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昔の話(上)

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一週間経って熱が引いた。

本当はもうこのまま学校になんて行きたくなかった。ずっと何も考えずに眠っていたかった。

けれど僕が部屋で寝込んでいる間、リビングでお父さんとお母さんが喧嘩する声を聞いた。どちらが仕事を休んで僕の面倒を見るのかで揉めていたらしい。

そんな様子で「学校を休みたい」なんて言い出せるわけがなかった。

胃がキリキリする。鉛が付いているかのように足取りが重い。一週間前からずっとお腹のそこがモヤモヤしてずうんと重い。

本鈴のギリギリまで靴箱のすみで時間を過ごしていると、職員室からでてきた担任に「早く教室に行きなさい」と声をかけられた。

仕方なく上履きに履き替えて、担任の後ろを着いている。

階段を一段上るたびに心臓がドッドッと少しずつ早くなる感覚が分かった。教室が近づくにつれて、誰かに喉を絞められているような息苦しさを感じる。

教室の前まで来た。

担任に「ほら」と背中を押されてきつく唇を噛み締める。教室の扉が開くと同時につま先だけを見て自分の席へ一目散に向かった。

席に座って止めていた息を細く吐く。

そっと机の中へ手を入れるとゴミを入れられていることも無く、机の落書きも今日はない。

うるさかった動悸が少しだけ収まった。


「はい、ほな朝の会始めます。日直さん号令」


いつも通りの担任の掛け声で、日直当番の生徒が面倒くさそうに「きりーつ」と号令をかけた。

いつも通りだ、何も変わらない。

席に着くと担任が「今日の休みは~」と独りごちる。


「山本と濱谷、それから三好やな」

「センセ~、田辺もまだ来とらん!」

「田辺はさっきお母さんから連絡があって、今日は休みなんや」

「ええー! アイツらも!?」


教室中が一気に騒がしくなった。

そっと目線をあげる。教室はインフルエンザが流行った時のように所々に空席があった。

いつも授業中にこっそり目を合わせてはくすくす笑っていた方向に目を向ける。椅子は机の下にきっちり入れてある。


「ほれほれ騒ぐな。休み多い分係の仕事とか分担して手伝ってな。あと来週には山本らのお見舞い行くから、千羽鶴進めといて。じゃあ朝読始め」


はーい、とみんなが伸びをして机の中から本を取り出した。

お見舞い? 千羽鶴?

一体なんのことだろうと困惑気味に当たりをそっと伺う。すると担任が席の間を縫って僕の方へ歩いてきた。

先生は僕に折り紙を差し出した。


「松山、お前折り紙でツル折れるか?」

「ツル、ですか? はい……多分」

「先週から山本と濱谷が入院しててな。クラスみんなで千羽鶴作ろうって決めたんや。一人20枚折ってもらう事になってるから、今週中には作っといてな」


折り紙を机の上に置いた先生は「よろしくな」と僕の方を叩くと、教卓へ戻って行った。

気軽に話しかけて聞けるような友人はいないので、クラスメイトがヒソヒソと話している会話の内容で知ったのは、その二人が先週に大怪我をして入院することになったという事だった。

帰宅途中に交通事故に巻き込まれて、一時は本当に危険な状態だったらしい。

山本と濱谷、二人とも率先して僕を虐めていたやつだ。あの日も教室にいて、楽しそうに僕を見て笑っていた。

折り紙を手に取った。ぐしゃりと手の中で丸める。唇を噛み締めると丸まったそれを机の奥底に押し込んだ。



「来光~、やっと学校来たか。お前も正信も学校こやんし、退屈しとったんやで」


給食がおって教室に戻り、次の授業の用意をしていると急に後ろから肩を組まれた。はっと顔を上げると、ニヤニヤと卑しい顔で僕を見下ろす数人のクラスメイトがいた。


「あの日の勝負のことちゃんと覚えてるよな? 負けたんはお前や。つまりどういう事か分かるな?」


自分が言葉を発するよりも先に、勢いよく机が蹴飛ばされた。

ガシャン!と激しい音がして机が床を転がり、しまっていた教科書やノートが床に散らばった。教室に残っていた数人の女子が驚いて悲鳴をあげる。そして逃げるように我先にと教室から出ていった。


