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対峙
肆
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山の中腹にある人口数百人ほどの村落で生まれたその少年は、幼少期からその稀有な力から「神童」と呼ばれていた。
「一さん、どうもこんにちは」
「あらあら、山田さんのおばあちゃん。どうかされました?」
「ちょっと膝が痛ぁて。方賢ちゃんにさすって貰いたくって」
「あらまあ大変。庭から回って縁側座っといてください。もうちょっとで小学校から帰ってくると思いますから」
「助かるわぁ、寄せてもらうな」
よいしょ、と縁側に腰掛けた老婆は痛む膝をそっと撫でる。
しばらくすると塀の外を走る軽やかな足音が聞こえて、玄関から「お母さんただいま」と高い声が聞こえた。
転がるように廊下を走る音が近づいてきて、「あれ?」と曲がり角から顔をのぞかせた。
「山田のおばあちゃん、こんにちは」
縁側に座る来客を見て、少年は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「方賢ちゃん、おかえり。寄せてもらってるで」
「どうしたの? おばあちゃんに用事?」
「ううん、方賢ちゃんにな。膝が痛ぁてさすって貰いたいんよ。またお願いしてもええかな」
目を瞬かせた少年はすぐにぱっと笑って「いいよ!」と老婆に駆け寄る。
傍に膝を着いて座ると、老婆の膝にその小さな両手をそっと手を当てて目を瞑った。
「いたいのいたいの、とんでいけ」
まるで鈴がなるような、春の日の木漏れ日のような優しくて暖かい声が言葉を紡ぐ。
いたいのいたいのとんでいけ、と何度か繰り返すうちに少年は手のひらがほわんと温かくなるのを感じた。その熱がすうっと老婆の膝の中へ入っていく感覚を感じ取ると「どう?」と老婆の顔をみあげる。
「ああ……ほんまにこれは不思議な力や。あんなに痛かったのが、まるで熱が引くみたいにすぅっと引いて行ったわ」
憑き物でも落ちたように安心した顔で少年の頭を撫でた。
「山田のおばあちゃん、お茶入れましたよ……って、方賢帰ってたならただいまくらい言いなさい」
「僕、言ったよ」
「そやな、方賢ちゃんはおっきい声でただいまぁって言うてたな?」
味方をしてくれた老婆に少年は頬を赤らめて抱きついた。
「善子さん、方賢ちゃんはほんまにすごい子や。神様に愛された子やわ」
言い過ぎやわ、と肩を竦めた善子は、満更でもない顔で笑った。
少年、一方賢は他の人間とは違う力を持っていた。触れた者の怪我や病気を癒し、治す力だ。その力に気がついたのは彼が三つの時だった。
近所の神社で祭りが行われる前日、村の若衆が櫓を組み立てている時に足を滑らせて頭を強く打ち額を割ってしまう事故が起きた。
村落から麓の病院までは車で2時間、青年は息も浅く、病院へ連れて行っても間に合わないだろうと思われた。
家が隣でとりわけ青年と親しかった方賢は、血だらけで横たわる青年に泣いてすがったのだという。
そんな方賢を宥めようと、青年はいつも方賢が怪我した時に自分がやってあげていたように「痛みが飛んでいくおまじないをかけてくれ」と方賢の気を紛らわした。
泣きじゃくりながらその頭を撫でた方賢は「いたいのいたいの、とんでいけ」と繰り返す。するとたちまち、青年の額の傷が塞がっていったのだ。
周りにいた大勢の大人たちは突然の出来事に唖然とし、何よりも死まで覚悟した青年が一番驚いていた。
町医者が駆けつけ血だらけなのにぴんぴんしている青年に腰を抜かし、呼びつけた救急隊員は血だらけなのに呑気に世間話をする姿に仰天した。
やがて体が何ともないことを確認すると、二時間かけてやってきた救急車はまた麓へ戻って行った。
「この子は神様のお使いだ」
青年がそう言ったことで、方賢の奇跡は瞬く間に村中に知れ渡った。
初めは疑心暗鬼だった一部の大人たちも、方賢の奇跡を何度も見ているうちに「神童」だと騒いだ。
怪我も病気もひとたび方賢が祈れば、たちまち良くなった。
「ほら、方賢ちゃんが笑っとる」
