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調べ物

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「これは?」

「読んだ」

「了解」


静かな文殿には淡々と書物の頁をめくる音が響く。

季節は過ごしやすい秋風が吹くようになって、夜に鳴く虫の声も移ろい始めた。

けれど依然として、神修の校舎は重苦しい空気が漂っている。部活動も変わらず自粛号令が出たままで、放課後から門限の間の時間を使って私たちは毎日文殿に集っていた。

目頭を抑えながらぐるりと首を回す。かたまった肩を拳で叩きながら、隣の席に並んで座るみんなを見た。

二年生の聖仁さん、聖仁さんと同じクラスの亀世さんと鶴吉さん。そして慶賀くん、泰紀くん、来光くん。

お調子者の二人でさえもが、一言も話さずに必死に書物の文字を追っている。みんなの表情は切羽詰まっていて今にも泣き出しそうなほどに必死だった。

まねきの社の瑞雲宮司ずいうんぐうじによって執り行われた平癒祈祷の儀は、効果を発揮しなかった。

実際には祝詞奏上は上手くいったし一部の怪我や病気が癒えたので効果はちゃんと発揮されているのだけれど、誰もが効果の発揮を願っていた例の病には少しも効き目がなかったのだ。


治病祈祷祝詞は病や怪我を癒す効果をもたらす祝詞だ。それが奏上されたということは、神職さまたちはあの病の正体がわかっていたのだと思っていた。

けれど実際はその正体が突き止められた訳ではなく、他に打つ手がなかったが故に半ば賭けの状態で平癒祈祷の儀が執り行われたのだと後から知った。

観月祭の夜、重体になった学生は初等部の四年生の女の子だった。

嘉正くんや嘉明くん、瑞祥さんではなかったことにホッとしてしまった自分が情けなかった。私がその子の友達の立場だったら、きっと心配でいてもたってもいられないはずだ。

なんとか一命を取り留めたらしいけれど、入院設備が整っているとはいえ医務室でそれ以上の対応は難しいということになり、明け方頃に"理解ある病院"へ移っていった。

平癒祈祷の儀は失敗に終わってしまったけれど、悪いことばかりでもなかった。あの祈祷を行ったおかげで、分かったこともある。

それは────。


「聖仁さん、これどう思いますか?」


来光くんが開いた書物の一箇所を指さしながら差し出した。無言で目を通した聖仁さんは、眉間に皺を寄せて突き返す。


「これは病に関する記述。言ったよね、平癒祈祷が効かなかったから、あれは病じゃないんだって。付き物か呪いか、それ以外なんだって」


普段の聖仁さんからは想像もできないほど苛立った冷たい声だった。


「す、すみません……」


しょんぼりと肩を落とした来光くんは重い足取りで席に戻る。それを見ていた鶴吉さんが、来光くんに歩み寄ってその肩を揉んで励ます。


「聖仁」

「何? 見つかった?」

「その前にお前はここの空気を悪くするのを止めろ。後輩が怯えてる」


亀世さんが私たちを指さした。

聖仁さんは二三度瞬きすると、深いため息をつく。そして両手で顔を覆うと、椅子の背もたれに体重を預け天を仰いだ。


「……ごめん、みんな」

「分かればいい。お前ら、そろそろ片付けるぞ」


その一声で皆はゾロゾロと立ち上がる。重い足取りで棚から持ってきた巻物や本を片付けに行った。

棚に本を戻しながら少し振り返ると、亀世さんがペシッと聖仁さんの頭を叩いて、鶴吉さんが聖仁さんの背中にのしかかっているのが見えた。

聖仁さんの表情は二人の背中で良く見えない。

