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犬と猿

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「────ということから、一連の騒動の犯人は西院高校の学生である三好正信が呪者、動機は長年のいじめによる怨恨。呪いの種類は特定出来ていませんが、非能力者であることからものを媒介にした呪いです」


調査が許されていた昼休みが終わり、私たちは社へ戻ってきた。戻るなり来光くんはすぐさま社務所にいた禰宜に、昼休みにあった事と犯人がノブくんであることを報告する。

一通り話を聞き終えた禰宜は難しい顔でひとつ頷いた。


「なるほど、分かりました。皆さんよくここまで調べることが出来ましたね。これまでの皆さんの報告書と今日の調査結果を鑑みて、私も来光さんと同じ見解です。事態は一刻を争います。今夜対処しましょう」


帰りのバスの中で来光くんから聞いた話を思い出す。

来光くんはノブくんが犯人であること、そして今晩必ず動きがあることを私たちに説明してくれた。


『実はさ、最後に質問した時ノブくんに鎌をかけたんだ』


バスに揺られながらそう言った来光くんにみんなが仰天する。


『お前よくそんなこと出来たな!? あの来光が!』

『あの状況ですげぇな! あの来光が!』

『どの来光だよッ!』


みんな静かに、と苦笑いで仲裁する。


『あえて犯人像をノブくんに教えることで、自分が犯人だって言わせたんだ』


来光くんとノブくんのやり取りを思い出してみる。けれどやはりどの発言が犯人だという証拠に繋がったのかが分からない。

考え込む私たちをみて、来光くんが口を開いた。


『ノブくんが妖を見ることが出来るのは紛れもない事実だ。現に小学生の頃、目の前に現れた妖を見て驚いたって出来事があるだろ? なのにノブくんは"妖なんて見えない"って咄嗟に嘘をついた。僕が一連の犯人は"妖が見える人"だって言ったから、自分は違うと慌てて否定したんだろう』


そういう事か、とみんなの声が揃った。車内ではお静かに、とバスの運転手さんに睨まれて慌てて口を閉じる。

"俺が"妖怪が見える"って言うたんは、お前に近付いて利用するためにそう言うたんや。"

ノブくんが吐き捨てるようにそう言った時、どこまで酷い人なんだろうと怒りに震えた。けれどそうか、ノブくんが妖を見えるということは動かない事実だから、この言葉は嘘になる。

そんな嘘をつく必要はないはずなのにあえてそう言ったということは────犯人がノブくんだという証拠になる。


『ついでに、ノブくんは今日何かしら動き出す。犯人が絞り込めてるって僕から聞いて、多分今すごく慌てているはずだ。恐らく呪いの媒介を壊しにくるか、呪いを完成させるか』

『完成って?』


私が聞き返すと来光くんは重々しく頷く。


『呪いたい奴らを今夜一気に片付けるってことだよ』


ノブくんが犯人で間違いないのなら、今夜ノブくんは何か動きを見せる。そこを止めに入ることが出来れば、この一連の騒動は解決するはずだ。

禰宜は私達を見渡した。


「この件に関しては呪いの規模がかなり大きく、かなり難易度の高いものになるでしょう。ですからまだ学生である皆さんを修祓に向かわせることは出来ません。今回はまなびの社の神職で対応します」


