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家鳴のいたずら
拾壱
しおりを挟む「これで最後かな。忘れ物はない?」
来た時と同様にスーツケースを軽々と持ち上げた三門さんは部屋を見回しながらそう尋ねる。
「はい、大丈夫です」
「よしじゃあ、行こうか」
私の返事にひとつ頷き、歩き始めた。
社頭に出ると、真っ先に本殿の前に向かった。二礼二拍手一礼をいつも以上に丁寧に行って、しっかりと手を合わせる。
お世話になりました。ありがとうございました。
しっかりと心の中でお礼を言う。本殿の奥から優しく風が吹いたような気がした。振り返ると、スーツケースを担ぐ三門さんの足元にみくりとふくりの姿がある。
二匹のもとに駆け寄って、その首元にぎゅっと抱きついた。ふくりが頭を私の頬に擦り付けてくる。みくりもぶつぶつと文句を言いながらも、大人しく抱きつかせてくれた。
「元気でね」
「まあ、なんだ。上手くやるんだぞ」
うん、と頷いてから二匹を放す。これ以上抱きついていると離れがたくなってしまう気がした。
三門さんが先に歩き出す。その背中を追いかける前に、もう一度振り返って社を眺めると胸がいっぱいになって、きゅっとく唇を結び走り出した。
階段を降りていく。鳥居が見えて、そばに止めてある車のそばで、大輔おじさんがお母さんたちと話している姿が見えた。
私はふと足を止めた。
「三門さん」
先を歩いていた三門さんが不思議そうに振り返る。ん? と首を傾げて私を見上げた。
「私、もう少しここに居たかったです」
鎮守の森を見渡しながら呟くようにそう言った。
「それは、どうして?」
「自分の力のこと、妖のこと、この神社のこと、もっと知りたいんです」
気が付けば、この神社が、妖たちが、とても大切な存在になっていた。そして彼らを導く三門さんの姿はとても格好良くて、私も少しでもそんな人になれたらいいなと思った。
傷つけることしかできなかった言霊の力を、今度は誰かのために使いたい。
気が付けばそう願っていた。
「そっか。なら、結守の社はいつでも麻ちゃんを歓迎するよ」
「え?」
「お母さんから逃げるための口実ならお説教していたところだけど、麻ちゃんの口からそれが聞けて良かった。それなら、僕はいくらでも協力する。いつでも帰っておいで」
帰っておいで、という言葉を選んだ三門さんに思わず笑みが浮かんだ。
「────はい!」
車窓から見える鎮守の森がどんどん小さくなっていく。私はそれを眺めながら、昨日からずっと考えていたことを思い切ってふたりに話してみた。
「そっか、いいんじゃないかな。麻も、来年からはもう高校生だし」
ハンドルを切りながら笑ったお父さんの二の腕を、お母さんが軽く叩く。
「ちょっと! 何でもかんでも直ぐに賛成しないで。あなたは麻にはとことん甘いんだから。とりあえず、帰ってからちゃんと話しましょう。三門くんにも連絡しないといけないし」
呆れたようにそう言ったお母さんは、お父さんにぶつぶつと文句を言い始める。ごめんてっば、と肩を竦めるお父さんに、思わず笑ってしまった。
ふたりとも反対はしていないようなので、ほっと息を吐く。これからに思いを馳せながら、どきどきと高鳴る胸をそっと押さえた。
【第一部 終わり】
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