1 / 223
始まりの詞
壱
しおりを挟む「────よく聞きなさい」
両肩を掴んで私の顔を覗き込む。
真剣な声でそう言われ、戸惑い気味に頷いた。
「もし巫寿が本当に、自分の身に何が起きたのか知りたいと思うのなら、神役修詞高等学校へ行くべきだ。巫寿の兄さんや父さん母さんが学んだ場所だ」
「しん、えき?」
「巫寿の両親は、妖から巫寿を隠そうとした。祝寿もその想いを受け継いで今まで巫寿を守ってきた。俺のこの提案は、巫寿を大切に守ってきた人達の意思に反してしまうかもしれない」
ばくばくと、心臓が騒ぎだす。
「両親のこと、自分のこと、これからのこと、身の守り方……巫寿が知らない、一恍や泉寿や祝寿の過ごした歳月をそこで知ることが出来るはずだ」
開け放たれた障子から花吹雪が舞い込んだ。
まるでなにかに答えるように、まるで何かを祝福するように、まるで何かを手招くかのように。
「私……」
本当は怖くてたまらなかった。
今なら「普通」の生活に戻ることだってできる。日常に戻ることを心の中では望んでいたはずなのに。
まるでもう一人の自分が、そうさせているようだった。
「知りたいです」
お父さんとお母さんが、何と戦っていたのか。お兄ちゃんは何から私を守ろうとしてくれていたのか。
受け継いだ私の中に宿る力はなんなのか。
*
『────大雪の影響により関東地方ではJRが全線で運転を見合わせており、夕方から深夜にかけてはライフラインへの影響も懸念されています。』
ニュースキャスターが淡々と原稿を読み上げるのを横目に、毛糸のマフラーをくるくると巻き付ける。
「お兄ちゃん、私もう行くねー?」
キッチンにいる兄に聞こえるようにそう声をかける。
「え、もう出るの? 今日早かったっけ?」
胸元に大きなうさぎのアップリケが付いてある水色のエプロンを着たお兄ちゃんが、フライパンを持ったままドタバタとキッチンから出てくる。
フライパンの上で熱々のタコさんウィンナーがじゅうじゅうといい音を立てていた。
「もー、昨日言ったよ。恵理ちゃんと待ち合わせてから試験会場行くから、いつもよりも早く出るって」
スクールバッグの中を整えながらそう伝えると、お兄ちゃんは「あちゃー」と頭を搔く。
「ごめん、すっかり忘れてた。まだお弁当出来てないや……。おにぎりだけでも握ろうか? 5分あればできるよ」
「急いでるからいいよ。コンビニで何か買ってく」
「朝ごはんは? パン直ぐに焼くからそれだけでも、」
「それも途中で買う!」
そう言ってくるりと背を向けるとお兄ちゃんが慌てて追いかけてくる。
「待って待って! 行ってきますのおまじないもしてないだろ!」
「もー、急いでるの。それにいつまでも子供扱いしないでって言ってるじゃん!」
「15は十分子供だ馬鹿!」
追いかけてくるお兄ちゃんの手から逃げるように小走りで玄関へ向かう。
ちょうどその時、プシューっとヤカンが音を立てるのがキッチンから聞こえた。お兄ちゃんが「ああっ」と悲鳴をあげてまたドタバタと戻っていく。
その隙にスニーカーのつま先をトンと叩きつけてドアを開けた。
鼻先には真っ白な景色が広がった。どこもかしこも粉のような雪をふわりと被っている。ツンと肌を刺す冷たい空気に、吐く息が染った。
「いってきまーす」
「あっこら巫寿!」とお兄ちゃんの怒った声が聞こえて、慌ててドアを閉めた。
昨夜のニュースで大寒波が直撃すると言っていたけれどその予報は大当たりで、明け方からしんしんと細かい雪が降っていた。
アパートの外階段にもうっすら積もっていて、滑らないようにしっかり踏み締めながら降りる。
受験の当日に"すべる"なんて、縁起が悪いもん。今日は第一志望校の受験日だ。
いつもよりも時間をかけて慎重に階段を降りていると、私たちの部屋の真下、一階右端の部屋のドアががちゃりと開く。
顔を出したその人は、私を見上げて顔を綻ばす。
「巫寿」
アパート一階の右端、私たちの部屋の真下にあるその部屋は管理人さんの部屋だ。
津々楽玉嘉さん、私は玉じいと呼んでいる。奥さんを随分前に亡くなくして以来ずっと一人暮らしをしているおじいさんだ。昔から良く面倒をみてもらっていて、小さい頃はお兄ちゃんが仕事から帰ってくるまでの時間を玉じいの部屋で待たせてもらってたりもした。
最近はお兄ちゃんと3人で玉じいの76歳のお誕生日をお祝いしたばかりだ。
背筋は私よりもしゃんと伸びて全然おじいちゃんっぽくないハキハキしたひと。昔はちょっと怖い人だと思っていたけど、笑った時の目尻の皺が優しくて、いつも私の髪の毛をボサボサに撫でる大きな手が昔からずっと好きだ。
「玉じいおはよ、行ってきます!」
「気をつけてな」
はーい、と元気に手を振り返した。
「みこ~! おはよー!」
待ち合わせの駅前に、同じくマフラーをぐるぐる巻きにした恵理ちゃんが手を振って立っている。
二つくくりのお下げが良く似合う私の大親友。幼稚園の頃からの付き合いだ。
手を振り返しながら、駆け寄った。
「おはよ、やっぱり雪降ったね」
「ね! 寒すぎる~! 手繋ごっ」
恵理ちゃんと身を寄せ合い改札口を通る。
電車が来るまでの時間は英単語のクイズを出し合って過ごした。
「────それでは、始めて下さい」
サラリ、と紙を捲る音が教室中に響く。
試験は順調に進み、昼休みを挟んで四科目めの理科のテストが始まった。
あ、ここ。恵理ちゃんとお昼に教科書で見たとこ。
そんなことを考えながら順調に問題を解いていると、始まってから30分くらい経ち試験官の先生が私の席の横で足を止めた。
少しドキッとしながらも問題用紙を見つめていると、机の上にスっと紙が置かれた。
不思議に思ってその紙を見る。
【急を要するお話があります。荷物をまとめて静かに立ち上がり、試験官と教室を出てください。】
目を見開いてその紙を見つめる。
戸惑い気味に先生を見上げると、先生は険しい顔でひとつ頷いた。
10
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
白鬼
藤田 秋
キャラ文芸
ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。
普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?
田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!
草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。
少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。
二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。
コメディとシリアスの温度差にご注意を。
他サイト様でも掲載中です。
九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~
束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。
八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。
けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。
ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。
神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。
薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。
何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。
鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。
とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
AV研は今日もハレンチ
楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo?
AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて――
薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる