X.E.N.O.

スプライトふみを

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第一章

1.噂

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 ――二週間前。

 俺は一ヶ月に数回友人たちと飲み会を開いている。話すことと言えば、各々の勤め先の会社の愚痴だったり彼女が出来た、別れたといった他愛もない事だ。正直26歳でフリーターの俺は最近この話題が辛い。なんたって周りの奴らはみんな就職しているんだからな。

 「それで? 梓はまだ就職する気ないのか?」
 
 集まってそれなりに時間が経ち、キツイ話題が俺に振られた。

 「現在考え中」
 「まあ、お前はまだそれでいいかもな」

 酒が入っているせいか豪快に笑いだす友人Aこと『澤口』。こいつは小学校からの付き合いだ。

 「親父さんの遺産って一生働かなくてもいいくらいはあるんだろ?」
 「さすがに一生は無理だな。そろそろまともに働かなきゃヤバい」

 焦燥感が無いと言えば嘘になる。なんせ俺の妹でさえ短大を卒業して今年就職したんだ。それなのに兄の俺がフリーターってどうなのよ。
 そんな会話を交わしているともう一人の友人B『谷本』がジョッキに入っていたハイボールを飲み干し、ゆっくりと口を開いた。

 「あのさ、話は変わるんだが、二人は例の事件知ってるか?」
 
 計ったわけでもなく「事件?」と俺達二人の言葉が重なった。谷本はどうにも浮かない顔をしてこちらを見ている。

 「ほら、隣町で起きてる殺人事件だよ」
 「えーっと、通り魔が出たんだっけか」
 「なにそれ」
 俺はその事件の話は知らなかった。

 
 ――加賀野町連続通り魔事件。
 この事件の被害者は20代前半、茶髪の女性で恋人や夫がいる者ばかり。既に2人の死者が出ている。目撃情報から犯人の特徴は身長190センチメートルほどで、体型から男であるとされている。黒いウインドブレーカーを上下着用して、フードを深く被っている。そして不気味なことに犯人は被害者を襲う際、凶器らしいものは使わずに首元に噛みついて殺害していたという。

 「そんなおっかねぇ事件があったのか」
 「犯人はイカレ野郎だろうな」

 俺達はあまり興味が無いような会話を交わした。

 「僕は怖いんだよ」

 一方、谷本は今にも泣き出しそうな表情になり、震えだした。

 「僕、一週間前に彼女が出来たんだ。それで、彼女の特徴が被害者たちと一致していて……」
 「20代前半で髪は茶。そんで恋人……お前がいるってことか」
 「まてまてまて!」

 澤口が呆れた顔をしながら割り込んできた。

 「そんな悲観的になるなっての。要は髪色を変えりゃいいだろが。そうすりゃオールオッケーだ」
 「ダメなんだ」

 打開策だと思われた澤口の案は谷本の重苦しい一言で一蹴された。
 
 「一度狙われた人は条件をどんなに変えようが殺されるまで狙われ続けるんだ」

 追加で注文したハイボールを飲み、うなだれる谷本。こいつは重症だな。


 40分後。酔いつぶれた谷本をタクシーで送った後、俺と澤口は家の近くの公園のベンチで酒を飲み直すことにした。お互いの家は近く、歩いて5分もかからないところにある。
 一息ついて澤口が空を見上げながら話し始めた。

 「よう、あの話どう思う?」
 「通り魔事件の事か」
 「うん。犯人は人間じゃないんじゃないか?」
 「まさかとは思うが、お前の考えている犯人って」
 「ああ、XENOじゃねぇかなって」


 ――XENO。
 それはおよそ100前に出現した怪物の名称である。XENOは人間を「獲物」として認識し、獲物を食うため、あるいは狩猟の快感を得るために人間を襲う。容姿は多様で、人間とほとんど変わらない見た目をしている者から、おぞましい容姿をしている者までいる。

 厄介なのは普段は人間社会に溶け込んでいること。奴らは人間や動物に姿を変えて生活しており、見分けるのは非常に困難である。という話が出回っている。
世間ではおとぎ話、というより都市伝説として扱われている。しかし、目撃者がいたり、XENOに対抗する組織が存在するという情報もあるのだ。まるでメン・イン・ブラックだ。

 「そもそもXENOなんか本当にいるのかね?」
 「半ば都市伝説化しているけどな。でも、お前の親父さんはXENOと関係ある仕事に就いてたんだろ? ほら、例のお前のため残されてたってトランク」
 「あーあれね。よく覚えてたな」


