聞こえた。
聖仁さんが振り返った。すっと右手を差し出せば白く細い腕が載せられる。
美しい朱色の袖がちらりと見えて、頭飾りが揺れてしゃなりと雅な音を奏でた。色鮮やかな衣に身を纏ったその姿に誰もが息を飲む。白い肌に赤い紅がとてもよく映えていた。
俯きがちに外へ出てきた瑞祥さんを、聖仁さんがすかさずエスコートする。まさに平安貴族そのもののような二人の立ち姿に言葉が出てこない。
二人揃って社務所の外に出てきた。参拝客たちが自然と二人のために道を開ける。手を取り合うふたりに、もう昨日のぎこちなさはすっかりなかった。
聖仁さんが何かを耳打ちした。それを聞いた瑞祥さんが目を丸くして首まで真っ赤にする。そんな姿に聖仁さんはとても優しい目をして小さく笑った。
一体何を言ったんだろう?
「あらら、本当に新婚さんみたいなお二人ね」
「真っ赤になって可愛らしいわぁ」
参拝客の年配女性たちが「うふふ」と目尻を下げる。
雛人形は宮中の婚礼をもしたものだからそう言ったのだろう。
巫寿ちゃん集合だって、盛福ちゃんに呼ばれて「はーい」と応える。仲良く肩を並べる先輩二人に駆け寄った。
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