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妖狐の願い
陸
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私たちは典子さんの家を後にした。
夕陽はすでに傾きかけて、強いオレンジ色の光を発している。地面に落ちて長く伸びた影がゆらゆらと揺れていた。
典子さんの家を出てから、沈黙が続いていた。川のせせらぎと虫の鳴き声だけが響いている。
「────ごめんね、麻ちゃん」
最初に口を開いたのは三門さんだった。突然の謝罪に顔をあげる。困ったように微笑む三門さんと目が合った。
少し考えれば分かることだった。
三門さんも私と同じ気持ちだったのだ。多聞が典子さんを、典子さんが多聞をどのように思っているかなんて、彼らを見ればすぐに分かることだった。そして優しい三門さんが何も思わないはずなんてない。彼らの気持ちに気が付かないはずがないのに。
「僕は人も妖も、正しい道へ導かなければならない」
三門さんは、真っ直ぐと前を見つめていた。
「ごめんなさい、私」
「麻ちゃんは何も悪くないよ。僕も麻ちゃんと同じくらいの年には、全く同じことを言っていたんだ。そして今の僕と同じようなことを、兄さんに言われた」
懐かしそうに目を細めて空を仰ぎ、三門さんは小さく息を吐きだした。
「お兄さんが、いたんですか?」
「小さかったから覚えていないかな。麻ちゃんは兄さんとよく遊んでいたんだよ」
思い出そうと記憶をたどれば、頭の奥に鈍い痛みが走る。やはり三門さんと同様、何も思い出すことができなかった。
日常の些細な思い出ならともかく、三門さんやそのお兄さんのことまで忘れてしまうなんて、自分のことなのになんだかおかしい。
「お兄さんは今……」
「十五の時に亡くなったよ」
え、と言葉を詰まらせる。三門さんは慌てて「気を遣わないでね」と笑った。
私は何て馬鹿なんだろう。
お兄さんを失った三門さんが、一番典子さんの気持ちを分かったあげることができるのに、私はどうしてあんな困らせるようなことを言ってしまったんだろう。
「兄さんはいつも僕に言ってた、『自分を大切にすること』って。大切にするということの中には、『自分を責めないこと』も含まれているよ」
そう言って笑った三門さんは、私の頭に手を乗せた。
三門さんのようになりたい。この力の恐ろしさや辛さを知ってもなお、誰にでも平等で、優しく強くある三門さんのようになりたい。
沈みゆく夕陽をまっすぐに見据える三門さんの横顔を見つめながら、強くそう思った。
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「────ごめんね、麻ちゃん」
最初に口を開いたのは三門さんだった。突然の謝罪に顔をあげる。困ったように微笑む三門さんと目が合った。
少し考えれば分かることだった。
三門さんも私と同じ気持ちだったのだ。多聞が典子さんを、典子さんが多聞をどのように思っているかなんて、彼らを見ればすぐに分かることだった。そして優しい三門さんが何も思わないはずなんてない。彼らの気持ちに気が付かないはずがないのに。
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「ごめんなさい、私」
「麻ちゃんは何も悪くないよ。僕も麻ちゃんと同じくらいの年には、全く同じことを言っていたんだ。そして今の僕と同じようなことを、兄さんに言われた」
懐かしそうに目を細めて空を仰ぎ、三門さんは小さく息を吐きだした。
「お兄さんが、いたんですか?」
「小さかったから覚えていないかな。麻ちゃんは兄さんとよく遊んでいたんだよ」
思い出そうと記憶をたどれば、頭の奥に鈍い痛みが走る。やはり三門さんと同様、何も思い出すことができなかった。
日常の些細な思い出ならともかく、三門さんやそのお兄さんのことまで忘れてしまうなんて、自分のことなのになんだかおかしい。
「お兄さんは今……」
「十五の時に亡くなったよ」
え、と言葉を詰まらせる。三門さんは慌てて「気を遣わないでね」と笑った。
私は何て馬鹿なんだろう。
お兄さんを失った三門さんが、一番典子さんの気持ちを分かったあげることができるのに、私はどうしてあんな困らせるようなことを言ってしまったんだろう。
「兄さんはいつも僕に言ってた、『自分を大切にすること』って。大切にするということの中には、『自分を責めないこと』も含まれているよ」
そう言って笑った三門さんは、私の頭に手を乗せた。
三門さんのようになりたい。この力の恐ろしさや辛さを知ってもなお、誰にでも平等で、優しく強くある三門さんのようになりたい。
沈みゆく夕陽をまっすぐに見据える三門さんの横顔を見つめながら、強くそう思った。
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