 ――親父が死んだのは10年前。交通事故だった。その時の俺は親父が何の仕事をしているかは知らなかったが、親父の通夜が終わった数日後に知ることとなった。
 部屋の主が亡くなり、もう誰も使うことが無い空き部屋を俺が掃除していると、クローゼットに大きな茶色のトランクケースを見つけた。何の変哲もない少し年季の入ったトランクケースには一枚の紙が張り付けられていた。

 
 紙にはこう書かれていた。

 『梓へ。もしもお前の周りでXENOと思われる怪物が現れたらコレを使え。だが、あくまでも身近な人とお前自身を守るために残しただけだ。コレを使って多くの人を守ろうだとかそんなヒーロー気取りの真似だけはするなよ。』

 俺は中身を確かめずにそのままクローゼットの中に戻した。

 ――幼い頃から俺は親父に格闘技を教えられてきた。空手の道場にも通っていた。理由として「お前のため」と言われていたが、当時、本当に俺のためになるのか疑問だった。だが、嫌いではなかったため、しばらく続けていたのだ。
 この紙に書かれた文を読んで俺は「あの鍛錬の理由はこれか」と考えた。
無性に腹が立った。「お前のため」じゃなく単に後継者が欲しかっただけじゃないか。俺は絶対思い通りになんかならない。

 俺はXENOの存在を信じていない。そんなもの現れるわけがない。そう自分に言い聞かせ、それ以来親父の部屋には入っていない。


 


 ――お互い話すことも特に無くなり、夜風が冷たく感じてきたので、俺達は家に帰ることにした。

 
 
 次の日。
 
 
 今日は日曜日なので昼まで惰眠を貪ろうかとも思ったが、なんとなく目が冴えてしまった。二度寝をする気が無くなったので起きることにしよう。
居間へ行くと中学一年生の弟「魁《かい》」がソファーに座り、テレビを見ていた。見ている番組は特撮番組『〈超自然魔人〉ヴィクトリー・カイザー』だ。

 「もう終盤か」

 魁の隣に座り、一緒に見ることにした。主人公のカイザーが敵の怪人と死闘を繰り広げている。

 「今日の敵強いよ! 強化されたジェットカイザーでも歯が立たなかったからね」

 ジェットカイザーってのは風の力を取り込んで、攻撃力を増した状態のことらしい。
番組の残り時間はあと10分を切った。カイザーはヒロインの女の子が投げた剣を受け取ると、全身が光に包まれ見た目が派手になった。そして力を溜め、渾身の一撃を怪人に向けて放ち大爆発を引き起こして勝利した。

 「おお……」

 魁は目を輝かせている。本当にコイツはカイザー好きだな。
 次回予告が終わり、ニュース番組が始まった。魁は満足げな顔で食卓へ移動し、食パンにかじりついた。

 「母さんは帰って来たか?」
 「うん、一時間前くらいに」
 「そっか。じゃあ昼過ぎまで寝てるな」

 母さん「速野ジェーン」は親父の再婚相手だ。親父が死ぬ1年前に結婚した。初めて会ったときは相手は外国人で子供が二人いると知って驚いたが、凄くいい人ですぐに家族として接することができた。
 今は夜勤の介護スタッフをやっている。そのため朝会うことはほとんどない。

 「そういや沙良紗《さらさ》は?」
 「部屋でなんかやってる」
 「ふーん」

 俺は魁と一緒に食卓テーブルに置いてある食パンを食べることにした。
それから居間でくつろぐこと1時間。適当に情報番組を見ていると、妙に慌ただしく妹の沙良紗が居間へやって来た。
 小柄で目鼻立ちのハッキリした顔。そして今日は茶色のロングヘアをポニーテールにしている。
 なんとまあおしゃれな格好をして、尚且つあのいかにも「これから約束があります」って雰囲気。間違いなくデートだな。

 「デートか?」
 「兄さんには関係ないでしょ」

 一切こちらを見ずに冷たく返答されてしまった。遅い反抗期ってヤツか。

 「遅くなるのか?」
 「わかんない。あとでちゃんと連絡するから」

 沙良紗は冷蔵庫から豆乳を取り出すと、一気に飲み干し、そそくさと家から出て行ってしまった。

 「お姉ちゃんずいぶん気合入ってたね」
 「だな」

 俺と魁はお互いにやれやれといった具合に肩をすくめた。
 我が妹の相手が悪い男じゃなけりゃ別にどうでもいいんだがな。

 
 この時俺の脳裏で昨日の話がよぎった。
 通り魔が狙うのは20代前半の茶髪の女性。そして恋人か夫がいる者。
 この条件に合う人間は少なくない。だが、沙良紗もこの条件に当てはまっている。
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