「あーあ、ゴミが床に散らばった」

「ゴミやしゴミ箱に捨てたるわ」

「ゴミなら踏んでもええよなぁ?」


ギャハハと笑ったそいつらは、散らばった僕の教科書を拾い上げてゴミ箱に投げ捨て、蹴飛ばして踏んづけて、ビビりと破いていく。

震える右手を押さえつけるように左手で握りしめる。きつく目を瞑り俯けば、口の中に鉄の味が広がった。


「あ? なんやこれ」


ふとそんな声がして、騒いでいた奴らの動きが止まった。


「今日はノブくんと公園で遊んだ。カードゲームをした。楽しかった────これお前の日記か!?」


そんな声に弾けるように顔を上げた。

手に握られていたのは何の変哲もない水色の表紙のノート。表表紙には"No.17"とだけ記されている。

目を見開いた。考えるよりも先に手を伸ばした。


「か、返してッ!」

「うわっ、何すんねんコイツ! おいお前ら、来光のこと抑えとけ!」


足で蹴飛ばされて尻もちを着いた。起き上がろうとしたけれど肩を押さえつけられて上手く立ち上がれない。


「やめろよッ、勝手に見るな! 返してッ! 返せよ!!」


必死に身を捩ってそう声を上げる。


「えっと~。今日から夏休み。ノブくんとのサマーキャンプまで後少し。楽しみすぎて眠れない……だってよー! キッショお前!」


げらげらと笑って中身を音読すると「次俺な!」と別の奴がノートを取上げた。

なんで日記がのここに。だってあれはいつも引き出しに仕舞っていたはずだ。

最後に書いた時だって、ちゃんと、引き出しに────。

"山本智死ね。森口純太消えろ。澤田龍斗居なくなれ。濱谷俊臣死ね。小林賢太消えろ。丸山迅居なくなれ。田辺ひかる死ね。木田佳祐消えろ。井上徹居なくなれ"

最後に書いたページの内容が脳裏をよぎった。あ、と情けない声が喉の奥から漏れる。

駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ。最後のページを見られたら。だって最後のページにはこいつらの名前を書いて。

奴らがどんどんページをめくっていく。どんどん書いた記憶が新しい日記が読まれていく。

駄目だ、まずい。もう次のページには────。


「……は? 何コレ」


ノートを手にしていたクラスメイトが眉根を寄せて低い声でそう呟いた。


ばくん、心臓が跳ねた。

背筋を冷たい汗が流れて、胸の真ん中の血管が激しくどくどく脈を打つ。


「なになに? コイツ何か書いてた?」

「俺にも見せて~」


ノートを覗き込んだクラスメイトらの顔がどんどん険悪になっていく。


「おい来光、これどういうつもりや?」


床に叩きつけられたノート。最後に書いたページが開かれていた。

それは、と口を開いた瞬間、胸ぐらを掴まれて押し倒された。息が詰まってクッと唸り声を漏らす。


「山本智死ね。森口純太消えろ。澤田龍斗居なくなれ。濱谷俊臣死ね。小林賢太消えろ。丸山迅居なくなれ。田辺ひかる死ね。木田佳祐消えろ。井上徹居なくなれ……お前が書いたんか? そうよな、だってお前の日記やもんな!?」


顔を真っ赤にして僕の胸ぐらを激しく揺する。


「お前、調子乗ってんとちゃうぞ……ッ!」


拳を振り上げた。咄嗟に身を縮めて両腕で頭を守る。その時。


「おいお前ら! 廊下走るなよ!」


廊下を歩いてくる担任の声が聞こえてきた。

ハッと我に返ってすぐに僕の上から飛び降りたそいつは、バタバタと教室から出て行った。

急いで日記を拾い上げて胸の前で抱きしめた。細く息を吐けば身体中がカタカタと震え始める。

どうしよう見られた。言いふらされたら次は何をされるか分からない。

殴られる? ものをとられる?