「ああ、縁起がよろしいね」
「うちの主人も、こないだ治してもろたばっかりで」
小さい頃はあまり自覚していなかった方賢も、小学校へ入った頃には自分の持つ力が特別で、ほかとは違っていることに気が付いた。
街を歩けば大人たちから褒められ、色んなものを貰った。
笑えば褒められ手を振れば感謝され、大人たちに頼られることが誇らしく、皆から大切にされることに心地よさを感じていた。
神童、神のお使い、と大切にされて育った方賢は優秀な成績で小学校を卒業すると、山の麓の私立の中学へ進学した。
同級生は村の中学へ進学し、知り合いはいないもののまたすぐに皆と打ち解けられると思っていた。
しかし────。
「一って、あれだろ? 山奥の村で神童とかって囃し立てられてた」
「そうそう。何が神童だよな、俺たちのこと馬鹿にした目で見やがって」
「自意識過剰だよね。傲慢だし、空気読めないし」
「気持ち悪い~」
彼は山の麓では、上手く馴染むことが出来なかった。
やがてさまざまな悪意がぶつけられるようになり、方賢は孤立した。
「おい、ペアワークなんだから誰か方賢と組んでやれ」
「神童なんで一人でも大丈夫だと思いまーす」
くすくす、くすくす。彼を囲む笑い声は悪意に満ち溢れていた。
「気持ち悪いんだよお前!」
「神童ならその力でやり返してみろよ!」
たくさんの手が撫でたはずの頭は、悪意ある手によって殴られた。
なぜ、などうして────?
自分は他には無い傷を癒す特別な力を持っている。周りは僕のことを神童だと言った。尊い存在だと言った。
なのになぜ、こんなにも貶められている?
村の人達は、僕の力を理解してくれた。なのに何故、この人達は僕の力を理解できない?
────僕の力を理解できない、底辺ども。
傷付けることしか出来ないゴミクズどもは、居なくなればいい。この世に必要のない存在だ。
そうだ。全員、死ねばいいんだ。
「────大変悲しいお知らせをしなければなりません。クラスメイトの本郷さんが昨日突然亡くなりました。心臓発作だったようです」
ひとり、ふたり。クラスから生徒が消えていき、代わりに机の上には花が活けられた花瓶が増える。
ああ、まるで神さまが僕を守ってくれているようだ。僕を虐げるやつたちに、どんどんバチが当たっていく。どんどん消えていく。
神が、僕の願いを聞き入れて守ってくださっているんだ。
なんて気分がいいんだろう。
これで僕を罵倒するひとはいない。僕を敬い、畏れ、また「神童」だと言う。
そうだ、これが正しい姿。特別な力を持つ僕にふさわしい場所。
「一方賢さん、貴方は「神役修詞中等学校」への編入が認められました。そこで言霊の力の使い方を学び、神に仕える神職になる知識を得るのです」
中学2年生の冬、黒いスーツをきた男が木箱を抱えて家へ現れた時には、「ああやっとか」と安堵した。
やっと自分の力が認められた。やっと自分と力にふさわしい場所へ行くことが出来る。
自分が神童で、神の使いで、優秀だから。
そうして方賢は、中学三年へ進学すると同時に神役修詞中等学校へ編入することになった。
自分が持つ力はその学校では特別ではなかった。みなが同じように力を持ち、自分以上にその強い力を使いこなしていた。
今、彼らに追いつくことが出来ないのは仕方がない。なぜならば、彼らは自分とは違い幼少期から相応しい環境にいたのだから。
けれど、僕には迎えが来た。わざわざこの僕に迎えが来たのだ。僕が優秀だから。僕が特別で、僕が神の子だから。
スタートは遅れたかもしれないが、いずれ誰をも凌駕する。
きっと誰よりも優秀な神職になり、いずれは「まねきの社」の宮司に選ばれる。
はず、なのに。
「草薙翔五、明階二級昇格。一方賢、正階三級維持」
「うええええっまじっすか!」
「翔五、うるさいぞ。嬉しいのは分かるが落ち着け」
自分よりも知識が乏しく、言動も神職に相応しくない。考えも浅はかで軽率。
そんな男が、なぜ私よりも上にいる?
「喧鵲禰宜頭、納得できません! 私に何が足りないのですか!」
「方賢はよく学びよく勤めている。ただ、まだ昇格するその時ではないだけだ」
その時ではない?
