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家鳴のいたずら
伍
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※「お詫びとお知らせ」の内容を「肆」に変更しております。
「さむっ」
声に出してみれば余計に寒さが増した気がして、両腕を擦りながらマフラーに顔を埋めた。
裁縫を終えると社頭を掃くために外に出てきたが、太陽がしっかり出ている昼下がりでも寒いことに変わりはなかった。
もしかして「寒い」って言った言霊のせい? なんてことを考えながら、一緒に体も温めようとせっせと箒を動かした。「今日はあったかい。今日はあったかい」と唱えながら箒を動かしていたその時。
「────麻?」
聞きなれた声で名前が呼ばれて、弾けるように振り返った。
鳥居に繋がる階段の前に立つその人。私と目が合うなり、眼鏡の奥の瞳が見開かれた。
「巫女さんの格好だからびっくりした。元気にしてた? 三門くんに迷惑かけてない?」
目尻に皺がよる穏やかで優しい笑顔を久しぶりに見て、一気に胸が熱くなる。箒から手を放し、勢いよくその人に駆け寄った。
「お父さん!」
頭に手が乗せられる。三門さんとはすこし違った、よく馴染んだ手だ。
「あれ、麻、背が伸びたんじゃないか? 見ない間にずいぶん大人っぽくなったんだね」
のんびりと笑うお父さんに、慌てて問いかける。
「お父さん、どうして、だって仕事」
お父さんは単身赴任をしていて、年に三回くらいしか家に帰ってこない。去年も最後に会ったのは、夏休みの時期だった。
「会社も冬休み、だからお父さんとお母さんで麻を迎えに来たんだ」
お母さん、迎えに来た。そのふたつの言葉にハッとした。辺りを見回して、困惑気味にお父さんを見上げる。
「お母さんは疲れたみたいだからホテルで休んでいるよ」
「そう、なんだ。ホテルに泊まるの……?」
「うん。せっかく実家に帰るんだから実家に泊まったらいいのにって言ったら、喧嘩になっちゃったよ」
首の後ろを擦って困ったように笑う。何とも言えない気持ちで俯く。
「お母さん、明日は来るよ。そうだ、三門くんに挨拶したいんだけど、どこにいる?」
そういって社務所に向かって歩き出したお父さんの隣に慌てて並ぶ。
「えっと、三門さんは今ちょっと」
「あ、三門くんだ」
前を向いたまま声を弾ませたお父さんに「え?」と目を見開いて視線を向ける。普段と同じ水色の袴をはいた姿の三門さんが社務所から丁度出てきたところだった。
片手をあげて歩み寄ったお父さんに、三門さんは笑みを浮かべながら頭を下げた。
「圭太さん、お久しぶりです」
「久しぶり、三門くん。麻がお世話になっています」
え、え、とおろおろしていると、三門さんはお父さんには見えないように唇に人差し指を当ててにっこりと笑った。
「どうぞ、お茶を淹れますから」と中へ案内する三門さんに不安を抱きながらついていく。そしてお父さんを居間に案内すると、三門さんは台所へ入っていく。慌ててその背中を追いかけた。
「三門さん、いつもは三日間眠り続けるって」
「圭太さんから四日に行くって連絡があったから。そう言えば麻ちゃんに言ってなかったね。ごめん」
「それは構わないんですけど、えっと……大丈夫ですか?」
「んー、あと四十八時間は眠りたいけど、大丈夫」
一つ大きな欠伸をした三門さん。大丈夫と言いながら、やかんから水があふれ出しているのに気が付かず、あまつさえ立ったまま舟を漕ぎ始めた。
慌てて手を伸ばして蛇口を閉めると、「ああ、ごめんね。ありがとう」と目頭を擦る。
「私も手伝います」
「じゃあ、僕が眠りそうになったら激しめに揺すって」
はは、と笑った三門さん。冗談に聞こえない冗談だ。
お父さんは二時間ほど社でのんびり過ごすと、「じゃあそろそろ」と腰を浮かせた。三門さんと社頭まで見送る。
本殿の前まで来ると、お父さんはふくりとみくりがいつも座っている台を怪訝な顔で見上げる。
「ここに、狛狐があったよね」
