言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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調査

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────始まりは、多分サッカー部の一年です。半年前くらいに、サッカー部の男子五人が遊んでた拍子にガラスに突っ込んじゃう事件があって。突っ込んだ一人は全治二ヶ月の大怪我で、そばに居たほか四人も破片が刺さって大混乱になったんです。大怪我を負った男子曰く、背中を誰かに押されたって。その時丁度その男子の後ろにいた一人が全員から責められて、今もハブられてて。はい、そうです。その人も怪我したのにちょっと可哀想っていうか。まぁでもその人たち普段から先生に目付けられてるし自業自得っていうか。

────私たちの去年の担任、今は一年を担当してるんだけどね。その先生が体調不良で学校やめたんだよね。んー、二ヶ月前くらいかな? それまでちょいちょい休んでたみたいだけど。熱血でちょっとウザかったけど良い先生だったのにね。

────隣のクラスの、ほら学級委員の子。なんか急に性格変わったよね? 前まで誰にでも優しかったのに、なんか今は近寄り難いって言うか。


嘉正くんと恵衣くんのコンビが下足場から出てくる女の子たちに次々と声をかけた結果、報告書にはなかった不可解な出来事が次々と明るみになった。


「なるほど、そんな事があったんだ」

「はい……! もう私たち怖くて怖くて」

「ねー! 怖いよね!」


頬を赤くした女の子二人が嘉正くんたちを見上げる。


「話してくれてありがとう。気をつけて帰ってね」


嘉正くんに肘で横腹を小突かれた恵衣くんはゴボッと苦しそうにむせると眉を釣りあげながらも何とか笑みを浮かべて「……助かった」と二人に礼を言う。

そして女の子二人組は、それじゃあまた、と何かを期待するような顔で何度も名残惜しそうに振り返りながら帰って行った。

彼女達の背中を手を振って見送った嘉正くんは振り返って息を吐いた。


「かなり情報集まって来たね。一旦どっかで整理する?」

「だな。お疲れ嘉正。よくやったよ恵衣も!」


ガハハ、と笑って恵衣くんの肩に手を回した泰紀くん。

恵衣くんは目にも止まらぬ速さでその手を捻りあげると、泰紀くんを地面にねじ伏せた。いででで、と悲鳴をあげた泰紀くんを無表情で見下ろす。


「お前ら、帰ったら覚えてろよ」


地の底を這うような声だった。

まぁそうなるよね、と苦笑いをうかべる。呪が強い言葉が含まれていなかったのが不幸中の幸いだ。


「まぁまぁそう怒らないでよ恵衣。結果情報は思ったよりも早く集まったわけだし」


どうどう、と馬を宥めるように手を振った嘉正くんは聞き込みの際に書いていたメモをぱらぱらとめくった。


「でも結局内輪の話ばっかりだったね。もうちょっと色んな情報が集まるかと思ったんだけど。来光と巫寿はどう思う?」


私もスマホに記録していたメモを見返して「そうだなぁ……」と呟く。

聞いた話は全て学校内で起きたことか学校関係者や生徒が被害にあった話ばかりだった。

学校外でなにか異変は起きていないのかまだハッキリしていない状態で捜索範囲を学校内絞るのは良くないかもしれない。

でもこれってもしかして────。


「……外では何も起きてないから、中の情報しか集まらないって風にも考えられるよね」

「それ、僕も思った」


隣で聞いていた来光くんが同調する。


「僕らみたいな学生寮暮らしなら中の情報だけってのも納得できるけど、彼らは違うよね。同居してる家族がいる。もし何か変わったことがあれば、その家族伝に聞いているはずだ」


