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初依頼
参
しおりを挟む「────え! 巫寿ちゃんも授力持ちだったの!?」
3日前から始まった志らくさんとの「鼓舞の明マスター講座」。志らくさんが会社から帰宅し夕拝を済ませたあと、神楽殿で一時間ほど稽古をつけてもらっている。
しかし今日は夕方からのご祈祷の予約が詰まっていて忙しいらしく中止になったので、慶賀くんたちと街へ繰り出すことになった。
近くの駄菓子屋でお菓子を買ったあと河原を目指して歩いている時に、ふと「そう言えば巫寿、最近志らく巫女と何してるの?」と嘉正くんに尋ねられた。
言葉につまり少し悩んだ結果、「実は……」と自分が鼓舞の明を持っている事を打ち明けた。今黙っていても、二ヶ月間ほぼ毎日稽古をつけてもらっていればいずれはバレることだ。
驚いたみんなが声を上げる。来光くんはとりわけ驚いていた。
「うん、実はそうらしくて。黙っててごめんね」
「いやいや、謝らないで。空亡戦以降は授力持ちも自分の力を隠すような風潮になったしね」
嘉正くんが笑って手を振る。その反応にほっと息を吐いた。
「本庁への保有者証明の届けも任意になったしね。僕は編入時に役員の口車に乗せられて提出したけど」
苦い顔をした来光くんが肩をすくめる。聞きなれない単語に、保有者証明?と聞き返した。
「どんな授力を持っているのかを届け出るんだよ。授力によっては個別で仕事が来たりするんだって。僕は学生だからまだ一度もないけど、将来的には御守とか御札を書く依頼が沢山来るんだって」
へぇ、と目を丸くする。
そういうシステムもあるんだ。
私は言霊の力の保有者届けも出されていなかったらしいから、おそらく授力保有者の届けも出されていないだろう。
届けは出した方がいいんだろうか?
今度機会があれば禄輪さんへ聞いてみよう。
「なるほどな、じゃあ巫寿は志らく巫女と鼓舞の明を使う練習をしてたってわけか」
「練習……練習、なのかな?」
「え、違うの?」
怪訝な顔をした慶賀くん。私は眉間に皺を寄せて首を傾げる。
ここ数日の志らくさんとの稽古内容を思い出す。
一日目は本当に普通だった。神楽の授業で富宇先生に巫女舞を習っている時と同じで、決められたステップをひたすら覚える作業だ。
様子がおかしくなったのは二日目からだ。
『さぁ、感じるんや巫寿ちゃん! あんたの中に眠る鼓舞の明の真髄を!』
両手をばっと広げて天を仰いだ志らくさんに首を傾げる。
『ほら! 巫寿ちゃんも手ぇ広げて!』
訳が分からないまま志らくさんに言われた通りに両手を広げて天を仰ぐ。神楽殿のこっくりした茶色の天井をじっと見つめる。
そのまま五分無言で見つめたあと、我慢できずに「これ何ですか?」と尋ねた。
『言うたやろ? 決まった型を踏むこととが一割、フィーリングが九割って』
『あ、はい……』
『これはフィーリングの稽古や。自分の中にある"鼓舞の明"を感じ取って、それを表現するための稽古』
志らくさんはすぅー、と鼻から息を吸って口から深く吐き出す。
『表現するための……?』
『そ。鼓舞の明に音楽はないやろ? だから自分の中にある鼓舞の明に刻まれたリズムが音楽になる。型は決まっててもどう表現するかは決まってない、それも巫寿ちゃん次第なわけや』
まだイマイチ理解できなくて「はぁ」と曖昧な返事をする。
『私が教えてもあんまり参考にならんて言うたんはこう言うことやねん』
あはは、と志らくさんが笑う。
『鼓舞の明に"正解"はないからな』
そういう訳で二日目と三日目はひたすら神楽殿の天井を見つめるだけで一時間が終わった。二日間見つめ続けて分かったことといえば、神楽殿の天井は埃がひとつもないということだけだった。どうやって掃除をしているんだろう。
「……まぁそんな感じで、まだ何の進捗もなくて」
「鼓舞の明ってそんな感じなんだな。俺何も持ってなくて良かったわ」
泰紀くんが「ひぇ~」と大袈裟に自分の体を抱きしめて肩を竦めた。
すんなりと使えるようになるとは思っていなかったけれど、まさかこんなにもお先真っ暗だとは。
はぁ、と肩を落とす。
志らくさんは『私も使えるようになるのに三年かかったし気長にやろ』と励ましてくれたけれど、三年という数字にもまた気が遠のきそうになった。