みんな言葉には出さないけれど、心の奥にある不安は日に日に大きくなっている。

何もせずにただ待つだけなんて、私達には出来なかった。何かしていないと落ち着かないんだ。


「こんなに探してるのに、何も見つからないなんて」


来光くんが小さな声でそう呟く。


「神職さまも先生たちも、何してんだよっ……」

「このままだと、また────」


慶賀くんは口を噤んだ。その先の言葉は声に出すことすら怖かったんだろう。

明るさが取り柄だった慶賀くんや泰紀くんの笑っている顔をここ最近はずっと見ていない。

窓の外に目をやった。観月祭が終わってから、ずっと曇天が続いている。神修の上には分厚い雲がずっと広がっていた。


「────おい」


寮に帰ってきた私たちはそのまま厨房で夕飯のお膳を受け取って広間に向かった。

どこに座ろうかと話していると、後ろから多分自分宛に声をかけられて振り向く。

同じように夕飯のお膳を手に持った恵衣くんがそこに立っていた。


「恵衣くん……? どうしたの」

「……これ返す」


そう言って制服の袂から何かを取りだした恵衣くんはずんと私に差し出した。慌てて片手で受け取ると、それは無くしたと思っていた私のハンカチだった。

あ、と目を見開いて恵衣くんを見上げる。


「無くしたと思ってたの。拾ってくれてたんだ。ありがとう」

「は? お前が俺に渡したんだろ」

「え……?」


怪訝な顔をした恵衣くんに自分も首を傾げる。


「……観月祭の日」


ぽつりと呟くようにそう付け足した恵衣くん。


観月祭?

しばらく首を捻って「ああ……!」と手を打った。


そうだ、観月祭の日に恵衣くんに差し出した時に持っていたハンカチだ。

そう、それで恵衣くんに跳ね除けられて落としちゃって……そういえばその後色々あって落としたハンカチを拾い上げた記憶がなかった。

となるとやっぱり恵衣くんが拾っていてくれたんだ。


「クリーニング出したら、渡すの遅くなった」

「え……クリーニング?」


思わぬ単語に目を瞬かせた。

ただ地面に落としただけのハンカチを、クリーニングに出したの……?


恥ずかしいけど私なんて、地面に落とした程度なら土を払ってそのまま使う時だってある。クリーニングなんて冬用のダウンと年度末の春休みに学校の制服を出すくらいしか使った事がない。

通りで何となくパリッと仕上がっていると思ったら。


「えっと、ありがとう」

「……さっきも聞いた。何度も言ってたら安っぽく聞こえる」


相変わらずな物言いに苦笑いを浮かべた。


「えっと、これからご飯?」

「見れば分かるだろ」

「……私たちもこれからなんだ。良かったら一緒にどうかな」


私のその問いかけに恵衣くんは一瞬目を丸くした。

しかし直ぐに怪訝な顔で私を見る。


「どういう風の吹き回しだ? 気持ち悪い」


そうとだけ言うとスタスタと歩いていってしまった。

観月祭の日に初めてちゃんと面と向かって少し話をして、恵衣くんの事を少しだけ知れたような気がしたんだけれど。

その背中にため息をつく。

おーい、巫寿!と名前を呼ばれて皆の元へ歩み寄った。





「あ、薫先生から鳥が来てる」


朝、ホームルーム教室で朝礼が始まるのを待っていると、薫先生の代わりに鳥の形に折られた紙がコツコツと教室の外から窓を叩いた。

来光くんが窓を開けて中へ招き入れると、鳥はそのまま黒板に直進して、べシッと音を立てて潰れた。

ヨロヨロと床に落ちた鳥を拾い上げて折り目を解いて広げると、薫先生の字で「ごめーん、朝っぱらから任務入った」と書かれてあり、朝礼で伝える予定だったらしい伝達事項が綴られていた。