「へ!? あ、そうなの、今は掃除中で、別のところに居て」
どきどきしながら慌てて言い繕うと、三門さんが小さく吹き出す。
「数回いらっしゃっただけなのに、よく覚えているんですね」
「あの日は特に大切な一日だったからなあ。でも、それを言うのなら、僕がここへ初めて来たときは三門君だってまだ六つくらいだったじゃないか」
お父さんは昔に思いを馳せるように目を細めた。ひとり首を傾げていると、三門さんが私の耳元で「結婚の挨拶に来たんだよ」と教えてくれる。へえ、と目を輝かせれば、お父さんは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「じゃあ、ホテルに戻るよ。あと数日だけれど、三門君の言うことをよく聞いて、手伝いなさい。荷造りも早めにしておくんだよ」
あ、と思わず声が出る。お父さんに頭をぐりぐりと撫でられて、手が離れても頭をあげることができなかった。そしてお父さんは、三門さんと一言二言挨拶を交わすと鳥居へ続く階段を降りて行った。
お父さんが見えなくなって、ふわあと大きな欠伸をした三門さんを見つめた。
明後日、私はお父さんたちと一緒に家へ帰ることになった。
四日後の一月八日から三学期が始まるわけだし、いつまでもここにいられるわけではない。ここへ来る時だって、今は逃げているけれども、いつかは帰って来なければならない。そう分かっていたのに、面と向かってその事実を付き付けられてしまうと、何とも言えない気持ちになるのだ。
「中、入ろっか」
私を見下ろした三門さんが柔らかく微笑む。ひとつ頷いて、重い足取りでついていった。
久しぶりにふたりそろって食卓を囲った。帰る日のことに気をとられて無言でもそもそと咀嚼していると、三門さんが少し困ったように笑う。
「今日は何をしていたの?」
「あ……えっと、宿題と、お裁縫です」
「お手玉だね。そう言えば、小豆洗いが“巫女さまが買って行ってくれた”って喜んでいたよ」
その言葉に、昼間の一件をハッと思い出した。
「そうだ、小豆!」
突然声をあげた私に、三門さんは目を瞬かせる。
「降ってきたんです」
「ん? 降ってきた?」
「天井や棚から小豆が降ってきて、私がそれを集めていたら、誰かの笑い声がして……」
とても小さな気配、そして笑い声。確かにいるはずの何かは、何なのか分からないままいつの間にかいなくなっていたのだ。
三門さんは「なるほど」と言って口元を緩める。
「じゃあその小豆ドロボーを捕まえようか」
夕食を終えた私たちは、台所でお菓子の袋を開けていた。三門さんはそれを手際よくジップロックに移し替えていく。そしてティッシュを一枚とると、お菓子の袋に残っていたかすやはしきれをそれに乗せていった。
「それをどうするんですか……?」
「罠を仕掛けるんだよ」
少し悪い顔をした三門さんに、余計に首を傾げた。
居間のすみ、箪笥の陰になったところにお菓子のかすをおいて、紐を括り付けた箸に籠をおいた。よく昔のテレビアニメなんかで見る、古典的な仕掛けだ。
紐を伸ばしながら、隣の台所に隠れる。障子は全部締め切らずに、三センチほど開けたままだ。
「何を捕まえるんですか?」
「ふふ、びっくりするよ」
三門さんはそれだけ言うと、人差し指を唇に当ててにっこりと笑った。
十分も経たないうちに、“それ”はやってきた。
お、と三門さんが小さく呟いたかと思ったら、次の瞬間、持っていた紐を勢いよく引っ張った。
「かかったよ!」
そう言い居間へ飛び出した三門さんに慌ててついていく。三門さんは箪笥の陰にしゃがみ込むなり、「やっぱりお前たちか」と愉快そうに声をあげる。
背中越しに覗き込もうとしたら、三門さんが何かをつまみ上げて振り返った。
「見て、麻ちゃん。家鳴って言うんだ」
三門さんが掌に乗せて私の顔の前にそれを差し出す。
赤ちゃんのようなころころした体格に、潤む大きな丸い目。燃えるような赤毛の髪が一つまみ、そこからあまり尖っていない可愛らしい角が生えている。これはどうやら個人差があるらしく、一本のものもいれば二本のものもいた。ぼろきれの端のような布を腰に巻いたそれは、驚くほどに小さい。三門さんの片手の掌に、三匹は余裕で乗っていた。
