上 下
34 / 53
家鳴のいたずら

拾壱

しおりを挟む


 「これで最後かな。忘れ物はない?」


 来た時と同様にスーツケースを軽々と持ち上げた三門さんは部屋を見回しながらそう尋ねる。


 「はい、大丈夫です」

 「よしじゃあ、行こうか」


 私の返事にひとつ頷き、歩き始めた。

 社頭に出ると、真っ先に本殿の前に向かった。二礼二拍手一礼をいつも以上に丁寧に行って、しっかりと手を合わせる。

 お世話になりました。ありがとうございました。

 しっかりと心の中でお礼を言う。本殿の奥から優しく風が吹いたような気がした。振り返ると、スーツケースを担ぐ三門さんの足元にみくりとふくりの姿がある。

 二匹のもとに駆け寄って、その首元にぎゅっと抱きついた。ふくりが頭を私の頬に擦り付けてくる。みくりもぶつぶつと文句を言いながらも、大人しく抱きつかせてくれた。


 「元気でね」

 「まあ、なんだ。上手くやるんだぞ」


 うん、と頷いてから二匹を放す。これ以上抱きついていると離れがたくなってしまう気がした。

 三門さんが先に歩き出す。その背中を追いかける前に、もう一度振り返って社を眺めると胸がいっぱいになって、きゅっとく唇を結び走り出した。

 階段を降りていく。鳥居が見えて、そばに止めてある車のそばで、大輔おじさんがお母さんたちと話している姿が見えた。

 私はふと足を止めた。


 「三門さん」


 先を歩いていた三門さんが不思議そうに振り返る。ん? と首を傾げて私を見上げた。


 「私、もう少しここに居たかったです」


 鎮守の森を見渡しながら呟くようにそう言った。


 「それは、どうして?」

 「自分の力のこと、妖のこと、この神社のこと、もっと知りたいんです」


 気が付けば、この神社が、妖たちが、とても大切な存在になっていた。そして彼らを導く三門さんの姿はとても格好良くて、私も少しでもそんな人になれたらいいなと思った。

 傷つけることしかできなかった言霊の力を、今度は誰かのために使いたい。
気が付けばそう願っていた。


 「そっか。なら、結守の社はいつでも麻ちゃんを歓迎するよ」

 「え?」

 「お母さんから逃げるための口実ならお説教していたところだけど、麻ちゃんの口からそれが聞けて良かった。それなら、僕はいくらでも協力する。いつでも帰っておいで」


 帰っておいで、という言葉を選んだ三門さんに思わず笑みが浮かんだ。


 「────はい!」




 車窓から見える鎮守の森がどんどん小さくなっていく。私はそれを眺めながら、昨日からずっと考えていたことを思い切ってふたりに話してみた。


 「そっか、いいんじゃないかな。麻も、来年からはもう高校生だし」


 ハンドルを切りながら笑ったお父さんの二の腕を、お母さんが軽く叩く。


 「ちょっと! 何でもかんでも直ぐに賛成しないで。あなたは麻にはとことん甘いんだから。とりあえず、帰ってからちゃんと話しましょう。三門くんにも連絡しないといけないし」


 呆れたようにそう言ったお母さんは、お父さんにぶつぶつと文句を言い始める。ごめんてっば、と肩を竦めるお父さんに、思わず笑ってしまった。

 ふたりとも反対はしていないようなので、ほっと息を吐く。これからに思いを馳せながら、どきどきと高鳴る胸をそっと押さえた。



【第一部 終わり】
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ブラックベリーの霊能学

猫宮乾
キャラ文芸
 新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

純喫茶カッパーロ

藤 実花
キャラ文芸
ここは浅川村の浅川池。 この池の畔にある「純喫茶カッパーロ」 それは、浅川池の伝説の妖怪「カッパ」にちなんだ名前だ。 カッパーロの店主が亡くなり、その後を継ぐことになった娘のサユリの元に、ある日、カッパの着ぐるみ?を着た子供?が訪ねてきた。 彼らの名は又吉一之丞、次郎太、三左。 サユリの先祖、石原仁左衛門が交わした約束(又吉一族の面倒をみること)を果たせと言ってきたのだ。 断れば呪うと言われ、サユリは彼らを店に置くことにし、4人の馬鹿馬鹿しくも騒がしい共同生活が始まった。 だが、カッパ三兄弟にはある秘密があり……。 カッパ三兄弟×アラサー独身女サユリの終始ゆるーいギャグコメディです。 ☆2020.02.21本編完結しました☆

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

下宿屋 東風荘 6

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*°☆.。.:*・°☆*:.. 楽しい旅行のあと、陰陽師を名乗る男から奇襲を受けた下宿屋 東風荘。 それぞれの社のお狐達が守ってくれる中、幼馴染航平もお狐様の養子となり、新たに新学期を迎えるが______ 雪翔に平穏な日々はいつ訪れるのか…… ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

処理中です...