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神社実習

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「イチ抜けた~」

「はい来光ウノって言ってねぇからペナルティ」

「ちゃんと言ったし僕」

「ツーターン前にな。さっきのターンでは言ってないからペナルティ五枚~」

「もう僕の負けでいいよ。飽きた!」


新幹線に揺られること三時間、そこから在来線に乗り継いだ私たちは実習先の"まなびの社"を目指していた。

今日から待ちに待った神社実習だ。

まなびの社は京都は京都でも市内から程遠い日本海側にあるらしく、新幹線を降りた京都駅からまた特急に乗り換えてかれこれ一時間近く揺られている。

朝学校を出発してからみんなが持ち寄ったトランプ、花札、かるた、と様々なカードゲームをして時間を潰してきたけれどそろそろ皆飽きてきている。

恵衣くんはわざと私たちから距離を取った席に座ってずっと眠っている。


「なー、降りる駅まだ?」

「あと三十分くらいかな」

「遠すぎ! なんで俺らは鬼脈きみゃく使っちゃダメなんだよ~……」


慶賀くんが窓の外を眺めながらため息をつく。

私たちがいる現世うつしよと妖たちが住む幽世かくりよの繋ぎ目の役割を果たすその場所を私たちは鬼脈と呼んでいる。

各お社に設けられた鬼門きもんと呼ばれる鳥居が開いていれば誰でも自由に出入りする事ができて、そこを通ればかなり近道が出来る。

どういうからくりなのかは分からないけれど禄輪さんいわく、ひもの端と端が現世と幽世だと考えてその紐を複数束ねて真ん中で結んだその結び目が鬼脈になるらしい。


「鬼脈通るための迎門げいもんの面、一枚いくらすると思ってんの。一枚三万だよ、行きだけで三万」

「えっ、そんなにすんの!?」

「知らなかったの? 帰省する時どうしてたのさ」

「だって毎回実家から送られて来るしぃ」


唇を尖らせて言い訳する慶賀くん。

慶賀くんの実家もそれなりに大きなお社だったことを思い出す。

前に聞いた話では、十五代前の宮司に慶賀くんのお家である志々尾ししお家の人が選ばれて、それからはずっと志々尾家の人が宮司の職に就いているらしい。

大きな社の宮司の家系、お坊ちゃんという訳だ。そりゃ迎門の面の値段も知らないだろうなぁと肩をすくめる。


「使っていいのは海を越えなくちゃいけない北海道か沖縄の社に行く人だけなんだって」

「へぇ~。あ、じゃあ聖仁さんと瑞祥さんじゃん! あの二人たしか北海道だったよな?」


そんな話をしていると、ポケットに入れていたスマホがブブッと震えた。メッセージが届いている。送り主はちょうど話をしていた瑞祥さんからだ。

トーク画面を開けて、一緒に送られてきていた写真を叩いて吹き出した。


「瑞祥さんと聖仁さん、鬼脈は使わず交通機関で行ってるみたいだよ」


怪訝な顔をしたみんなが振り向く。

スマホの画面を見せた。在来線の電車に乗って、有名なイカ飯の駅弁を頬張る二人が笑顔で写っている。


「うわっ、ずりぃ! 俺達も駅弁買えばよかった!」

「俺も駅弁食いてぇ!!」

「お前らが昼はマックがいいって言ったんじゃん」

「そうだけどさぁ~!」


やがて私たちの降りる駅が次の停車駅であることを知らせるアナウンスが流れた。

文句言ってないで片付ける、と嘉正くんに促され二人は渋々手を動かし始めた。


街の主要駅からバス一本で20分。賑やかとまでは行かないけれど、神修がある山奥と比べれば圧倒的に栄えている街中の端の方にまなびの社はあった。

道が整えられた広い鎮守の森は日中は街の人たちのお散歩コースになっているらしい。機嫌よく歩く柴犬に手を振った私たちは、社頭へと続く分かれ道を歩く。

5分もしないうちに朱色の鳥居が見えて「おっ」と慶賀くんが声を上げ駆け出した。皆もその背中に続く。

鳥居のそばに佇む人影があった。紫色の袴に汚れのない真っ白な白衣、神職の装束を身につけた白髪の老人だった。


「迷わず来れたみたいやな」


意志の強そうな目を細め、目尻の皺を深くして微笑んだその人。私たちには馴染みのないイントネーションだった。


「まなびの社へようこそ。現宮司の花幡はなはた吉祥きっしょうや。二ヶ月間、しっかり働いてもらうで」


のんびりとした口調ながらも背筋がぴんと伸びる威厳がある。私たちはお互いに顔を見合せたあと、深々と頭を下げた。


「二ヶ月間、よろしくお願いします!」





