言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

文字の大きさ
上 下
73 / 253
出会い

しおりを挟む


「幸さん、結婚してください」

「い、や、で、す」

「でも実家の方には婚約者ができたって言っちゃったんだよなぁ」

「はァ!? 何勝手に話進めてるんですか!?」


幸と出会ってからひと月ほどの月日が経った。

もはや恒例行事になった隆永の公開プロポーズを常連客たちは「またやってるよ」と温かい目で見守る。


「さっちゃん、そろそろ受けてやりなよ。親父さんも許してるんでしょ? 後はさっちゃんだけだよ」

「そうそう。それになかなかいい男じゃないか。こんな一途な男、滅多にいないよ」


常連客たちも最近では隆永の味方をする人が増えた。客たちの援護射撃に、脚立に乗って電球を換えていた幸は「そこ、好き勝手いわない!」と目を釣り上げる。


「もう、本当に! 皆してそんな事言って。大体私は隆永さんと結婚なんて────ッ!」


隆永を睨もうとして振り向いた幸が脚立の上でバランスを崩した。きゃあっ、と客たちの悲鳴があがる。

ガシャン!と激しい音が店内に響き渡る。

痛みを覚悟してきつく目を閉じたはずが、一向に衝撃は来ず温かい何かに包み込まれる感覚に幸は恐る恐る目を開けた。

隆永の焦った顔が真上にある。


「きゃっ、お姫様抱っこ! 隆ちゃん素敵!」


そんな常連客の冷やかし交じりの歓声に自分の状況をやっと把握する。


「な、な……っ!」

「幸さん大丈夫!? どこか打ってない!?」


いつも人のいい笑みを浮かべ、自分がどんな言葉や態度を取ろうとも飄々としている隆永が激しく狼狽えていた。

ゆっくりと幸を立たせるとまるで壊れ物にでも触れるように恐る恐る手に触れてくる。


「痛いところは!?」

「あ、えっと……大丈、夫」


己の体を見下ろして異常がない事をつたえると、隆永は肺の空気を全て吐き出す勢いでため息をついた。


「良かった。幸さん、あとは俺がやるよ。そもそも最初から俺がやれば良かったよね、ごめん」


幸の手から電球を奪った隆永は倒れた脚立を起こし始めた。

隆永さんが謝る必要はないのに。そもそも隆永さんは自分がやると最初に申し出てくれた。それなのに私が変な意地を張って自分でやるって言ったから、こんなことになったんだ。


「さっちゃん、大丈夫?」

「……あ。うん、大丈夫。ビックリさせちゃってごめんね~!」

「女手じゃ難しいことは隆ちゃんに頼りなよ」


微妙な空気が流れて、それを感じ取った常連客達は「そろそろ行くね」と手を振って店を出て行った。

脚立に登る隆永の背中を見あげた。


「これでいいかな? 幸さん、電気つけてみて」

「……うん」


言われた通りに電源を付けると、店内が一気に明るくなる。


「よし、上出来」


満足気に笑った隆永は軽やかに脚立から降りた。

倉庫に戻してくるね、と軽々と脚立を持ち上げた隆永は幸の横を過ぎて店の奥に入っていく。通り過ぎる瞬間に幸の頭をポンと叩いた。

叩かれたところをそっと押えた。自分とも父親とも違う骨ばった大きな手だ。

今までなんとも思わなかったはずの、いきなり自分の手を握ってくるような不埒なその手の感触がいつまでも残っている。

胸の鼓動がいつもより大きいのは、脚立から落ちてびっくりしたから。きっと。


その日の昼過ぎ、珍しく帰り支度を整えている隆永を幸はチラチラと気にしていた。今までは閉店時間までいたはずなのに、今日はまだ四時間しか経っていない。

商品のポップを書くフリをして隆永の気配を伺っていると「幸さん」と頭上から名前が呼ばれた。びくりと肩を震わせて顔を上げると、隆永が申し訳なさそうな顔で微笑み自分を見下ろしていた。

ばくん、と鼓動が波打つ。そんな自分に戸惑いが隠せず不自然に隆永から目を逸らした。


「ちょっと仕事の方が忙しくなって、今日はこれで帰るね。店手伝えなくてごめんね」

「べ、別にいいですよ。今まで私ひとりでやってきたし」


天邪鬼な性格はスラスラと意地っ張りな言葉を口にする。


「それと、これからそんなに頻繁に来ることが出来ないかもしれない」

「今までがおかしいんです。お仕事あるくせに毎日遊びに来て、何やってるんですか」

「あはは、耳が痛い」


隆永の顔をちらりと見上げて、自分の頬が熱くなった事で慌てて目を伏せる。


「落ち着いたらまた来るから、他の男作らないでね」


いつもの調子でおどけたふうにそう言った隆永は、厨房の清志へ声をかけに行った。一言二言言葉をかわすと、丁寧に頭を下げて隆永が戻ってくる。


「また来る」


そう言って幸の頭に手を乗せると、店を後にした。

触れられた頭に残った隆永の熱を確かめるように手を置いた。心臓はやはりばくばくと煩い。


「あ……お礼言ってない」


一瞬追いかけようか迷ったが、どうせまたすぐに来るんだろうと追いかけるのはやめた。

それに今顔を合わせたら頬が熱くなって上手く喋れる気がしなかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...