「小さな鬼の妖だよ。家の天井とか廊下が軋むときは、だいたいこいつらのせい。悪戯と子どもと、お菓子の食べかすが大好きなんだ」
家鳴と呼ばれたそれらは、きゃいきゃいと三門さんに向かって何かを訴えている。不貞腐れた顔で、その場に胡坐をかいているものもいた。
「残念でした、これで五十一勝四十九敗。まだ僕がリードしているよ」
「リード? 競争でもしているんですか?」
「お互いに悪戯を仕掛け合っていてね。家鳴たちが百勝したら、ドールハウスを買ってあげることになってる」
確かにドールハウスなら、家鳴たちの大きさにぴったりかもしれない。
そんなことを考えていると、他にも箪笥の陰に隠れていた家鳴たちがわらわらと出てきた。私の膝をよじ登ろうとするので手を貸してあげたら、大きな目を糸のように細くして嬉しそうにきゃいきゃいと声をあげる。
小さな指で私と三門さんを交互に指差して、肩を竦めた。一体何をいっているのだろうか、と首を傾げる。
「おおかた、“三門と比べると大違いだ、この子はとっても優しい”とでも言っているんだろうね」
うんうんと頷く家鳴の額をツンと突いた三門さんは、「お前たちが悪さをするからいけないんだぞ」と呆れたように息を吐いた。
そんなやり取りに思わず笑みが浮かぶ。なんだかんだ言いつつ、三門さんが家鳴を見る目はとても優しかった。
「ほら、もう帰りな」
手や肩に乗った家鳴たちを一匹ずつ畳の上に下ろした三門さん。すると家鳴たちは必死に棚の上を指さしながらきゃいきゃいと何かを訴える。
何かあるの? と聞きながら棚を覗くと、三匹の家鳴たちが金平糖の入った瓶を開けようと必死になっていた。三門さんが「あ、こらっ」とおっかない顔をすると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
三門さんは額に手を当てて息を吐く。
「本当に懲りない子たちだよ。また金平糖の隠し場所を変えないと」
溜息を吐く三門さんに、思わず笑みが零れた。
「さむっ」
声に出してみれば余計に寒さが増した気がして、両腕を擦りながらマフラーに顔を埋めた。
裁縫を終えると社頭を掃くために外に出てきたが、太陽がしっかり出ている昼下がりでも寒いことに変わりはなかった。
もしかして「寒い」って言った言霊のせい? なんてことを考えながら、一緒に体も温めようとせっせと箒を動かした。「今日はあったかい。今日はあったかい」と唱えながら箒を動かしていたその時。
「────麻?」
聞きなれた声で名前が呼ばれて、弾けるように振り返った。
鳥居に繋がる階段の前に立つその人。私と目が合うなり、眼鏡の奥の瞳が見開かれた。
「巫女さんの格好だからびっくりした。元気にしてた? 三門くんに迷惑かけてない?」
目尻に皺がよる穏やかで優しい笑顔を久しぶりに見て、一気に胸が熱くなる。箒から手を放し、勢いよくその人に駆け寄った。
「お父さん!」
頭に手が乗せられる。三門さんとはすこし違った、よく馴染んだ手だ。
「あれ、麻、背が伸びたんじゃないか? 見ない間にずいぶん大人っぽくなったんだね」
のんびりと笑うお父さんに、慌てて問いかける。
「お父さん、どうして、だって仕事」
お父さんは単身赴任をしていて、年に三回くらいしか家に帰ってこない。去年も最後に会ったのは、夏休みの時期だった。
「会社も冬休み、だからお父さんとお母さんで麻を迎えに来たんだ」
お母さん、迎えに来た。そのふたつの言葉にハッとした。辺りを見回して、困惑気味にお父さんを見上げる。
「お母さんは疲れたみたいだからホテルで休んでいるよ」
「そう、なんだ。ホテルに泊まるの……?」
「うん。せっかく実家に帰るんだから実家に泊まったらいいのにって言ったら、喧嘩になっちゃったよ」
首の後ろを擦って困ったように笑う。何とも言えない気持ちで俯く。
「お母さん、明日は来るよ。そうだ、三門くんに挨拶したいんだけど、どこにいる?」