「げ、一限目入れ替えでで憑物呪法だって」


読み上げた来光くんが顔をしかめる。


「嘘だろ!? 俺まだ何にも予習して……ッ!」


慶賀くんの悲痛な叫びは言い終わる前に始業の鐘で掻き消される。

そしてそれと同時に教室の前扉が開いて、音も立てずに嬉々きき先生は教卓の前に立った。

条件反射のように席に座った私達を一瞥した嬉々先生。


「今日から新しい単元に入る。教科書367頁第八章蝦蟇がまが憑いた場合の人体における症状についてそもそも蝦蟇の憑物は人の耳の中に憑くとされており────」


慌てて机の中からノートを取りだして、板書の内容を書き写した。


蝦蟇、ヒキガエルの俗称だ。蝦蟇に憑かれた人の症状として耳が爛れたり膿が出たり、耳に関する症状が多いのだと教科書には書いてあった。

憑物の症状は普通の病気の症状とは違って、奇抜な症状が多い。

たとえば狐憑きなら、目付きが鋭くなって大食いになり、油をそのまま飲み干したりもする。

蛇付きなら四肢が腐り始め、狸憑きなら何度も気絶して人格が変わったように振る舞い体から毛が生えてくる。

文殿で例の原因不明の症状について調べている時、私は憑物に関連する書物を調べたけれど、風邪に似た症状をもたらす憑物はいくら探しても出てこなかった。

憑物じゃなかったとしたら、やっぱり何らかの呪いなんだろうか。

ノートの隅に「呪い?」と小さく書いてみる。

ふと手元に影がさしてハッと顔を上げた。

不揃いの長い前髪の間から不気味な目が私を見下ろしていた。思わず唾を飲み込んだ。

その目から、目が逸らせない。

私のその落書きをちらりと見た嬉々先生の血色の悪い薄い唇が弧を描いた。背筋にぞわりと冷たいものが走る。

嬉々先生は私に何か言うことも無くくるりと踵を返し黒板の前に戻る。そして何事も無かったかのように授業を再開した。

どくどくと大きく波打つ心臓を服の上から抑えた。無意識に止めていた息を細く吐き出す。

思い出した、以前嬉々先生が私達に言った言葉だ。

"一年の割にはなかなかの推察力だな。"

色々あって記憶の隅に追いやられていたけれど、私はその言葉がずっと引っかかっていたんだ。

まるで答えが分かっていて、私たちの考えが核心に近いとでも言っているようにも聞こえる。

嬉々先生は、何か知ってるの……?

チョークを握る青白い指をじっと見つめた。



「────確かにそんなこと言ってた気がするような」

二限目も先生の都合で変更になり、声楽の授業になった。

科目担当の奏楽そうらく先生が来るのを雅楽室で待ちながら、さっきの授業で思った事をみんなに話してみた。

来光くんがこめかみを指でトントンと叩きながらそう言う。


「そうだっけ?」

「ほら、漢方薬学の後だよ」

「んー?」


二人は記憶にないらしく、うーんと首を捻った。


「確かに発言は怪しいけど、それだけで疑うのは駄目だよ。前だって、それで嬉々先生を疑って結局は違ったじゃん」

「そう、だよね……」


一学期の鳥居の一件の時だって、あの場に居合わせたと言うだけで嬉々先生を疑って犯人だと決め込んでいた。


「でも、何か知ってそうな言い草だよなぁ」

「直接本人に聞いてみるか?」

「本気かよ泰紀! 聞いて答えるような人じゃねぇだろあの女!」


だよなぁ、と腕を組んだ泰紀くん。

このままじゃ八方塞がり、何にも進捗しない。今すぐにでもみんなを助けたいのに。

何か知っているんですか、と聞いたところで嬉々先生は何も答えてくれないだろうし。

一体どうすれば……。
 
あ、と声を上げた来光くんにみんなが注目した。


「忍び込む? 嬉々先生の研究室。犯人なら、何か証拠になるものが残ってるかも」


私たちは目を瞬かせた。


「お前……発想が俺らに似てきたな……」

「お前は引き返せる所で止まっとけ……」

「自分らが道踏み外してるのは自覚あったんだね!」


引いた顔で好き勝手言うふたりに、来光くんは目を釣りあげて噛み付いた。


「冗談はさておき、嬉々先生に話しかけるより難易度高くねぇか? それ」


神修の教員には職員室の他に各々の為の研究室がある。

神修は学校ではあるけれども学術研究機関の役割も担っていて、教員であると共に研究者という立場にあるから、というのを初めて薫先生の研究室を尋ねた時に教えて貰った。

薫先生の研究室はどちらかと言うと私室に近くて、大きなベッドにパソコンデスク、ソファーにテレビなんかがあった。

反対に豊楽先生の場合いかにもな研究室で、天井まで届くほど大きな薬棚が壁一面にあって、謎のフラスコでは深緑色の液体がグツグツと煮えていたり、とにかくいかにもな研究室だった。

