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夏休みと祟り
肆
しおりを挟む「どっちから聞こえた!?」
「本殿よりも奥、多分鎮守の森!」
「それって、裏の鳥居のほうか!?」
社頭の人混みを縫うようにして通り抜け、本殿の裏に回って鎮守の森へ入る。必死に当たりを見回した。
あの時聞こえたのは小さな子どもの悲鳴だった。
とても嫌な予感がするのだけれど、残穢や瘴気のあの不快な感じではない。
草木をかきわけ裏の鳥居を目指して進めば、小さな子供の泣き声が聞こえてきた。火がついたように泣きじゃくる声に気が急く。
背の高い草をかき分けたその時、色褪せた朱色の鳥居が見えた。
「見え、────ッ!」
目の前の景色に言葉を失った。
六七歳くらいの男の子だ。甚平を着て、頭には天狗面を付けている。きっとお祭りに遊びに来たのだろう。
その少年がまるで十字架にかけられたかのように手足を伸ばして宙に浮いていた。瞳はガクガクと焦点が合わず口からは泡を吹いている。
その少年を見上げながら、ひと回り小柄な男の子が土の上に座り込んで泣きじゃくっていた。
その場に立ちすくんだ私たちの中で、いち早く動きだしたのはやはり嘉正くんだった。
弾けるように飛び出すと一目散に座り込む少年の元へ駆け寄り、小脇に抱き抱えるとその場から離れた。
私達も思い出したように動き出し、嘉正くんとその少年に駆け寄った。
「何があったの!」
嘉正くんが少年の肩を揺らす。男の子はわあっと泣き続けるだけで答えない。
なにかヒントになるものは無いかと必死に当たりを見回した。
四肢を広げて宙に浮かぶ少年、色褪せた裏の鳥居、生い茂る草木、石の灯篭があるだけで変わった様子は無い。
「あの男の子、残穢か何かでああなったのかな……っ!」
「残穢の感じはないから、ほかのものだと思う。でもそれが何か分からないと打つ手がないんだ」
来光くんは悔しそうに顔を顰めた。
一体どうすれば────。
ふと、泣きじゃくる男の子の手に丸い何かが握られているのが見えた。
「ごめんね、ちょっと見せて……!」
男の子の手からそれを受け取る。丸い石だった。
その瞬間、身を焦がすような激しい熱がその石から伝わってきて思わず悲鳴をあげた。
「巫寿ッ!」
「だ、大丈夫! でもそれに触らないで、すごく熱いの」
じんじんと痛む手のひらを抑えながらそう伝える。
丁寧に磨きあげられた球体状の石だ。苔が所々に着いているけれど、誰かの手によって人工的に作られたものだと考えられる。
一体どういうこと?
この石から感じた激しい熱はこの男の子には感じず私には感じた。身を焦がすようなあの激しい熱はまるで怒り狂う誰かの想念のようだった。
「おい! もしかしてこれじゃないか!?」
辺りを警戒していた泰紀くんがそう指さした先には、倒れた石灯籠があった。
歩み寄ってよくそれを見ると、形はよくある石灯籠だけれど、柱の部分にくずし字でなにかの文字が掘られている。
苔を手で払って目を凝らした。
烏……天?
「烏天狗だ……」
よく見ればほかの灯篭にも「信太狐」や「憂婦女鳥」という、妖の名前が掘られている。
一学期の授業で習ったことを思い出した。
社の創建や修繕の為に寄進した者の名前は、その社によって玉垣と呼ばれる石柱や石灯籠に名前が彫られて飾られることがある。
「その玉、この灯篭の火袋の中に入ってたやつみたいだぞ! 他のにはあるのに、これだけない!」
「なるほど、そういうことか!」
何かがわかったらしい嘉正くんは少年の肩に手を置いた。
「君たち兄弟はその石が欲しくて、あの灯篭を倒したんだね? その後お兄ちゃんがああなった?」
項垂れるように少年は頷いた。
「嘉正、どういう事だ!?」
「この石灯籠の持ち主の烏天狗の"祟り"だ。灯篭を倒して中の石を持っていこうとしたことを酷く怒ってるんだよ」
なるほど、そういうことなんだ……!