私が考えていた事を綺麗にまとめて言ってくれた来光くん。隣でうんうん頷く事しか出来ないのが少し情けない。

嘉正くんが「それだ」と指を鳴らした。


「となると、捜索範囲は学校内に絞っていいって事か?」

「だね。ひとまず今聞いた話を一度整理して、何か見落としがないか確認────」


不自然に言葉を停めた来光くんに、皆が顔を上げた。少し目を丸くした来光くんが一点を見て固まっている。

その視線の先を辿れば、見覚えのある顔の男の子がじっとこちらを見て立っている。西院高校の制服を着た、大人しそうな男の子だ。

すぐにサッと顔を背けて歩き出した背中に来光くんが駆け出した。



「────ノブくん、だよね!」



おそらくそれは渾名なのだろう。名前を呼んだその声には親しみの色が含まれていた。

ノブくん、と呼ばれた彼が振り返る。その表情からは少しの気まずさと戸惑いが感じられた。


「お前、来光……?」

「そう! 覚えててくれて嬉しい、久しぶり!」


大股で歩み寄った来光くんに、彼は一歩後ずさる。


「お、俺急いでるから」

「え……ノブくん?」


その場から逃げるように走り出した彼に、来光くんは困惑した表情でその背中を見つめる。

あっという間にその背中は見えなくなった。


「来光の友達……にしてはつれねぇな」

「お前小学生時代はロクな友達いねぇのな!」


馬鹿!と嘉正くんに頭を叩かれ、慶賀くんは身を縮めた。

可哀想だけれど嘉正くんと同意見だ。流石に今の言葉は地雷過ぎる。


「ずっと仲良かったと思ってたんだけどなぁ……」


そう呟いた声は少し寂しげで、嘉正くんと顔を見合わせ二人して慌てて身を乗り出す。


「ほ、本当にただ急いでただけだじゃないかな……!」

「そうだよ、巫寿の言う通りだ。今度会った時は向こうから話しかけてくるよ」


ぶんぶんと縦に首を振って肯定する。そうだよね、と少しだけ元気を取り戻した来光くんにホッと息を吐く。

慶賀くんの「ロクな友達いねぇな」発言はタイミングが良くなかったけれど、確かにその通りだ。

来光くん、小学生時代はあまりいい思い出がないみたいだったから、さっき自分から親しげに声をかけに行った時は気を許せる友達もいたんだと思ったのに。

気を落とす来光くんの肩をもんだ嘉正くん。その時。


「おい、お前ら」


離れたところで一人聞き込みを進めていたらしい恵衣くんが大股で歩み寄ってきた。


「やる気あるのか? ないなら帰ってくれないか、迷惑だ」

「ごめん恵衣。続けよう」


ため息をついた恵衣くんは右手に持っていた白いメモを私たちに差し出した。受け取って確認すると、住所と病院の名前が記されていた。


「お前らがちんたらしてる間に聞いた。次ここ行くぞ」

「これは?」

「被呪者の生徒が入院してるらしい」


決まりだね、と嘉正くんが頷いた。



「────なぁ来光、さっきの誰?」


被害者生徒が入院しているという病院へ向かう道すがら、我慢できなくなった来光くんがそう尋ねた。慌てた様子で泰紀くんがバカ!と小声で窘める。

友達の話題には触れないでおこうって少し前に話したばかりだ。


「あは、気遣わなくていいよ」


私たちがあえてその話題に触れていないことに気付いていたらしく、来光くんは笑って肩をすくめる。


「小学生時代の友達なんだ。三好みよし正信まさのぶ、同じクラスだったのは小六の時だけだったんだけど、出席番号が前後で仲良くなったんだ。クラスで浮いてた僕にも態度を変えずに接してくれてさ」


正信、だからノブくんなんだ。あだ名で呼ぶくらいだからきっととても仲良くしていたんだろう。


「前に言ったよね、悪いことばっかりじゃなかったって。ノブくんがそうなんだ。僕の唯一の親友……だった」


来光くんは自信なさげに目を伏せた。

過去形にしたのはさっきの正信くんとの微妙なやり取りが起因しているんだろう。


「6年の3学期……ちょうどその頃に神修への進学が決まったんだけど、僕その頃から卒業まで一回も小学校通ってないんだ。いわゆる不登校、みたいな」


ぽつりぽつりと話す来光くん。でもその表情は前よりも無理をしていない。来光くんが私たちに聞いて欲しくて、話しているのだと分かった。

みんなもそれに気付いたのか黙って続きの言葉を待っていた。


「不登校の間も何度か家に来てくれたみたいなんだけど、会わなかったんだ。卒業式にも行かなかったから、ノブくんに別れの挨拶をする間もなくお別れになってさ。その事、怒ってるのかな」


昔を思い出しているのか目を細めて遠くを見た。


「いい奴だったんだな、そのノブくんって」

「まあね。僕小さい頃から妖が見えてたんだけど、周りには何一つ理解して貰えなくてさ。でもノブくんは馬鹿にしたりせずに、僕に話をあわせてくれたんだ」


少し寂しげで、でもちゃんと楽しい思い出を懐かしんでいる顔だった。


「ごめん来光。あいつも嫌な奴なのかと思って、心の中で"何だよこのデブ"とか思ってたわ俺」


正直にそう申し出た慶賀くんに、みんなはぶっと吹き出した。あはは、とお腹を抱えて笑う。

そういうのは黙っていればバレないのに。まあその正直なところが慶賀くんのいい所なんだけど。


「今度ちゃんと話しかけようぜ、ノブくんに!」

「俺らにも紹介しろよ来光!」



来光くんの背中にのしかかった泰紀くん。来光くんは驚いた声を上げていつも通り「バカ止めろ!」と楽しそうに言う。

その時、


「おい」


一番前を歩いていた恵衣くんがいつもの険しい顔で振り返る。


「そろそろ集中してくれないか。学生とはいえまなびの社の神職として引き受けた任務だぞ」


いつも通りの正論だ。

今回ばかりはすべて恵衣くんが正しいので、慶賀くんは唇を尖らせながらも「わーったよ!」と素直に聞き入れる。


「あとお前」


来光くんを睨んだ。警戒した顔で「何?」と聞き返す。


「お前が過去に酷いイジメにあってようが、俺には関係ない。過去に気を取られて今目の前のことを疎かにされたら迷惑だ」


な、と驚きのあまり声を失ったのは来光くんではなく私だった。けれど私が何かを言う前に、目の前を人影が横切る。


「おい恵衣いい加減にしろよ」


怒りに震えたその声の主は嘉正くんだった。

震える手で恵衣くんの胸ぐらを掴んだ嘉正くんはこれまでに見たこともないほど怒りを顕にした顔で恵衣くんのからだを激しく揺する。


「言っていい事と悪い事の区別もつかないのか?」

「正論を口にして何が悪い」

「お前のその正論が人を傷つけてるって分かんないかな」


一触即発の雰囲気に湧き上がっていたはずの怒りさえも吹き飛ぶ。


「もういいから嘉正!」


声を上げたのは来光くんだった。

驚いた嘉正くんは手の力を抜いた。その瞬間恵衣くんは素早く手を振りほどき、険しい顔で制服を整える。


「もういいから」

「でも来光────」

「お願い」


たった四文字のその言葉には、言葉以上の感情が籠っているように感じだ。

もうこれ以上惨めな思いはしたくない、そう言っているように聞こえた。

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