もちろん嬉々先生にも研究室がある。その中に入ったことがある人は未だ一人もいないらしいけれど……。


「いや、イケるかも! あの女が授業中の間の50分は間違いなく帰ってこないだろうし!」

「もしバレたら俺たち卒業後も罰則だぞ」

「いやいや流石にそんな罰則はさ~……」


もしかしたら、あるかもしれない。

多分みんな同じことを考えて顔を青くしたんだろう。


「でも八方塞がりの今の状況じゃ、行動起こすしかねぇか」

「そ、そうだな! これまで散々色んな罰則食らってきたんだ! 俺らに怖いもんなんてねぇよ!」

「罰則食らう前提で進めないでよ縁起悪いな! サッと侵入してサッと帰る、もちろん他言無用!」


おう、と頷いたみんな。私も「分かった」と緊張気味に頷いた。

決行は明日、四限目。嬉々先生は高等部三年の呪法の授業がある。

私たちの四限目は神役諸法度、担当教員は二学期からまねきの社を定年退職したばかりのおっとりしたおじいちゃん先生になった。

授業が始まって十分くらいは、前の授業が長引いていると思ってサボりを疑われることもないだろう。

それにおじいちゃん先生には悪いけれど、走って探しに来ることもないだろうし安心だ。

何も無ければそれでもいい。

だけどもし、みんなを助けるための手がかりが見つかるのであれば────。


「おはようございます~」


奏楽先生が雅楽室へ入ってきて、みんなは「続きは後で話そう」と自分の席に座った。



「……であるからしてこのふたつの祝詞は似た効果をもたらしますが、言祝ぎと呪を込める割合が異なっている訳です」

黒板にチョークをトンと当てたそう楽先生が手の粉を落としながら振り返った。


「皆さんここまで大丈夫ですか?」


はーい、と声を揃えて返事をした私たちを満足気に見回すと、顔の前で手を打つ。


「はい、よろしい。では、今習ったことを意識して、このふたつを奏上してみましょうか~」


今日の声楽の授業は、似た効果をもたらす異なる祝詞の発声の違いについての授業だった。

嬉々先生について色々と気になることはあるけれども、今は授業に集中しなきゃと気持ちを切り替えてシャーペンを握る。


「それじゃあ、今説明した通りの割合で、ふたつの祝詞を奏上してみて下さい。恵衣さん、やってみましょうか」

「はい」


指名された恵衣くんが、ペンを置いてその場で立ち上がる。


高天原たかまがはら神留座かむづまります 神魯伎かむろぎ神魯美かむろみみこともちて 皇御祖神すめみおやかむ伊邪那岐大神いざなきまのおおかみ 筑紫つくし日向ひなたたちばな小戸おどの 阿波岐原あわぎはら御禊祓みそぎはらたまひし時に……」


恵衣くんの声に耳を済ませた。

相変わらず祝詞を奏上する声だけは尖っていなくて、春の木漏れ日のように優しく温かい。

性格もこうなればいいのに、なんてこっそり心の中で思いながらその声に聞き入った。


「生座《あれませ》る祓戸《はらいと》の大神等《おおかみたち》 諸《もろもろ》の枉事《まがごと》罪《つみ》穢《けがれ》を 拂《はらい》ひ賜《たま》へ 清《きよ》め賜《たま》へと……」


突然、不自然な箇所で奏上を止めた恵衣くんにみんながパッと顔を上げた。


「恵衣さん? どうかしましたか?」


その問いかけにも答えない恵衣くん。

急にどうしたんだろう?