吉祥宮司ぐうじに案内されて、まなびの社へ入った。

神楽殿に宝物殿、授与所に社務所、会館まである。建物数は多いけれど敷地がそんなに広くないようだ。

御祭神の愛志鳴菊良比売まなしなのくくらひめを御祭りする本殿の他に五つの社殿があり、愛志鳴菊良比売にゆかりのある御祭神が祀られているらしい。

敷地を守るように広がる鎮守の森は松の木の森だ。すっと鼻を通す爽やかな深い木の匂いが社頭中に広がっている。

鳥居と同じ朱塗りの柱に白壁の本殿の前にみんなで並んで手を合わせる。

本来は本殿前へと続く参道にいるはずの狛犬が本殿の軒下に鎮座していて、雨宿りをしているみたいでとても可愛らしい。

二匹の狛犬と御祭神さまにしばらくお世話になりますと頭を下げる。


「ほな社務所で神職の紹介しよか。そんなに人数おらへんのやけど」

「神職さまは何人いらっしゃるんですか?」


嘉正くんがそう尋ねる。


「権宮司が一人に禰宜が一人、本巫女が三人。職員が一人、これは僕の妻で元本巫女やから色々教えてもらうとええよ」


この規模の社にしては神職が少ない。少数精鋭なのだろうか。

こっちや、と案内された二階建ての社務所にぞろぞろと足を踏み入れた。


「おーい、学生さん来はったで」


吉祥宮司のその声で作業していた神職達がぱっと顔を上げると、そろりと立ち上がった。

 紫色と浅葱色の袴姿の神職がいる。紫袴の男性は禄輪さんくらいの年齢で、眉間にぎゅっと皺を寄せて口を一文字にして私たちに頭を下げた。


「うちの権宮司や。顔は厳ついけどお笑い好きでうちのユーモア担当や。笑いのツボ浅いから、不用意に笑かさんといてや」


厳しい顔のまま頭を下げた権宮司。

えっと……それは関西風のジョークなんだろうか? どう見てもこの人がここのユーモア担当には見えないのだけれど。


よろしくお願いします、と順番に頭を下げた私たち。権宮司がブホッと吹き出してくつくつ笑いながら席に戻る。


「今何か面白い事あった?」


慶賀くんが小声で真剣にそう尋ねてきた。本当に分からないので首を振る。


「ほんでこっちが禰宜。皆の事はこの禰宜とあとから紹介する巫女が面倒見るからな」


権宮司よりかはひと周りほど若い男性だ。細いフレームの銀縁眼鏡をかけ、優しそうな目を糸のように細めて柔らかく笑う。


「初めまして。よろしくお願いします」自分たちのような学生にも丁寧に頭を下げた禰宜。

その瞬間、恐らく全員が「この人はいい人だ」と思ったに違いない。


「ちなみにこいつは優しそうに見えてえらい腹黒や。見た目信じたら痛い目見るで」

「ふふふ、やめてくださいよ宮司。僕の腹は真っ白やないですか。それ以上余計なこと言うたら後悔しますよ」


怖い怖い、と笑った宮司に皆は絶句する。

一体誰を信じればいいんだろ、来光くんの呟きに深く頷いた。

なんだか個性豊かなお社だな……。

その時からからと戸が開いて、松葉色の袴をきた年配の女性が一人と、緋袴を身につけた20代くらいの若い巫女二人が社務所へ入ってきた。


「あれ、もう着きはったんやね。学生さん来たらすぐ呼んで言うたやん」


松葉色の袴の女性が宮司に親しげに声を聞ける。松葉色の袴は神職では無い神社関係者の装束だ。

少しふっくらした小柄な人で、整えられたキリッとした眉に目元と口元にくっきり付いた笑い皺。今もそうだけれども若い頃は美人だど騒がれていたんだろうなと想像がついた。

その人は高い鼻を私たちに向けてにっかりと笑った。


「初めまして、遠いところからよう来てくれたね。職員の花幡はなはた千江せんこうです」


職員、ということはこの人が吉祥宮司の奥さんなんだ。

みんなと顔を見合せてもう一度「よろしくお願いします」と頭を下げた。

出掛けている巫女一人を除き神職全員の紹介がひと通り終わると、二ヶ月間お借りする部屋へ案内された。

唯一の女子である私は一人部屋を貰えた。男の子たちは五人で二部屋で、別れる前に部屋割りでとても揉めていた。なんでも二人部屋がベッドらしい。

荷物を簡単に解いて持ってきた白衣と白袴に着替える。奉仕の期間は出仕の装束であるこの服装で奉仕なんだとか。

最後に髪を結び直して前髪をピンで留めた。


「よし!」


前合わせを正して気合を入れる。

まずは奉仕報告の儀、御祭神さまへ二ヶ月間奉仕する事をご報告する神事だ。


奉仕報告の儀が終わるとそのまま私たちの歓迎会が催された。神職の社宅に使われている二階建ての建物の二階、広い居間のテーブルに所狭しと並べられたジャンクフードや洋食の数々に私たちは目を輝かせる。