そういって社務所に向かって歩き出したお父さんの隣に慌てて並ぶ。
「えっと、三門さんは今ちょっと」
「あ、三門くんだ」
前を向いたまま声を弾ませたお父さんに「え?」と目を見開いて視線を向ける。普段と同じ水色の袴をはいた姿の三門さんが社務所から丁度出てきたところだった。
片手をあげて歩み寄ったお父さんに、三門さんは笑みを浮かべながら頭を下げた。
「圭太さん、お久しぶりです」
「久しぶり、三門くん。麻がお世話になっています」
え、え、とおろおろしていると、三門さんはお父さんには見えないように唇に人差し指を当ててにっこりと笑った。
「どうぞ、お茶を淹れますから」と中へ案内する三門さんに不安を抱きながらついていく。そしてお父さんを居間に案内すると、三門さんは台所へ入っていく。慌ててその背中を追いかけた。
「三門さん、いつもは三日間眠り続けるって」
「圭太さんから四日に行くって連絡があったから。そう言えば麻ちゃんに言ってなかったね。ごめん」
「それは構わないんですけど、えっと……大丈夫ですか?」
「んー、あと四十八時間は眠りたいけど、大丈夫」
一つ大きな欠伸をした三門さん。大丈夫と言いながら、やかんから水があふれ出しているのに気が付かず、あまつさえ立ったまま舟を漕ぎ始めた。
慌てて手を伸ばして蛇口を閉めると、「ああ、ごめんね。ありがとう」と目頭を擦る。
「私も手伝います」
「じゃあ、僕が眠りそうになったら激しめに揺すって」
はは、と笑った三門さん。冗談に聞こえない冗談だ。
お父さんは二時間ほど社でのんびり過ごすと、「じゃあそろそろ」と腰を浮かせた。三門さんと社頭まで見送る。
本殿の前まで来ると、お父さんはふくりとみくりがいつも座っている台を怪訝な顔で見上げる。
「ここに、狛狐があったよね」
「へ!? あ、そうなの、今は掃除中で、別のところに居て」
どきどきしながら慌てて言い繕うと、三門さんが小さく吹き出す。
「数回いらっしゃっただけなのに、よく覚えているんですね」
「あの日は特に大切な一日だったからなあ。でも、それを言うのなら、僕がここへ初めて来たときは三門君だってまだ六つくらいだったじゃないか」
お父さんは昔に思いを馳せるように目を細めた。ひとり首を傾げていると、三門さんが私の耳元で「結婚の挨拶に来たんだよ」と教えてくれる。へえ、と目を輝かせれば、お父さんは少し恥ずかしそうに頬をかいた。
「じゃあ、ホテルに戻るよ。あと数日だけれど、三門君の言うことをよく聞いて、手伝いなさい。荷造りも早めにしておくんだよ」
あ、と思わず声が出る。お父さんに頭をぐりぐりと撫でられて、手が離れても頭をあげることができなかった。そしてお父さんは、三門さんと一言二言挨拶を交わすと鳥居へ続く階段を降りて行った。
お父さんが見えなくなって、ふわあと大きな欠伸をした三門さんを見つめた。
明後日、私はお父さんたちと一緒に家へ帰ることになった。
四日後の一月八日から三学期が始まるわけだし、いつまでもここにいられるわけではない。ここへ来る時だって、今は逃げているけれども、いつかは帰って来なければならない。そう分かっていたのに、面と向かってその事実を付き付けられてしまうと、何とも言えない気持ちになるのだ。
「中、入ろっか」
私を見下ろした三門さんが柔らかく微笑む。ひとつ頷いて、重い足取りでついていった。
久しぶりにふたりそろって食卓を囲った。帰る日のことに気をとられて無言でもそもそと咀嚼していると、三門さんが少し困ったように笑う。
「今日は何をしていたの?」
「あ……えっと、宿題と、お裁縫です」
「お手玉だね。そう言えば、小豆洗いが“巫女さまが買って行ってくれた”って喜んでいたよ」
その言葉に、昼間の一件をハッと思い出した。
「そうだ、小豆!」
突然声をあげた私に、三門さんは目を瞬かせる。
「降ってきたんです」
「ん? 降ってきた?」
「天井や棚から小豆が降ってきて、私がそれを集めていたら、誰かの笑い声がして……」