では、いつ私は上に上がれるのですか。
勉強だって好きでは無いし、神職の勤めは辛いことも多い。
けれどいつかは必ず上へ上がれる時がくる。
そう思って耐え忍んできた。
なのに。
「草薙翔五、まねきの社禰宜に任ずる。推薦者、日本神社本庁本部長蓬莱栄」
私を押しのけ、先へ行く。
私よりも劣っているはずのもの達が、私を押しのけ先へゆく。
なぜ、なぜ、なぜ────?
私の家系が社を管轄していないから、私が編入生だから、だれも私の力を理解していないから?
「宮司、方賢が思い悩んでいるようです。なぜ彼は昇格できないのでしょうか」
「……ああ。あれは仕方がないんです。彼自身が保有する力がそこまで大きくない。三級より上がることは難しいでしょう。それに彼は────」
ああ、そうか。そうだったのか。
私は特別ではなかったのか。特別なのは私の周りにいるもの達だったのか。
自分の力に自惚れて過信していたのは、私だったのか。
なんて情けない。なんて惨めな。
瑞雲宮司、禄輪禰宜、喧鵲禰宜頭、景福巫女頭、方賢さん。
方賢"さん"。
なぜ私に役職名を付けない? 権禰宜ですら私には不釣り合いだというのか? 皆、私を、無力だと蔑んでいるのか?
そんな時に、彼と出会った。
「ねえ、君。優秀な者が上に立てない今の本庁の在り方をどう思う?」
「貴方は……?」
「ねえ、どう思う?」
彼は言った。今の本庁は腐敗している、と。
昔の在り方に固執するあまり、優秀な神職が芽を出せず潰されてしまっている、と。
貴方は特別だ、貴方は優秀だ。力さえ手に入れれば貴方は上に立てる人間だ。
「だから貴方は、力を手に入れなさい」
全国各地の社に厳重に保管されている「空亡の残穢」のひとつは、神修の学舎内、旧校舎の奥に隠されている。それを探しなさい。
それを手にした貴方は、特別だ。
そうか、力さえあれば……。
私に強い力さえあれば、私は特別になれる。私は上に立てる。
次の昇級試験で他の奴らよりも上へいける。来年の神話舞にも選ばれる。ホコリとかび臭い文殿から出られて、紫に白紋の入った袴を着て社頭を歩ける。
そうか、力さえあれば!
山の中腹にある人口数百人ほどの村落で生まれたその少年は、幼少期からその稀有な力から「神童」と呼ばれていた。
「一さん、どうもこんにちは」
「あらあら、山田さんのおばあちゃん。どうかされました?」
「ちょっと膝が痛ぁて。方賢ちゃんにさすって貰いたくって」
「あらまあ大変。庭から回って縁側座っといてください。もうちょっとで小学校から帰ってくると思いますから」
「助かるわぁ、寄せてもらうな」
よいしょ、と縁側に腰掛けた老婆は痛む膝をそっと撫でる。
しばらくすると塀の外を走る軽やかな足音が聞こえて、玄関から「お母さんただいま」と高い声が聞こえた。
転がるように廊下を走る音が近づいてきて、「あれ?」と曲がり角から顔をのぞかせた。
「山田のおばあちゃん、こんにちは」
縁側に座る来客を見て、少年は少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「方賢ちゃん、おかえり。寄せてもらってるで」
「どうしたの? おばあちゃんに用事?」
「ううん、方賢ちゃんにな。膝が痛ぁてさすって貰いたいんよ。またお願いしてもええかな」
目を瞬かせた少年はすぐにぱっと笑って「いいよ!」と老婆に駆け寄る。
傍に膝を着いて座ると、老婆の膝にその小さな両手をそっと手を当てて目を瞑った。
「いたいのいたいの、とんでいけ」
まるで鈴がなるような、春の日の木漏れ日のような優しくて暖かい声が言葉を紡ぐ。
いたいのいたいのとんでいけ、と何度か繰り返すうちに少年は手のひらがほわんと温かくなるのを感じた。その熱がすうっと老婆の膝の中へ入っていく感覚を感じ取ると「どう?」と老婆の顔をみあげる。
