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付喪神の子守り
陸
しおりを挟むそして翌日。
三門さんから「ふたりで食べな」と渡された紙袋を抱えて詩子の家へ向かった。紙袋の中身はひなあられだった。昨日のうちに青女房の屋台で買っていてくれたらしい。
今までも、ひな祭りの日は必ずひなあられを食べていたのを思い出す。学校帰りにおじいちゃんの家に寄ると、必ず用意してくれていたのだ。
ひなあられを食べながら、おじいちゃんの膝の上でひな祭りの歌を歌った記憶がよみがえり少し胸が熱くなる。
いけない、しっかりしなきゃ。
頬を両手でパチンと叩いて気合を入れ直す。
詩子に「もうすぐ着くよ」とメッセージを送ると、可愛らしいきつねの傍に『了解』と書かれたスタンプが送られてきた。
数分歩くと家が見えてきた。玄関の前にはすでに詩子が立っている。私の姿を確認するなり、ぶんぶんと大きく手を振ってくれた。手を振り返しながら小走りで駆け寄る。
「おはよう、昨日は夜遅くにごめんね」
「ううん、気にしないで。まだ起きてたし、それに三門さんも『早く連絡をくれて良かった』って」
「ほんと、すぐに三門くんに連絡できてよかったよ。お母さんとか怖がっちゃってさ、家のあちこちに盛り塩置き始めるんだもん」
肩を竦めた詩子は、玄関の戸を開けて私を中へ促す。お邪魔します、と小さな声で言ってから中へ入った。
「私の部屋……は、あの御札があるから駄目か。客間は堅苦しいしなあ」
先を歩く詩子が、ぶつぶつとそう呟く。そして私は居間に案内された。真ん中に大きな炬燵がひとつある部屋で、三門さんの家の居間と造りが少し似ている気がした。
「寒いし炬燵入ってて。ジュース取ってくる。炭酸飲める?」
「うん。あ、これ三門さんからふたりで食べなって貰ったの。ひなあられ」
「わっ、ラッキー! ありがとう、お皿に移すね。ちょっと待ってて!」
紙袋を胸の前に抱いた詩子は嬉しそうに笑うと、小走りで出ていく。
どこに座ろうか、と炬燵に目を向けると、入ってきた方と反対側の障子がすっと開いた。
「あら、結守さんのところの巫女さん。こんにちは」
現れたのは七十くらいのおばあちゃん。暖かそうなちゃんちゃんこを羽織っていた。顔をよく見ると、神社によくお参りに来るおばあちゃんだった。
詩子のおばあちゃんだったんだ。
「こ、こんにちは。詩子ちゃんとは友達で、今日はお邪魔しています」
少し緊張したのかめちゃくちゃな日本語になってしまった。恥ずかしくて俯いていると、おばあちゃんは嬉しそうに「よく来たね」と目を細める。おばあちゃんに促されて炬燵の前に腰を下ろした。
「巫女さんは、おみかん好きかしら。甘くて美味しいの、良かったらおひとつどうぞ」
炬燵の上の籠に入っていた蜜柑を手に取ったおばあちゃんは私にそれを差し出した。お礼を言って受け取る。ずっしりと重みがあって色が濃く、鼻を近寄せるとみかんの甘酸っぱい匂いがした。
「みかんはね、お尻から剥くと上手にできるの」
そう言って手を止めることなくするすると向いていくおばあちゃんを真似て、私もお尻から剥いてみた。筋がつるんと取れて「おお」と目を輝かせる。一房口に放り込むと思わず目じりが下がった。
「甘いです。美味しい」
「そうでしょう?」
蜜柑を片手におばあちゃんとまったりお話していると、私の後ろの障子がすっと開いた。振り返ると、お盆を持った詩子が立っている。
私の前に座るおばあちゃんを見るや否や、ぎょっと目を見開いた。
「ちょっとおばあちゃん! みかんなんて出さないでよ恥ずかしいっ。炬燵の上にあったやつでしょう!」