この石灯籠はこの社の為に寄進した烏天狗への感謝と誇り。それをぞんざいに扱われたのならば怒るに決まっている。やはりあの石から感じたのは烏天狗の怒りだったんだ。
「祟りだなんて、俺祓い方知らねぇぞ!」
「やったことは無いけど、基本的にはお祓いと同じだって聞いたことがある。みんな手伝って!」
「わ、分かった!」
みんなは顔を見合わせるとひとつ強く頷いた。
でも、なんだろう。お祓いをするだけじゃだめな気がする。あの石に触れた時、激しい怒りの想念とともに悲しい気持ちを感じ取った。
きっと祟りを祓って解決するだけじゃ足りない。きっとすべき事は────。
男の子が目尻を擦りながら不安げに私を見上げた。膝を折って目線を合わせる。
「あの石灯籠は、この神社を建てるのに協力してくれた人の大切なものなの。大切なものを壊されたら、悲しいし怒っちゃうよね……?」
うん、と彼はひとつ頷いた。
「一緒に謝って、許して貰えるようにお願いしようね」
分かった、と男の子は涙を脱ぐって力強く頷く。
彼の頭をぽんと撫でて立ち上がった。
倒れた石灯籠を囲った私たちは緊張した面持ちで顔を見合せた。
「嘉正、俺らは何をしたらいい?」
「まずはこの石灯籠に宿る魂の鎮魂、"復命祝詞"を奏上して、それから男の子の中に入り込んだ祟りを祓う"祓詞"の奏上」
「復命祝詞なら覚えてる!」
5月末の授業で習った祝詞だ、奏上すれば鎮魂に作用する。
す、とみんなの呼吸に合わせて深く息を吸う。礼をする前の小さな一礼、揖をして二礼、二拍手。
隣の男の子の背中に軽く触れると、彼は慌てて顔の前で手を合わせた。
「────綾に畏き天照國照統大神の御前に拝み奉り諸諸の命神等世世の御祖命教主命惠蒙れる人等の御前をも尊び奉りて恐こみ恐こみも白さく」
私たちの声が揃えば、心地よい風がどこからともなくふわりと吹き抜ける。まるで5匹の龍が螺旋状のように絡まりあいながら灯篭の周りを渦巻く。
「統大神の高く尊き霊威を蒙り奉りて任け給ひ寄さし給ひし大命の違ふ事無く怠る事無く仕へ奉ると諸諸の荒び疎ぶる禍津日の禍事に穢るる事無く横さの道に迷ひ入る事無く言退け行ひ和して玉鉾の直指す道を踏み違へじと真木柱太敷く立てて仕へ奉りし状を忝み奉りつつ復命竟へ奉らくを見備はし給ひ聞こし召し給ひて……」
祝詞を口ずさみながら心の中で強く願う。
彼は悪意があって石灯籠を倒した訳ではありません。だからどうか、気を鎮め許してあげてください。
倒れた石灯籠は私たちが責任をもって元に戻します。彼が取ってしまった石も綺麗に磨いて元に戻します。必ずまたここを貴方が大切にしていた場所と同じ状態になるようにします。
たがら、どうか気持ちをお鎮めください。
「────過ち犯しけむ禍事を見直し聞き直して教へ給ひ諭し給ひ霊の真澄の鏡弥照りに照り輝かしめ給ひて愈愈高き大命を寄さし給ひ身は健やかに家内睦び栄へしめ給ひ永遠に天下四方の國民を安けく在らしめ給へと恐こみ恐こみも白す」
最後の一句を奏上したその途端、背後でどさりと何かが土の上に落ちる音がした。弾けるように振り返ると、宙に浮いていた男の子が土の上に倒れている。
駆け寄った嘉正くんが「祓詞」を奏上する声を聞く。
土の上に転がった球状の石にそっと触れる。触れることも出来ないほど熱かったはずのそれは、触ると指先がひんやりとした。
やがて嘉正くんの声が途絶えると、苦しげに咳き込みながら倒れた男の子が目を開けた。
「兄ちゃん……っ!」
弟がその胸に飛び込めば、お兄ちゃんは状況が理解出来ていないのか苦しげに息をしながら困惑気味に辺りを見回す。
「な、なにが起きたの……?」
真っ白だった頬には赤みが差し、瞳はしっかりと私たちを見上げている。喉に痛みが残っているようだけれど言葉もしっかりしている。
ああ、もう大丈夫だ。
嘉正くんは二人の前に膝を着くと拳を握り、ぽこんと彼らの脳天にげんこつを落とした。
そこまで痛くないはずなのに、二人は揃って「いで!」と声を上げると恨みがまげに嘉正くんを見上げる。
「ここの神主さまに、裏の鳥居の傍では遊ぶなって言われてるんじゃないの?」
そう尋ねられ、バツが悪そうに二人はお互いを見た。
「これに懲りたら、もう同じことはしないように。分かった?」
「……はい」と返事をして項垂れた。
「みんな、無事……ッ!?」
その時、草をかきわける音がして白衣に浅葱色の袴姿のゆいもりの社の神主さんが現れた。その後ろには血相を変えた巫女のお姉さんもいる。