やっぱりそうなったか。

皆と何となくそうなるだろうと話していたけれど、実際に言われると少し落ち込む。初めて神職として担当した案件だったから、やっぱり最後までやり遂げたい気持ちはあった。

でも身の丈に合わない敵に挑むことの危なさや恐ろしさは私たちが誰よりも理解している。皆残念そうだけれど、素直に「はい」と頷いた。


「もちろん成績にはそれ相応の評価を書かせて頂きますのでご安心ください。本当に君たちはよくやりましたよ」


微笑んだ禰宜は来光くんの肩を叩くと、足早に社務所を出て行った。


「これにて一件落着か~。でもなんかスッキリしねぇな」


伸びをした慶賀くんがそうこぼす。


「文句言っても仕方ないよ。神職さまたちに任せて、俺らは午後のお勤めに戻ろう」


そうだねと頷き、私たちは制服を着替えるために二階の会議室へ歩き出す。


「来光くん?」


報告書をじっと見つめる来光くんの背中に声をかけた。

「ああ……うん。後から行く」そんな生返事が帰ってきて、少し引っかかったけれど先を行く皆を追いかけた。

その日の夕方、志らくさんが仕事から帰ってくるなり夕拝の前に緊急会議が開かれた。

今回の事件の担当者として私たちも会議に参加することを許されたので、末席に座って話を聞く。今晩行われる呪いの修祓に向けての作戦会議だった。

もちろん私たちは社で待機だ。何かあった時に本庁へ応援を要請するための連絡係と、呪いの媒介を持ち帰った際の封印作業の手伝いを任されることになった。

会議の後は夕拝をして社を開けると、私たちは直ぐに自分たちの部屋に押し込まれた。作戦決行は真夜中、待機組とはいえ眠気眼ではいられない。今のうちに眠っておけという禰宜の心遣いなのだろう。

夕拝の後、私たちが神楽殿を出た後に志らくさんが鼓舞の明を舞っていた。修祓には権宮司と禰宜の二人で向かうらしい。念入りに作戦会議もして鼓舞の明も使った。準備に余念がない。

待機組の私たちの出番はきっとないはずなのだけれど、初めての大仕事ということもあってか布団に潜ってもパッチリ目が冴えてしまいなかなか寝付けない。

何度か寝返りを打って、頭まで布団を被る。真っ暗で静かな部屋に掛け時計の秒針がカチカチと進む音がやけに大きく響いていた。

ぬっと手を差し出して枕元のスマホを掴んだ。

布団の中に引き込んで画面を叩くと、時刻は21時を指している。私たちは作戦開始の23時に社務所へ集まるように言われている。

あと2時間と計算をしてもう一度目を瞑る。深く息を吐いて、のそりと布団を抜け出した。

白衣と白袴に着替えて台所へ向かうと、居間の灯りが点いているのに気が付いた。向かう方向を変えてそっと覗くと、コタツで本を開く恵衣くんがいた。


「恵衣くん?」


声をかけると少し驚いたのかぴくりと肩を震わせて顔を上げる。


「……お前か」

「あ、ごめんね。びっくりさせた?」

「別に」


視線を逸らした恵衣くんはまた本に向き合う。

どうしよう。このまま立ち去るのも気まずいけど、黙ってコタツに入るのも気まずい。

必死に次をどうするか頭の中で考えていると恵衣くんが机に向かったまま「入れば」と淡々と言う。

許可が降りたことにホッと息を吐き「ありがとう」とお礼を言うと「相変わらず変な奴だな」と無礼千万な言葉が返ってきて苦笑いを浮かべた。


「恵衣くんは仮眠しなかったの?」

「俺はお前らと違って普段から夜に両親の手伝いをしているから慣れてる」


恵衣くんのご両親は本庁の役員だったはずだ。

部活には入っていないようで、学校が終わるなりいつもすぐに本庁へ向かっている姿をよく見る。二学期に行われた本庁主催の観月祭では、夜遅くまで事前準備を手伝っていた。

両親の手伝いを進んでしているのは確かに偉いと思うし尊敬するけど、それにしても言い方……。

注意したところで「正論を言って何が悪い」と睨まれるので指摘するのは諦める。

代わりに恵衣くんの手元を覗き込んだ。


「それ教科書じゃないよね。何の本?」


私の問いかけに「そろそろ黙ってくれないか」とでも言いたげな表情で息を吐いた恵衣くんは渋々それを滑らせて寄越す。面倒臭いという気持ちがもろに顔に出てはいるけれど、教えてくれる気ではいるらしい。