昇階位試験に間に合えばいいな、なんてぼんやりと考えていた少し前の自分に膝詰めで説教したい。
「まぁ巫寿ってコツが掴めたら早いじゃん! そう気を落とすなよ!」
慶賀くんが励ますように私の背中を叩いた。ありがとう、と力なく笑う。
「それにしても、鼓舞の明って────」
「あれ、お前もしかして死神じゃね?」
来光くんが何か言いかけたその時、向かいから歩いてきていた学生服を着た同い年くらいの男の子三人組が足を止めてこちらに向かって声をかけてきた。
明らかに仲間うちの会話ではなく、私たちの方へ向けて発せられた言葉だった。
私達も足を止めた。
ヤンチャそうな三人の顔をよく見るも見知った顔では無い。皆も同じような反応をしている。
「やっぱりお前死神よな!!」
「やべー! お前こんなとこで何してんの!?」
訳が分からず困惑していると、男の子たちが駆け寄ってきた。
驚いて一歩後ずさるも、彼らは私たちには見向きもせず一人に駆け寄る。親しげと言うには少し違和感がある感じで彼の肩に腕を回した。
「久しぶりやな死神! 今なにしてんの!?」
「何その制服だっさ! どこ高?」
「死神~、何固まってんねん! 俺ら感動の再開やろ!」
目を見開き、顔を強ばらせた来光くんが彼らの顔を見回す。僅かに口が動いて微かな声で彼らの名前を呼ぶ。
彼らが死神と呼んだのは、来光くんだった。
男の子のひとりが来光くんの背中を叩いた。手加減のないその勢いに来光くんがつんのめる。表情が強ばったのが見えた。
私が声をあげるよりも先に、他のみんなが前に出た。嘉正くんが来光くんの手を優しく引いてこちらに引き戻す。険しい顔で彼らを睨んだ。
「君ら来光の友達? でも友達なら何でもしていいって考えはかなり浅はかだよ」
凛としてそう言い切る嘉正くんに、彼らの表情が曇る。
「は? 何コイツ」
「どちらさん? 部外者は黙っといてくれへん?」
彼らの声のトーンに呪が混じった。嘉正くんの隣に、慶賀くんと泰紀くんが並ぶ。二人は目を釣りあげてへの字口で顎を突き出した。
「おうおうおう、誰が部外者だって? 来光は俺らの友達だつーの」
「何やねんワレェ、喧嘩売っとんかボケェ、やんのかアァン?」
「慶賀、今は違う」
慶賀くんの微妙な関西弁に嘉正くんが冷静につっこんだ。
「昔の友達かもしれないけど、今は俺らの友達だ。友達に危害を加えられて黙って見てる訳ないでしょ」
「お前ら、親しき仲にも礼儀ありって言葉知らねぇのか? 知っててやってんなら、それはそれでクズだけどな」
「一昨日来やがれやなんやでぇ!」
「だから慶賀、今は違う」
三人が慶賀くんの前に並んだ。私も震える来光くんの背中にそっと手を当てて彼らを睨んだ。
「な、何やねんこいつら」
「意味わからんし、キッショ!」
「シラケるわほんま」
男の子たちは不機嫌そうに顔を歪めると私たちにそう吐き捨てる。行こ、とお互いに顔を見合せてすたすたと歩き出した。
一人、ずっと彼らの後ろに立っていた眼鏡をかけた少しぽっちゃりした男の子が、来光くんをじっと見つめている。何か言いたげで、何かに怒っているようなその表情だった。
「おいデブ! さっさと来ぃや!」
先に歩いていった三人が振り返って叫んだ。彼は一瞬泣きそうな顔をして、ぐっと堪えるように唇を噛み締めると走り出した。
「あっ、逃げるな! 待たんかいワレェ!」
慶賀くんが追いかけようとして、「もういいから!」と来光くんがその腕を掴んだ。俯いたまま慶賀くんの腕をぎゅっと掴む。その肩が震えているのが分かった。
「来光……?」
「大丈夫か?」
「来光?」
皆が不安そうに来光くんの周りを囲む。
来光くん?と私も顔をのぞきこんだその時、「ブハッ」と吹き出した来光くんが顔を上げたかと思うとお腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。
予想外の反応にみんな目を点にする。
「ら、来光? お前、頭おかしくなっちまったか?」
「あははっ、大丈夫おかしくなってない。だってあんなの笑わずにいられないでしょ! なんだよ"一昨日来やがれやなんやでぇ"って! めっちゃエセ関西弁だし!」
