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雛渡り
壱
しおりを挟む「巫寿~! こっちだこっち!」
初めて訪れた大きな駅で何とか待ち合わせの約束をしていた改札口を出ると、すぐに私の姿を見つけてくれた瑞祥さんが大きく手を振った。
ホッと息を吐いてこちらも手を振り返す。
ジーンズにパーカーを合わせた私服姿だ。学校にいる間は寝巻きかジャージ、制服姿しか見かけることはないので少し新鮮だった。
高い位置でひとつに縛ったストレートの黒髪をひらひらと揺らしながら駆け寄ってくると、足の勢いを緩めることなくそのまま飛び付いてきた。
う、と鈍い声が出る。お構いなしにきつく抱きしめられた。
「ず、瑞祥さん……お久しぶりです」
「久しぶりだな! 元気してたか!? 相変わらず可愛いなぁ!!」
ぐりぐりと頭を撫で回されて肩を竦める。
「わざわざ迎えにきてくださってありがとうございます」
「手伝いを頼んだのは私たちだからな、これくらい当たり前だぞ! むしろ来てくれてありがとな!」
こっちだ、と歩き出した瑞祥さんの隣に並んで歩き始めた。
「それにしても四月に雛祭りってちょっと珍しいですね」
「うちと聖仁の社は旧暦で祝うんだよ。だから四月三日なんだ」
なるほど、と一つ頷いた。
修了祭の日に聖仁さんにから「社の行事を手伝ってほしい」と頼まれて、生まれて初めて一人で新幹線に乗った私は東海地方にやってきた。聖仁さんと瑞祥さんのお家が管轄するお社が明後日に開催する、雛祭りの行事を手伝うためだ。
お社がご近所同士なのと神話では御祭神が夫婦だったこともあり、毎年雛祭りの行事は二社合同で行っているらしい。
その行事の一環で雛人形の装束である十二単と狩衣を着た若い神職が神楽を演舞しながら参道を練り歩く「雛渡り」というイベントを毎年行なっており、その人員確保のために今回私が呼ばれた。
聖仁さんと瑞祥さんが部長、副部長を務める神楽部から毎年何人かが手伝いに来ているらしい。今年は一個下の盛福ちゃんと、中学三年生の玉珠ちゃんが参加すると聞いている。
「舞は覚えれたか?」
「はい。瑞祥さんが鏡越しの映像を送ってくださったので、すぐに覚えられました。あれを歩きながら舞うんですよね?」
「そうだな! 十二単も着るからかなりきついぞ~。着いたらすぐに衣装合わせと全体練習、フォーメーション練習に通し稽古だから、一緒に頑張ろうな!」
なかなかのハードスケジュールに頬を引き攣らせる。もしかして、私また大変なことを二つ返事で引き受けてしまったのかもしれない。
頑張ります、とぎこちなく頷けば瑞祥さんはガハハと笑って私の背を叩いた。
当日までは瑞祥さんのお家にお泊まりさせてもらうことになっているので、家の中の案内を一通りしてもらった後、白衣と白袴に着替えて集合場所の神楽殿へ顔を出した。
数人の神職さまたちが忙しなく働いていて、瑞祥さんも顔を出すなり連れて行かれた。
邪魔にならないように時間まで隅にいようと、体の向きを変えた瞬間ドンッと背中に衝撃が走ってそのままうつ伏せに倒れ込んだ。幸い手が出たのでそこまで大きな衝撃は来なかったけれど、驚きで心臓がバクバクと跳ねる。
なぜか背中が重く起き上がることができない。う、と唸り声を上げて潰れる。
「巫寿ちゃん久しぶり!!」
「巫寿さん……!」
何とか気合いで上半身を捩って振り向くと、キラキラした目が四つ至近距離で私を見つめていた。
「盛福ちゃん、玉珠ちゃん!」
後ろから突進してきたのは神楽部の後輩二人だった。
「ずっと会いたかったんです!」
「やっと会えて嬉しいです……!」
腕を回してぎゅうぎゅう抱きついてくる二人。
そういう風に言ってくれるのは凄く嬉しいけれど、なかなか辛くなってきた。
「あの、一旦放し────」
放してほしい、といい切る前に二人が「あいたッ!」と声を上げて頭のてっぺんを抑えながら私の上から転がった。
「こら、巫寿ちゃんが困ってるだろ。それに神楽殿は遊ぶ場所ではありません」
この声は、と急いで立ち上がって振り返る。
二級の階級を示す紫色の袴を身につけたその人は、呆れたように眉を下げて腕を組んで私たちを見下ろす。
彫りの深い穏やかな面持ちに癖の強い茶髪をセンターでかき分けた髪。垂れ下がった優しげな目と目が合って、彼は微笑んだ。
「や、巫寿ちゃん。久しぶり。今日は来てくれてありがとう」
差し出された手を掴んで礼をいいながら立ち上がる。
「お久しぶりです、聖仁さん!」
高等部三年で神楽部部長、榊聖仁さんだ。
振り返った聖仁さんは聖福ちゃん達にもう一度手刀を落とし息を吐く。
「さっき大人しくしててって言ったばかりだよね? 特に盛福はこの春から高等部に進学するんだよ? もうちょっと落ち着きを持とうか」
「だってぇ」
「だってじゃありません。ほら、もうすぐ始まるから隅で座って待ってて。玉珠も」
背中を押されて渋々歩き出した二人に小さく笑う。ちょっと疲れた顔をした聖仁さんは私に向き直った。
「大丈夫? 倒れた時凄い音響いてたけど……」
「あ、大丈夫です。手ついたんで」
両手を胸の前でひらひらさせて、どこも問題ないと態度で示す。
聖仁さんは良かった、と目を細めた。
「あの二人、今までどれだけ頼んでも一度も参加してくれなかったのに、今回は巫寿ちゃんが今回来るって話したら"じゃあ行く!"って態度変えてさ ね。随分慕われてるねぇ」
思わず苦笑いをうかべた。
どちらかと言うとあの二人からは慕われているというよりも、間違った方向に崇拝されてしまっている。
発端は一学期に私たちが空亡の残穢を封印した事件だ。噂好きの学生たちによって瞬く間に全校生徒へ広まったその話は、下級生の間では今や伝説のように語り継がれているらしく、なんと私たちのファンクラブまであるらしい。
私たちとしては散々怒られた案件なのであまり触れないで欲しいのだけれど、学校内ではたまにこうして尊敬の眼差しを向けられる。
「三学期の神社実習で大活躍した話も聞きたがってるよ」
ぎょっと目を見張る。
まさかもう三学期の話まで広がっているなんて。だからあの二人は私に会いたかったのか。
ふたりも瑞祥さんの部屋に泊まるらしいから、今日は眠れない夜になりそうだ。
「おーい聖仁! ちょっと来てくれ!」祭壇の前で瑞祥さんが呼んでいる。
軽く手を挙げた聖仁さんは「それじゃあ今日からよろしくね。また後で」と忙しそうに走って行った。
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