だってあんなに顔を真っ赤にして怒ってたんだ。そんなくらいじゃ済まないかもしれない。

震える手を伸ばして机を元に戻した。散らばった教科書を集めて机の中に仕舞う。


『ほい、来光。あんなとこまで飛んでってたわ』


ふとそんな昔の記憶を思い出して、いっそう惨めな気持ちになった。

あの日、ノブくんが僕を殴った理由は何となく分かる。僕もノブくんに出会う前なら、きっとそうしただろうと思ったからだ。

ノブくんはきっと怖かったんだ。虐められるつらさを知って、一度解放されたのにまたあんな悪夢が始まることが怖かったんだ。


けれど今謝られたとしても、許すことは出来ないと思う。それくらい僕は傷付いた。




『えー……田辺が入院することになりました』

次の日、学校を休んでいた田辺が入院したことを知らされた。

先生は詳しく語らなかったけれど、たまたま聞こえた噂話によると高熱が出て救急車で病院へ運ばれたらしい。検査をしたけれど原因は不明、意識も戻らないらしい。

教室に少しずつ妙な空気が流れ始めた。

その日の夜はやけに騒がしくて、真夜中に目が覚めた。窓の外を見ると家の前の道路を何台ものパトカーが赤いランプを照らしながら過ぎ去って行った。

朝学校へ登校するといつも以上に騒がしくて、騒がしい教室へ顔色の悪い担任が入ってきた。皆はワッと先生へ詰め寄ると一斉に話しかける。

何とかいくつかの声を拾うことが出来た。


『先生、澤田くんが行方不明ってほんま!?』

『昨日澤田のカーチャンから夜電話来てんけど! あいつが塾から帰ってこやんって!』


先生はこめかみを押えて息を吐き、皆に席へ戻るように促した。


『もう聞いてると思うけど、澤田が昨日から家に帰ってない。昨日の澤田の様子とか、一緒に遊んでたやつ、何か知ってることがあったら何でもいいから先生に話して』


教室のざわめきがピタリとやんで水を打ったように静かになった。


『今日の休みは、山本と濱谷と田辺……あと三好な。他おるか?』

『丸山がおらんで! 休みー?』

『丸山な、連絡ないからあとで電話しとくわ』


静まり返ったまま朝のホームルームが終わり、担任が出ていくなりクラスメイト達はワッと友達と話し出す。


『山本と濱谷と田辺と……次は澤田だって』

『怖いね、男子ばっかじゃん』

『ねぇねぇ。そのメンバーってさ……』


近くの席でヒソヒソと話していた女子たちそんな声が聞こえて背中に視線を感じた。そっと振り向くと目が合って、女子たちは慌てて『トイレ行こう』と教室を出ていく。

出ていったはずなのに、教室の至る所から視線を感じる。振り向いて首をめぐらせた。クラスメイト達は目が合う前にサッと顔を背ける。


"そのメンバーってさ"

その言葉の続きを想像して、まさかと首を振る。

いやでもそんなことが。だって僕は何もしてない。ただ日記に書いただけだ。ただ日記に……。

その日急いで家へ帰って、直ぐに日記を広げた。勢いのまま綴った名前は九人。そのうち死ねと書いたのは山本、濱谷、田辺。消えろと書いたのは澤田、丸山、井上。居なくなれと書いたのは森口、小林、木田。

死ねと書いた三人が入院していて、消えろと書いた澤田が行方不明になった。丸山も今日は結局学校へ来ていない。

ありえない考えが脳裏に浮かんで「そんなまさか」と鼻で笑った。

ただの偶然だ。だって僕は日記に名前を書いただけだ、ただそれだけ。名前を書いただけで他人を入院させたり行方不明にさせたりなんて出来るはずがない。

だってもしもそんなことが出来たなら、そんなのまるで"呪い"じゃないか。

その次の日、もっとやつれた顔の担任が教室へ入ってきて告げられたのはクラスメイトの丸山と井上が行方不明になったという事だった。


聞いた? 入院してる三人と行方不明の三人、松山くんのノートに名前が書いてあったんだって。聞いた聞いた、気味悪いよね。死ねとか消えろとか書いてたんだって。えー、じゃあ名前を書いただけで人を殺せるの?こわーい、そんなのまるで────"死神"みたい。

