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出会い
参
しおりを挟む「幸さん、結婚してください」
「い、や、で、す」
「でも実家の方には婚約者ができたって言っちゃったんだよなぁ」
「はァ!? 何勝手に話進めてるんですか!?」
幸と出会ってからひと月ほどの月日が経った。
もはや恒例行事になった隆永の公開プロポーズを常連客たちは「またやってるよ」と温かい目で見守る。
「さっちゃん、そろそろ受けてやりなよ。親父さんも許してるんでしょ? 後はさっちゃんだけだよ」
「そうそう。それになかなかいい男じゃないか。こんな一途な男、滅多にいないよ」
常連客たちも最近では隆永の味方をする人が増えた。客たちの援護射撃に、脚立に乗って電球を換えていた幸は「そこ、好き勝手いわない!」と目を釣り上げる。
「もう、本当に! 皆してそんな事言って。大体私は隆永さんと結婚なんて────ッ!」
隆永を睨もうとして振り向いた幸が脚立の上でバランスを崩した。きゃあっ、と客たちの悲鳴があがる。
ガシャン!と激しい音が店内に響き渡る。
痛みを覚悟してきつく目を閉じたはずが、一向に衝撃は来ず温かい何かに包み込まれる感覚に幸は恐る恐る目を開けた。
隆永の焦った顔が真上にある。
「きゃっ、お姫様抱っこ! 隆ちゃん素敵!」
そんな常連客の冷やかし交じりの歓声に自分の状況をやっと把握する。
「な、な……っ!」
「幸さん大丈夫!? どこか打ってない!?」
いつも人のいい笑みを浮かべ、自分がどんな言葉や態度を取ろうとも飄々としている隆永が激しく狼狽えていた。
ゆっくりと幸を立たせるとまるで壊れ物にでも触れるように恐る恐る手に触れてくる。
「痛いところは!?」
「あ、えっと……大丈、夫」
己の体を見下ろして異常がない事をつたえると、隆永は肺の空気を全て吐き出す勢いでため息をついた。
「良かった。幸さん、あとは俺がやるよ。そもそも最初から俺がやれば良かったよね、ごめん」
幸の手から電球を奪った隆永は倒れた脚立を起こし始めた。
隆永さんが謝る必要はないのに。そもそも隆永さんは自分がやると最初に申し出てくれた。それなのに私が変な意地を張って自分でやるって言ったから、こんなことになったんだ。
「さっちゃん、大丈夫?」
「……あ。うん、大丈夫。ビックリさせちゃってごめんね~!」
「女手じゃ難しいことは隆ちゃんに頼りなよ」
微妙な空気が流れて、それを感じ取った常連客達は「そろそろ行くね」と手を振って店を出て行った。
脚立に登る隆永の背中を見あげた。
「これでいいかな? 幸さん、電気つけてみて」
「……うん」
言われた通りに電源を付けると、店内が一気に明るくなる。
「よし、上出来」
満足気に笑った隆永は軽やかに脚立から降りた。
倉庫に戻してくるね、と軽々と脚立を持ち上げた隆永は幸の横を過ぎて店の奥に入っていく。通り過ぎる瞬間に幸の頭をポンと叩いた。
叩かれたところをそっと押えた。自分とも父親とも違う骨ばった大きな手だ。
今までなんとも思わなかったはずの、いきなり自分の手を握ってくるような不埒なその手の感触がいつまでも残っている。
胸の鼓動がいつもより大きいのは、脚立から落ちてびっくりしたから。きっと。
その日の昼過ぎ、珍しく帰り支度を整えている隆永を幸はチラチラと気にしていた。今までは閉店時間までいたはずなのに、今日はまだ四時間しか経っていない。
商品のポップを書くフリをして隆永の気配を伺っていると「幸さん」と頭上から名前が呼ばれた。びくりと肩を震わせて顔を上げると、隆永が申し訳なさそうな顔で微笑み自分を見下ろしていた。
ばくん、と鼓動が波打つ。そんな自分に戸惑いが隠せず不自然に隆永から目を逸らした。
「ちょっと仕事の方が忙しくなって、今日はこれで帰るね。店手伝えなくてごめんね」
「べ、別にいいですよ。今まで私ひとりでやってきたし」
天邪鬼な性格はスラスラと意地っ張りな言葉を口にする。
「それと、これからそんなに頻繁に来ることが出来ないかもしれない」
「今までがおかしいんです。お仕事あるくせに毎日遊びに来て、何やってるんですか」
「あはは、耳が痛い」
隆永の顔をちらりと見上げて、自分の頬が熱くなった事で慌てて目を伏せる。
「落ち着いたらまた来るから、他の男作らないでね」
いつもの調子でおどけたふうにそう言った隆永は、厨房の清志へ声をかけに行った。一言二言言葉をかわすと、丁寧に頭を下げて隆永が戻ってくる。
「また来る」
そう言って幸の頭に手を乗せると、店を後にした。
触れられた頭に残った隆永の熱を確かめるように手を置いた。心臓はやはりばくばくと煩い。
「あ……お礼言ってない」
一瞬追いかけようか迷ったが、どうせまたすぐに来るんだろうと追いかけるのはやめた。
それに今顔を合わせたら頬が熱くなって上手く喋れる気がしなかった。
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