ひぃ、と目尻の涙を脱ぐった来光くんは「堪えるの大変だったよ」と息を吐く。
「な、なんだよぉ! 俺はお前のためを思ってだなぁ……」
「分かってるよ、ありがとう」
頬を赤くしてむくれた慶賀くんに、来光くんがパシパシと肩を叩く。
「にしてもアイツら何なんだ? 友達にしては嫌な感じだったけど」
「あんまりとやかく言いたくないけど、付き合い方考えた方がいいと思う」
二人の言葉に私も頷いた。
泰紀くんも言っていたけれど、親しき仲にも礼儀ありだ。友達とはいえ遠慮なしにあんなに強く叩いたり、変なあだ名で呼ぶのはあまりにもひどい。
「友達じゃないよ。ただの小学校時代のクラスメイト。……いや。"ただの"ではないか。"タチの悪い"クラスメイト」
来光くんのその言葉に、みんなの表情が曇る。
「今はもう平気だし、小学生の頃なんてそういうものでしょ? ほら、クラスの中で一番暗くて大人しくてオドオドしてる奴をいじるみたいな。あの頃の標的が、僕だっただけ」
来光くんは目を伏せて、いつも通りの口調でそういう。
でももう平気なら、指が白くなるまで力いっぱい手を握りしめたりしないはずだ。もう平気なら、そんなに声は震えないはずだ。
「あれ、もしかして変な空気にしちゃった? ごめんごめん、申し訳ないし僕先に帰るよ。じゃあ」
俯いた来光くんが足早に私たちの間を通り抜けて歩いていく。私たちはその背中を見送ることしか出来なかった。
来光くんを追いかけるかどうか話し合って、結果今はそっとしておくことにした。
そのまま目指していた河原に向かい、川が見下ろせる位置に並んで腰を下ろした。少し気まずい沈黙が流れる。
「あいつ小学生の頃、あんまいい思いしてなかったんだな」
来光くんが当時されてきた事に明確に名前をつけなかったのを慮ってなのか本来の優しい性格ゆえなのか、泰紀くんは眉根を寄せてそう呟く。
いやでもどんな幼少期を過ごしていたのかを想像できた。
「あんなサイテーなあだ名、冗談でも付けるもんじゃねぇだろ! 来光のやつ何で何も言い返さねぇんだ? 俺らにはしょっちゅうブチギレるくせによぉ!」
慶賀くんが軽蔑する目で空を睨んだ。
「来光のいない所で俺らが色々言うもんじゃないよ。来光が話さないなら俺らももう話さない、忘れてやろう」
そうだね、と相槌を打つ。私も自分のいない所であれやこれやと詮索されるのは良い気がしない。
「何だよ嘉正、薄情だな!」
「薄情? 何言ってんの。友達馬鹿にされて黙ってると思う? 今頃あいつらトイレとお友達だよ」
ふふ、と笑った嘉正くん。でもその目は笑っていない。瞳の奥に青い炎が静かにめらめらと燃えている。
「えげつねぇなお前」
「ナイス嘉正!」
浮かない顔をしていた二人がにやりと口角を上げる。嘉正くんも不敵に笑った。
一体あの数分間で彼らに何をしたんだろう。どうやら彼らは怒らせると一番怖い人を怒らせてしまったようだ。
気の毒だとは思うけど可哀想だとは思わない。それくらいじゃ反省しないとは思うけれどちょっとは苦しめばいいなんて思ってしまう。
「とにかく来光が話したがらないならこれ以上は詮索しないこと。帰ったらいつも通りにしてやること。いい?」
「リョーカイ」
「たく、わーったよ」
私もうん、と頷いた。
晩御飯の少し前に帰宅すると、台所で千江さんの手伝いをする来光くんの姿があった。私たちと目が合って「あ……」と少し気まずそうに目を泳がす。
「来光今日の晩飯なにー?」
慶賀くんがその背中にのしかかる。
驚いて慶賀くんを見上げたあと一瞬泣きそうな顔をした来光くんは直ぐにいつも通りの調子で「危ないだろ!」と慶賀くんを叱りつける。
「お、なに今日トンカツ? 千江さんウスターソースある~?」
「はぁ? トンカツは醤油でしょ」
「お前ら正気か? トンカツは塩だろ」
「貧乏くせぇ!」
教室でいつも繰り広げられている景色だ。怒りながらもどこか楽しそうな横顔にホッとする。
お前らは何!?と三人が私と嘉正くんを見た。嘉正くんと目を合わせる。
「私の家はとんかつソース、かな」
「だよね、うちも。お前らが変なんだよ」
「なんだよお前ら冒険心がねぇな!」
「ええ……」と二人して苦笑いをうかべた。
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