子供の発想というのは単純で馬鹿げている。どんな噂話でも五人が話せば真実になるし、どんなに嘘くさい話でも十人が口にすれば誠になる。

いじめはピタリとなくなった。そもそも主立って僕をいじめていたヤツらが入院したり行方不明になった訳だし、その他のクラスメイトは周りで我関せずという態度をとるか、ヒソヒソと悪口を囁く程度だった。

消えろと書いた三人のうちの一人は急に学校へこなくなった。聞いた話では一家で夜逃げをしたらしい。他のふたりはなにかに怯えるように一日中口を噤んでいる。

代わりに聞こえてきたのは僕を『死神』と呼ぶ声だった。

僕は死神なんかじゃない。そんなおかしな力を持ってるわけが無い。僕は普通だ、普通の人だ。死神なんかじゃない。

何度も心の中でそう唱えた。

二学期の学校行事は次々と自粛になった。生徒が三人も行方不明になっているんだからそうなるのも仕方がないだろう。

虐められなくなった僕は、時折背中に視線を感じるけれど静かな学校生活を送っている。

校庭の木々が色を変え始めた10月、ノブくんはまだ学校に来ていない。


「お、おいッ!」


ある日の放課後、帰り支度を整えていると急に声をかけられた。恐る恐る僕が振り返ると、何故か怯えたように僕の様子を伺うクラスメイト二人が立っていた。

僕が視線を合わせると二人はいっそう顔を引き攣らせた。


「あ、あの噂……ほんまなんか」


口を開いたかと思えばそんな質問で、眉間に皺を寄せて俯く。


「お前が"死ね"って書けば人殺せるってほんまなんか……!」


強く手を握りしめた。

そんなわけない。そんなはずがない。そんなことがあってたまるか。

だって現に僕が死ねと書いた三人はまだ入院しているけれど生きている。行方不明の三人だって、死んだなんてニュースは聞いていない。

たまたま僕がノートに書いた後にそうなっただけ。単なる偶然だ。


「そんなの……出来るわけ、ないでしょ」

「で、でも行方不明になった奴も入院してる奴も全員お前の日記に名前が書かれてた!!」

「お、俺らの名前も……書いたんやろ!?」


そう言われて「ああそういうことか」と納得した。

僕の日記に名前が書かれているから怖いんだ。自分がこれまで僕にしてきたことなんて棚に上げて、今度は自分に害が及ぶかもしれない状況になって怯えているんだ。

なんて卑しくて醜くて浅ましいんだろう。


「け、消せよ! 俺らの名前!!」

「そうや! そもそもノートに人の悪口書くのは人間として良くないやろ!」


人間として最悪で最低な事を僕にしてきたくせに、お前らがそんなことを言うんだ。

胸の奥がどんどんすうっと冷めていく。これまでこんな奴らに怯えていた自分が馬鹿みたいに思えた。


「……死ねって文字を書いただけで人を殺せるって、本気で思ってるの?」


そう発した僕の声は自分でも驚くほど冷たい。


「じゃ、じゃあそんな事出来やんって証拠見せろよ! 死ねって書いても誰も死なんことを俺らに証明しろよ!」


泣きべそを書きながらそう叫んだクラスメイトに、僕はランドセルに仕舞っていた自由帳と筆箱を取り出した。

鉛筆のキャップを外してノートをさらさらとめくる。


「絶対に俺らの名前は書くなッ!」

「じゃあ……誰の名前を書いて証明すればいいの?」

「誰でもいいから、でも俺らの名前は書くな!」


教室を見回した。

教卓が目に入ったので担任の名前を書いた。そして一瞬躊躇ったけれど続けて「死ね」と書く。

だってそんなわけが無い。あるはずがない。僕は普通の人間だ。死ねと書くだけで人を殺せる力なんてこの世にはない。ありえないんだから。

書いたノートを見せた。


二人は顔を見合わせるとドタバタと教室を飛び出していく。

静かになった教室に息を吐き自由帳をしまうと、ランドセルを背負い教室を出た。

下足場に向かいながら、もう何もかもが馬鹿らしく思えてきた。

ありえない噂話を信じるクラスメイトも、あんな卑怯者に怯えていた自分自身にも、ずっと学校へ来ないノブくんにも。

多分明日からはきっと、朝起きても「学校へ行きたくない」だなんて思わないだろう。この場所にもクラスメイトにも、もう何も感じない。

一階の下足場につくと、廊下が騒がしいのに気がついた。一階には保健室とひまわり学級の教室、それと職員室がある。

騒がしいのは職員室の方だった。

なんだろうと思って歩みを進めると、たくさんの先生たちが次々と慌てた様子で職員室へ駆け込んでいくのが見えた。

学校に残っていた生徒たちがその異変に気がついて集まり始める。


なになに、どうしたの、何があったの?

