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恵理ちゃんの家

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「どうぞ、そんなに広くないんだけれど……」


かちゃりと鍵を回して玄関の扉を抑える。片手を差し出してみんなを中へ促せば、「お邪魔しまーす!」と興味深げにぞろぞろ中へ入っていった。


「わっ、すげ! 洋風の家だ!」

「それを言うなら洋室でしょ」

「ソファーある! 俺ここ!」

他人ひとん家で走るな馬鹿!」


わあわあと騒ぐ皆にくすくすと笑いながら最後に自分も中へはいる。

色とりどりの靴がずらりと並ぶのは随分と久しぶりの事だった。


「ごめんね、みこ。私までお邪魔しちゃって」


下駄の鼻緒を摘んで端に寄せながら恵理ちゃんは申し訳なさそうにそう言った。


「ううん、今は家にひとりだから賑やかだと嬉しいの。それに、お泊まり会するの久しぶりだし」

「だね」


ふふ、と肩をすくめる。

昔は夜通し恋バナをしたり、授業がどうとかあの先生がどうとかくだらない話をしていたけれど、今回は少し訳が違う。



「みんなもごめんね、せっかくの夏休みなのに」


三人がけのソファーに誰が座るのかジャンケンで決めていたみんなが振り向く。


「気にすんな! 巫寿の友達なら全力で助けるつーの!」

「そうだよ。困っている人を助けるのが神職だからね」


ありがとう、と恵理ちゃんは深々と頭を下げた。



「────家の中で、怪奇現象……?」


そう聞き返すと、恵理ちゃんは険しい顔でひとつ頷いた。

あの後、交代でお風呂に入った私たちはハーフパンツにティーシャツ姿というラフな格好でリビングのテーブルを囲った。恵理ちゃんには私の服を貸している。

社から帰ってくる途中で立ち寄ったコンビニで買ったアイスがたらりと溶けて腕をつたい慌ててかぶりつく。


「始まりは一ヶ月くらい前……だと思う。その頃からものが無くなったり位置が動いてたり、"あれ?"って思うことが何度かあって。でも家族の誰かがやったんだと思ってたの。でもここ数日前から、急に酷くなってきて」


青い顔を更に青くした恵理ちゃんは俯いて膝の上できゅっと手をにぎりしめる。堪らずその手に自分の手を重ねた。

詳しく話を聞けば、最近では和室の襖に黒い手形が付いていたり、地震では無いのに家が揺れ、お父さんが仕事先で怪我をおったりなんてこともあったらしい。

ただ事ではない事態にみんなもどんどん険しい顔になる。



「家族全員、家の中が重苦しいって口を揃えて言うの。私もそう思う。なんだか強い力で押さえつけられているような圧迫感があって、それはもう"気のせい"とか"勘違い"の域を超えているくらいひどくて」