「毎年学生さん来る度にホンマにこれでええんか思うけど、みんな同じように目ぇ輝かせて喜んでくれはるから安心するわ」


慣れた手つきで私たちのコップにサイダーを注いでいく千江さん。そのサイダーにも感動していると、権宮司がブホッと吹いた。

神修の食事は三食和食。肉料理も出てくるけれどみぞれ煮だったり照り焼きだったり、洋食が出てくることはない。和食が好きな私ですら二学期の中頃には音を上げた。

さらに学生のほとんどが実家はお社、もしくはどこかのお社の社宅に家族で住んでいる。年配者の多いこの界隈では自然とどこでも精進料理のようなメニューばかりになる。

だから神修の学生は常に油っこいもの、肉、麺にとても飢えている。

頂きますと皆の手が延びるタイミングはほぼ同じだった。

スパゲッティのトングの取り合いにそっちのハンバーグの方が大きいいや俺が先に取ったから俺のものなんて不毛な争いが各所で発生する。


「はいはい、まだまだあるから気ぃ済むまで食べな」


千江さんがどこか嬉しそうに私たちにそう声をかける。

ゲホゲホとむせながらありがとうございます!と皆が頭を下げた。


「にしてもええ食いっぷりやなぁ。この子ら帰る頃にはうちの社潰れるんちゃうか」

「嫌やわお父さん、縁起でもないこと言わんときよし」


晩酌を始めた吉祥宮司がもう早速赤い顔をさせて楽しそうにそう言う。千江さんは呆れたように息を吐いた。呆れながらもその顔は優しい。

それだけで二人がとても仲の良い夫婦なんだと分かる。


「……なぁなぁ巫寿! まなびの社ってもしかして超大当たりなんじゃね?」


口いっぱいにご飯を詰めた慶賀くんがそんなことを耳打ちする。

確かに社の立地も良く、規模もそこそこ大きい。仲のいい宮司夫妻に少し癖は強いけれど優しそうな神職さまたち。それに私達のことをこうして歓迎してくれる。

初めての神社実習だけれど、恵まれた環境なのはよく分かる。

だね、と小声で返事をするも、慶賀くんはチキンに夢中になっていた。

千江さんに学校での話をたくさん質問されてそれに応えながらご馳走を楽しんでいると、19時の少し前になって一階の玄関がドタバタと賑やかになった。

軽やかな足音が聞こえて、居間の襖がパンと開く。


「お父さんもうすぐ19時やで! 夕拝の時間やのに何してるん!」


現れたその人の顔を見て驚いた。

その人は紺色のジャケットに白いパンツスーツの、いわゆるオフィスカジュアルと呼ばれる格好をした若い女性だった。

ショートボブの黒髪を左だけ耳にかけた髪型に、意志の強そうな凛とした瞳。ツンと上を向いた小さな鼻に自然と弧を描いた唇。

ほだかの社の屋根裏で見た両親たちの写真。禄輪さんの隣で微笑んでいた女性、先代の審神者である志ようさんと瓜二つの顔立ちだったからだ。

目が合った。水晶玉のように透き通った黒い瞳が私をじっと見つめる。


「ああそうか! 今日から学生さん来はるんやったね! 挨拶遅なって失礼しました」


少し恥ずかしそうに頬を赤くした彼女は、乱れた衣服を整えてその場に座ると、すっと前に手をついて綺麗な所作で頭を下げた。