不思議に思いながら振り向くと、私たち以上に困惑した表情を浮かべた恵衣くんが自分の喉を抑えて立ち尽くしていた。


「恵衣さん?」


名前を呼ばれて、恵衣くんは口を動かした。

しかし喉から声は出てこず、痛みがあるのか顔を顰めて何度も喉を鳴らす。


「恵衣さん、もしかして声が……」


その問いかけに苦い顔でひとつ頷いた恵衣くんに、みんなが息を飲んだ声が聞こえた。

奏楽先生は眉根を寄せて教科書を閉じると、直ぐに恵衣くんに駆け寄ってその肩を抱いた。


「今日の授業は終わりです。巫寿さん、次の科目担当の先生に恵衣くんが医務室へ行っていることを伝えてください」

「は、はい……!」


慌てて頷くと、奏楽先生は恵衣くんの背中を押して教室から出ていった。

ぴしゃんとしまった扉を呆然と見つめる。


「マジか……」


そう呟いたのは慶賀くんだった。


「もしかして恵衣、」

「いやでもあれって風邪に似てる症状なんだろ!? いきなり声が出なくなるってあんのか!?」

「そんなの分かんないよッ!」

「恵衣くん、咳してた……」


私の呟きに皆が目を見開いた。

思い返せば、あの原因不明の病気が流行り始めた頃、恵衣くんが苦しそうに咳き込む姿を何度か見かけた気がする。

もしそれが、嘉正くんや瑞祥さんと同じあれの症状だったとしたら、恵衣くんも────。


「おい、俺らも医務室行くぞ!」

「でも医務室がある階は今、生徒の立ち入り禁止になってるじゃん……!」

「階段とこまで行く! んで陶護とうご先生が出てきたら捕まえて聞けばいいだろ!」


行くぞ、と立ち上がった皆。

自分も急いでノートと教科書をかき集めて、慌ててその背中を追いかけた。

私たちが思っていたよりも早くに、恵衣くんは医務室から出てきた。二限目の授業の終わりを知らせる鐘がなり、小休止に差し掛かって直ぐだった。

中に向かって一礼しながら出た恵衣くん。

私たちはてっきりそのまま入院になると思っていたので、恵衣くんが出てきたことに驚く。


「恵衣!」


バタバタと走りよると恵衣くんは眉根を寄せて私たちを見た。


「お前大丈夫なのかよ!?」

「入院じゃなかったのか?」


わっと詰め寄る慶賀くん達を煩わしそうに一瞥した恵衣くんは、ポケットからスマホを取り出すと素早く画面を叩いて私たちにそれを差し出した。


『うるさい。自室待機って言われたんだよ』


自室待機……。

確か他の学年の子も、症状が軽い生徒はただの流行り風邪の可能性もあるから自室で療養しているって聞いた。

恵衣くんは症状が軽い方だったんだ。

とりあえず、良かったと言ってもいいんだろうか。


「貴方たちここで何してるんですか!」


丁度医務室から出てきた陶護先生と目が合って、皆はげっと声を上げた。


「あれほど立ち入り禁止だと……ッ」

「みんな逃げろ!」


慶賀くんのその声でみんな一斉に走り出す。


「何やってんだよ恵衣! お前も行くぞ!」


立ち止まる恵衣くんにそう声をかけた。


恵衣くんは眉を釣りあげてハァ!?とでもいいたげな表情で私たちを睨む。

「コラーッ!」と追いかけてくる陶護先生と私たちを交互に見ると、苦い顔で渋々走り出した。

ホームルーム教室のある階まで階段を駆け上がってきて、陶護先生が追いかけてきていないことを確認すると、私たちはその場にしゃがみ込んだ。


「相変わらずしつけぇな!」

「銭形かよ……」


ふー、と息を吐いた皆。

恵衣くんが冷めた目で『俺まで巻き込むな』と書かれたスマホの画面を見せる。

確かに恵衣くんは用があってあそこに居た訳だし、私たちと一緒に逃げる必要なんてなかったんじゃ……?

その時、階段下から話し声と足音が近付いて来て、薫先生と亀世さんが現れた。


「あれ! 珍しい組み合わせ! なんで薫先生と一緒に?」

「下で会ったら捕まった」


亀世さんはそう言って、両腕で抱えていたプリントや冊子の束を少し持ち上げた。


「薫先生いつ帰ってきたの?」

「ついさっきね。いやぁ、朝から任務とか反則すぎ。しかも帰ってくきたら大変なことになってるじゃん?」


大変なこと?

薫先生は恵衣くんに視線を向ける。


「恵衣体調どう? 3限目から高等部も閉鎖になっちゃったから、大量に宿題出てるんだよね。体調悪いなら免除できるけど、ついでに持って帰る?」


亀世さんと薫先生が抱えていた大量のプリントや冊子は、どうやら宿題だったらしい。

こくりと頷き頷き手を差し出した恵衣くん。

持って帰るんだ……。


「やっぱり高等部も閉鎖なのか」

「うちのクラスからも二人も病人出ちゃったしね。ほら、恵衣はさっさと帰って療養しな~」


どさ、と両手にプリントと冊子の束を乗せられた恵衣くんはまたひとつ頷くと教室へ向かって歩き出す。


「おい巫寿、もしかして二人目の病人は恵衣なのか!?」


成り行きを見守っていた亀世さんが目を見開いて私にそう詰寄る。

何事かと思いながらも「そうです」と頷けば、亀世さんは持っていたプリントをその場に放り投げた。

散らばったプリントに皆が「うわっ」と声を上げるなか、亀世さんは恵衣くんに駆け寄るとその肩を掴んだ。


「おい恵衣、お前なんてタイミングがいい男なんだ」


恵衣くんが眉間に皺を寄せながら振り返る。


「私にお前を解剖させろ」


数秒の沈黙の後「ハァ!?」という声が廊下に響いた。




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