そんな生徒たちの不安げな声と、職員室の中から聞こえる慌ただしい声に廊下は騒然としていた。


「職員室を覗くな! 早く帰れ!」


四年の学年主任で学校一怖いと噂されている先生が廊下にいる生徒たちに向けてそう怒鳴った。

けれどいつもと違う雰囲気に、皆は動こうとしなかった。


「救急車!」


騒ぐ声に紛れてそんな声が聞こえた。同じようにそれを聞いた生徒たちがいっそう騒ぎ立て始める。

ばくん、と心臓が嫌な音の立て方をした。

先生たちが何人か廊下へ出てきて、必死に生徒を帰宅するように促した。

皆は何とかして職員室の中を覗こうと躍起になる。


五分も経たないうちに遠くから緊急車両のサイレンが鳴り響く音が聞こえた。その音は真っ直ぐと学校の方へ近付いてきて、皆は釣られるように正門の方へバタバタと動き出す。

救急車は正門を通って、下足場の前で停車した。


青いエプロンみたいな物を着た救急隊員がバタバタと中から降りてきて、集まる僕たちを押しのけて職員室へ入っていく。


「先生が倒れたらしいで!」

「うそ! 誰先生?」

「わからん。よその学年みたいやけど」


興奮気味に話すのは恐らく下の学年の生徒だ。

救急隊員が出てきた。担架のようなものを押している。

そこ開けろ!と先生達が叫んで、皆はぞろぞろと道を開けた。担架が僕の目の前を横切る。一瞬見えた酸素マスクを付けた青白い顔に目を見開いた。

今のって────。

直ぐに出発した救急車のサイレン音が遠ざかって行って、先生達がいよいよ「早く帰りなさい!」と怒鳴り声を上げた。

みんなは口々に今目の前で起きた出来事を友達と共有しながら興奮気味に走っていく。


呆然と立ち尽くしていた僕に歩み寄ったのは、ついさっきまで教室で話していたあの二人だった。

二人は顔色を青くして恐怖を貼り付けたような表情で僕を見た。視線が合うなり「ヒッ」と息を飲む



「おま……お前のせいや……」


何を、言ってるんだ?


「お前が、先生を殺したんや」


ちがう、ちがうちがうちがう。


「死神……この死神ッ!」


僕じゃない、僕はやってない。僕にそんな事ができるわけが無い。

これは偶然だ、たまたまタイミングが重なっただけなんだ。

ちがう、僕じゃない。だってそんな事出来るわけがないじゃないか。


「お前は本物の死神や……ッ!」


怯え、恐れ、蔑む目で僕を睨んだ。

身体中ががくがくと震えた。違うと頭は否定しているはずなのに、事実のように重くのしかかる。

だってそう、化学で何一つ証明出来ないじゃないか。歴史の教科書にそんな能力を持った人物が実在したなんて書いてないじゃないか。

ありえないんだ、ありえるはずがないんだ。

その時、視界の隅を黒い何かが横切った。少し顔を動かす。小鬼だ、餓鬼と呼ばれる妖なんだと前にノブくんと二人で調べて知った。

そして気が付いた。

ああ、そうか。そうだったのか。

僕は他の人たちがありえないと思っている存在を、昔からずっと見てきたんだ。ありえないのはその存在で、その存在を見ることの出来る僕。

昔からおかしいのは僕だったんだ。

だから両親も不仲で、友達もできず、唯一できた友達にも裏切られて、転校してもずっといじめられてきたんだ。


僕が、やったんだ。


そう気づいた瞬間、二人を押しのけて駆け出した。


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