言祝ぎの子 ー国立神役修詞高等学校ー

三坂しほ

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対峙

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大きなあくびは、慶賀くんから来光くんそして私へと伝染して、みんなが眠たげに目を擦る。

寮から社頭へ降りてきた私達は、神職さまの指導の元、社頭にいる妖たちに声をかけて社頭の外へと誘導していた。

まだ日の登りきらない午前三時、あやかし達にとってはちょうど昼間ごろだ。平日なのもあって参拝に来る妖の姿は少ないけれど、なかなか一筋縄ではいかない。


「あ、そこの子泣き爺どこ行くの!」


来光くんが慌てて老人の姿をした妖を追いかける。


「どこって、ちと手水に」

「だめだめ、もうすぐ開門祭だから一旦社頭から出てもらわないと」

「あと半刻も先じゃろう。用を足したらすぐ戻る」

「だーかーらー!」


すんなり出てくれる妖が大半だが、なかなか言うことを聞かない妖も少なくはなかった。


「これ、終わるのかな……? あと一時間で全員外に出すんでしょ?」

「終わらなきゃ一週間も社から出れなくなるからね」


はあ、とため息をついた嘉正くんは鬼ごっこをして遊ぶ座敷童子たちに駆け寄った。

開門祭一日目に行われる「開門の儀」は、人間が参拝に来る表の社と妖が参拝にくる裏の社の鳥居を繋げる儀式が執り行われる。

一度ふたつの門を閉ざしてひとつに繋げ、ふたつの種族が自由に出入りできるようにするのだとか。

どうやらその際に社の中にいれば開門祭の間、社から抜け出すことが出来なくなるらしい。簡単に言えば、毎月一日と十五日に行われる結界の張り替えと同じような空間が歪む現象が起きるのだとか。



「あっ、そっちに子鬼が逃げた! 巫寿、挟み撃ち!」


鬼ごっこと勘違いしたのか、子鬼たちが泰紀くんから逃げている。

追いかければ余計テンションが上がったのか「きゃーっ」と楽しそうに悲鳴をあげてあちこちに散らばる。


「クソガキ! しまいには大豆鼻の穴にぶち込むぞ!」

「餓鬼じゃないよー、子鬼だよー」


べぇっと舌を出した子供たちにピクピク眉を動かした泰紀くん。

すると胸の前でパンッと柏手を打った。


「祓い給え清め────」

「ま、待って待って! 泰紀くんストップ!」

「みんなーっ、泰紀が切れて暴走した!」



うわあ、きゃあ、と騒いでいれば、本殿の方から背筋がゾッとするほどの恐ろしい気配を感じた。

みんなはまだ気がついていないのか泰紀くんを羽交い締めにしたり子鬼たちと追いかけっこをしている。


恐る恐る視線を向けると、まるで般若のように目を釣りあげたまねきの社の本巫女、景福けいふく巫女頭がこちらに向かって走ってきていた。

息を飲み慌ててみんなを呼び止める。

はっと歩みを止めたみんなは、鬼の形相で駆け寄る景福巫女頭にさあっと顔を青くした。


「逃げるぞ」

「うん逃げよう」

「悪いことはしてないけど逃げよう」

「走れ巫寿!」


子鬼たちを抱き抱えたみんなが一斉に走り出す。


「逃げるな馬鹿者ーっ!」



景福さんの声が深夜の社頭に響いた。



「なんでこんな真夜中から怒られないといけないんだよー!」

「罰則がなかっただけマシでしょ」

「べつに遊んでたわけじゃないのに」


一時間後、無事全てのあやかし達を社頭から追い出すことができ、私たちは表の鳥居の前に並んでいた。

まねきの社の神職さま方や神修の先生方全員出席している。ずらりとならぶ神職たちのその中に、見慣れない黒いスーツの集団がいた。


「ねえねえ嘉正くん、あの黒いスーツのおじさん達は誰?」

「ん? ああ、本庁の役員だよ」


へえ、と目を丸くする。

「本庁」と略して呼ばれるそれは、正式名称は「日本神社本庁」で全国の神職を統括する組織だ。

参道を挟んで社務所とは真反対に庁舎があって、あまり人が出入りするのを見たことがなかったけれど、こういう人達が働いてたんだ。

その中に、恵衣くんの姿を見つけた。黒いスーツの中で松葉色の制服はよく目立つ。


「恵衣くんはどうしてあっちに並んでるの?」

「両親が本庁の役員だからだよ。ほら、恵衣の隣に立ってる人」


背伸びをして前の人の影からのぞく。

涼し気な切れ目がそっくりな男性と、雰囲気がどことなく似ている女性が両隣に立っていた。


「あっ、ねえ皆! あそこ!」


なにかに気がついた来光くんが小声で何かを指さした。

列の隅にひっそりと並ぶ嬉々先生の姿が見えた。


顔は相変わらず長い前髪で見えないけれど、白衣の襟元や袖から見える首や足に肌が見えないほど巻き付けられた包帯がちらりと見えた。

それに気付いたみんなが、ハッと息を飲むのが聞こえた。


嘉正くんは険しい顔できつく拳を握った。


「……作戦通り、この後嬉々先生に来光の形代をつかせる。俺らは交代で方賢さんを見守るよ。巫寿は夜まで神話舞に集中して。何かあったら知らせるから」


うん、とひとつ頷く。

得体の知らない何かが迫ってくるような言い表せない胸騒ぎがした。

日が登れば社頭には沢山の人と妖で溢れかえった。週末の裏の社よりも何倍も賑やかで、沢山の出店が開いていた。

あやかしが営む骨董品屋や古着屋の隣に、人が開くたこ焼き屋やヨーヨー釣りが並んでいるのは他では見られない不思議な景色だった。


人も妖もお互いの姿に驚くことなく祭を楽しんでいるのは、鳥居をくぐればそうなるようにまじないがかけられているからだとか。


「巫寿! お疲れ様!」


神楽殿と本殿を繋ぐ朱い太鼓橋から参道を見つめていた私の背中を叩いたのは、衣装から制服に着替えた瑞祥さんだった。

その後ろには聖仁さんもいて「お疲れ様」と私にペットボトルを差し出した。


お礼を言いながらそれを受け取った。


「もう疲れたのか? まだ初日の午前の部が終わったばっかだぞ!」

「しかたないよ、誰だって初日は緊張するもの。巫寿ちゃんはミスなくよくやったよ」

「確かにな! よくやったぞ巫寿!」


ぐりぐりと頭を撫でられて身を縮める。


「午後の部は深夜だし、着替えて少し休んだら?」

「そうします」


うん、と満足気に頷いた聖仁さんは「午後も頑張ろうね」と私の肩をぽんと叩いた。


神話舞の演者用控え室で制服に着替えて、何となく傍にあった椅子に腰を下ろした。

ふう、とため息をついて天井を見上げる。


午前の演舞は無事乗り切ったけれど、やっぱり胸騒ぎは収まらない。神話舞に対する緊張かと思っていたけれどやっぱり違う。

となるとやっぱり、嬉々先生のことだろう。

早いところみんなに合流したいのだけれど、朝が早かったのもあって椅子に座った途端眠気でぼうっとしてしまう。

やがてこくりこくりと船を漕ぎ始め、すぐに瞼が降りてきた。


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