「ああ……ほんまにこれは不思議な力や。あんなに痛かったのが、まるで熱が引くみたいにすぅっと引いて行ったわ」
憑き物でも落ちたように安心した顔で少年の頭を撫でた。
「山田のおばあちゃん、お茶入れましたよ……って、方賢帰ってたならただいまくらい言いなさい」
「僕、言ったよ」
「そやな、方賢ちゃんはおっきい声でただいまぁって言うてたな?」
味方をしてくれた老婆に少年は頬を赤らめて抱きついた。
「善子さん、方賢ちゃんはほんまにすごい子や。神様に愛された子やわ」
言い過ぎやわ、と肩を竦めた善子は、満更でもない顔で笑った。
少年、一方賢は他の人間とは違う力を持っていた。触れた者の怪我や病気を癒し、治す力だ。その力に気がついたのは彼が三つの時だった。
近所の神社で祭りが行われる前日、村の若衆が櫓を組み立てている時に足を滑らせて頭を強く打ち額を割ってしまう事故が起きた。
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家が隣でとりわけ青年と親しかった方賢は、血だらけで横たわる青年に泣いてすがったのだという。
そんな方賢を宥めようと、青年はいつも方賢が怪我した時に自分がやってあげていたように「痛みが飛んでいくおまじないをかけてくれ」と方賢の気を紛らわした。
泣きじゃくりながらその頭を撫でた方賢は「いたいのいたいの、とんでいけ」と繰り返す。するとたちまち、青年の額の傷が塞がっていったのだ。
周りにいた大勢の大人たちは突然の出来事に唖然とし、何よりも死まで覚悟した青年が一番驚いていた。
町医者が駆けつけ血だらけなのにぴんぴんしている青年に腰を抜かし、呼びつけた救急隊員は血だらけなのに呑気に世間話をする姿に仰天した。
やがて体が何ともないことを確認すると、二時間かけてやってきた救急車はまた麓へ戻って行った。
「この子は神様のお使いだ」
青年がそう言ったことで、方賢の奇跡は瞬く間に村中に知れ渡った。
初めは疑心暗鬼だった一部の大人たちも、方賢の奇跡を何度も見ているうちに「神童」だと騒いだ。
怪我も病気もひとたび方賢が祈れば、たちまち良くなった。
「ほら、方賢ちゃんが笑っとる」
「ああ、縁起がよろしいね」
「うちの主人も、こないだ治してもろたばっかりで」
小さい頃はあまり自覚していなかった方賢も、小学校へ入った頃には自分の持つ力が特別で、ほかとは違っていることに気が付いた。
街を歩けば大人たちから褒められ、色んなものを貰った。
笑えば褒められ手を振れば感謝され、大人たちに頼られることが誇らしく、皆から大切にされることに心地よさを感じていた。
神童、神のお使い、と大切にされて育った方賢は優秀な成績で小学校を卒業すると、山の麓の私立の中学へ進学した。
同級生は村の中学へ進学し、知り合いはいないもののまたすぐに皆と打ち解けられると思っていた。
しかし────。
「一って、あれだろ? 山奥の村で神童とかって囃し立てられてた」
「そうそう。何が神童だよな、俺たちのこと馬鹿にした目で見やがって」
「自意識過剰だよね。傲慢だし、空気読めないし」
「気持ち悪い~」
彼は山の麓では、上手く馴染むことが出来なかった。
やがてさまざまな悪意がぶつけられるようになり、方賢は孤立した。
「おい、ペアワークなんだから誰か方賢と組んでやれ」
「神童なんで一人でも大丈夫だと思いまーす」
くすくす、くすくす。彼を囲む笑い声は悪意に満ち溢れていた。
「気持ち悪いんだよお前!」
「神童ならその力でやり返してみろよ!」
たくさんの手が撫でたはずの頭は、悪意ある手によって殴られた。
なぜ、などうして────?
自分は他には無い傷を癒す特別な力を持っている。周りは僕のことを神童だと言った。尊い存在だと言った。
なのになぜ、こんなにも貶められている?
村の人達は、僕の力を理解してくれた。なのに何故、この人達は僕の力を理解できない?
