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1時間目①

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「大人になるための成長とは、男性の場合は身長や体つきが変わる以外に、声が低くなったり体毛が生えたり、陰嚢や陰茎が大きくなりますね。次のページに詳しい図が乗っていますので、参照してください」

伯爵家のタウンハウスの応接間は豪華な臙脂色の絨毯が敷かれ、重厚感のある応接セットと飾り棚、刺繍が見事なカーテンに囲まれている。
応接テーブルの端に座るコリーヌは話しながら資料を指し示す。

「女性ですと、体つきが丸くなり、初潮が始まります。私は12歳の時に初潮が始まったと記憶しています。たしか…」

教え子のチャールズ・モローニに向けてそう言うと、後ろから低い声が遮ってきた。
「なっ、コ…コリーヌ!破廉恥な!き、き、君の事は言わなくていい!一般的な話でいいっ」
生徒の父ハーバート・モローニ伯爵は顔を真っ赤にしながら目を泳がせ、早口でまくし立ててくる。
ダークブラウンの髪と、琥珀色(アンバー)の瞳の整った容姿を持つ彼はいつもは冷徹な印象と違い、今日は舞台役者の様にコミカルに右往左往している。

「はぁ…私は一般的な時期に始まりましたので…例として」
コリーヌは何も破廉恥な事を言ったつもりはなかったので、キョトンとした顔でハーバートを見つめ返す。
「いいからっ!」
押し切る様にいつもは表情をあまり変えない彼が焦ったように言い切る。彼の頬が少し赤くなっているのは何でなんだろうか。

嫌だわ。初めての閨の授業なのに、どうしてこの人は自分の息子と共に一緒に授業に参加しているのかしら…?
私も初めての授業なのに親に監視されるなんて思ってもいなかったわ。
授業を中断されてコリーヌは少し焦ってしまう。
気分を変えるように少し咳払いして、次は女性の乳房についての資料を出した。

この授業をするにあたって、コリーヌは国立図書館にある医療学術書をあさり、医者や産婆、手練れの娼婦にも話を聞き、許可を貰いそれぞれの現場の見学もさせて貰った。
百聞は一見にしかず、とコリーヌは思っているので、手に持っていた資料をテーブルに置くと、上着を脱ぎ始める。

シャツのボタンを外していると、またもや後ろからモローニ伯爵の裏返った声がする。
「な…な…何をしているのだ!!コリーヌ止めなさい!」
立ち上がり駆け寄ってきて、彼はコリーヌのボタンを外していた手を握って止めてくる。
「な…何ですか?」
急に彼の汗ばんだ大きな掌で自分の手を封じられて少し動揺した。
力強く大きな手に包まれてしまうと、指が全く動かせなかった。
「ダメだ、ダメ!脱ぐな!」
なぜだか必死な形相をしている彼は少し命令口調になっている。
いったい何でそんなに焦っているのか…
「いや、触ってみないと…」
コリーヌは食い下がった。
「駄目だ。そんな破廉恥な!」
「閨の事を教えに来たのですよ!?女体の実物を見て、触ってみないと分からないでしょ?」
「そんな授業は許さない!実技はいらない、座学だけだと言ったじゃないか!」
「実技って……触るだけじゃないの、邪魔しないでっ、じゃあ、どうやって教えるのよっ?」
生徒であるチャールズは椅子に座ったまま、自分の前で繰り広げられる閨の教師と実の父親の諍いを困った顔で見ていた。

チャールズは今年で14歳、精通も済み、婚約者も決まったので、そろそろ父親が閨教育の授業を始めようという話をしていた。
ちなみに婚約者はとても可愛くて一つ年下の子爵令嬢である。今のところ、3回デートをしていた。キスなどはまだ全然できない。
婚約者も決まった事だし、社交シーズンに父親に連れられてやって来た王都で、信頼の厚い女性にチャールズの閨教育をしてもらう事になった。
未亡人の名前はコリーヌ・ブラウン元男爵夫人。
コリーヌは元々父、ハーバート・モローニ伯爵の乳兄弟であり、旧知の仲らしい。
取り乱した様を見る限り、父ハーバート(34歳・寡夫)は妹乳兄弟であるコリーヌ(28歳・寡婦)に並々ならぬ情があるらしく、このように自分の前で取り乱しているようだ。