頬に落ちた髪を耳にかけ直した彼女が笑う。写真でよく見た志ようさんの所作にそっくりだった。


「初めまして。まなびの社の本巫女、花幡はなはたらくです」



ほんならそろそろ夕拝ゆうはいしよか、吉祥宮司のその一言で神職さまたちがゾロゾロ立ち上がる。


「君らは明日からでええよ」

「そやな、見に来たい子だけ見においで。うちの夕拝は他とは少し違うから面白いで」


千江さんの言葉に面白い?と目を瞬かせる。

社を開く挨拶をするのが朝拝ちょうはいと夕拝の神事だ。本来は大祓詞おおはらえことばを奏上した後、社頭にある全ての社殿を順に参拝する。神修でも平日は毎朝参加を義務付けられていた。

正直面白い事なんて何一つないはずなんだけれど、どういうことなんだろう。

みんな同じことが気になったのか「参加します」と箸を置いて立ち上がる。


「おお~、今年の学生さんはやる気満々やね。ほんなら私も張り切らんとな!」


ふん、と鼻を鳴らして腕まくりをした志らくさんは「着替えてくる!」と居間を飛び出した。



神楽殿に神饌しんせんを用意して灯り灯す手伝いをする。神修の朝拝と同じだ。ただ一つ違うとすれば────。


「"どうして神楽殿なんだろう?"」


後ろからそんな声が聞こえて驚いて振り返る。眼鏡の奥の目を細めた禰宜が三方を手ににこにこ笑って私を見下ろしている。


「心を読んだわけじゃないですよ。巫寿さん、存外顔に出やすいんですね」


そんなにわかりやすい顔をしていただろうか、と少し熱くなった頬に触れる。


「仰る通りです。どうして神楽殿なのかなって。朝拝や夕拝って本殿で行うものですよね?」


神饌を並べた禰宜は私が置いた三方の向きを正して笑う。


「見ていれば分かりますよ」


やがて用意が整うと吉祥宮司以外の神職さまが祭壇から距離をとって着座する。その事も不思議に思いながら、私達も末席に並んで座った。

その時、神楽殿の入口の戸が開いてちりんと可愛らしい鈴の音色が聞こえた。みんなが振り返る。

志らくさんだった。ジャケットを脱いで巫女装束に着替え、巫女舞を奉納する際の正装である千早と梅の花が着いた髪飾りを身に付けている。

メイクも落としたのだろう。血色の良い白い肌にほんのり赤い唇。志らくさんの凛とした雰囲気が際立っている。それにお化粧をしていなければ、いっそう志ようさんに似ている気がした。

鈴の音色は彼女が握る巫女鈴の音色だった。

数分前までの彼女とは違う、研ぎ澄まされた朝の社頭のような雰囲気を纏った志らくさんは足音を立てずに祭壇の前へ進むと、宮司の斜め後ろに座った。

それを確認した宮司がゆっくりと頭を下げる。すっかり気を取られていた私達も慌ててそれに習って床に手を着いた。

そのまま大祓詞の奏上が始まり、何かが起きることもなく私たちは最後の一文を諳んじた。吉祥宮司は深くお辞儀をすると祭壇の前を離れ、権宮司の隣に座る。

祭壇の前には志らくさんだけになった。

立ち上がった志らくさんは祭壇の真ん中へ歩みを進めると、真ん中で深く頭を下げた。顔を上げると少し間をおいて巫女鈴を体の前に置き、右手で扇子を広げ顔の横にすっとあげる。