────僕の力を理解できない、底辺ども。
傷付けることしか出来ないゴミクズどもは、居なくなればいい。この世に必要のない存在だ。
そうだ。全員、死ねばいいんだ。
「────大変悲しいお知らせをしなければなりません。クラスメイトの本郷さんが昨日突然亡くなりました。心臓発作だったようです」
ひとり、ふたり。クラスから生徒が消えていき、代わりに机の上には花が活けられた花瓶が増える。
ああ、まるで神さまが僕を守ってくれているようだ。僕を虐げるやつたちに、どんどんバチが当たっていく。どんどん消えていく。
神が、僕の願いを聞き入れて守ってくださっているんだ。
なんて気分がいいんだろう。
これで僕を罵倒するひとはいない。僕を敬い、畏れ、また「神童」だと言う。
そうだ、これが正しい姿。特別な力を持つ僕にふさわしい場所。
「一方賢さん、貴方は「神役修詞中等学校」への編入が認められました。そこで言霊の力の使い方を学び、神に仕える神職になる知識を得るのです」
中学2年生の冬、黒いスーツをきた男が木箱を抱えて家へ現れた時には、「ああやっとか」と安堵した。
やっと自分の力が認められた。やっと自分と力にふさわしい場所へ行くことが出来る。
自分が神童で、神の使いで、優秀だから。
そうして方賢は、中学三年へ進学すると同時に神役修詞中等学校へ編入することになった。
自分が持つ力はその学校では特別ではなかった。みなが同じように力を持ち、自分以上にその強い力を使いこなしていた。
今、彼らに追いつくことが出来ないのは仕方がない。なぜならば、彼らは自分とは違い幼少期から相応しい環境にいたのだから。
けれど、僕には迎えが来た。わざわざこの僕に迎えが来たのだ。僕が優秀だから。僕が特別で、僕が神の子だから。
スタートは遅れたかもしれないが、いずれ誰をも凌駕する。
きっと誰よりも優秀な神職になり、いずれは「まねきの社」の宮司に選ばれる。
はず、なのに。
「草薙翔五、明階二級昇格。一方賢、正階三級維持」
「うええええっまじっすか!」
「翔五、うるさいぞ。嬉しいのは分かるが落ち着け」
自分よりも知識が乏しく、言動も神職に相応しくない。考えも浅はかで軽率。
そんな男が、なぜ私よりも上にいる?
「喧鵲禰宜頭、納得できません! 私に何が足りないのですか!」
「方賢はよく学びよく勤めている。ただ、まだ昇格するその時ではないだけだ」
その時ではない?
では、いつ私は上に上がれるのですか。
勉強だって好きでは無いし、神職の勤めは辛いことも多い。
けれどいつかは必ず上へ上がれる時がくる。
そう思って耐え忍んできた。
なのに。
「草薙翔五、まねきの社禰宜に任ずる。推薦者、日本神社本庁本部長蓬莱栄」
私を押しのけ、先へ行く。
私よりも劣っているはずのもの達が、私を押しのけ先へゆく。
なぜ、なぜ、なぜ────?
私の家系が社を管轄していないから、私が編入生だから、だれも私の力を理解していないから?
「宮司、方賢が思い悩んでいるようです。なぜ彼は昇格できないのでしょうか」
「……ああ。あれは仕方がないんです。彼自身が保有する力がそこまで大きくない。三級より上がることは難しいでしょう。それに彼は────」
ああ、そうか。そうだったのか。
私は特別ではなかったのか。特別なのは私の周りにいるもの達だったのか。
自分の力に自惚れて過信していたのは、私だったのか。
なんて情けない。なんて惨めな。
瑞雲宮司、禄輪禰宜、喧鵲禰宜頭、景福巫女頭、方賢さん。
方賢"さん"。
なぜ私に役職名を付けない? 権禰宜ですら私には不釣り合いだというのか? 皆、私を、無力だと蔑んでいるのか?
そんな時に、彼と出会った。
「ねえ、君。優秀な者が上に立てない今の本庁の在り方をどう思う?」
「貴方は……?」
「ねえ、どう思う?」
彼は言った。今の本庁は腐敗している、と。
昔の在り方に固執するあまり、優秀な神職が芽を出せず潰されてしまっている、と。
貴方は特別だ、貴方は優秀だ。力さえ手に入れれば貴方は上に立てる人間だ。
「だから貴方は、力を手に入れなさい」
全国各地の社に厳重に保管されている「空亡の残穢」のひとつは、神修の学舎内、旧校舎の奥に隠されている。それを探しなさい。
それを手にした貴方は、特別だ。
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私に強い力さえあれば、私は特別になれる。私は上に立てる。
次の昇級試験で他の奴らよりも上へいける。来年の神話舞にも選ばれる。ホコリとかび臭い文殿から出られて、紫に白紋の入った袴を着て社頭を歩ける。
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