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ゆいもりの社へ
肆
しおりを挟む三門さんから手紙が届く二か月ほど前に、大好きなお祖父ちゃんが亡くなった。
肝臓が悪く何度も入退院を繰り返していたお祖父ちゃんは、最期は病院のベッドで静かに息を引き取った。
お母さんに怒られたり、学校で嫌なことがあった時には、真っ直ぐ家には帰らずにお祖父ちゃんの家へ寄り道をして、よく話を聞いてもらった。私を抱きしめるしわくちゃで温かい手、眠った私を負ぶってくれる丸まった大きな背中。それらが突然目の前からなくなって、まるで心にぽっかりと穴が開いたような喪失感と深い悲しみだけが残った。
そして四十九日が明ける頃、張りつめていた糸がぷつりと切れるように、私は体調を崩した。熱はないのにお腹の底が燃えるように熱く、体の中心で渦が巻いているような強い“何か”を感じる。
ベッドから起き上がるのもやっとという日が一週間続いたある日、廊下の床が荒々しく踏みしめられる音が響き、そして勢いよく私の部屋のドアノブが揺れた。
「麻、あなたいい加減にしなさいよ! いつまでそうやって仮病を使う気なの!?」
ドアを荒々しく開けて、入ってくるなりそう怒鳴ったお母さん。重い体に顔を顰めながら起き上がる。
「受験生なのに何もしないで一日中ぼうっと過ごして、そんな風でいいと思ってるの!?」
「で、でも、本当につらくて」
「言い訳なんて聞きたくないのよ!」
頭ごなしに怒鳴られて、びくりと体を竦めた。
始めの頃は心配してくれていたお母さんも、一向に良くならない私の体調を仮病と思ったらしい。
ご近所さんからも「引きこもり」なんて噂を立てられているんだから。そう言って顔を顰める。
「全く、あの人が甘やかすから、こんな風に育ってしまったのよ。これだからあの人が嫌いなの、最後の最後まで迷惑な人なんだから」
ため息交じりのそんな声が聞こえ、かっと頭に血が上る。
「お祖父ちゃんは何も悪くないよ!」
ああ、頭がくらくらする。お腹の底が燃えるように熱い。制御できない強い力が、体の真ん中で渦巻いている。
「なんで、なんでいなくなって人のことを、そこまでひどく言えるの!? お母さん、おかしいよ!」
拳が震える。爪が掌に食い込み、それでも痛みなんか感じない。
「私はあの人が大嫌いなのよ!」
いなくなってせいせいするわ。
そんな言葉が耳に入ったその瞬間、ぶわっと顔が熱くなった。
握りこぶしを横に振り上げ、勢いよく壁を叩く。
「……私の部屋から『出てって』ッ!」
歯を食いしばってお母さんを睨みつけたその瞬間、ヒュン────と顔の真横を何かが通った。瞬きもしないうちに何かを叩きつけるような大きな音が鳴って、目を見開き固まる。机の上に置いていたはずのペン立てが、カランコロンと私の足元に転がってきた。
数秒して、お母さんは悲鳴を上げて崩れるようにその場に座り込む。
お母さんが立っていた半歩隣の木のドアに、カッターナイフとはさみが刺さっていたのだ。
「────え」
なに。今のは。
ペン立てに建てていた文房具がドアに突き刺さっている。まるでダーツの矢を投げた時みたいに。触ってもいないはずの文房が、私が「出てって」と言った瞬間、まるで強い力で投げられたように、お母さんの方へ────。
ばくん、ばくん。心臓がうるさい。お腹が、今まで以上に熱い。意識が遠くなる。
「お、お母さん……」
歪んでいく視界の先で、お母さんが私を見ている。
まるで化け物でも見たような、恐怖と憎しみに染まった目で。
助けて。
伸ばした腕は届くことなく、冷たい手に振り払われた────。
「わ、私がっ……お母さんを、傷つけようと、したんです」
言葉に詰まりながらも、すべてを話し終えた。未だに膝の上の手の震えが止まらず、力を込めて握りしめれば、うっすらと血が滲んだ。
その手をぼんやりと見つめていれば、すっと横から別の手が伸びてくる。その手は私の手をそっとなでて、握っていた掌を解かせる。
「『痛いの痛いの、飛んでいけ』」
掌がじんわりと熱くなって、傷がみるみるふさがっていく。はっと顔をあげれば、目を弓なりにして微笑む三門さんと目が合った。
「『何か力になれるかもしれません』って、手紙に書いたよね」
俯くように頷けば、三門さんは力強く私の手を握りしめる。
「僕も、ババも、この結守神社も。麻ちゃんが手を差し出せば、迷うことなくその手を掴む。みんな麻ちゃんの味方だからね」
優しい目。心から私を受け入れようとしてくれている目だ。
ずっとその目で私を見てほしかった。助けてほしかったのだ。
視界が滲む、胸が苦しい。なのにどうしてだろう、こんなにも心が温かい。
うわあ、と子どもみたいに声をあげて泣いた。何も考えずに、心が空っぽになるまでにいた。
私の頭を撫でる大きくて優しいその掌が、とても暖かくて心地よかった。
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