直ぐに倒れた灯篭と涙のあとがくっきり残った兄弟をみて何があったか察したらしい。みるみる顔を険しくした神主さんは、嘉正くんの百倍は強いげんこつをふたりの頭に落とした。
一通りお説教を食らった男の子たちは巫女のお姉さんに連れられて社頭へ戻って行った。さて、と息を置いた神主さんは私たちを見回した。
「お手柄だったね、と褒めてあげたいところだけれど……」
次の瞬間、ぴんとおでこを弾かれて目を白黒させた。
私にはだいぶ手加減されていたらしいけれど、男子勢は「いでっ」と声を上げて額を押えた。
「今回は運が良かったものの、自分たちの手には負えない相手だったらどうした? どうして大人に知らせなかったの」
それは、と言葉を詰まらせる。
確かにそうだ。鳥居の一件は薫先生や禄輪さんに連絡をとったのに、今回はそれをしなかった。頼ればすぐに駆けつけてくれる距離にいたのに、私たちは知らせようとしなかった。
「確かに僕たちの持っている力は特別だけれど、その力を過信してはいけないよ。相手が何か分からないなら尚更だ」
反論する言葉も出てこず、みんなして項垂れる。すみませんでした、と頭を下げると暖かい手がぽんと置かれた。
「でも、今回は本当にお手柄だったね。将来有望な神職がたくさん育っていて嬉しいよ」
ぱっと顔をあげれば神主さんは優しい目で私たちを見ていた。
みんな互いに顔を見合わせる。くすぐったさに肩を竦めてはにかんだ。
神主さんは社頭へ戻っていき、私たちは約束通り石灯籠を元に戻すべく倒れた火袋や柱を起こし始める。
「優秀な神職だって」
ひひひ、と慶賀くんが噛み締めるようにそういった。
「祟りって意外と簡単に対処できるんだなぁ」
「そうだね。ちゃんと出来てほっとしたよ」
「俺ら空亡の残穢の鳥居も封印できるし祟りも祓えるし、最強じゃん!」
ばか、と嘉正くんが肩を竦めて笑った。
確かにこの数ヶ月で、みんなは見違えるようにいろんなことが出来るようになっている。
私も成長したかもしれないけれど、それもほんの少しだ。みんなの足元にはまだまだ及ばない。
もっと勉強して、力をつけたい。まずは来週からの夏期補習にしっかり取り組まないと。
「あー、はやく三学期の神社実習始まらないかなぁ」
泰紀くんがそう呟いたその時、カサカサと傍の茂みが揺れてみんながパッと振り返る。
「今の話、何?」
茂みから現れたのは、困惑気味に私たちをみる恵理ちゃんだった。
「な、なんでもない! ほ、ほら最近そういうアニメ見てから、俺らの中でそれっぽい会話して遊ぶのにハマってて!」
「そうそうっ! それっぽいあれをね!」
「な、巫寿!?」
必死にこくこくと頷けば、恵理ちゃんは険しい顔のまま歩み寄ってくる。
「さっき、男の子が宙に浮いてたのは……?」
「そこから見てたの!?」
慶賀くんのその一言に、隣に立っていた泰紀くんが思い切り頭を叩いた。
いてぇっ!と悲鳴をあげてうずくまり悶絶する。
可哀想だけれどそれ以上墓穴を掘られると困るのでそれでそのままでいてもらえるとありがたい。
「声が聞こえて、小さな子の悲鳴が。なんだろうって思って見に来たら、男の子が浮いてて、みこたちが駆けつけてきて。何が起こってるのか分からなくて怖くて、ずっと茂みに隠れてたの」
恵理ちゃんの瞳が揺れている。目の前の事実が信じられないとでもいいような表情だった。
どうしよう、と嘉正くんに視線を送る。嘉正くんもどうすべきなのか分からずに困ったように首を振る。
「みんなは、陰陽師なの……?」
「いや、あの……陰陽師では、ないんだ」
言葉を選ぶように泰紀くんが否定する。
陰陽師と神職ではまったく違う職種だ。陰陽師は陰陽五行思想に基づいた陰陽道によって、天文、地相、占いなどを行う人たちの総称だ。その仕事の中には時に、悪事を働く妖の討伐も含まれる。
対して私たち神職は、神社に使えて神事を執り行いその土地を見守り統治するのが主な仕事だ。陰陽師のように悪事を働く妖を祓うことも稀にあるけれど基本は"鎮魂"、荒ぶった魂を鎮めることを第一の目的にしている。
「でも、さっき"祟り"を"祓った"んだよね!?」
「それは────」
恵理ちゃんは一歩前に出た。
「お願い、助けて……!」
泣きそうな顔をした恵理ちゃんに、私たちは顔を見合せた。
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