あれ、これってもしかして────。

どこからともなく流れ出した笛の音色に合わせて、志らくさんはゆったりと水の中を動くように舞う。


「これ……浦安の舞だ」

「巫寿が神楽部かぐらぶの皆と奉納祭で舞ったやつだよな?」


泰紀くんがこそっと耳打ちしてきて、こくりと一つ頷く。

二学期の学習成果を発表する奉納祭で私が所属する神楽部の女子部員全員で演舞したものだ。

志らくさんの背中を見つめる。

今まで沢山の神楽舞を見てきた。2年生の瑞祥さんは学校内で一番上手いし、先生に見せてもらったお母さんの舞う映像は高校一年生の時に学校代表に選ばれた時のものだった。

神楽部部長の聖仁さんは男の人なので倭舞だけれど、女の私が思わずうっとりしてしまうくらい優美に舞う。

みんな凄く上手かった。志らくさんも上手いのだけれど、正直今挙げた3人より上かと言うとそうでも無い。

けれど志らくさんの舞は、その三人を圧倒するほどの"重み"があった。その一挙手一投足がまるで京都にある古いお寺の柱のように重厚感があって、舞そのものに歴史を感じる。動き一つ一つが歴史の積み重ねにより洗練されて行ったんだろう。

圧倒される、彼女が舞った軌跡には大きな波が押し寄せている様な錯覚さえ覚える。

綺麗や上手いという言葉は相応しくない、それは荘厳な舞だった。



夕拝が終わってあやかし達のための社が開き、権宮司と禰宜を除いてまた皆で社宅へ戻ってきた。

千早と頭飾りを外した志らくさんが「お腹空いた~」と鼻歌交じりに席に座る。


「志らく、ご飯食べる?」

「食べる食べる。大盛りにしてお母さん!」

「はいはい。皆もおかわりいったら言うてや」


いそいそと台所へ向かって行った千江さん。

お母さん、と彼女が呼んだことにより予想は確信に変わる。イタダキマース、と手を合わせた志らくさんに「あの」と声をかける。

志らくさんは「んー? どした?」とチキンにかぶりつきながら首を傾げた。


「志らくさんは、志ようさんの」

「え、おねえ? 巫寿ちゃんお姉と知り合いやったん?」

「やっぱり志ようさんはお姉さんだったんですね。知り合いではないんですけど、お母さんとよく写真に写っていたんで」


ごくん、と飲み込んだ志らくさんは目を丸くした。


「確かさっき自己紹介で椎名巫寿って……お姉の友達がお母さんって事はもしかしてせんちゃんの娘さん!?」

「はい、椎名泉寿しいなせんじゅ椎名一恍しいないっこうの娘です。いまは禄輪さんが後見人で……」

「禄ちゃんとも知り合い!? 嫌やわもっと早く言うてや! 禄ちゃん元気してる? この春に帰ってきたんよね? 禄ちゃんったら遠慮して手紙ひとつ寄越さへんからさ~」


ばしばしと私の背中を叩く志らくさんにむせながら苦笑いを浮かべる。

お母さんや禄輪さんのことを親しげに呼んだので、志らくさんも皆とは顔見知りらしい。


「よく見たら泉ちゃんといっくんによう似とるわ~!」


手を伸ばした志らくさんは私の両頬を挟んでこねくり回す。

触られる分には問題ないのだけれど、志らくさんチキン掴んだ手まだ拭いてなかったような。


「志らくあんたそないベトベトな手で巫寿ちゃんのこと撫でくり回さんといて!」


台所から戻ってきた千江さんが志らくを引き剥がす。


「ベトベトって失礼な! 私の手はツルツルで……イヤァッ! 拭くの忘れてた!」

「ほんまこの子といい志ようといい……少しは女らしく出来んかねッ!」


ごめんな巫寿ちゃん、と傍にあった布で私の顔をゴシゴシと拭う志らくさん。

志らくさん、それ台布巾です。

そこから志らくさんはお母さんやお父さんたちの話をたくさん聞かせてくれた。

志ようさんとは歳が一回り以上離れているようで、神修で一緒に過ごしたのは志らくさんが初等部一年に入学し、お母さんたちが専科二年の年だけらしい。

でも長期休暇の時はお互いの家をよく遊びに行き来していたようで、よく世話になったのだという。


「志らくちゃん、そろそろ交代の時間やで」


禰宜が居間に顔を出した。

時計を見あげた志らくさんが「もうそんな時間!?」と慌てて残りのご飯をかきこむ。そして「ほんならお勤め行ってきます!」と最後に唐揚げをひとつ摘むと、もぐもぐ咀嚼しながら居間を飛び出した。

ほんまあの子は、と頭を抱える千江さんにくすくすと笑う。

志らくさん、とても元気な人だな。

二ヶ月間の神社実習はとても楽しくなりそうな気がした。


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