チャールズは小さく溜息を付いて、閨教師コリーヌと父ハーバートに手を挙げて言った。

「……あの!…僕は触らなくてもいいので、もし、父上がいいなら、感触を教えてください」

「「……え?」」

二人の声が重なって、二人とも同時にこちらを見た。
チャールズは間抜けな二人の視線を受けて、なんだか少しイラっとした。
しばし二人はお互いをマジマジと見つめ合う。
コリーヌは段々とリンゴの様に顔を赤くして無言になり、父は最初から赤い顔だったがチャールズの言葉を受けて目をキョロキョロと激しく泳がせている。無意識なのか、彼の手は何かを掴むようにニギニギと動いていた。

「父上、破廉恥だ破廉恥だと言うけど、そういう授業でしょう?あまり先生を困らせないでください。コリーヌ先生の時間も限られているんですから、折衷案を考えました」
チャールズは回り過ぎる頭と、冷静過ぎる理性で二人に提言した。正直チャールズは婚約者の胸は見たいがコリーヌ先生の胸には興味がないのが本音だ。

「僕にはいつかそれを触らせてくれる婚約者もいますし、そういう機会もできるでしょうから、大体の知識があればいいです。僕は後ろを向いているので、感触等の感想は父上に伝えてもらえれば良いと思います。では、父上、どうぞ」
そう言ってチャールズは有無を言わさず、壁の方を向いて待機の姿勢を取った。

コリーヌはその言葉で静かになり、ハーバートは「でも」とか「あ…」とか口の中でブツブツと呟いて困っていた。


コリーヌは思ってもみなかった授業の変更点が起こり、目を白黒させていた。
今回は女性との体の違いを感じてもらうために、コリーヌの上半身をチャールズに触ってもらうつもりだったのだ。性交の実技をするつもりはない。
筋肉質な男性の体と違い、女性の体は感触や肌の質感も違うのだから。

目の前にいるハーバート・モローニ伯爵はコリーヌの乳兄弟だ。モローニ伯爵領で母が乳母をしていて、コリーヌも子供の頃から6才年上の彼を実の兄より慕っていた。(コリーヌとハーバートにはそれぞれ同い年の実兄と実妹がいる)
コリーヌにとっては兄よりも信頼がおける存在であり、彼も彼の実の妹クロエと同じようにコリーヌを大事に思ってくれているのではないだろうか。

彼の妻はかなり前に亡くなっていて、コリーヌも3年前に夫のモリス・ブラウン男爵を無くしてからは独り身だ。亡き夫の残した商会運営をして忙しかったので、今は恋人や情を交わす人もいなかった。
お互い決まった相手がいないから、胸を触るくらいは問題はない。だが、コリーヌの心中には問題しかなかった。
なぜなら、ハーバート・モローニ伯爵はコリーヌの初恋の相手だからだ。

ハーバートが18才になった時に結婚するまでずっと好きだった。
だって、貴族の素敵な貴公子よ。あのダークブラウンの髪も、琥珀色に輝く瞳も、整った容姿も、心を許した相手に見せる人懐っこい笑顔も…
6歳年上の貴族の素敵なお兄さんは年頃の少女にとっては、憧れないのは無理な存在だった。コリーヌにとってハーバートは優しく思慮深く、頼りになる素敵な初恋の君である。

その彼に業務的にだが、胸を触られる機会がくるなんて思ってもいなかった。
まだあどけなさが残るチャールズの様な少年にフワフワと触られるだけだと心積もりしていたのが、それがハーバートに…

そう心が逃げそうになるのを途中で打ち切り、コリーヌは気合を入れてもう一度自分のシャツのボタンを外し始めた。
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