礼を言ってその本を覗き込んだ。右隅に書かれた章のタイトルは「民間呪術とその媒介」、どうやら呪いについての本を呼んでいたらしい。


「民間呪術?」

「能力者ではない一般人の間で行われている呪いについてだ」

「一般人の間で……つまり丑の刻参りとか、こっくりさんとか?」


恵衣くんは「ああ」と一つ頷く。


「今回の一連の事件……呪者の三好正信が何の呪いを使用したのかまだ突き止めれていないだろ」


そう言って私から本を取るとパラパラとページを捲る。


「でもこれから神職さま達がそれを突き止めてくれるんだよね?」


私のそんな質問に呆れた表情を浮かべた恵衣くんが私の顔を見た。いつもの「お前、馬鹿なのか?」か「お前頭大丈夫か?」が出てきそうな顔だ。


「お前、夏目漱石の『こころ』読んだことないだろ」

「え?」


はぁ、とわざとらしくため息を吐いた恵衣くん。おそらくすごく遠回しに馬鹿にされているんだろうなというのだけは分かった。

唇を尖らせたその時。


「恵衣ってホンット性格悪いね」


そんな声がドアの方から聞こえて目を向ける。書物を小脇に抱えた来光くんが険しい顔で立っていた。

メガネのブリッジを押し上げた来光くんが息を吐いた。


「馬鹿にされてるよ、巫寿ちゃん」


どうやら来光くんにはさっきの言葉の意味が分かったらしい。馬鹿にされていると感じた私の勘は当たっていたようだ。

お互いに睨み合う二人に居間には険悪な雰囲気が漂い始める。冷や冷やしながら話題を変えようと身を乗り出す。


「ら、来光くんはどうしたの? まだ集合まで二時間くらいあるよ」


ああ、とひとつ頷いた来光くんが小脇に抱えていた本を私に見せた。


「ちょっと今回の件で気になることがあって、禰宜から民間呪術に関する本を借りたんだ」

「来光くんも?」

「"も"ってことは巫寿ちゃんも?」

「あ、私じゃなくて……」


控えめにそう言えば、訝しげな顔をした来光くんが恵衣くんを睨む。コタツの上に広げられていた本を見つけて「アッ!」と指を指した。


「それ僕が借りようと思ってたやつ! 雑談するなら早く返しなよ!」

「お前こそ抱えてるだけなら俺に渡せ」


どうやらお互いに借りたかった本を同時に借りていたらしい。

二人して眉をつり上げる。


「僕はこれから読むんだよ!」

「俺は今読んでる。俺の後に読め」

「お前こそもう読んだならいいだろ!」

「うるさい邪魔するなら出て行け」

「はァ!? 喧嘩売ってんの!?」


カンッと鳴り響いた喧嘩の合図に慌てて「二人とも落ち着いて!」と間に入る。

恵衣くんはどうしていつもそんな物言いしか出来ないのかな……。来光くんも、恵衣くんがからむといつも冷静じゃなくなるんだから。

皆で読もうと提案すると、分かりやすく嫌そうな顔をした二人。それでもお互いに本は読みたかったのか、来光くんは私の隣に座り恵衣くんもそれ以上悪態をつくことはなかった。

二人はわざとらしいため息をつくと、お互いがお互いの視界に入らないようにふいっと顔を背けた。

子供っぽい態度に苦笑いを浮べる。


「それで、来光くんも呪いについて調べてるんだよね?」


開かれた本を覗き込みながら尋ねると「ああ、うん」と目次を指でなぞる。


「せっかく任された初任務なのに、最後までやり遂げれないのが悔しくて。せめてなんの呪いなのか、自分なりに調べようと思って」


こんなにいがみ合っているのに考えていることは全く同じなんて、ちょっとおかしい。


「呪って言っても色んな種類があって、絞り切るのが難しくてさ。だから学生の間で伝承されるような呪いで絞ってるところなんだけど」

「学生の間で伝承……あっ、こっくりさんとか花子さんとか?」

「そうそう。でも京都って平安時代からそういう呪術が跋扈してたから、調べるだけでも結構骨が折れるんだよねぇ」


確かに私も中学時代はクラスメイトがよくそういう話をしているのをよく耳にした。一般人であっても、呪いを発生させる方法は意外と身近な所にある。

なるほど、と頷きながら本を覗き込むと、「ふん」と鼻で笑う声が聞こえて、来光くんがゆらりと顔を上げた。もちろん般若みたいな顔になっている。


「何?」

「別に。考えが浅いと思っただけだ」

「言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろ! 言うつもりないなら気が散るからどっか行ってくんないかな!?」

