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部活見学

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朝の社頭は一日の中で一番心地よい。

空気がまるっと洗われたようなそんな清々しい風が吹き、雲間から差す太陽はことさらに柔らかい。

そんな気持ちの良い朝の社頭に、小鳥の断末魔のような笛の音色が響いた。


「もういい加減にしてよ、ふたりとも!」

「だってさー……」


こめかみを抑えながらそう声を上げたのは来光くんだった。

へにょりと眉を下げて泣き顔を作るのは、いつもの如く慶賀くんに泰紀くんのふたり。



「朝っぱらから小鳥の断末魔みたいな音色聞かされて、迷惑なんだけどッ」

「そんな言い方ねえだろ!せめて猫がしっぽ踏まれた時の声って言えよ!」

「そうだぞ来光、小鳥の断末魔は失礼だ!」

「どっちも似たようなもんだろ!」


そんなやり取りに思わず吹き出す。

疲れたようにため息を吐いた嘉正くんはやれやれと肩を竦めた。



「三人ともうるさい。慶賀と泰紀はせめて教室で練習しなよ。他の学生が雀踏んだんじゃないかって慌てて靴の裏みてるから」

「もう間に合わねぇよ~……」



ゴールデンウィークが開けて5月の二週目に差し掛かった今日は、連休明け早々に男の子たちは「雅楽」の授業で龍笛のテストがあるらしい。


全く練習をしていなかったふたりは、早朝から龍笛の練習を始め皆が小鳥の断末魔のような音色に叩き起された。

寮監の神職さまにこっぴどく叱られたはずなのに、懲りずに通学中もこうして練習し続ける。


確かに周りを見てみれば、皆が慌てた様子でたたらを踏んで靴の裏を見ている。


「いいよなぁ嘉正は。生まれつきなんでもそつなくこなせて」

「そうだそうだ! 宜家に生まれただけでも勝ち組なのに、勉強も出来て面倒見もよくて、優男でしかも顔も悪くないしさ~」

「べつにそんなんじゃないよ」


曖昧に笑った嘉正くん。

隣を歩いていた来光くんにコソッと話しかける。



「嘉正くんのお家って、そんなに凄い家柄なの?」

「うん、超名門だよ。この界隈でも名門って言われる家系はいくつかあるけど、その中でも宜家はとりわけね」


へえ、と目を丸くして先を歩く嘉正くんの背中を見る。


同い年にしては大人っぽく落ち着いていて、面倒みも良くて優秀な嘉正くん。

やはりそれなりの理由があったんだ。


「あ」


来光くんがそう呟いて「あれ見て」と先を指さす。

寮から社頭へ続く石階段の下から、鬼の形相をしたまねきの巫女さまがかけ登ってくるのが見えた。



不名誉にも「騒音妨害」と叱られたふたりは、流石に反省したようで珍しく真面目に清掃をして、大人しく朝拝に参加していた。


「巫寿さん、ちょっといいかしら」

富宇ふう先生?」


朝拝が終わって、本殿から出ていく人の列に並んでいると富宇先生に呼び止められた。


「おはようございます。どうしたんですか?」

「ちょっとお話があって」


わかりました、とひとつ頷き待ってくれていた皆には断りを入れる。

列から抜け出して、富宇先生に歩み寄った。


こっち、と連れてこられた本殿の隅には先客がふたりいた。

一人は男の人で、もう一人は女の人。リボンの色からひとつ年上の2年生なのだとわかった。



「お互いにはじめましてよね。この二人は、二年生のさかき聖仁せいじんさんと、夏目なつめ瑞祥ずいしょうさん」


初めまして、と手を差し出した聖仁さん。

癖のある茶髪をかき分けた髪型が良く似合う、優しげな顔立ちの人だ。柔らかく人懐っこい雰囲気が印象的だった。


「は、初めまして。一年の椎名巫寿です」


どぎまぎしながらその手を握り返すと、今度は横から瑞祥さんにぐりぐりと頭を撫でられた。


「よろしくな、巫寿。二年の夏目瑞祥だ!」



長い髪を高い位置で結い上げて、キリッとした目が凛々しくて格好いいその人は、夏目瑞祥さんと言うらしい。

にかっと笑う笑い方が凄く素敵な人だ。



初めて会ったばかりだけれど、二人の雰囲気から直ぐに緊張はとけた。



「さあさあ、挨拶もそこそこにして。もう二人には説明したけれど、改めてお話するわね。集まってもらった三人には、今度の開門祭で神話舞に出てもらいたいの」


うふ、と悪戯が成功したかのように可愛らしく笑った富宇先生。

神話舞、というのが何かわからず首を傾げる。



「開門祭で、御祭神さまである須賀真八司尊すがざねやつかのみことにまつわる神話を舞にして奉納するんだよ」


すかさず聖仁さんがそう説明してくれた。


「メインの役どころを演じるのはまねきの神職さまたちなんだけれど、端役はいつも学生にお願いしていてね。今年は萬知鳴徳尊ばんちめいとくのみこと役を聖仁さんにお願いしたくて」


萬知鳴徳尊ばんちめいとくのみことと言うと、まねきの社で御祭しているもう一人の神様だ。

本殿のそばに祠があって、たしか神話では、御祭神さまである須賀真八司尊すがざねやつかのみことの世話役としてお仕えしている美しい少年の姿をした神様だ。


確かに容姿端麗な聖仁さんにはピッタリの役どころだと思う。

あれ、でも聖仁さんは男の人なのに舞を踊るの?


「富宇先生、聖仁さんも舞を踊るんですか?」

「ええ。舞は巫女だけじゃなくて神主も踊るのよ~。神主が舞うのは大和舞やまとまい、男の子は選択授業で選べるの」

「僕の家が仕えるお社は大和舞を奉納する神事があるからね」


なるほど、そんな神事もあるんだ。

みたこともない大和舞だけれど、巫女舞とは違ってまた素敵なんだろうな。



「それで、瑞祥さんはまねきの社の本巫女、巫寿さんにはまねきの社の巫女助勤役として、神話舞に出て欲しくって」


巫女助勤といったら、本巫女さまの下で働く巫女のことだ。

そんな大役、と思うと慌ててブンブン首を振った。


「で、できないです! 私まだ下手くそだし、なによりそんな大事な神事にでるなんて」

「こらこら、巫寿さん。言祝ぎを高めないと、本当に出来なくなってしまうわ」


う、と言葉を詰まらせる。

自分の悪い癖だ。自信のなさが直ぐに言葉に現れてしまう。禄輪さんにも散々それを言われているはずなのに。



「それに、巫寿さんはもう少し自分の舞に自信を持たないと。まだ習い始めてひと月程度なのに、驚くほど上達しているわ」


富宇先生の柔らかい手が私の背中をぽんと叩く。

きゅっと唇を結んで俯いた。


「やってみなよ巫寿、案外楽しいぞ! そんなに気負わず発表会に出るとでも思ったらいい。それにちょっとやそっと失敗したって死にゃしない!」


大きな口を開けてかかか、と笑った瑞祥さん。


「巫女助勤の役と言っても、ほんの少しだけの間、本巫女役の後で踊るだけなの。巫寿さんならきっと出来る」


富宇先生にぎゅっと手を握られて、戸惑い気味に先生の目を見た。


前に見たお母さんの巫女舞には全然程遠いし、そもそも習い始めたばかり。

本当に私に、そんな大切な神事できちんと舞うことが出来るのだろうか。



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