思い出すだけでも恐ろしいのか、恵理ちゃんは肩を震わせてぽろぽろと涙を流した。



「話を聞く限り、ただ事ではなさそうだね。十中八九、人ならざるものの仕業だ」


モナカアイスを食べながら嘉正くんがそういった。


「僕もそう思う。霊障の類いだね」

「んじゃ、どんなのが取り憑いているか一旦見ねぇとだな~」

「……それなら、明日のお昼はどうかな? ちょうど明日の昼は誰もいなくなるの。一人でいるのも怖いし、みんなが来てくれたら心強い」


決まりだな、と慶賀くんは指を鳴らした。

解決の糸口が見えて恵理ちゃんはほっとしたように息を吐いた。安心したのか「みこのひと口もらい!」と私のアイスを横から齧る。

もう、と笑って恵理ちゃんの肩を叩く。



「じゃあ明日に備えて今日は────」

「お待ちかねの、ゲーム大会だー!!」



嘉正くんの声は慶賀くんによって掻き消された。

カバンからウノ、トランプ、ドミノ、と次々取り出した慶賀くんは「どれからやる!?」と瞳を輝かせる。

嘉正くんは額を押えてため息をつく。


「慶賀、もう夜中12時だよ。明日もあるし休むべきだって」

「何言ってんの嘉正? 今日なんのために集まったと思ってんだよ! お泊まり会と言えばトランプだろ! これをやらずにお泊まり会って言えるかよ!」


そーだそーだ! と泰紀くんも便乗して、私と恵理ちゃんは顔を見合せてくすくすと笑った。


「まずは王道のババ抜きからじゃね!」

「いいぜ! 指差しカード交換って何回まであり?」

「いきなりローカルルール出してくんなよ!」



ぎゃはは、と笑い声が響く。

慶賀くんがシャッフルしたカードを配り始めたその時、来訪者を知らせるチャイムが部屋に響いた。

ぱっとみんなが動きを止める。



「もしかして煩かったかな」



嘉正くんが眉を寄せてそう言う。

確かにこの時間の来訪者は珍しい。真夜中にチャイムを鳴らすということはそれほど火急のようか、何か伝えたいことがある人に限られる。

しかし私の家は角部屋で、外階段の反対側は今は空き部屋。二つ隣まで声が届くほど大きな声で話していた訳でもない。

いったい誰……?

不思議に思いながらも「ちょっと見てくるね」と断りを入れて立ち上がる。



「俺も行くよ。怒られたら一緒に謝るし、不審者の線もある」



そう立ち上がった嘉正くんにひとつ頷き、私たちは玄関へ向かった。

廊下はひんやりしていて薄暗い。

鍵を開こうとして嘉正くんに止められた。下がってて、と促され一歩後ろに立つ。ドアスコープを覗き込んだ嘉正くん、次の瞬間────。


「うわぁッ!」


文字のごとくひっくり返った嘉正くんに私まで驚いて悲鳴をあげる。

なんだなんだと駆けつけてきたみんな。


「なんだよ嘉正、びっくりするだろ!」

「た、た、た……ッ!」

「はあ? "た"ってなんだよ。何言ってんだお前」


怪訝な顔をした泰紀くんがかちゃりとドアを開ける。

そこにいたのは、


「あれ、玉じい?」


下の階の住人、玉じいだった。険しい顔をしてそこに立っている。

その瞬間、私と恵理ちゃん、来光くんを覗いた男子勢が「ウワーッ!」とまるで怖いものでも見たかのように絶叫する。

ええ? どうして絶叫するの?


「バタバタと音がすると思って様子を見に来てみれば────お前たち、巫寿の家で何してる?」


まるで地の底を這うような声に悲鳴をあげた三人が分かりやすく震え上がった。

そして一時間後、私の部屋に並べて布団を敷いて潜り込んだ頃にピコピコとスマートフォンがなった。

開けてみると送り主は慶賀くんだった。玉じいの家の見慣れた和室に4枚の布団を並べて、寝転がりながらピースをしているみんなが写っている。


「恵理ちゃん、慶賀くんから写真が来たよ。お説教終わったみたい」

「あはは、ほんとだ。なんだかんだで楽しそう」


続けざまにメッセージが届く。

【玉嘉さまが下の階の住人だったなんて聞いてねーよ!】と涙目のスタンプが続けざまに届く。

ごめん、と手を合わせた絵文字付きで返せば、口から魂が抜けているゴリラのスタンプが届く。

くすくすと笑った。

あの後、玉じいによって一階の玉じいの部屋へ連行された嘉正くんたちは「一人暮らしの女の子の部屋に潜り込むとはどういう事だ!」とこっぴどく叱られたらしい。

誘ったのは私なのでそう伝えれば「それでも常識があれば断るだろう」とみんなをひと睨みで黙らせた。


「でも、玉嘉のおじいちゃんってそんなにすごい人だったの?」

「うん、私たちが所属している組合の、元トップだった人だよ」


すごいねえ、と恵理ちゃんは目を丸くした。

みんなの戦き様を見れば、当時の玉じいがどれほど怖かったのかがよく分かる。

玉じいが本庁を引退したのは空亡戦のあとだから十二年前、ちょうど私たちが三歳の頃だ。物心着く前だと言うのにも関わらず顔を見れば震え上がらせるくらいだ。

禄輪さんと玉じいとすき焼きを食べた時に、玉じいは自分のことを「鬼」と言っていたけれど、それはただの例えではなかったらしい。


「それにしても、ずっと一緒にいたみこに、そんな特別な力があったのが一番の驚きだよ」

「そうだよね。私も最近知ったばかりなんだけど、最初は全然受け入れられなかったよ」

「でも、今はあんな風に、誰かを助けれるだけの力があるんだね。本当にすごいと思う。かっこいいよ、みこ」


恵理ちゃんの言葉が嬉しくて、枕に顔を埋めてはにかんだ。


「ねねっ、学校生活のこととかもっと詳しく教えてよ」

「ふふ、長くなるよ」

「望むところだよ!」


顔の隣でぐっと拳を握った恵理ちゃんにくすくすと笑った。


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