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小さな違和感
壱
しおりを挟む「えーと、学校内で風邪が流行ってるので手洗いうがいはしっかりしてください、だってさ」
朝のホームルーム、薫先生は紙を見ながら面倒くさそうにそう言った。
八月も中旬に差し掛かり、神修のなかでは季節外れの風邪が大流行していた。私たちのクラスも嘉正くんが1週間前から休んでいて、恵衣くんがマスクをつけて登校している。
「あと、今日から"お見舞い"は禁止ね」
「えー、何で?」
「医務室が生徒でごったがえしになってるからだって。入院してるのも重症な子達だし、君たちが伝染らないようにって措置だよ」
確かに、私達も毎日嘉正くんへ授業プリントやノートを届けるために医務室を尋ねていたけれど、日に日に入院する生徒が増えていっているようだった。
「じゃ、連絡事項は以上ね。今日もしっかり学びなよ子供たち」
「はーい」
薫先生が出ていって、皆は伸びをしながら立ち上がる。一時間目は移動教室だ。
「くそー、今日から嘉正に宿題教えて貰えなくなった」
「病人に頼るのがそもそも間違いなんだよ」
「お前だって聞いてたくせに。にしても、何か嫌な感じだよなぁ」
そう言った慶賀くんに、私も「そうだね」とひとつ頷く。
数週間前までは賑やかだった廊下は、休む生徒が多いせいかシンとしている。歩いている生徒もマスクをつけたり具合が悪そうに咳き込んだり、なんだか学校の雰囲気は暗かった。
「俺もマスクした方がいいよなぁ」
「大丈夫だよ、馬鹿は風邪ひかないから」
「言ったな? 待てや来光ッ!」
バタバタと廊下を走っていく三人にくすくすと笑いながら歩く。
「あっ、巫寿ちゃんいたー!」
名前を呼ばれてぱっと振り返ると神楽部で仲良くなった盛福ちゃんと玉珠ちゃんが手を振りながらこちらへ走ってくる。
「巫寿ちゃん、これから移動教室!?」
「そうだよ。詞表現実習の振替授業なの」
「詞表現実習!? ってことは祝詞の実践練習なの!? 見に行ってもいい!?」
「見たい……!」
身を乗り出した二人に苦笑いを浮かべる。
「ダメだよ。ふたりとも次の授業あるよね?」
「ちぇー、やっぱりダメかぁ」
「ふふ、それにしてもどうしたの? もうすぐ授業始まっちゃうよ」
盛福ちゃんは「あっそうそう!」と手を叩いて何かを思い出す。
「聖仁さんから伝言! 今日の部活は部長と副部長が不参加のため自由参加の自主練にするってー!」
「あ、自主練なんだ。でも何で二人ともお休み? 二年生って今日何かあったかな」
「違うよ巫寿ちゃん! 部長たちは観月祭の打ち合わせ!」
観月祭……!
社頭の掲示板にも観月祭のお知らせが張り出されていた。
毎年、十五夜に合わせて行われているお祭りで、主にみんなで月を見ようというお祭りらしい。
本殿で神事が行われた後、まねきの社の庭園にある反橋の上で神楽舞が奉納され、公募で募った月に関する和歌の優秀な作品が献詠されるらしい。
そういえば昨日の古典の授業で、月の和歌を考えてくる宿題が出ていたっけ。
「聖仁さんと瑞祥さん、観月祭で踊るの?」
「そうだよ! 毎年神楽部から男女二人が出ることになってるんだ。今のところ五年連続で聖仁さんと瑞祥さんだけど、私たちもいつか出てみたいよねー!」
うんうん、と玉珠ちゃんが頷く。
その時、予鈴を知らせる鐘が鳴り響いて「あ、ヤバ!」と二人は顔を合わせた。
「それじゃ私たちもう行くね!」
「巫寿ちゃん、授業頑張ってね……!」
「ありがとう、二人も授業頑張って」
走っていく二人に手を振って、私も小走りで教室へ急いだ。
「────お? 巫寿じゃーん! どこ行くんだ?」
授業終わりの放課後、神楽練習室へ向かっているとその途中で瑞祥さんと聖仁さんに会った。瑞祥さんは千早を羽織った正装で、聖仁さんも狩衣を身につけている。
「瑞祥さん聖仁さん、こんにちは。ちょうど練習室に向かってて」
「あれ、盛福から今日は休みだって聞いてない?」
「え? 盛福ちゃん達からは自由参加の自主練だって……」
あ、と二人は顔を見合わせる。
「巫寿、お前真面目だな!? いつも自由参加って言ったら誰も来ないぞ!」