「先にここにいたのは俺だ。集中できないらお前の方が場所を変えろ」


カンッとまた喧嘩の鐘が鳴り響き「待って待って待って」と二人の間に割って入る。

何ですぐに喧嘩腰になるかなこの二人は。


「同じ事調べてるんだから意見交換し合おうよ。三人寄ればって言うし、ね?」

「俺以外の二人の知恵は二人分として換算出来るとは思わないが」


流石にカチンと来たけれどここで私が言い返せばまた喧嘩になる。ぐっと堪えて深く息を吐く。

ほんとにこの人はどうしてそんな言い方しか出来ないんだろうか……。


「……で、僕の考えのどこが浅いんだよ」


私と同じように一旦怒りを飲み込んだらしい来光くんが不貞腐れた顔のまま尋ねる。


「被呪者を思い出せ。学生間で流行る呪いの類なら、教職員は呪いの対象から外れるはずだ」


目を見開いた来光くん。

言われてみれば確かにそうだ。こっくりさんや花子さんは学校で流行るけれど、一種の遊びみたいなもの。学生がそれをするのは理解できるけれど、先生たちがするとは思えない。

となると疑われる呪いの種類はどの世代も知っているようなものということになる。

なるほど、と来光くんが素直に指摘を受け入れた。お?と目を丸くする。珍しくいい雰囲気だ。


「となると呪いの種類は大衆にも知れ渡っているものか、調べれば素人でも出来るものの二択。今回の呪いの規模からして、調べれば素人でも出来るものの確率が高くなる」


恵衣くんが脇に広げていたもう一冊の本を一度閉じて、表紙を見えるように私たちに差し出す。二人してそれを覗き込んだ。


 「呪詛完全マニュアル?」


タイトルを読み上げて眉をひそめた。

なんとも物騒なタイトルだ。


「普通に世の中に出回ってる代物だ。ざっと中を見たところ、修験道しゅうげんどうに基づいた呪術が記されている。かなり詳細にな」


修験道……聞き慣れない単語に首を傾げる。

自分で調べろ、と睨まれて首をすくめながらスマホで検索する。修験道、古代日本で山を崇拝する山岳信仰と密教と道教の要素が混ざって成立した日本独自の宗教のことらしい。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」でお馴染みの邪気を祓う九字切り────九字護身法がその修験道の作法のひとつらしい。

へぇ~、と頷きながらもう一度本を覗き込む。

恵衣くんはパラパラとページをめくると、とある箇所で手を止め指を指した。指をさした先には太字で「怨敵を呪殺させる秘法」と太字で書かれていた。

呪殺、という単語に眉を顰める。私たちの世界では嫌煙されている言葉だ。

丸数字でその方法を順序だてて説明しており、ざっと目を通しただけでも直ぐに内容は理解できた。用意できないものがある場合の代わりになるものまでご丁寧に記されていて、今すぐにでも実行出来そうな気がする。


「能力者ではなくとも、決められたこの手順を踏むことで強い呪いを発生させることが出来る」

「なるほど……ノブくんはどこかで呪詛の知識を手に入れてそれを実行した可能性が高い、と」

「ああ。ただそれだけじゃ絞り込むには情報が少な過ぎる。絞り込むためにも三好正信が使用した媒介を見つけたい」

「校舎をざっと見て回って目につくようなものが無かったから、恐らく手のひらサイズかそれより小さいものじゃないかな」

「だとしたら皿や筆なんかの骨董品、人毛、動物の皮や骨……生きた小動物や虫も可能か」


あれだけいがみ合っていたのに、急に真剣な顔で話し込み始めた二人。因縁の相手ではあるけれど、もしかして相性はなかなかいい方なんじゃないだろうかなんて推測する。

それにしても骨董品ならまだしも人毛や動物の皮、生きた小動物や虫なんかも媒介に使用されると思うとゾッとする。

二年生から呪いの授業が本格的に始まるけれど、行く行くは自分もそういうのを使って呪いを発生されるのだろうか。

そんな事が脳裏をよぎりブンブンと首を振った。

駄目だ、今は深く考えないでおこう。


「その辺のものを媒介にする呪詛を調べてみようか」


来光くんの提案に「分かった」と頷く。返事はないものの本に手を伸ばした恵衣くんもちゃんと協力する気はあるらしい。


「恵衣その本取って」

「自分で取れ。そんなことも出来ないのかお前は」

「人が頼んでるのに何その態度!?」

「だったらそれが人にものを頼む態度か?」


前言撤回。この二人、いい雰囲気でもないし相性も良くない。

ダメだこりゃ、と額に手を当てて深く息を吐いた。


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