とても小さな気配、そして笑い声。確かにいるはずの何かは、何なのか分からないままいつの間にかいなくなっていたのだ。
三門さんは「なるほど」と言って口元を緩める。
「じゃあその小豆ドロボーを捕まえようか」
夕食を終えた私たちは、台所でお菓子の袋を開けていた。三門さんはそれを手際よくジップロックに移し替えていく。そしてティッシュを一枚とると、お菓子の袋に残っていたかすやはしきれをそれに乗せていった。
「それをどうするんですか……?」
「罠を仕掛けるんだよ」
少し悪い顔をした三門さんに、余計に首を傾げた。
居間のすみ、箪笥の陰になったところにお菓子のかすをおいて、紐を括り付けた箸に籠をおいた。よく昔のテレビアニメなんかで見る、古典的な仕掛けだ。
紐を伸ばしながら、隣の台所に隠れる。障子は全部締め切らずに、三センチほど開けたままだ。
「何を捕まえるんですか?」
「ふふ、びっくりするよ」
三門さんはそれだけ言うと、人差し指を唇に当ててにっこりと笑った。
十分も経たないうちに、“それ”はやってきた。
お、と三門さんが小さく呟いたかと思ったら、次の瞬間、持っていた紐を勢いよく引っ張った。
「かかったよ!」
そう言い居間へ飛び出した三門さんに慌ててついていく。三門さんは箪笥の陰にしゃがみ込むなり、「やっぱりお前たちか」と愉快そうに声をあげる。
背中越しに覗き込もうとしたら、三門さんが何かをつまみ上げて振り返った。
「見て、麻ちゃん。家鳴って言うんだ」
三門さんが掌に乗せて私の顔の前にそれを差し出す。
赤ちゃんのようなころころした体格に、潤む大きな丸い目。燃えるような赤毛の髪が一つまみ、そこからあまり尖っていない可愛らしい角が生えている。これはどうやら個人差があるらしく、一本のものもいれば二本のものもいた。ぼろきれの端のような布を腰に巻いたそれは、驚くほどに小さい。三門さんの片手の掌に、三匹は余裕で乗っていた。
「小さな鬼の妖だよ。家の天井とか廊下が軋むときは、だいたいこいつらのせい。悪戯と子どもと、お菓子の食べかすが大好きなんだ」
家鳴と呼ばれたそれらは、きゃいきゃいと三門さんに向かって何かを訴えている。不貞腐れた顔で、その場に胡坐をかいているものもいた。
「残念でした、これで五十一勝四十九敗。まだ僕がリードしているよ」
「リード? 競争でもしているんですか?」
「お互いに悪戯を仕掛け合っていてね。家鳴たちが百勝したら、ドールハウスを買ってあげることになってる」
確かにドールハウスなら、家鳴たちの大きさにぴったりかもしれない。
そんなことを考えていると、他にも箪笥の陰に隠れていた家鳴たちがわらわらと出てきた。私の膝をよじ登ろうとするので手を貸してあげたら、大きな目を糸のように細くして嬉しそうにきゃいきゃいと声をあげる。
小さな指で私と三門さんを交互に指差して、肩を竦めた。一体何をいっているのだろうか、と首を傾げる。
「おおかた、“三門と比べると大違いだ、この子はとっても優しい”とでも言っているんだろうね」
うんうんと頷く家鳴の額をツンと突いた三門さんは、「お前たちが悪さをするからいけないんだぞ」と呆れたように息を吐いた。
そんなやり取りに思わず笑みが浮かぶ。なんだかんだ言いつつ、三門さんが家鳴を見る目はとても優しかった。
「ほら、もう帰りな」
手や肩に乗った家鳴たちを一匹ずつ畳の上に下ろした三門さん。すると家鳴たちは必死に棚の上を指さしながらきゃいきゃいと何かを訴える。
何かあるの? と聞きながら棚を覗くと、三匹の家鳴たちが金平糖の入った瓶を開けようと必死になっていた。三門さんが「あ、こらっ」とおっかない顔をすると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
三門さんは額に手を当てて息を吐く。
「本当に懲りない子たちだよ。また金平糖の隠し場所を変えないと」
溜息を吐く三門さんに、思わず笑みが零れた。
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