「えっ、そうなんですか?」
「自由参加の自主練って言ってるけど、実質は休みなんだ。一応さっき部屋の鍵は開けてきたけど、多分今日は誰も来ないよ」
そうだったんだ、と目を瞬かせる。
「そうだ巫寿ちゃん。今日は門限まで予定ない?」
「門限まで……? 部活だと思ってたので、特には……」
部活の後も特に誰かと約束をした訳でもない。嘉正くんのお見舞いも薫先生からストップ指示があったので行けないし。
「なら観月祭のリハーサル見においでよ」
そう笑った聖仁さんに「え!」と声を上げる。
「私が行ってもいいんですか?」
「もちろん。後進の育成のためって言えば中に入れてもらえると思うから、一緒に行こう」
「いいじゃんいいじゃん! 来いよ巫寿!」
聖仁さんと瑞祥さんが二人で奉納舞の練習をしていたのを部活中に時折見ていて、ずっと観月祭の奉納舞がどんなものなのか気になっていたところだった。
「観にいきたいです……!」
「よし! なんなら私の代わりに反橋の上で舞ってみるか!」
「そ、それは遠慮します」
慌てて首を振れば、瑞祥さんはガハガハと笑った。
歩き出した二人の後ろをついて行きながら尋ねる。
「それにしても、観月祭は一月後なのに、もう本格的なリハーサルがあるんですね」
開門祭の神話舞に出た時は、全員で合わせて稽古が始まったのがひと月前で、本番同様の稽古は1週間前からだった。ひと月前から本番同様の練習をするのは少し早い気がする。
「今日が満月だからな」
にっと笑って窓の外を指さした瑞祥さんに「そういうことか」と大きく頷いた。
観月祭は十五夜、満月の夜に行われる。本番を想定した練習は、ひと月前の満月の夜じゃないと出来ないということだ。
聖仁さんの口添えですんなり中へついて行くことが出来た私は、神話舞で知り合った神職さま達から声をかけられ月が登るまでの間舞台の設営を手伝う事になった。
これ運んで、あれ持ってきてとバタバタあちこちを走り回っていて気がついた事があった。
いつもよりも黒いスーツの人達が多い。このまねきの社の敷地内で黒いスーツを着ている大人たちと言えば、日本神社本庁の役員だ。
設営や指示を飛ばす大人はやはり本庁の人の方が多い。
「聖仁さん、今日はどうして本庁の人が多いんですか?」
リハーサルが始まる少し前に、「少し休みなよ」と休憩に誘ってくれた聖仁さんにそう尋ねる。
「観月祭は本庁が主催だからだよ。神事や御祭神さまに関わる祭はまねきの社が主催だけど、成人祭とか今回の観月祭は本庁が主催することになってるんだ」
「だからその時期になると雰囲気最悪で、バッチバチ」
呆れたようにで笑った瑞祥さんは「見てみろよ」と指をさす。その方向に顔を向ければ、何やら険悪な雰囲気で言い争う神職さまと本庁の人がいた。
「本庁の役員って、社主催の神事の準備は全く手伝わないで参列するだけなんだよな。なのに本庁主催の祭には強制的に手伝わされるから、皆いがみ合ってんだよ~」
アホらし、と瑞祥さんは袂から取りだしたマーブルチョコを口リ放り込んでぼりぼり咀嚼する。
一学期に「本庁派」と「神修派」について、嘉正くんから教えてもらったことがある。確か二つに分裂した決定的なきっかけは空亡戦での考え方の違いだったはずだ。
きっと両者の間にある溝はそんなにあっさり埋まるほど浅くは無いのだろう。
ふと、黒いスーツの大人たちの中に自分と同じ松葉色の制服が見えた。
「あ……」
大人たちと対等に話す大人びたその横顔は、クラスメイトの恵衣くんだった。
なんで恵衣くんが? と思い直ぐに彼の両親が本庁の役員だったことを思い出す。
放課後、本庁の庁舎へ入っていく恵衣くんの姿を何度か見たことがある。部活にも入らず、放課後は毎日両親の働く本庁へ赴いてその仕事を手伝っているようだった。
距離が離れていたのもあって、何となく恵衣くんを見ていると彼はふと顔を上げて振り向いた。
私と目が合うなりその眉間にぎゅっと皺を寄せすぐに目をそらす。相変わらずの露骨な態度に小さくため息をついた。
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