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昔の話(下)

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何度か瞬きをして、唯一顔を挙げなかった慶賀くんがその音を鳴らしたのだとわかる。


「おい慶賀?」


隣に座っていた泰紀くんが肩を揺すると「んぁ?」と気の抜けた声をあげて、眠そうな目をした慶賀くんが顔をあげた。

ぐりぐりと目を擦り大きく伸びをする。


「あ、もしかして来光の長話終わった?」

「……え?」


ふわぁと欠伸をこぼした慶賀くんに、来光くんは目を点にする。


「いや、だってお前話長いもん。今日朝早くて寝不足だったし、来光がいないぶんめっちゃ扱き使われて疲れてんだよ。仕方ねーじゃん」

「じゃあ……僕の話、居眠りして聞いてなかったの?」

「おう! ノブくん?が出てきた辺りから聞いてねぇ! 結局何が言いたかったんだ? 結末だけ教えて~」


悪びれる様子もなく「てかケツ痛ぇ~」と畳の上に寝転がった。顔を真っ赤にした来光くんが眉を釣りあげて目を剥いた。


「なっ……なっ……お前って奴は!」

「いちいち話が長ぇ来光が悪ぃんだろ~」

「僕の一世一代の告白を何だと思ってるんだよッ!?」

「聞いて欲しいなら手短に言えつーの!」


はァ!?と顔を歪ませた来光くんが立ち上がった。


「他のみんなはちゃんと聞いてくれたのに、お前は~ッ! 酷いと思わない!?」


ビシッと慶賀くんを指さして同意を求めるように私達を見回した来光くん。すると泰紀くんと嘉正くんが不自然に目を背けた。


「い……いやまぁ、そんなに怒ってやるなよ来光~。悪気があった訳じゃねぇんだしよ。ハハハ……」

「そ、そうだよ来光。疲れてるのは本当だし。今日はかなり朝早かったから、俺も眠くて」


だよな、うんうん、と二人は視線を泳がせる。そんなふたりの態度に来光くんは疑いの目を向けた。


「もしかしてお前らも寝てたの……?」

「いやいやいや! 慶賀よりかはちゃんと聞いてたって! サマーキャンプで妖怪に遭遇したんだろ!?」

「お、俺だってもう少し先の方までは頑張って起きてたよ」


まさか来光くんが語り終わったあと、みんなが俯いていたのは居眠りしていたから? かける言葉がなくて俯いていたんじゃなくて、ただ単に眠っていたから? さっきの慶賀くんのいびきで飛び起きたって事?