同意を求めるように「ねえ?」と私を見た詩子。思わずもぐもぐと動かしていた口を止めて誤魔化すように笑う。
「で、でも美味しいよ……?」
何とも言えない表情をつくった詩子は、私の隣に腰を下ろした。ジュースの入ったコップと、カラフルなひなあられが盛られた木のお皿を炬燵の上に並べる。
「そう、このひなあられ! さっき一粒つまみ食いしたんだけど、びっくりした! めちゃくちゃ美味しい!」
「ほんと?」
食べて食べて、と勧められ、薄緑色のあられをひとつ摘まんだ。これまで食べてきたひなあられと、それほど変わったところはない。
ぽいっと口の放り込んでみると、口の中一杯に不思議な味が広がった。色とは正反対に、鶏肉の唐揚げのような味だった。
「唐揚げの味がする……!」
「え、すごい! それ何色? 私茶色のを食べたら、ピーナッツクリームの味がしたんだ!」
そんな風にわいわいと騒ぎながら食べていると、おばあちゃんが微笑ましげに私たちを見ているのに気が付いた。
「煩い?」
詩子が少し申し訳なさそうな顔で尋ねると、おばあちゃんは優しい顔で首を横に振る。
「女の子の成長を祝うのがひな祭りなんだから、元気があっていいの」
私たちは顔を見合わせると、はにかみながら肩を竦めた。
「ふりかかる厄はお雛さまが代わりに受けて下さるんだよ」
「あ……それ、三門さんも言ってました」
ひな人形は、生まれた女の子の成長を見守って、災厄から守ってくれる。そう言っていた。話題は直ぐに別の話に移ったが、何故だか妙にその言葉が頭に残る。
暫くするとそれも薄れて、気が付けばもうすぐ三門さんと約束した時間になるほどと時間は過ぎていた。時計を見上げた詩子が「あっ」と立ち上がる。
「そうだ、私三門くんから電話来るんだった。スマホ取ってくる!」
「あ、えっと……その間、お手洗い借りていい?」
「どうぞ~、客間の隣だよ! 場所分かる?」
ひとつ頷いて立ち上がると、詩子と共に居間を出た。
昨日案内されたばかりなので、場所はきちんと覚えていた。トイレの電気を消してドアを閉める。居間へ戻ろうと振り返ると、客間の障子が半開きになっているのに気が付いた。
なんとなくそうっと顔を覗かせてみるも、そこにはひな人形が飾られているだけで誰もいない。換気してるのかも、と結論づけて障子から少し離れた。
カコン────、と背後で何かが落ちる音がした。もう一度部屋の中を覗きこむ。床の上に金色の小さな扇子が落ちている。お雛さまに目をやると、胸の前で組まれた白い手には何も握られていなかった。
風に吹かれて飛ばされたのかな。
直ぐに出ます、と心の中で謝って客間にそうっと足を踏み入れる。床に転がっているお雛さまの扇子を拾い上げ、少し背伸びをしながらお雛さまの手元へ戻した。
あるべきところに収まった小さな扇子は、きらきらと美しく輝いている。
「よし」と呟き、早く出ようとお雛さまに背を向けた。すると、服の肩の部分が何かに引っかかってしまったようにツンとつっかえた。
ひな壇に服を挟んだんだ、と振り向けば、きめ細やかな柄が施された鮮やかな布がちらりと見える。少し動けば、その布からとても小さな白い手が見えた。
そう、まるで、お雛さまの手のような。
思考が停止して、私はその場で固まった。耳のすぐ後ろで衣擦れの音がする。間違いなく、お雛さまの手が私の服を掴んでいる。
────結守の巫女、助けて下され。
鈴の音色のような声が耳元で聞こえ、はっと振り返った。振り返ると同時に、頭の奥がずきんと痛む。意識が深い所へと引きずり込まれていくような感覚に、私はその場に蹲った。
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