ひくひくと唇の端を引き攣らせる慶賀くんをみんなが慌てて宥める。


「夢の中ではちゃんと聞いてたって!」

「で、結局その話の結末はなんなの?」

「大変な思いしたんだね。話してくれてありがとうね来光」


皆……それって逆効果な気が。


「ふ、ふ……ふざけるなーッ!」


天を仰いでそう叫んだ来光くんが血走った目で私たちを睨んだ。傍にあった枕を掴んでブンブンと振り回す。

うわぁッ!と悲鳴をあげて私たちは逃げ惑う。


「僕が、僕がこれ程悩んでたって言うのに!!」

「んなの知らねーよ! お前が悩んでただけだろ!」

「そうだぞ! 俺らには居眠りする程度の悩みだったってことだろ!」

「ごめんって来光! 次はちゃんと聞くからもう一回頭からお願い!」


だからそれは逆効果な気がするんだけど、と心の中で突っ込む。オラァアと枕をぶん回す来光くんに落ち着いて!と叫ぶ。


「とにかく、過去の事が知られたくなくて気に病んでたんだろ! いでっ!」


枕でお尻を叩かれた慶賀くんが飛び跳ねながらそう叫ぶ。


「それはそうだけど……!」

「じゃあもう全部聞いたわけだし、何も問題なくね!? 何をそこまで気にしてたのかは知らねぇけどさ、知ったところで俺らは今まで通りだつーの!」


来光くんが振り上げた手をピタリと止めた。

その隙に泰紀くんが枕を奪い取って胸に抱きしめる。皆は肩で息をしながら疲れたようにその場に座り込んだ。


「これからもこれまでと同じ! なんも変わんねぇ! これにて一件落着!」

「そうだそうだ! この話は終了! だから落ち着け、な?」

「て言うか、俺たちがその程度だって思われてたことの方が気になるんだけど」


嘉正くんのその言葉に、来光くんは目を見開いた。


「これからも……友達でいてくれるの」


静かな問いかけだった。けれどその言葉を発するのにどれだけの勇気が必要だったのかがよく分かる。

泰紀くんが持っていた枕を投げた。来光くんが胸の前でそれを受け取る。


「前に言っただろ? たったの六人しかいねぇクラスメイトだぞ。友達になりましょうそうしましょうの確認なんざいらねぇつーの」


窓から差し込む月明かりに瞳がきらりと光る。光はひと粒のしずくになってこぼれ落ちた。

枕に顔を埋めるように頷いた。何度も何度も頷いて来光くんは鼻をすする。

皆は顔を見合せて笑った。


「ありが、とう。皆本当にありがとう。これからも────」

「よっしゃ話し合い終了! さっさと屋台行こうぜ!」


来光くんが何かを言いかけたのだけれど、パチンと指を鳴らした慶賀くんの声で掻き消される。またお前は、と目を吊り上げた来光くんに「まぁまぁまぁ」と泰紀くんが肩を揉む。


「折角だし行こうよ来光。楽しまなきゃ損でしょ」

「嘉正まで……」


ほらほら、と背中を押されて皆は部屋を出る。

私はそんなみんなの背中をぼんやりと見つめていた。

ちょっと羨ましかった。


「巫寿? どうしたの、行くよ」


嘉正くんが振り返った。あ、うん!と慌てて歩き出す。どうかしたの?と首を傾げた嘉正くんに頬をかいて曖昧に笑う。


「なんか良いなぁって思って。やっぱり皆は知り合って長いわけだし、分かりあってる感じがして」


遠慮のないやり取りも、信頼しているからこそ出来ること。容赦の無い言葉だって絆があるからこそ安心して口にできる。

来光くんは間違いなくこのメンバーの一員だった。


「何言ってんの、巫寿もでしょ。泰紀が"五人"を"六人"にしたのは、そういう事だよ」


ふふ、と笑った嘉正くんに、胸がじんと熱くなるのを感じる。ありがとう、と口を開きかけて直ぐにその違和感に気がついた。


「ねぇ嘉正くん。泰紀くんが"たったの五人しかいねぇクラスメイトだぞ"って言ったのは、かなり後半の話だよね? 寝ちゃってたんじゃないの?」


そう尋ねれば嘉正くんは「バレた?」といたずらに笑った。内緒ね、と人差し指を立てて方目を瞑る。

思わずプッと吹き出した。

学校の廊下を駆け抜ける時のように、慶賀くん達が先を走る。この仲間の一人になれたことがとても誇らしくて嬉しかった。


『あんたらいい加減寝なさい!』と千江さんの雷が落ちたのは、日付が変わって少しした頃だった。両手いっぱいにお土産を抱えた私たちは名残惜しい気持ちを残し解散する。


「慶賀、その掬った金魚どうするつもりなの?」

「神修の池で飼おうかな~」

「鯉と亀の餌になるだけだぞ」


そんな話をしながら部屋へ戻っていくみんなの背中を少し羨ましく思う。嘉正くんたちはもう少し部屋で騒ぐんだろう。

こればっかりは仕方ないと自分を言い聞かせて、私も部屋に戻った。

お風呂を済ませて明日の支度を終わらせ、布団に潜る。まだ眠くなかったので溜まったメールやメッセージを確認していると、夕方頃に薫先生からメッセージが届いていた。

『やっほ、元気にしてる? 神社実習の中間記録レポートが一週間前に提出締切だったんだけど、すっかり忘れてるよね? それだけ実習が充実してるってことなんだろうけど、成績に関わっちゃうからなるべく早く出して~』

中間レポート、という文字を目にした途端、鏡で確認せずとも自分の顔がサァッと青ざめていくのが分かった。

慌ててボストンバッグから学校を発つ前に渡された茶封筒を取り出す。中間レポートと書かれた一切手のつけられていない紙が現れてその場に固まる。


『お察しの通り三学期は授業がほとんどないよね。だから神社実習中に提出してもらう中間記録レポートと終わった後の報告レポート、あと各社の神職達にお願いしてる君たちの評価シートが成績の全てだから、嫌でも真面目に取り組んで提出するんだよ~』


出発前のガイダンスで薫先生がそう言っていた。

締切期日は一週間前、色々バタバタしていたせいですっかり忘れていた。

基本宿題をして来なくても「やりたくない気持ちは分かるけどさぁ」と呆れながら許してくれる薫先生が、早く提出するようにと促しているんだ。それほど大事なレポートなのだろう。

慌ててテーブルの上を片付けてレポートを広げる。シャーペンを握りしめ紙とにらめっこし、がっくりと項垂れた。

駄目だ、何一つ書き方が分からない。

茶封筒の中を漁ってみたけれど書き方を説明するようなものは無くもっと肩を落とす。

トークアプリのチーム出仕の画面を立ち上げて「夜遅くにごめんね。中間レポートの書き方教えて欲しいんだけど…」と送信するも一向に既読にならない。

今日は朝から早かったし、遊び疲れて眠ったのかもしれない。

はぁ、と深く息を吐く。

明日の昼休憩の時に教えて貰って夕方に仕上げて、次の日の朝一に神修行きの車に預ける?

もう既に一週間も遅れているし、明日出そうと明後日出そうと大差ないような気もするけれど気持ちは明日中に出したい。

どうしよう、と肩を落としてスマホの画面がちらりと目に入った。スマホに手を伸ばしかけて「いやいやいや」と我に返る。


「俺に面倒をかけるなとか言われそう……自業自得だろ自分で何とかしろとか……」


どちらも安易に想像がついて、まだ何も言われてもいないのにへこんでしまう。

でも、あと頼れるのは彼しかいない訳だし……。

えい、と勢いのままにトーク画面を開けた。

『まだ起きてる…? 夜遅くにごめんね。中間レポートの書き方で聞きたいことがあるんだけど、部屋まで聞きに行ってもいい?』

意外なことに私が画面を閉じる間もなく既読がついた。すぐに返事は来た。

『居間』

私の質問には答えないたった二文字の返信に首を傾げる。けれど直ぐにメッセージの意味に気が付き、筆箱とレポートを持って部屋を飛び出した。

居間に顔を出すと案の定恵衣くんがこたつの上に教科書を広げて勉強しているところだった。

ちらりと目だけで私を見た恵衣くんは顎で自分の前を示す。お邪魔します、と身を縮めて向かいに腰を下ろす。


「提出は一週間前だったはずだろ」


ノートに文字を書きながら淡々とそう言う。


「すっかり忘れてて……」

「面倒をかけるな」


予想通りの返答にちょっとだけ笑いそうになって堪える。なんだよその変な顔は、と睨まれて慌てて首を振ってプリントを広げた。

予想外にも恵衣くんは丁寧にレポートの書き方を教えてくれた。

「まとまりの無い言葉で書くな」「何だその幼稚な語彙は」「教えて貰ってるならもうちょっと出来のいいレポートを書く努力をしろ」

前言撤回、やっぱり口が悪い。でもそのおかげで丑三つ時には何とかレポートの形になった。


「まぁ、いいだろ」


恵衣くんのお許しも出て、深く息を吐いた。


「ありがとう恵衣くん、本当に助かりました……」

「別に」


ふんと鼻を鳴らした恵衣くんはまた教科書に目を落とした。


「恵衣くん、いつもこんな時間まで勉強してるの?」


シャーペンを筆箱に片付けながら尋ねた。


「大切な試験の前に呑気に遊び回ってグースカ寝れるお前らの神経を疑う」

「またそんな言い方して……」


相変わらずの減らず口に肩をすくめる。

でもいつもこんな時間まで勉強してるなんて、私も少しは見習わないといけない。


「いつもここで勉強してるの? 部屋じゃなくて」

「あの騒音環境で集中出来るなら是非とも見せてくれ」

「あー……なるほど」


部屋数が少ないので男子は相部屋になっている。確か恵衣くんと同部屋なのは慶賀くんと泰紀くんだ。最近までは嘉正くんも三人部屋で寝起きしていたし、それはそれは賑やかな部屋だったんだろう。

確かに落ち着いて勉強できる環境ではなさそう。


「だから"居間"ってメッセージくれたんだね」


そう言うとピタリと手を止めて険しい顔をした恵衣くんが私を見る。

え、私なにか間違った事言った……?


「お前、夜中に男の────」


何かを言いかけた恵衣くんは不自然に言葉を止める。頬を少し赤くすると、不機嫌そうな顔で勢いよく教科書を閉じた。


「寝る」

「あ、うん。レポート、本当にありがとう。おやすみ」

「……ああ」


ひとつ頷いた恵衣くんは振り返ることなくスタスタと部屋へ戻って行った。


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